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第三話 神殿騎士、発つ

 冒険者の朝は早い。

 蝋燭代をケチるためでもあるけど、それ以上にやるべきことがあるからだ。

 特に神殿騎士にして冒険者であるこの私、レティシア・モンフィスならなおさらである。


『で、おぬしは朝っぱらから何をやっておるのじゃ?わっちに祭壇でも作ってくれるのかえ?』


 幻覚と会話するのは傍から見ると、そうとう頭がヤバいだろう。しかし、このまま無視して黙っていると、ますますこの幻覚はうるさくなる。

 始めは私の周りをふわふわと飛びまわり、次に私の身体を通り抜けて遊びだし、そして最後は子どものように駄々をこねだすのだ。

 これが本当に私の左腕を魔剣で斬り飛ばし、弱体化の呪いをかけたアークデーモンなのだろうか。はなはだ疑問に思う。


『おーい、聞こえておるのかえ?』


 黙考する私に反応がないのを面白くなく思ったのか、アーニャは私の視界の上から急に顔を覗かせてくる。

 実体がないとはいえビビるからやめてほしい。


「いちいち耳元で言わなくても聞こえてるわい。不本意だけど」


 レベルドレインはさておき、これ以上アーニャの戯言に付き合っている暇はない。

 でも、少しくらいなら頭の中の同居人と戯れてあげよう。


「で、何をしてるのかだっけ?」


 アーニャはこくりと頷く。


『そうじゃ。いつもより部屋がガランとしておるし、まるで荷造りを終えたかのようじゃの。まあ普段から高名な人間のわりには、物も金もなさそうじゃったが』


 人間世界に縁がないデーモンでもそれくらいはわかるらしい。デーモンには見えないけど。


「正解よ。今日にはここを発つから」


 さらっと言ってのける私の言葉に、アーニャは赤い目をまん丸にする。瞳が大きいせいで余計に驚きが強調されている。


『いきなりじゃな。まさか……立ち退きかえ?』

「私はあんたが立ち退きなんて言葉を知っているのに驚きよ。そして答えはノー」


 大家さんとはもちろん話はついている。そもそも今日出立するのは私が決めたことである。

 ただ、その作業は非常に大変だった。


 私は袖をまくった左腕に目をやる。私の左腕は肘から先が見ての通り義手である。

 翡翠色をした無機質な義手で、ちょっと薄気味悪いところがあるとすればダンジョン産であることだろう。

 この左手では指先を使った精密動作ができない。だから荷を紐で縛ったり詰めたりなどをほぼ片手で行う羽目になった。

 これがまた想像の百倍くらいしんどいのだ。

 ちなみにアーニャはその間、うたた寝をずっとしていた。うん、ぶっ殺してやろうかと思った。

 そのことを思い出し、思わず仏頂面になってしまう。

 手伝わないのはまだいい。だって幻覚なんだから。それよりも――


「とゆーか、ここを引き払う原因はあんたなんだけど。そこんところわかってるの?」


 私がきつい視線を送るとアーニャはすぐさま視線を逸らす。あらぬ方向を向いて気づかない振りをしながら、下手っぴな口笛すら吹いてみせる。

 そんなことしても追及は止めんぞ。


『仮にもわっちはアークデーモンじゃ。とても賢いからのう。それなりにわかっておるつもりじゃ。して、ここを引き払い、おぬしはどこへ行くんじゃ?』


 話を強引に反らしたような気がするが……まあいい。これからのことはアーニャ自身も知ってもらわなければならない。

 私は懐かしい名前を言う。


「教会都市レーレンへ行くわ」

『教会都市とな?』


 ちょっと嫌そうな顔をする。

 そりゃそうか。だって自称デーモンだもんね。


「そ。そこであんたを消し去るのよ。私の頭の中から」


 アーニャはますます嫌そうな顔をする。ちょっと楽しくなってきた。


『物騒なことを言うのう。して、どのようにじゃ?』


 もしや詳細を聞いて邪魔をするつもりだろうか?

 おいおいおーい!

 たかだか幻覚と幻聴にいったい何ができるってゆーのよ。ふふっ。


「私が神殿騎士っていうのは知ってるよね?」

『知識でな。武装した坊主のことじゃろ?』


 嫌な言い方をするなあ。騎士要素がどこにもないじゃない。さては貴様、嫌味か?


