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第四話 神殿騎士、発てず

『……盛り上がっているところ悪いんじゃが、少しよいか?』


 遠慮気味にアーニャが口を挟んできた。

 悪いと思っているなら、水を差さずに少しは静かにしてもらいたいんだけど。

 で、どうかしたの?


『んぬ。いや、どうしても気になっての』


 妙に歯切れが悪い。

 ほれ、どうしたの?言ってみなさいよ。


『なぜおぬしは窓枠に足をかけておるのじゃ?出口はあっちじゃぞ』


 前に見たことがある目だ。

 そう、幻覚と幻聴を見聞きできることを相談したときの知人の目だ。

 まあでも今回はアーニャが訝しがるのも仕方がない。

 アーニャが言うように私は木窓を全開にし、その窓枠に足をかけ、今にも飛び降りようとしていた。そりゃ不思議に思って訊くだろう。


 安心してほしい。

 別に人生を悲観したとかそーゆーことではない。

 ちょっとした理由があってできれば扉から、玄関から出たくなかっただけである。


『窓から人目を避けて逃げるようになど、まるで夜逃げじゃな』


 木窓より高いところでぷかぷかと浮かびながらアーニャは笑う。どうやら本人も本気で思っているわけではなく、あくまで冗談のつもりらしい。

 そんな夜逃げなんて大層なことするわけないじゃない。私もつられて笑ってしまう。

 もちろん夜逃げではない。


「逃げようとしていることには違いないけどね」

『んあ⁉それってどういう――』


 アーニャの声を遮って、扉をノックする音が突然した。

 私は思わずビクッと肩を震わせた。別に扉の外まで私の声が漏れていたことを案じたわけではない。


『のう、客人のようじゃが……』


 私は無言で、窓枠にかけた手に力を込める。そして上体を前へ出し――


 どんどんどんどんッ!


 さっきのノックとは勢いが違う。扉の外にいる何者かが扉を破らんばかりの乱暴さで殴りつけてきた。その衝撃で民家自体が震える。

 私はというと、窓枠に足をかけた姿勢のまま一歩も動けずにいる。

 アーニャがわざわざ私の顔の前にやって来て、じっと見つめてくる。


 首筋を、汗が一筋流れ落ちた。


『客人?のようじゃが?』


 彼女の赤い瞳が実に愉快そうに煌いた。

 観念したように私はため息を一つついた。


「……開いてますよ」


 そう言うなり、扉が蹴破られたのかと錯覚するくらいの勢いで開かれた。

 そして二人の男が躊躇いなくずかずかと入ってくる。もじゃもじゃ頭とスキンヘッドの二人組だ。

 家財一式を片付けたとはいえ乙女の部屋なのだから、少しは遠慮気味になってもいいんじゃないでしょうか?


「そういうわけにもいかないんスわ。白騎士さん、あんた何逃げようとしてるんですかい?」


 二人組の片割れ、もじゃもじゃの髪をした男が不機嫌そうに眉を歪めた。

 残るもう一人、スキンヘッドの男は無言でじっと見てくる。ちょっと不気味。


 アーニャが私の耳元に口を寄せ、小声で尋ねてくる。


『なんじゃこ奴らは?いかにも三下といった外見じゃが……』


 アーニャはもちろん知らないだろう。

 彼女が見えるようになってから、左腕の熱が引くまで私は大半をベッドとその周辺で生活していた。その間、気を利かせてくれたのか彼らは一回も自宅に来なかったからだ。


「彼らは……黒ヘビ金融の取り立て屋ね」


 私の声音は自分でもわかるほどに固かった。


 部屋の真ん中あたりで立ち止まった取り立て屋は、改めて営業スマイルを浮かべる。

 その位置からなら私が飛び降りようとしてもギリギリ止められるだろう。

 さすが取り立て屋。絶妙な位置取りをしてくる。


「久しぶりに顔を見れると思ったらこれはないでしょ。さ。さっさと払うもん払ってから、気持ちよく旅に出てはどうです?」


 払うものがあればこんな朝っぱらから出立しようだなんて考えない。これをそのまま言うと怒られるので胸の内に秘めておこう。

 私は口をつぐんで取り立て屋の隙を伺う。

 視界の端にふわりと降りてくるものがあった。


『おぬし、高名な冒険者パーティーなんじゃから報酬も多いと思っておったが、まさか借金しておるのか?もしかしてぬしの財布がその身体同様にぺらぺらなのも……』


 アーニャはジト目で私のことを見る。

 所詮は幻覚だ。

 神殿騎士の私が浪費欲や食欲などの欲望に忠実なわけがない。レティシア・モンフィスを舐めてもらっちゃあ困る。

 財布も私も着やせするタイプだッ!


 ……ちょびっと虚しくなった。

 とゆーかどうして自分の幻覚に責められなきゃならないのだろう?

