お酒とかわいいカノジョ
「お前の恋人、美人だよな」
「え、この流れで急にそんな話になるの?」
宴席の終盤で、あまりにも脈絡のないコイバナが始まった。しかも、やり玉にあがるのは自分。
「しゃーねえだろ。他の連中がぶっつぶれて、俺とお前だけが残ってから、二時間たってるんだから」
「いやまあ、話題がなくなったのは確かだけど」
「だろ?で、あのレベルの美人が側にいるってのはどんな気分なんだ?」
日頃の俺ならめんどくさがって答えない質問なのだけれど、今は酒精で口が軽くなっていたらしい。
「美人って思うことが、ほとんどないからなぁ」
「おっ、それは見慣れたということか?」
「いや、美人というよりも、かわいいの方が強い」
「なるほどね」
友人はジョッキに残っていた酒をグイっと一気に煽る。俺もそれに習った。
そして、友人はいやらしい笑みを浮かべた。すげえいやな予感がする。
「何をたくらんでいる」
「いや、何も?それよりやっぱり酒精の力はすげえよな。お前が背後に気づかないんだもんな」
「え」
「どうも、いつもあなたの背後に。かわいいカノジョです」
うっそ……。
◇
「なんでいるの?」
「俺が呼んだ」
「なんでさ」
しかし、色々と納得する。この友人があんなタイミングでコイバナを始めたのも、タイミングを見計らった上だったのだろう。死ねば良いのに。
「ひどいな君は。せっかくかわいいカノジョが、困っているだろう恋人のために駆けつけてやったというのに」
「いや、まあ、顔が見れて嬉しいんですがね。それより、困ってるって何に?」
少なくとも、俺は潰れていないので、わざわざ彼女を呼び出す必要はないはずだ。
「俺らだけで、こいつらを片付けるつもりか?」
「それに今回は、女性陣が全滅したらしいじゃないか」
「あー、確かにね」
野郎共は、最悪道端に転がしておけば問題ないが、女性陣はさすがに危険だろう。
「というわけで、私も飲むぞ」
「論理性皆無ぅー?」
「大丈夫だ。代金はあのハゲもちだ」
「一応、最上級生をハゲ呼ばわりはやめとこうね……」
「ついでに俺らのぶんもハゲもちにするぞ。あいつらのゲロの始末代だ」
友人もしれっと一番店で高い酒を注文し出した。俺もせっかくなので、一番高い肉を頼む。割りといつものことだ。まあ、20人の野郎共の汚ねえゲロ処理代と思えば妥当だろう。
「ところで」
「ん?」
「私のことをかわいいと言うのは、祖母かお前くらいだぞ」
恋人が急にそんなことを言い出して、思わず酒を吹き出した。忘れてたのに、蒸し返さないで欲しい。あ、鼻にはいった。
「ここで急にそんなこと言うのやめません?友人も見てるし」
「おう、俺は空気だからお構いなしに」
「いや、無理だからね!そんな手帳開きながら言われても、ネタにされる未来しか見えないからね!」
「まあまあ」
「まあまあじゃねえ!」
「それでだな」
「耳真っ赤にしながら、無理矢理進めないようにしようねぇ!」
だめだ、突っ込みが追い付かん。
「まあ、聞け。私はうれしい、ぞ?」
「あー、うん」
はにかむように、そう告げる恋人は、本当に可愛かった。俺はむず痒くなって、頬をポリポリかく。そして、二人の顔が近づいていき--。
「おう、バカップルども。肉と酒が届いたぞ。家でやれ」
みっ。
「ぁぁぁぁぁぁぁーーーー!!!!!」
「~~~~~~~っっっっ!!!」
「ったく。ホントにお前らは」
友人はやれやれと首をふっている。止めてくれてありがとうというべきかと一瞬血迷ったが、冷静になる。
「というか、お前が煽ったんだろうが!」
「煽りはしたが、実際に我を忘れたのはお前らだろうが」
「ぐっ」
「納得(言いくるめられて)してくれて何より。それより、お前の'かわいい'カノジョを正気に戻せ」
そう言われて、やけに静かになっているとなりの彼女に目をやると。
「ナグルケルミセゴトハカイスルハカイハカイハカイハカイ!」
「あ、これやばいやつだ」
恥ずかしさのあまり、破壊衝動の化身になってしまっていた。
友人(自業自得)を肉壁に、彼女をなだめることに成功したときには、店は若干破壊されていた。