「当たらずも遠からずね。教会都市レーレンは私の古巣のレイド宗教騎士団がいる都市よ」


 元はつくけど私たち神殿騎士が属する宗教騎士団は、信仰をかけて南は熱砂の異教徒、北は古き神を信じる異教徒と戦う武装戦士団のことを指す。

 異教徒だけではない。異界の住人であるデーモンやデーモンを召喚し、使役する暗黒神官といった邪教徒とも戦う。


「そこで騎士団のコネを使って高司祭に呪い除去(リムーブ・カース)を受ける予定。そしてアークデーモンの呪いを消してあんたともおさらばして、私は本来の力を取り戻すの」


 自身の戦闘能力を奪い取る魔法がレベルドレインなら、それを無力化してやればいいだけのこと。

 そしてそんな真似ができる司祭がいるのは、私の中ではレーレンしか思いつかない。


 一か八かの賭けである。


『ほーん。呪い除去とな』


 くひひと笑いがこぼれる。

 友達の女の子が、裏山で男の子たちの秘密基地を見つけた時のような邪悪な笑みだ。可愛らしさの欠片もない。

 この時ばかりは私もこの褐色の少女がデーモンであると疑うことはできなかった。


「なによ?なんなのよ?」

『わっちのレベルドレインを無力化できる坊主が、そのレーレンとか言う町に果たしておるかのう?わっちは紛れもないアークデーモン、デーモンらを率いる将の一人じゃぞ。小娘、舐めるでないわ』


 絶対の自信が言葉の端々に現れていた。

 その人間に倒されたくせに、よくもデカい口を叩けるものだ。


「あんたこそ、人間を舐めないでもらいたいね」

『そうかそうか。せいぜい足掻くが良い。そうじゃのう。どうせ解呪するなら、わっちらの力が弱まる満月の夜にするが良い』


 アーニャはカカカと軽い調子で笑うと、


『まあそれでも、人間如きに負ける気はせんがの』


 好きに言うがいい。信仰の力はデーモン如きに後れを取るはずがない。

 現にデーモンの魔力が弱まる満月の夜なら、私だって全盛期の力が戻って来る。

 すぐに吠え面をかかせてやるんだから!


 決意を新たに、私は長年お世話になった部屋を見渡した。

 迷宮都市ラグナデナンにある憩いの池小教区、そこにある木造二階建て民家の二階の一室に私は拠点を設けている。

 勇者に言わせれば年頃の女性とは思えないほど殺風景な部屋とのことだが、大きなお世話である。

 たしかに大人が四人も入ればいっぱいいっぱいになるくらいの小さな部屋で、家具や調度品の類もあまり置けない。日当たりも微妙だ。

 しかし、賃貸が安いし、早朝にお祈りをしても文句が来ないなど良い点もあるのだ。

 それに私がレイド宗教騎士団を飛び出してからラグナデナンに流れ着いて以来、ずっと住み着いているので思い入れがある。

 そもそも神殿騎士は騎士にして修道士なんだから生活も謙虚に決まっている。

 なぜかアーニャが疑わしそうな視線を向けるが気にしたら負けである。


 部屋にはもう家具と呼べるものは、テーブルとベッドと引き出し付きの小さな棚以外に残っていない。

 全て都市の中にある貸し倉庫業者に預けてきた。

 本心はというと、この部屋をそのままにしておいて欲しかった。わがままなのはわかっている。帰るべきところがあるに越したことはないから。

 大家さんに頼んだらもしかしたら快諾してくれたかもしれない。

 なんたって駆け出し冒険者の頃からの仲だ。

 だからこそ、引き払うことにした。

 これ以上迷惑をかけられないから。


 テーブルに並べた、ほんのわずかになった私の荷物を見下ろした。

 旅に必要なものが一式入って膨らんだバックパック。これからメインウェポンになるメイスとシールド。

 もちろん神殿騎士の矜持は忘れず、白地に灰十字の紋章を小さめに入れている。今私がチェインメイルの上から着ているサーコートにも同じものが描かれている。

 ルーン文字が刻まれた魔法の黒い髪飾り。

 そして愛用していた魔剣。

 これを売ることだけはどうしてもできなかった。


 魔剣ストームブリンカー。

 勇者が持つ宝剣にも負けない強力な魔法がかかったグレートソードだが、今の私ではこれを鞘から抜くことはできない。左手が使えないのだから構えることもできない。


『おぬしには無用の長物じゃな』


 アーニャはそう言うが構わない。


 私はストームブリンカーを括り付けたバックパックを背負い、翡翠色の左腕にシールドを固定する。

 それから腰ベルトの金具にメイスを取り付けた。頭部保護の魔法がかかった黒い髪飾りは、私の真っ白な髪にはさぞ目立つだろう。


 これで準備は終わった。

 さらば私の城。さらばダンジョン。さらばラグナデナン。

 私の、私自身を取り戻す旅がこうして始まるのだ!

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