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間章



 アラストルが出かけた後、玻璃は一人残された部屋の中で、アラストルの万年筆を使い新聞に挟まっていた広告の裏に絵を描いていた。執拗に線に線を重ねて彫るように描く。そして出来上がったのは記憶の中の懐かしい姿。シルバだった。

「アラストル、遅いな……」

 写真ほどの精度でそれを完成させた頃、玻璃は既に絵を描くことに飽きていた。元々留守番というのは好きではない。ディアーナに居た頃はいつも誰かしらは居るから、暇になったら構って貰いに行けば良かった。けれどもこの家にはアラストルしか居ない。彼が出かけてしまったら退屈だ。

 再び長椅子に横たわり丸くなって目を閉じる。この古びた長椅子は、決して高価な物ではないけれど、なんとなく気に入っている。安い木だけれど、長い間それなりに大切にされてきた品。そして、恨みや悲しみもたくさん吸い取っている。居心地が良い。

 このまま寝てしまおうか。そう思ったときだった。

 戸を叩く音がした。

「アラストル?」

 帰ってきたのだと思い、相手を確認もせずに玻璃は扉を開けた。

「よぉ」

 そこに居たのはアラストルではなく、玻璃のよく知る若い女だった。

 栗色の長髪を結い、いかにも活発に動きやすそうな衣装を身にまとった彼女を見て、玻璃は目を見開いた。ここに居てはいけない相手だから。

()()……どうしここに?」

「愛の力、かな? なんとなくお前が居る気がしてさ」

 瑠璃はそうは言うものの、彼女の視線の先を見て、それは嘘だと感じた。

「何をしに来たの?」

「迎えに来た。一緒に帰ろう玻璃」

 建物の中の気配を確認しているようだ。玻璃以外の姿を探しながら警戒しつつ、瑠璃は玻璃の手を強く握る。

「だめ、ちゃんと待ってるって約束したから」

「……お前はあいつを殺さなきゃいけないんだ。分かってるだろう?」

 どこか寂しそうに彼女は言うけれど、玻璃はもう、任務のことなんて考えられなかった。むしろ、懐かしさに浸れる今がいい。

「分かってる……でも、期限はまだあるから」

 遠い記憶を見るように、玻璃の瞳は瑠璃を映してはいない。

 ここにいると、シルバが見える。消えてしまいそうな程にぼやけていたシルバの輪郭がはっきりと感じられるようになる。

「馬鹿! とっととあいつを殺して帰ればいいだけの話だろ?」

 乱暴に玻璃の両肩を掴む瑠璃。心配してくれているのは知っている。

「……わかってる」

 玻璃は視線を逸らした。

 片割れに、後ろめたい気持ちがないはずもない。

「玻璃……ひとりでできないなら私が手伝ってやる。ほんの一撃で済むだろ? 一瞬で、楽に逝かせてやればいい」

「……うん」

 玻璃はまだ納得できないと俯いてしまう。

 瑠璃が気遣ってくれていることはわかっている。けれども、瑠璃の望む行動は取れない。

「玻璃」

 急かすような声に従えない。

「……いい、一人でやれる。だから、今日は帰って。マスターに悪いようにはしないから」

 玻璃はそれだけ言って瑠璃を玄関から押し出す。

「玻璃!」

 信じられないと言う片割れの顔を見るのは少しだけ、胸が痛む。

 感情がないなんて言われることが多い玻璃だが、心はちゃんと機能している。ただ、起伏の表現が少ないだけだ。

「ごめん」

 瑠璃の叫びを無視するように扉は音を立てて閉まる。

 玻璃はすぐに鍵を掛けて、長椅子の上で蹲った。

 瑠璃が何度か戸を叩くが、両耳を塞いで聞こえない不利をした。壊さないと言うことはそれなりに気を使ってくれている段階と言うことだ。

「ごめんね。瑠璃……」

 瑠璃は悪くない。片割れの玻璃を案じてくれているだけだ。むしろ、悪いのは玻璃の方。決断ができない。


 ―殺せない―


 頭の中で叫ぶ自分。


 ―殺さなきゃ―


 頭の中で響く声。

 二つの声に叫ばれて、玻璃はどうしていいのか分からなくなっている。

マスターも、瑠璃も朔夜もみんな好き。マスターは怖いけど、それでもずっと過ごした日々は嘘じゃない。

 だけど、アラストルは初めから優しい。少し口が悪いけれど、よく面倒を見てくれるし、なにより彼と一緒に居ると一番幸せだった時間に戻ったような気がする。

「シルバ……どうしたらいい?」

 広告の裏に描いた絵に話しかけても返事はない。

 絵だから。それだけじゃない。シルバは、重大な決断は自分でしなさいと玻璃が答えを出すまでじっと待っているだろう。

 アラストルもマスターも、そんなわがままは許して貰えない。

 どちらかを選ばなくてはいけない。そう考えればぎゅっと胸が締め付けられるようだ。

一人残された部屋の中で思考の渦は恐ろしい物に感じられる。

 せめてなにかが響いてくれればいいのにと思ってしまうほどに。

 けれども部屋の中はただ、静寂だけが潜んでいた。















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