表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/41

2章:他人と自分

 高校時代、久しぶりに家族四人揃って夕食をとった時のことだ。


 ニュース番組の芸能コーナーで、アイドルグループのスキャンダルを大々的に報じていた。メンバーの何人かが合コンに参加し、未成年であるにもかかわらず飲酒&喫煙のコンボを決め、僕の一推しの子にいたっては店内で熱いキスを交わしていたという。




 スリーアウト、チェンジ、卒業。




 彼女は特別可愛いわけでもないが、ショートカットで明るく親しみやすいキャラクターと、バラードを難なく歌い上げる芯のある歌声とのギャップから、グループ内でも人気上位だった。家での勉強中はソロ曲をループ再生していたし、写真集を買ったことはなくても、彼女が表紙を務める週刊漫画雑誌はなるべく目を通すようにしていた。


 両親には、その子を好きだということは隠していた。アイドルの応援など受験勉強の妨げにしかならないと考えているに違いないからだ。


 映像はファンへのインタビューに切り替わる。彼らは口々に「アイドルとしての自覚が足りない」「法律違反など言語道断」「裏切り者」「バレるに決まっているのになぜ店内でそういうことをするのか」と、合コンに参加したアイドルたちを非難した。


 小太りで初老の男が「今までに費やしたお金を返してほしい」とカメラに向かって唾を飛ばしたところで、真向かいに座っていた父さんが「くだらないな」と呟いた。


「偶像の応援など掛け捨てだろう。将来への投資をしていたわけでもなく、刹那の瞬間を楽しむために同じCDを何枚も買って、年甲斐もなく若い女の子と握手をして、あまつさえ『金を返せ』だと? アイドル当人も問題だが、この男は自らの行動の意味すら理解していないのか」


 その言葉はファンの男を批判するものではなく、僕ら兄弟に向けられていることはわかっていた。


「いいか、他人に期待をするんじゃない。お前たちの人生はお前たちにしか良くすることはできないんだ。自分を信じろ。他人に甘えるな。他人は他人、自分は自分だ。味方だろうと仲間だろうと友達だろうと、お前たちの存在を保証してはくれない」


 事あるごとに、父さんは僕たちに「自分をしっかり持て」と檄を飛ばした。それは彼がかつて仕事仲間に裏切られ、会社を追われた過去に起因するのかもしれない。彼の考えすべてを肯定する気はさらさらなかったが、僕は自分なりに強くあろうとした。休日は友達との遊びや充足した睡眠より、とにかく勉強を優先した。


 第一志望校に落ちた僕に、父さんはひどく落胆した。「他人に期待するな」という言葉は、あの人なりのエールだったのだ。


 父親の感情というものを目の当たりにしたのは、あの日が最初で最後だ。


 ☆ ☆ ☆


 季節は六月中旬。今年は既に何度か真夏日を記録しており、猛暑になることは間違いないだろうと言われている。僕の住んでいるアパートは日当たりも風通しも悪いため、湿気が溜まりやすい。油断すると服や木製の家具にすぐカビが生えてしまうのだ。本格的な夏が到来する前に除湿剤を準備しておかなければ。


 大学の帰り道で額にうっすら汗を浮かべていると、ポケットのスマホが「ぴこん」と音を立てる。

画面に表示されていたのは、最近知り合った女性の名前だった。


 向野麗央。


 今から数週間前、突如僕の前に現れた謎の女子大生。カフェオレ色のショートヘアと水晶玉のような澄んだ瞳が特徴だ。デニム地のキャミソールワンピースを好んで着ているが、中学生と見間違えそうな小柄な体躯から、内心僕はあまり似合っていないと思っている。しかし実際は年上で、有名私立校である法明大学の三年生だ。今年の誕生日はまだ迎えていないらしく、年齢は僕と同じ二十歳。




 彼女の正体は不死身の探偵だ。




 ナイフで刺されてもビルの屋上から突き落とされても硫酸を一気飲みしても、不死鳥のごとくよみがえる。実際に僕も、現世に舞い戻ってきた瞬間を二度も目撃している。


 人の身体は死がよぎった瞬間、生きるため一時的に五感が研ぎ澄まされ、過去に体験した記憶が脳内を駆け巡る。これを一般的に走馬灯と呼ぶが、向野さんは不死身の体質と走馬灯現象を組み合わせ、事件の謎を解き明かしているのだ。彼女のおかげで、世の若い女性を恐怖に陥れていた「東京女子大生・OL連続殺人事件」の犯人は志半ばに逮捕された。解決に僕も協力したが、貢献度は微々たるものであって、別に僕でなくとも同じ役割を果たせたと思う。


 僕こと観崎束は、いわゆるFランの東山大学に通う二年生だ。「略して東大生」というキャッチーなフレーズは、学生たちの鉄板ジョークである。




 アプリを起動すると、画面には初対面時と同じメッセージが表示されていた。


『お時間はありますか?』


 主語も絵文字もない、シンプルな一文。


 デートのお誘いでないことは百も承知だが、招集をかけられる理由が思い当たらない。くだんの事件のことなら警察にすべて話したし、裁判にはまだ早いはず。いくら探偵を名乗っているとはいえ、警察関係者でもない向野さんが大学に通っている傍ら、こんなハイペースで事件に首を突っ込んでいるとは考えにくい。男手が必要な肉体作業の手伝いだろうか。


「ありますよ、と」


 向野さんには謎が多い。若い女性が一人暮らしをしていること自体は珍しくもないが、こないだ部屋に入った際、戸棚の上に写真立てがあった。そこには向野さんと両親と思しき人物が三人で写っていた。中央でピースサインをしている向野さんは幼く、少なくとも十年以上前の一枚であることがうかがえた。写真を飾るほど仲が良いのなら、もっと最近のものがあってもおかしくないはずなのに。親が離婚したか、あるいは事故や病気で死別したか。


 面と向かって訊くわけにもいかないし、そもそも彼女とは特に仲が良いわけでもないのだ。学内の知人に我が家の話をすると「某国並みの学歴主義」と揶揄されるように、家庭の数だけ親子関係がある。先日のニュース番組曰く、生田の生い立ちにも同情すべき部分があったというではないか。




 他人は他人、自分は自分。




 父親の言葉を思い出しながら、僕は駅前に向かった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