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第六話 災いの村

 もし天気が良ければ、木漏れ日が気持ちよかったかもしれない。

 あいにく、曇天の森は薄暗くて不安感しか湧きおこらない。

 さっきみたいに茂みの向こうから今にも何かが飛び掛かってくる――そんな妄想が浮かんでは消える。

 ただ、一つ心強いのはそれなりに整備された道がずっと続いていること。


『あと、わっちがいることじゃな』


 それはない。


 顔を上げると木々の合間から件の崖がちらりちらりと見える。

 巨人の指はさすが巨人と付くだけあって、歩いても歩いても一向に視界に映る大きさが変わらない。

 本当に地面の下に埋まった巨人が悪戯しているんじゃないかと思ってしまう。


『のう、どこに向かっておるんじゃ?』


 漂いながらうたた寝することにも飽きたみたい。まーた性懲りもなくアーニャが話しかけてきた。

 姿を現したり消したり自由自在らしいが、さっきからずっと現れっぱなしである。

 ははーん。さては寂しがり屋さんかよー。


 いや、幻覚相手に何を言ってるんだ私は……。

 私はゴホンとわざと大きめに咳払いをした。


「さっき丘の上から見えたんだけど、この道をずっと行った先に小さな村があったの。なんとか泊めてくれないか交渉するつもり」


 アーニャの大きな欠伸に後半はかき消されてしまった。

 説明してあげたのにあんまり興味がなさそうだ。このメスガキめ、どうやらわからされたいようね……。


『たわけ。いかにわっちがアークデーモンとて、さすがに欠伸までコントロールはできん。して、村というからには宿屋とかあるんじゃないのかえ?ほら、ここはなんたらの村じゃよ、みたいな紹介と一緒に』


 なによ、その具体的なようで抽象的なイメージは?


「あのね。宿屋なんて大層なもん、村にあるわけないでしょ。それこそ観光とか巡礼とかで賑わってるか、大きな町にでも行かないと」


 ちなみにラグナデナンにはいっぱいあった。あの頃の生活がはるか遠い過去のように思える。


『はぇ。そういうものなんかえ?』


 おいおいおいー。まったく。これだから世間を知らない幻覚ってやつは。

 まあ世情に詳しい幻覚って言うのも意味わからんけど。


 私はアーニャとうだうだ言い合いをしながら、しばらく道なりに沿って歩いていた。

 すると、さっきまで緑の臭いがむせ返るほど立ち込めていたというのに、不意に薄まった。その代わりに今度は風に乗ってやって来る土の香り。

 匂いが一足先に教えてくれたみたい。ようやく鬱蒼とした森を抜けて、開かれた土地に出た。


 村だ。


 ただ丘の上でも見た通り、あんまり規模は大きくない。もちろん宿屋どころかご飯を食べるところもないと思う。それくらいのちっちゃい村。

 害獣除けに建てられたお世辞にも立派とは言えない柵がぐるりと村を囲っている。

 イメージは開拓村っぽい感じ。こうして見るとラグナデナンってやっぱ都会だなと思う。


「ん?」


 思わず足が止まってしまった。あれれーおかしいなあ。

 私はきょろきょろと周囲を見渡す。しかしどこにもない。


『んあ。レティよ、どうかしたんかえ?』


 私の様子を不審に思ったのかアーニャがふわふわと寄ってきた。


「んーちょっとね。教会の紋章なんだけど、ここら辺って教会の勢力が強いから普通はどっかにあるはずなんだけどねー」


 たいがいの村なら入口に何かしら――例えば旗やら彫り物などが柵に掛かっているはずなのだが、おかしなことにこの村にはそれがない。

 風で吹き飛ばされたのだろうか?

