2章:正義の協定
「容疑者のインタビューですか!?」
小会議室で小原さんから打ち明けられたのは、先日キャバクラで発生した暴行事件の犯人と名乗る男との対談を、一時間後に行うというものだった。
「そう慌てないで。話を訊くのはわたしよ。麗央がアシスタントで、キミがカメラマン……っていう設定」
「もしかしてその容疑者のこと、騙してるんですか」
「騙してはいないわよ。ただわたし一人がやるには荷が重いから、麗央の手を借りたいってわけ。そしたら麗央がキミを有能だっていうから」
「僕は普通の大学生ですよ。そもそも、お二人はどういうつながりなんですか?」
「そうねぇ……正義のための協力関係ってところかしら」
小原さんの口から、意外な言葉が飛び出した。
補足を入れたのは、向野さんだ。
「もともと私たちはいとこなんですよ。母の姉の娘が小原さんなんです。私は事件解決に必要な資料を小原さんから提供してもらう。その代わり私が突き止めた真相は、真っ先に小原さんに報告する、という協定を結んでいます」
そういうことか。
東京女子大生・OL連続殺人事件の際、向野さんは居酒屋で被害女性たちの写真を見せてくれた。あの時は出所について「乙女の秘密」などとごまかされたが、小原さん経由だったのか。
「警察にお友達がいるのよ」
ニヒルな笑みを浮かべ、小原さんは肩にかかった髪をわざとらしく払う。
僕は向野さんに耳打ちをする。
「向野さんが不死身だってことは知ってるんですか?」
「いえ。さすがに身内にも黙っています。あなた以外は私の秘密を知りません」
そりゃそうか。もし向野さんの不死身体質を知った上で協力を依頼しているのなら、自殺行為を看過どころか推奨していることになる。いくら無限に復活できるとはいえ、痛覚を失ったわけではないのだ。
「……つまり、素の向野さんを優秀だと思い込んでいる、と」
「引っかかる言い方をしますね」
「だって容疑者のインタビューなんて、リアルタイムで推理が必要になったらどうするんですか」
「その時のためにあなたを呼んだんです」
……納得はしたくないけど、なるほど。
つまり僕に与えられたミッションは、カメラマンのフリをしながらインタビューに耳を傾け、撮影と推理を同時進行せよということ。そんな重大任務を直前で与えられても困るが、前々から相談されていたとしたらどのみち断っていただろう。
今から代役を立てる時間もないし、向野さんの通常ステータスがポンコツなことを小原さんは知らないという。ならば選択肢はひとつしかない。
「……カメラの使い方を教えてもらえますか。一眼レフは扱ったことないので」
そこから大急ぎで操作方法のレクチャーを受けた。せっかく出してもらった無料ドリンクサーバーの『挽きたてアイスコーヒー』に口をつける余裕もない。
撮影の際は脇を締め、被写体の目にピントを合わせるのがポイントらしい。ISO感度とシャッタースピードは自動調整モードに固定してもらった。
「ズームはどれくらい寄せたらいいんでしょうか」
「遠近色んなパターンとっておいてよ。背景が広いものでもトリミングすれば近接として使えるし。相手が手を膝に乗せたまま喋るタイプだったら、時折身振り手振りを交えるように指示して。両手を肩幅まで広げてる、いかにも熱弁してます! みたいな写真とかよくあるでしょ?」
「静止画だからこそ、まるで目の前で喋っているような動きの写真が読者に刺さるんですね」
「そういうこと。飲み込みが早くて助かるよ。さすが麗央のお付きだね」
違います、と頭の中で否定したが、口に出す余裕はなかった。僕はもともと準備に時間をかけるタイプで、アドリブやぶっつけ本番にはめっぽう弱いのだ。
まぁ、たっぷり準備した大学受験も失敗したけどさ。
この間、向野さんはドリンクサーバーのウーロン茶を飲みながら、キャバクラの暴行事件についてネットニュースを読み漁っていた。だが前回と比べると、どこかモチベーションに欠けているように見える。
理由は明白だ。向野さんが探偵として事件に首を突っ込むのは、連続性が認められた場合に限る。次の犠牲者が出るとわかっているからこそ、自らの命を消費してまで解決に尽力するのだ。
今回、向野さんが出る幕はないであろうことは僕にも想像がつく。犯行の動機はおおかた店への恨みか、ヤクザ絡みだ。後者だとしたら、目的は警告あるいは報復。殺すつもりだったらナイフなど殺傷能力の高い武器を使うだろうし、そもそも人がたくさんいる状況で襲うはずがない。さすがの向野さんも裏社会のいざこざにまで手を広げたりはしないだろう。
僕がカメラの扱いに慣れてきたころ、会議室の扉がノックされる。まさかもう自称容疑者が到着したのか。
現れたのは、レンズに色の入った丸眼鏡をかけた、四十代前半くらいの男だった。体型は細身だが、痩せているというより不健康な印象だ。
「こいつらが小原の知り合い?」
「編集長。はい、いとこの向野と、付き添いの観崎くんです」
「あっそ」
編集長と呼ばれた男は、茶色い丸眼鏡の奥の瞳をぎりりと細め、僕たちを上から下まで舐めまわすように観察している。なんだか品定めをされている気分だ。
「ま、いいか。今回さ、相手側から謎の指定があってね。『インタビュアーは若手にやらせろ』っていう」
「若手……ですか?」
「そ。ウチの編集部で一番の下っ端がコイツなの。どうせ、立場が下のやつをいたぶるのが好きな変態オヤジか社会不適合者ってとこだろ。調子に乗られないよう、せいぜい頑張りなよ」
剥き出しになった歯は黄色に染まっている。タバコのヤニか、コーヒーのステインか。
「小原。俺はこの後出るから、ちゃんとやっとけよ。下手こいたらぶっ叩くぞ」
「はーい」
短髪をがりがりと掻きながら、編集長の男は去っていった。心の隅っこがむかむかする。
「気にしないで。編集長は口が乱暴なだけで、仕事には誰よりも真剣な人だから」
彼へのどことない不信感が伝わってしまったのだろう。小原さんがフォローを入れてくる。
「ウチはフレックス制かつテレワークOKだから、事務所で仕事する人が少ないの。みんな、原稿の執筆は家やカフェでやってるみたい。だから定時後も、すぐに人がいなくなるわ。でも編集長は、毎日遅くまでここで働いてる。わたしも職場じゃないと集中できないタイプだから、金曜日は大抵終電まで残ってるんだけどね。それでもあの人が先に上がるところを見たことがないわ」
絵に描いたようなワーカーホリック。努力も一種の才能というが、彼にとって仕事に時間を費やすことは、努力の範疇ではないのかもしれない。
「編集長ね、これから来るのは偽者だと思っているみたい」
「偽者?」
「嘘ついて自分が犯人だって名乗って、取材費を貰おうとする人って意味。多いのよ? 『あの世紀の大事件の犯人は自分だ』とか『人気アイドルのヤバいネタ握ってる』とか適当な話持ちかけてくる人」
SNSや動画サイトの普及で、誰もが記者を名乗れる時代になった。それは今まで「情報」を寡占していた出版社にとって、向かい風にもなりうる。だからこそ生き残るために、他社や個人メディアより先にスクープを挙げなければならないのだから、十中八九嘘だと疑っているタレコミでもスルーできないのだろう。
「一度事務所に戻りましょうか。この部屋にインタビュイーを通すことになってるから」
そう言って小原さんが扉に近づいたところで、男性スタッフが慌てた様子で飛び込んできた。
「小原さん! 例の暴行事件の犯人と名乗る男が受付に来ました!」




