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間章



 あの一件からいろいろあった。アラストルが入院したり、ジャスパーがお店を守り切ったり身長ほどの長さの反省文を書かされたり、玻璃にとって日常からかけ離れた日々が続いた。

 ようやく少し落ち着き、あの子と向き合う余裕も出来たと思う。

「じゃあ、行ってくる」

「お早くお戻り下さい。玻璃様」

 まだちぎれた腕が繋がりきっていないジャスパーは包帯で無理矢理くっつけた左腕を右手で押さえながら見送る。

 用意した紫の薔薇の花束を抱え、墓地へ向かう。

 今まであまり墓地には足を運ばなかった。そこには誰も居ないことを玻璃はよく知っている。

 わざわざ足を運ぶのは、きっと受け入れる準備ができたからなのだろう。

 そう、考えながら玻璃は薔薇の匂いを吸い込んだ。

「リリアンはナルチーゾかな」

 風に問いかけても返事はない。

「いや、ムゲットさ」

 風の代わりに風の名を持つ姉が答えたが玻璃は驚きはしなかった。

「本当?」

「ああ、シルバと一緒に埋葬されてる」

 どうして彼女がそれを知っているのかなんて考えなくてもいい。きっと見ていたのだろう。

「窮屈かな?」

「だろ。蹲って土の中だ」

 瑠璃は欠伸をしながら答えた。

 死んだ人は蹲った形で埋葬されるのだとかいつか教えてもらったはずだ。けれども玻璃は埋葬という瞬間を見たことがない。

「リリアンは白い花が好きなんだって」

「へぇ、なら白い花も買ってくるか?」

 女の子には優しい姉は、きっとリリアンにも気遣いをしているのだろうと思う。

「ううん。それはアラストルが持ってくるよ。私たちがあげてもきっと喜ばない」

 きっといい子のリリアンは知らない人から物をもらってはいけないと言い聞かされているはずだ。

「そうか?」

「たぶん」

 墓地を見れば荒らされた形跡はない。この国の墓守はきっと世界一優秀なのだと玻璃は思った。

「誰か来たのかな?」

 目当ての墓の上に緋色の花が乗せられている。

「マスターだろ? たぶん」 

 他にこいつの墓参りをするやつなんているのかと欠伸をしながら答える姿に呆れる。

「マスターが?」

「ああ、毎月来てるぜ。優秀な部下を亡くしたとか言って。結局あいつはお気に入りだったんだろ?」

 瑠璃の言葉に、玻璃は嬉しいような気に入らないような複雑な気持ちになった。

 彼のことだ。【部下を亡くしたことを惜しむ上司】の役が気に入っているだけの可能性がある。

「マスターは家族主義だからな」

「家族への憧れが強すぎるって朔夜が言ってた」

「まぁ、マスターも私たちと同じだから仕方ない」

 瑠璃は笑う。

 売られた子。本当かどうかは知らないけれど、マスターもそうだと聞いたことがあった。

「これもまた運命、かな?」

 ぽつりと零す。

「なんだそりゃ」

「シルバが言ってた。マスターは家族がいない人間ばかりを集めるって。そうやって大きな家族を作るんだって。それでね。みんなが出会うのは運命だって言ってた」

 自分で選んで作る家族は特別だから。その家族に選ばれたみんなも特別だと。

「ほんっと、そういうの好きだよな。あいつ」

「うん」

 呆れるくらい優しい人。きっと玻璃の境遇を思ってそんなことを言ってくれたのだろう。まだ、覚えてる。

「忘れないよ、シルバ」

 まだちゃんと頭を撫でられた感触も、温もりも、困ったような笑顔も、お腹を抱えて笑う姿も、任務の時の鋭い視線や怒ったときの殺気だってちゃんと覚えている。

 玻璃は瞼を閉じてシルバの姿を思い浮かべる。

 アラストルと過ごして、忘れそうになった彼の姿がより明確に思い出せるようになった。

「思っていたより似てないかも」

「ん?」

「アラストルとシルバ。シルバの方が上品だもの」

 もしかしたら元貴族だとかそんな上流の人だったのかもしれない。

「言えてる。あの男、声がでかくて潜入とかそういうの出来ないだろうしな」

 瑠璃は声を上げて笑う。その様子を眺めて、もう一度墓に視線を向ける。

 紫と火色の花が賑やかに見える。その光景に満足して来た道を歩み始めた。

「おい、もういいのか?」

「うん、もういいよ」

 ずっしり重かったなにかが外れて、急に体がかるくなったようなそんな気がする。忘れていたなにかが完全に戻ってきたようだった。









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