 だとすると、それを放置するのはなんとも罰当たりなことだ。


『紋章とはあれか、おぬしの盾にあるような模様のことかや?』


 そうそう。ちなみに白地に灰十字はレイド宗教騎士団の紋章だ。

 私がそう言うとアーニャは小馬鹿にするように鼻を鳴らす。


『模様なんぞわっちらや獣らにはクソほどの役にたちんす。そんなものを有難く飾るとは、人間はまだまだじゃのう』


 あ、ふーん。

 今回ばかりは自称アークデーモンの幻覚様も聡いとは言えないようだ。


「そういうのに教会の紋章はいらないよ。槍で突けばいいじゃん」


 アーニャの表情に変化があった。自分が見当違いのことを言ったことにどうやら気が付いたらしい。悔しそうに鼻にしわを寄せている。

 ふむ。ここぞとばかりに追い打ちをかけてみよう。


「槍でどうしようもない相手に紋章を使うのよ。そしてそれはこの道を通ってやって来るの」


 私は見せつけるように数回その場で足を踏み鳴らした。

 ますますアーニャが渋面となる。


『なるほど。人……いや、教会かや』


 正解。


『教会から守るために教会の力を借りるとはのう』


 呆れたようにアーニャは言う。ぐうの音も言えない。


「異端審問官と宗教騎士団は頼もしい反面、怖い存在なのよ」


 こればかりはアーニャが言う通り、人間は愚かであることを痛感させられる。

 デーモンがダンジョンから溢れ出し、人間に襲い掛からない限りなくなりはしないだろう。

 そして、もしそんなことがあったら世界の終りまでノンストップである。

ああ怖い怖い。


『ま、人間もいろいろとややこしいの。わっちらも人のことはとやかく言えんがな。して、おぬしは次にわっちが言うことがわかるかや?』


 アーニャの声音が低くなった。おふざけが一切ない、ガチめのトーンだ。

 私は無言でうなずく。さすが私の幻覚だ、同じことを思ったようだ。


『それにしても、やけに(・・・)陰気な村じゃな。ここは――』


 私は再び頷いた。


 アーニャが言う通り、この村はどんよりとした重い空気に支配されていた。

 気のせいだろうか、色味というのが感じられず、景色がモノクロに見える。

 もちろん曇天のせいではない。


 柵の内側へと一歩踏み入るなり、息が詰まるような閉塞感が私を出迎える。

 うーん。これを何といて説明すればいいのか悩む。「お願いだから入って来ないで私を放っておいて!」と悲鳴を上げているかのよう、とでも言えばいいのかな?

 なんしか、とにかく陰気くさい村だ。

 私はちょっと引き気味に村の中心へと向かっていく。

 少なくとも流行り病で全滅している、なんてことはなさそうだ。


 さっきからいくつもの視線を感じる。たぶん家の中から。


 でも、誰も出て来ようともしないし、話しかけても来ないのが不気味である。

 こういう時、それなりに世慣れした人が交渉役として出てくるものなんだけど……。

 いやほんとどうなってんのこの村?村民総顔見知りとかなの?


『いや、違いんす』


 見上げれば、やけに真面目なアーニャの横顔があった。


『これはそうじゃな……牧場じゃな。わっちら好みの純粋な恐怖の牧場じゃな』


 はあ。なんじゃそりゃ?


 意味の分からないアーニャの戯言を聞き流しつつ私は歩く。

 歩いた先、村の中心には他の家々よりも大きく、わりと立派な家があった。

 その大きい家のドアが、ギィ……と軋む音を立てながら、ゆっくりと開いた。


 …………。


 いやあの、開いただけで誰も出てこないんですけど……。


 困惑しつつも私はドアの隙間の暗闇をじっと見続ける。根気よく見続ける。

 むう。ドアを隔てた向こう側に人の気配はあるのだが……。

 すると、ようやく中から男が一人、おずおずと顔をのぞかせた。

 歳のころはおおよそ三十から四十代くらいの、村の雰囲気に負けず劣らずこれまた陰気な男であった。

 男は私のことをじろじろと見た後、


「ひえっ、ガタイの良い冒険者が攻めてきたッ……!」


 バタン!と勢いよく閉まるドア。


 呆気にとられる私。


 いやいやいや。攻めないから。ね。


 ねええええええええっ!

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