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1章:レオ

 配達員は冷静を装っているが、明らかにうろたえていた。


「……何を言っているんですか?」


 声色には若干の苛立ちも混ざっている。邪魔をされたと思っているのだろうか。


「もう一度質問します。その中に女性がいますよね?」

「だから何ですか、それ。どこか行ってもらえます?」


 僕は無視して言葉を続けた。


「正直、なるほどと思いました。配達員なら誰かに目撃されても印象に残らないし、シートボックスに死体を隠して台車で堂々と移動できる。遺棄も簡単だ。犯行に必要なアイテムもまとめて入れておけますしね。仮に紐やハサミが見つかったところで仕事道具と言い張ればおかしくない。それに、このボックスは折り畳めるんですね。であれば担当外の区域で犯行に及ぶ場合でも、最寄りの事務所から持ち出す必要はない、と」


 配達員は眉をひくつかせ、額から汗を垂らしている。ネームプレートの「生田星影(いくたほかげ)」という名前を見て、きっと幼少期から星や宇宙が好きだったのだろうと想像した。


「今気づいたことがあります。三人目の被害者、双葉璃子のセーターの袖がほつれていたんですが、一本だけやけに長い糸のようなものが絡まっていたんです。あれは凶器に使った紐の繊維だったんですね。あ、もしくは、白虎運輸が使っている自社製の白いガムテープでしょうか。シートボックスに閉じ込めた際に付着したのかも」


「……さっきから勝手にペラペラと。君が言っていることは憶測だろう? 俺がやったって証拠はどこにあるんだ」


 会話が普通に成立している時点で、もはや決定的だ。犯人でなければテレビで報じられている被害者の名前をいちいち覚えていないだろうし、そもそも連続殺人の話など僕からは一度もしていない。


「そんなにボックスの中が気になるなら、覗いてみるといい」


 生田は上着のポケットに手を伸ばす。どうやら犯行の否定から、僕もまとめて始末する方向にシフトチェンジしたらしい。後頭部を晒したところで首を絞めるつもりだろうか。あるいはハサミで首筋を一突きするつもりかもしれない。箱にもう一人入るとは思えないが、これ以上二人きりでいるのは危険だ。




「というわけで、そろそろ出てきてくれませんか」




 僕の呼び掛けに応じ、シートボックスががたりと揺れた。


 蓋が開き、中から小柄な女性が現れる。


 毛髪はまだ切られていなかった。年齢の割に見た目が幼いからか、黒髪も似合っている。髪の色が違うだけで、外見の印象はだいぶ変わるものだ。でも個人的な意見としては、初めて会った日のカフェオレ色の方が好きだ。


「な……! どう、え、は?」


「生田星影さん。あなたが東京女子大生・OL連続殺人事件の犯人ですね?」


 少女……もとい女子大生探偵は、得意げに瞳を細くした。


 生田は後ずさりし、口を全開にしている。無理もない。殺したはずの人間がドヤ顔をしているのだから。この驚きよう、まるで三週間前の自分を見ているみたいだ。


 犯人が五人目のターゲットとして選んだのは、向野麗央。




 レオ、つまり獅子だ。




 あの日、マンションで向野さんは、犯人が宅配業者である可能性が高いことを僕に示唆した。


「個人を特定できない以上、向こうから仕掛けてくるのを待ちましょう」


 そして今日までの間、あらゆる宅配業者を利用し、見えない相手に向けて名前をアピールし続けたのだ。


 個人情報を登録した通販会社は二桁に及ぶ。食料品、消耗品、書籍、ありとあらゆる物品を通販で購入した。犯人のアンテナに引っかかるよう、欲しくもない家電を買ったこともある。結果的にその行動が功を奏したらしい。白虎運輸は、商店街の電気屋さんが提携していた運送業者だ。店で買ったのは型落ちの炊飯器である。


 本名はリスクが高いので、せめて偽名を使うよう進言したのだが、「リスクを高くするために実名を使うんですよ。それに、万が一相手に名前が嘘だとバレて引っかからなかったら、捕まえるチャンスを逃すことになります」と却下されてしまった。


 マンションを訪れた翌日から、僕は向野さんの行動をストーキングし続けた。大学の講義が終わり次第、僕が法明大学に出向き、ひたすら後をつける。犯人が行動を起こしやすいよう、彼女は人通りの少ない道を選び、夜間の外出も増やした。その十メートル後ろを僕がずっと尾行する。互いに位置情報アプリをインストールしたので、駅前や入り組んだ道でも見失うことはなかった。警察の職務質問を受けなかったのが奇跡だ。


「そんな、確実に絞め殺したはずなのに……。脈が止まったのも確認した!」

「ええ。私は確かに死にました。そして三十秒ほど前に蘇生しました。ひとつの事件で二度死んだのは初めてです。私以外の探偵だったらバッドエンドでしたね」


 本人はぴんぴんしており、首には索状痕も残っていない。死ぬどころか、人生で一度も怪我をしたことがないと言われても信じてしまえる。生田も「こいつは何を言っているんだ」という顔をしている。


「ですが殺されたおかげで新たに判明したこともあります。シートボックスの中からは香水や化粧品のにおい、女性四人分の体臭も残っていました。警察に調べてもらえば何らかの痕跡が発見されるでしょう」


 走馬灯状態だと、思考力だけでなく嗅覚まで鋭敏になるらしい。


 あるいは何度も死を経験するうちに、五感も鋭くなっていったのだろうか。この人は今までにどれくらいの事件を解決し、自らの命に終止符を打ってきたのだろう。


「ですが一点、わからないことがあります。ターゲットに黒い長髪の女性を選んでいる理由は想像がついています。おおよそ女性に対するコンプレックスか、あるいは単なる性癖といったところでしょう。後ろ髪にヘアピンを付けるのは『天の川』と解釈しました。問題は後ろ髪以外、女性たちの統一性のない髪型です。切り方に法則はなく、使っている道具も様々。彼女たちを目立つ場所に放置していたからには何らかのメッセージが込められているのでしょうが、いくら考えても自信のある答えは出せませんでした」


 生田の顔が歪んだ。いや、笑っているのか。ここに来て初めて自分が優位に立ったとでも言いたげだ。


「く……くく……。アンタ、探偵と言ったか? 所詮はただの凡才か。俺の作品は、日常に一筋のひらめきと清涼感を与えるものだ。毎日を懸命に生きてきた俺にだからこそ生み出せたんだ。キレイな格好をしてうまい飯ばかり食っているようなやつらには一生理解できんさ」


 ははは、と生田は笑い続けている。向野さんもこの展開は予想していなかったようで、口を結んだままだ。



 おずおずと、僕は手を挙げる。




「あの、多分僕、わかります」

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