第七話 駆除依頼
村が陰気だからそこに住む人も陰気なのか。あるいは逆で、住人が陰気だから村の雰囲気も陰気でどんよりとしたものになるのか。
とにかく、その陰気なおっちゃんは村長の息子と前置きし、ダグラスと名乗った。
扉を閉められて喚かれた時はどうなるかと思ったけど、メイスで誠心誠意ノックしたらすぐに出て来てくれた。
メイスを通じて私の思いが伝わったらしい。
やっぱりマナーは大切だなあとしみじみと思う。
より怯えた様子で私のことを見ているのはたぶん気のせい。顔が青ざめているのもたぶん気のせい。
『んなわけあるまいて』
呆れた様子のアーニャ。
はいはい。幻覚はちょっと黙っておきましょうねー。
なぜか家の中には通してくれなかったので、私は玄関先でダグラスさんとの交渉に挑むことになった。
もちろんメイスなんて物騒なものは腰のベルトに戻している。これ以上いらぬ恐怖を与える必要もないから。
「いいいいいったいどのようなご用件でしょうか?」
ダグラスさんの足元だけ地震が起きているかのように声が震えている。
むう。そこまで怯えなくてもいいじゃない。
このまま話すのも何なので、私は被っていた編み笠を脱いだ。途端に驚いた気配。ダグラスさんの視線は私の目線より少し上の方に向けられている。
まあ無理もない。森を切り開いた小さな村なのだ。
私の、新雪のように白い髪はよほど奇異に見えただろう。
だが、ダグラスさんは感情を殺し、いたって平静を務める。さすが村長の息子というべきか。
「本来ならうちの親父が……あ、いえ、村長が応対するのですが。あいにく腰を患ってしまい、当分の間は動けないものでして」
ダグラスさんは私の顔色をちらちらと伺いながら絞り出すようにそう言った。
『おぬし、わっちらデーモンより恐れられておるな』
へっぴり腰のダグラスさんと困惑する私を見下ろして、アーニャはカカカと軽い調子で笑った。
人ごとだと思って、まったく。
「私はレティシア・モンフィス。見ての通り冒険者です。で、こっちが――いや、なんでもないです」
あ、あぶない。もう少しで自分にしか見聞きできない幻覚を紹介するところだった。
心臓がばくばくとうるさい。
内心の動揺が見て取れるのか。ダグラスさんは不審そうな顔をする。
いやほんとなんでもないんで気にしないでください!
横目でチラッと見ると、アーニャが小刻みに肩を揺らしている。
くそ、うざい。絶対に消し去ってやる。
私は心を落ち着かせようと大きく呼吸をして仕切りなおす。
「南の方へ旅をしてる途中でここに立ち寄ったんです。少々お聞きしたいことがありまして……この先って泊る所とかあります?炭焼き小屋とかそういうの」
暗にここに泊めさせてくれといったつもりである。しかし、ダグラスさんは何やら考え込むように斜め上を見つめた後、
「あーこの先にはそういったものはないですね」
私の言葉をその通りに受け取ったようである。
ならば仕方がない。ストレートに訊くしかないか。
「そうなんですか。でしたら、もし可能なら一晩泊めていただくことはできますか?雨風しのげれば納屋でもいいんですけど」
これでマジで納屋に案内されたら困る。
さてダグラスさんはというと――かなり困ったような、バツが悪そうな顔をした。
あー……これはー……ダメかもしんない。
「申し訳ありませんが……なんせこの村の者たちはあまり余所者を……失礼。外から来た人を良く思いません」
それは感じていた。だって誰も家から姿を現さないんだもん。
「この村だけでなく、私どものような小さな村ではよくあることでして……申し訳ございません」
そう言ってダグラスさんは頭を下げた。見事な断られっぷりである。
残念じゃなとアーニャが私の肩を叩く。もっとも、実体がないので叩かれる感覚はないけど。
「お気になさらず。旅をしていればよくある話です」
と口では言いつつ私は心の中で肩を落とす。
都市暮らしが長いせいで野外での野宿はしんどいのだ。ダンジョンの中でならいくらでも寝れるのだが、やはり屋内と屋外では勝手が違う。
ダグラスさんはさらに縮こまってしまう。
「重ねてお詫び申し上げます。何分私どもの村はギリギリのところで平穏を保っております。これ以上災いを抱えるわけにはいかないものでして」
「災い扱いなんて、酷い言い様ね」
「失礼いたしました。ですが災いというのはいつも村の外から来るものですから」
頭を上げたダグラスさんの口元に浮かぶのは疲れ切ったような笑みだ。
……ふむ。
「たしかに。ですが、災いとは違って奇跡は内外問わずやってきますよ」
私は左腕に通したヒーターシールドを見せた。正確にはヒーターシールドに描かれた白地に灰十字の紋章を。
ダグラスさんは表情一つ変えない。
「そうですね。すみません。どうやら私の視野が狭くなりすぎていたようで。やはりこういう小さな村に長くいると影響されてしまいます。特にその災いに悩まされているとなると」
アーニャが怪訝な顔をして私とダグラスさんの双方を見ている。会話の不自然さにようやく気が付いたようである。
「あそこに見える崖――」
ダグラスさんは立ち並ぶ巨人の指のうち、一番近いところにある崖を指差した。
「あの麓に最近ゴブリンの群れが住み着きまして……定期的に家畜を襲うんです。私どもも槍を持ったのですが、コボルトならまだしも相手はゴブリン、戦いの素質がある者などこの村にはおらず。追い払っても追い払ってもきりがないんです」
いかにもテンプレな困っている村といった感じだ。
お金がある所なら用心棒などを雇うんだけど、こういう村ではそれも無理な話である。
ダグラスさんの、びくびくおどおどした初めの態度はいったいどこへ行ったのか。そこにいるのはまごうことなき村の顔役であった。
「退治していただくことはできますか?何分小さな村で名産品などもありませんが、よろしければ食事もお出しいたします」
もちろん、断る理由なんてない。
「では村の反対側から道が続いていますので――」
「え、今から?」
それにはさすがに訊き返してしまった。
今からあの巨人の指まで往復するとなると、帰るころには夜中になると思うんですけど。
「ゴブリンは……毎朝襲撃してくるものでして」
……毎朝。毎朝かあ。毎朝はキッツいなあ。
家の中に閉じこもりたくなる気持ちも超わかる
「はあ。わかったわ。でもちゃんと駆除してる間に村人の説得をしておいてくださいね。これ以上窓の隙間から、恐々見られるのはちょっとしんどいし」
「そそそそれはもちろん!ご準備いたしまして、村人総出で貴女のお帰りをお待ちいたします」
総出で出迎えって……勇者の凱旋じゃあるまいし、別にそこまでやらなくても。
ダグラスさんは、陰気さはそのままで妙にやる気になっている。さすがにそこに水を差す勇気は私にはなかった。
まあゴブリンを駆除してこの村のどんよりとした空気が晴れるならいいか――
そんなことを思いつつ、ゴブリン退治を引き受けた私は休息もそこそこに村を後にした。
雲は途切れ途切れで、その合間から私の瞳と同じ色の空が見え隠れしていた。