序
待つのは嫌いじゃない。
しとしとと雨が降り続ける大聖堂の屋根の上で玻璃はそう思う。
標的を待つとき、どきどきする。
普段は玻璃のことなど気にせず通り過ぎる誰かがどんな表情をして死んでいくのか、そう考えるだけで胸が高鳴るような気がする。
人は玻璃を人形のようで感情なんて持っていないのではないかと言うこともあるけれど、そんなことはない。
少し表に出すのが苦手なだけで、ちゃんと心は持っている。ただ、仕事に邪魔だから奥底にしまい込む時間が増えてしまっただけだ。
玻璃はしっかりと手に馴染む小型のナイフを弄びながら標的を待つ。
この国は雨ばかりだ。もしかすると月の女神は雨の神なのかもしれない。唯一にして全能なる母、月の女神は玻璃が所属する組織の名にもなっている。
ディアーナ。とても美しい女性だと養父であるマスターは言っているけれど、玻璃は未だにその姿を見たことがない。
ただ、金の為に殺す。養父の為に殺す。女神の為に殺す。
殺し屋である玻璃は、命じられるままに命を奪う。
それに関して、最早なにも感じない。
元々、玻璃は奪うものだ。
しょっちゅう、白い服の女が血の涙を流しているところを見るけれどそれにも慣れてしまった。
血の涙を流す女、死を告げるもの。とても不吉な存在。
また、すれ違った。
涙の痕を拭いながら、白い服の女がふわりと消えていく。
人間じゃない。魔術師でもない。ただ妙に心地いい気配を感じるのは、彼女の力が玻璃にとって都合がいいからだろう。
「……寒い」
思わず溢す。
嫌じゃない。けれども、雨が降り続けると、どうしても寒いのだ。
薄着のせいだろうか。濡れた服がぴったりと肌にまとわりついて玻璃の細い線を一層強調する。
もう、三日目だ。少し空腹を感じるけれど、逃すわけにはいかない。
失敗すれば死ぬのは玻璃だ。使えない駒は必要ない。
女神の命は絶対だ。
まだ、声すら知らぬ女神は玻璃に沢山命じてくれる。
嫌いじゃない。雨も、命令も。
だって、それは生きるために必要なことだから。