第十七章
「よくやりました。その首は騎士団にでも送り付けましょう。ああ、右腕も外してきて下さい。手首から上でも構いません。右手中指の指輪を証明できればいいのですから」
セシリオ・アゲロは上機嫌に言う。どうやら玻璃の仕事は満足のいく結果だったらしい。そして、玻璃はなにも疑わずに、殺した男の部品を回収しに行く。
「さて、あなたはどうしましょうか」
声が近づいたかと思うと、セシリオ・アゲロはアラストルの髪を掴んで強引に顔を上げさせた。毛根が悲鳴を上げそうだが体の痛みでそれどころではないアラストルはただ睨みつけることしかできない。
「本来なら……殺してしまうのが手っ取り早いのですがね。玻璃が世話になったことですし……依頼人が死んでしまったので依頼は無効ですかね?」
セシリオ・アゲロは楽しむように考える仕種をしながら瑠璃を見た。
「ちょ、ちょっと待てよ! それを早く言え! ったく……そういうことならただ玻璃を呼び戻せばよかったじゃねぇか」
瑠璃は呆れ、不満を見せ、それから拗ねた様な仕種をとる。
「第一、依頼人を殺したのは玻璃ですよ?」
ふふふと笑いながら言う姿はまるで悪戯のネタばらしをするようだ。
つまりこの男は玻璃を試そうとしたのだろう。
「はぁ?」
「あの首が依頼人です」
「嘘だろ? なんで殺させたんだよ!」
瑠璃は信じられないと吼える。瑠璃からしてみればアラストルは邪魔者だから消しておきたかったというところだろう。
「僕の愛娘を殺そうとする男は死んで当然です。むしろ……無料奉仕で殺してあげたくなります」
アラストルは意識が朦朧とする中、どうして自分はこんな男に殺されそうになったのだろうと考え、出来れば二度と関わりたくないので深く考えないようにする。
「マスター、腕」
玻璃の声が響く。戻ってきたのだろう。また感情の読めない声に戻っている。
どうせ顔色一つ変えずに外見からは想像できないほどかわいくない物を持って戻ってきたのだろう。
「よく出来ました。では、これはどうします?」
突然手を放され、アラストルは瓦礫だらけの床に顔を強打した。
「アラストル!」
玻璃が悲鳴に近い声を上げた。
一応心配してくれる気はあるのだな、などと考えながらも現状はあまり喜ばしくはない。
「そんなにこの男が大事ですか? この男はアルジェントではありませんよ」
幼い子供に言い聞かせるように言うセシリオ・アゲロに、玻璃は微かに怯えを見せていた。
「殺さないで」
「え?」
「殺さないで……お願い……」
玻璃の声は震えている。
それもそうだ。アラストルはセシリオ・アゲロがいつでも殺せる距離に居る。玻璃が恐れているのはセシリオ・アゲロの存在ではなく、また失うということなのだろう。
その気持ちだけで十分だ。そう言ってやろうと思った頃、想定外の言葉が響く。
「殺しませんよ」
「え?」
「この男は玻璃を助けました。命には命を。これが女神が定めた我々の掟ですからね」
深く息を吐いたかと思うと、セシリオ・アゲロは自分よりも頭一つほど大きなアラストルを軽々と担ぎ上げた。
「不本意ながら……この男は女神の加護を受けたようです。瑠璃、この男を病院へ。医者に診せる必要があるでしょう?」
咄嗟にアラストルの手を掴んだ玻璃を言い聞かせるように彼は言う。そして瑠璃に視線を向け、少しだけ不満そうな仕種を見せた。
「なんで私がこいつを運ばなきゃいけねぇんだよ」
「あなたの足は国一番でしょう?」
「そりゃあそうだけどさ」
「かわいい玻璃の恩人ですよ?」
小さな子供の様に不貞腐れた瑠璃をセシリオが窘めれば彼女は渋々と言った様子でアラストルを受け取る。予想外に軽々と、そして乱暴に担がれたアラストルは思わず呻いた。
怪我人の扱いがなってねぇ……。
それでも、一応治療は受けさせてくれるつもりらしい。
出来れば気を失ってしまいたかったと己の頑丈さを呪う。
「さて、玻璃。あなたは一度戻りますよ。たっぷりとお説教がありますからね」
追いかけようとした玻璃の腕を掴んだセシリオ・アゲロの表情は、娘を叱る父親そのものに見えた。
「おい、ロン毛」
瑠璃は駆け出しながら声をかけた。
「生きてるか?」
アラストル・マングスタはああ、と返事をしようとしたが、声が出ない。
少しずつ体が麻痺しているような気がした。
「死ぬんじゃねぇぞ。私はお前が死のうがどうでもいい。むしろ死ねとさえ思うが、玻璃が悲しむだろう」
瑠璃の言葉が遠い。まるで水中で話しかけられているかのように音が聞こえなくなってくる。
「おい、聞いてるのか? おい!」
そして、音が完全に聞こえなくなった。




