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1章:将来の夢

 幼いころ、天文学者に憧れていた。


 何千年も何万年も解き明かされなかった宇宙の現象や星の構造をひも解くことで、世界中の歴史や価値観さえも変わる。自分たちはまだ宇宙に行くことはできないけれど、今いる場所がまったく新しい景色として目に映るようになる。陸地から星々の海を泳ぎ、星間をまたぐ。宇宙は広いのだと、人間はちっぽけなのだと、思い知らされる。


 俺は星が好きだった。


 しかし、幼少時に抱いた夢は大抵叶わない。その理由は様々だ。


 道のりの険しさに怖気づいたり、他にもっと好きなものを見つけたり、「戦隊ヒーローになりたい」「魔法少女になりたい」など、そもそも現実の人間には叶えられないというケースもある。




 俺の場合は、金銭的な事情だった。小学六年生の時に両親が離婚したのだ。


 原因は父親の浮気だった。母親は親権を放棄し、俺は妹と一緒に父親に引き取られることになった。慰謝料の分割払いに加え、社内不倫をしていた父親は会社を追い出され、家計は常に火の車だった。


 俺は高校入学と同時にコンビニでアルバイトを始めた。夕食は賞味期限間近の弁当を、翌朝は期限切れのパンを食べる日々が三年間絶え間なく続いた。


 物理や数学の授業は好きだったし、自由研究で行った流星群の観察レポートは市から表彰されたが、進路相談では就職を希望した。


 就職先は、白虎(びゃっこ)運輸という地元の宅配業者だった。毎日何百件もの住宅や企業を駆け回り、届け先からは理不尽なクレームを受け、身も心もくたくただった。宇宙は、とうの昔に手の届かない存在になっていた。




そんな時だった。新たな目標を見つけたのは。




 とあるアパートに配達をする途中だった。時刻は夜の七時前。目の前を、一人の女性が歩いている。その人物が須田芽里乃だということは、美しい黒髪ですぐにわかった。彼女は生活用品のほとんどを通販で購入しており、トイレットペーパーなど宅配ボックスに入らない品物は、いつも部屋まで直接届けていたのだ。


 俺は須田の髪に惚れていた。幼いころ、初めて天体望遠鏡で天の川を見た時の感覚に似ていた。


 声を掛けずにはいられなかった。何を喋ったのかはさっぱり覚えていない。


 しかし彼女の、下賤を見るような目つきはよく覚えている。宅配業者などまるで地を這う蟻とでも言いたげな表情だった。俺から顔を背けた瞬間、家から出て行った時の母親の後ろ姿が脳裏をよぎった。そういえばあの人も黒髪だった。


 気がつけば俺は、ポリプロピレン製のロープで須田の首を絞めていた。彼女が暴れている間、長髪から甘いリンスの香りが漂ってきて、何ともいえない昂揚感が脳を支配した。



 その効果だろうか、俺はこれから何をすべきなのかが手に取るようにわかった。



 白虎運輸は配達員と事務員の線引きもあいまいな、個人情報ガバガバの運送業者だ。専用サイトにIDとパスワードさえ入力すれば、担当外の区域でも、配達物と届け先がすぐにチェックできる。佐倉ケリー、双葉璃子、蟹江輪を見つけ出すのに手間はかからなかった。


 そして今回も、誰にも怪しまれることなく作業に移れた。既にシートボックスには「五人目」を収納してある。いつものごとく人気(ひとけ)のない場所にも移動済みだ。カットの前に、まずは黒髪をゆっくり堪能しよう。毛先を鼻腔に差し込む一瞬は、挿入にも代えがたい快感がある。




「あの、すいません」




 背後から男の声がした。興奮のあまり、人の接近を察知できなかったらしい。俺は表情を無にし、一呼吸置いてから振り返る。


 目の前にいたのは、大学生くらいの男だった。身長は百七十くらいで、細身の体型。どこか不安げで、潤った瞳は泣き出すのかと勘違いしてしまいそうだ。


 俺は動揺しない。配達員が道すがら話しかけられることなど珍しくもないからだ。おおかた道に迷ったとか、自分の配達物がそこにあるはずだからすぐに渡してくれというものだ。後者ならいかなる理由であろうと断るようマニュアルで決まっている。最近は他人の荷物を略奪する者もいるのだ。どちらにしろ、死体が入っているこの状況で、シートボックスを開けられるはずもない。


「はい、なんでしょうか?」


 にこやか過ぎず、無愛想過ぎず。いち配達員として誰の記憶にも残らないようにするのが、仕事を円滑に進めるコツだ。


 青年は意を決したように口を開いた。





「その中に、女性の死体が入っていますよね?」

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