 私はフッと息を吐き、肩をすくめてみせる。


「あのねえ。言いがかりは止めてほしいんだけど。借金するほどお金が必要だったのには、ちゃんとした理由があるのよ」

『ほう、言うてみい』


 やや斜め上に向かって私は遠い目を這わせる。


「神殿騎士として主に使える者として、自分の運命力を試していたのよ」

『ふむふむ』

「コカトリスレースでね。でも主は私に微笑んでくれなかったのよ。まさか……まさかレース直前にゲート難なんて……」

『……んぬ?』

「仕方がなく損失を補填しようと先物取引に手を出したら、負けがさらに膨れ上がっちゃってね。もしやこれは異教徒や邪教徒の陰謀なのでは?」


 言い終わるころには呆れ返ったと言わんばかりのアーニャ。額に手を当て天井を仰ぎ見ている。


『おぬし、身から出た錆という言葉を知っておるかえ?』


 もちろんそれくらい知っている。

 それがどうしたというのよ?


『いや、いい。はあ……窓から人目を避けて逃げようとしとったくせに、どうしてそんな堂々といられるんじゃ……?』


 そりゃもう私、神殿騎士っスから!

 胸を張って誇らしげな私を、取り立て屋は不審がってじろじろと見る。


「何を一人でぶつぶつ言ってるんですかい?」

「いや……何も……」


 ちょっと恥ずかしかった。


 とはいえだ。私も騎士の端くれ。借りた金を一切返さずに町から去るというのは考え物である。

 実を言うと、取り立て屋が来るのも想定の範囲内である。まさか教会の鐘が鳴るなりやって来るとは思わなかったけど。

 だからちゃんと準備はしていたのだ。


「安心して。ちゃんとお金は置いていくつもりだったから」


 取り立て屋は一瞬驚き、しかしすぐに訝しがる。

 ちょっと待て、何よその反応。私の言葉が信じられないとでもいうつもり?


「いや、俺らあんたの言葉に何回騙されたと思ってるんです?」

『何回かえ?』


 アーニャの意地の悪そうな笑みはきっぱり無視をするに限る。


 お金は置いていくつもりだった。


 これは本当である。

 さすがに神殿騎士が借金を踏み倒すなんてしまりが悪いではないか。

 やっぱり立つ鳥跡を濁さず、取り立て屋が言う通り、遺恨なくきれいさっぱり精算してから旅立つべきだ。

 ……窓枠に足をかけたままでは説得力がないのはわかるけど。


「騙そうとしたことなんてないからゼロよ。それに本当に用意してるもん」


 私は取り立て屋たちに向かって自信満々に、笑みさえ浮かべてみせる。

 それから人差し指を立て、ゆっくりとした動作でまっすぐ上へと腕を伸ばした。

 取り立て屋の視線が動きに釣られて天井へと向けられる。


 十分に間をおいて、


「後ろにある小さい棚の引き出しに入れてるわッ!」


 私は勢いよく指差したと同時に早口でまくし立てた。


 とっさに――振り返った取り立て屋が慌てて棚へと駆け寄る。


 信じてないって言ったくせに、身体は正直らしい。

 肩をぶつけ合いながら彼らは、建付けの悪い引き出しを乱暴に開ける。

 そして、中身を覗き込み――彼らの表情が固まった。


 まあそりゃそうよね!


「では、黒ヘビ金融の皆さん!足りない分は勇者に請求してね!バーイ!」


 捨て台詞を残し、私は窓枠を蹴って勢いよく外へと飛び出した。

 一瞬の浮遊感が身を襲う。

 背中から「小銭しかねえ!」だの「全然たりねー!」やら「追え!」だの怒号が聞こえるが全部無視。

 ネコを思わせるような身軽さで私は着地すると、そのまま振り返ることなく全力のダッシュで家を後にする。


 自然と口元に笑みが浮かぶ。

 すぐ隣に浮かぶアーニャはというと、腹を抱えて私以上にゲラゲラと笑っている。目尻に涙まで浮かべている。


 よほどお気に召してくれたようである。


『まったく、騒がしい出立じゃのう』


 目元を拭いながらアーニャは言う。まだ口元が引くついており、余韻は残っているようだ。


「まーね。しんみりしたのは性に合わないのよ!」


 不安がない、といえば嘘になる。

 でもいちいち気にしていたら前には進めない。

 取り立て屋が追いかけてくるとか、すでにどうでもよくなっていた。


 私は一切足を止めることなく走り続けた。

 迷宮都市ラグナデナンの入口にして出口であるであるリリエ門が見えてきた。

 向かうは教会都市レーレン。

 私は必ずレベルドレインを解呪してチカラを取り戻す!

 そして、再びここに帰るのだ!

二章へつづく

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