第二話 神殿騎士とデーモン
皇帝都市ラグナデナン。またの名を迷宮都市ラグナデナンという。
そう呼ばれる理由は至ってシンプルである。
都市近郊にダンジョンがあるからだ。
異界と現世が混ざる地下迷宮。
ラグナデナンに生きる冒険者たちの大半は、このダンジョンに潜って一獲千金を目指す。
もっと詳しく言うと、異界の住人であるデーモンをぶっ殺して金目の物を持ち帰ることで生計を立てている。
もちろんこの私――レティシア・モンフィスも神殿騎士にして冒険者なので、そうやってラグナデナンで生活していた。
ダンジョンの下層で、最高位のデーモンであるアークデーモンと遭遇するまでは。
――話を変えよう。
最近、幻覚と幻聴に悩まされている。
こう言うとヤバいやつだと思われるだろうが、うむ、やっぱり自分でもかなりヤバいんじゃないかと思う。
どんな幻覚かを説明するともっとヤバさが伝わると思う。
まあ、その、あれよ……。
褐色の美少女が自分にだけ見え、声が届くのだ。
もう一度言う。
褐色の美少女の幻覚が見えるのだ。
…………。
字面だけでも相当ヤバい。
両親の前で一度言ってみろ、なんて言われたら土下座する勢いだ。
ちなみに、それを知人に伝えたらみんな一様に優しい目で私のことを見てくれた。
つらい。
でも仕方がない。
だって見えるんだから仕方がない。聞こえるんだから仕方がない。
しかも、
たちの悪いことにその少女は、自分のことをアークデーモンと名乗ったのだ。
私の左腕を奪った存在の名前を。
『たわけ。アークデーモンという呼び方は、おぬしら人間どもの間での呼び方じゃ。わっちらにはわっちらの名前というものがある。じゃが、崇高すぎて愚かな人間どもにはもったいないのう。とりあえずはアーニャとでも呼んでくりゃれ』
老獪なしゃべり方をする褐色の少女の幻覚は、非難めいた視線を向けたかと思うと、続けざまに挑発的な笑みを浮かべた。
つらい。
結果から言うと私たち勇者パーティーはアークデーモンを倒した。
人類が初めてアークデーモンを倒した瞬間である。
しかしその戦いの最中、勇者を庇った拍子にデーモンが振るう魔剣によって、私の左腕は斬り飛ばされてしまった。
危険と隣り合わせの職業とはいえ、なんとも酷い話である。
それからダンジョンを出るまでの記憶は私にはない。
ただ、黒い空とバケツをひっくり返したかのような雨は覚えている。
そして――
目が覚めたら、ダンジョンで手に入れたと思しき得体のしれない義手が、肘から先にくっ付いていた。
もちろん無許可だ。
まあ、腕をくっつけるほどの治癒魔法を扱える司祭もパーティーにはいなかったし、無いよりマシだということで義手を取り付けたというのもわからない話ではない。
それでも私は声を大にして言いたい。
せめて許可は取れ、と。
私はアーニャと名乗る幻覚を、改めてまじまじと見た。
肩甲骨まで伸びた黒い髪に褐色の肌、ちらりと覗く八重歯、ルビーのように赤い目をしたつるぺたの美少女だ。薄い生地の服を纏うその姿はまるで妖艶さを形に表したよう。
一方の私は短くそろえた白い髪に白い肌、空色の瞳をしたナイスバディな美女だ。
この髪色は私がラグナデナンの白騎士と呼ばれる所以である。
ちょっと待て。
もしや私の中にこういうガキんちょ容姿の願望があったのだろうか⁉
『おぬし、今なにかとんでもなく無礼なことを考えてはおらぬか?』
気のせいでは?
『まあよい。あとわっちが見る限りおぬしはナイスバディというより、肩幅が広いというほうが合っておる。そこは高尚なデーモンと愚かな人間との、感性の違いで良いかや?』
見透かしたようなアーニャの視線は、私の全身を捉えている。
わざと言っているのだろう。
うるせー何が高尚なデーモンと愚かな人間だ、この幻覚め。
つらい。
それにしても、ころころとよく表情を変える幻覚だ。
よく見るとほんの少し透けて、彼女の向こうの景色が見える。足先もちょっとだけ地面から離れて浮いている。
明らかにこの世の存在ではない。
とはいえ、騎士にして修道士である神殿騎士がお化けを認めるわけにはいかない。認めてしまっては異端審問官がダッシュでやって来てしまう。
だからこの少女は幻覚で幻聴なのだ。たぶん。
『頑固な娘っ子じゃなあ。これだから人間という生き物は愚かで進歩がないのじゃ』
ほんと、よくしゃべる幻覚だ。
ただでさえボロボロになった身体だというのに、身に受けたものがさらにもう一つある。
呪いである。
アークデーモンが滅びの間際、血だまりに沈む私にかけた弱体化の呪いだ。
おかげで『当代最強の神殿騎士』なんて持て囃されていた私は、全盛期の戦闘技能、動き、キレ、その全てを失ってしまった。
今は並みの戦士と同程度かそれ以下といったところか。
まったく。どうしてくれるんだ?
ええ?
『良いではないか。おかげで、わっちとおぬしは出会えたんじゃからな』
うっさい。できることなら出会いたくなかったわい。
『おぬしはさっきから呪い呪いと言うておるが、呪いという言葉をわっちは好かん。陰気な感じがしてどうも好かん』
「好かんて……でも結局は呪いに変わりないんでしょ?」
アーニャは納得がいかないのかして、眉間に深い皺を刻む。
『人間はこれだからのう。自分本位ですぐに決めつける。もっと物事を柔軟に考えられんのかえ?』
うるさい幻覚だなあ。
『わっちらはお主にかけた魔法のことをレベルドレインと呼んでおる』
「レ、レベル?なんて?」
『レベルドレインじゃ。読んで字のごとく相手の戦闘レベルを強制的に激減させる秘術でな。ちなみに今のお主は……そうじゃな、レベル50から20まで下がっておるぞ』
にししと笑い、アーニャは私を見下ろす高さまでぷかぷかと浮き上がった。
いやいやいや、勝手に意味の分からない単語を作らないでもらいたい。レベル?人の強さを数値化するなんて、この幻覚は一体何を考えているのだ?
やっぱり何かが取り憑いたのではなく、心神喪失になった私が自己防衛のために見せている幻覚ではないだろうか。
だからこんな突拍子もないことを言いだすんだ。
『今のおぬしだと、わっちの本来の姿なら、鼻くそほじりながら片手でぶち殺せるのう』
アーニャはカカッと豪快に笑った。
つらい。