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「ジョゼと虎と魚たち」田辺聖子さんと渡辺あやさん

 前回の続きです。早速、宇和島図書館に行って「ジョゼと虎と魚たち」を借りてきた。分厚い田辺聖子全集の16巻に載っていた。しかしこの分厚い本が20巻以上あって、それだけ見ても、田辺聖子さんはすごいと僕は驚愕してしまうのだ。

 

 さて原作の「ジョゼと虎と魚たち」の話である。面白いし、読んだあともいろいろ考えてしまう余韻のある短編だ。僕は田辺聖子さんの作品といえば、母が結構好んで読んでいたので、中年のおばさんが好む、ユーモアとウィットに富んだ小説と勝手に思い込んでいた。(NHKの連続ドラマ「芋たこなんきん」の影響も多少ある)だめですね、勝手な先入観で物事を判断してしまうのは・・・・・・。   

 原作の「ジョゼと虎と魚たち」は25ページ余りの短編だけども、見事に問題を提起していると思う。ロシアの作家アントン・チェーホフの言葉に「すぐれた小説か否かは、どれだけ作者が問題を正しく提起できたかによる」とある。わかったような、わからないような言葉だが、結局読み手がどう答えを見つけるかということだろう。そういう意味から考えると、原作の「ジョゼと虎と魚たち」は読み手1人ひとりが微妙に違った答えを出す、優れた作品だ。

 

 ところが映画の「ジョゼと虎と魚たち」は物語として完結している! 犬童一心監督と渡辺あやさんは明確にひとつの答えを観客に提示していると僕は感じた。だから小説と映画はまったく別の作品ではないかと、原作を読んだあとショックを受けたのだ。しかしDVDを何回も見返し、原作も数回読み直していくうちに「ん、ん、ん、?」と思うようになった。

 

 驚いたことに借りてきた全集の月報に渡辺あやさんが寄稿している。(冷静に考えればありうる話です)その中に「完全に幸せだった瞬間を墓標にして、思い出は今は深く眠っている。けれども、うっかり開いてしまえば、苦しいような愛しいような、どうにもとらえがたい色合いの感情が溢れ出てしまうー」という文章があった。

 人を愛し、愛された人は渡辺あやさんが言うように、心の奥底に鍵がかかった宝の箱がある。僕たちはいつしか、その宝の箱を忘れてしまったかのように生きている。けれどもその宝の箱の存在が僕たちを僕たちたらしめているのだ。ふとしたことをきっかけにその箱が開いてしまうと、世界の風景は変わってしまう。それは再び世界に恋をしてしまうことかもしれないし、生の中に死を、つまり物語の永遠性を信じることかもしれない・・・・・・。


 僕は田辺聖子さんからも、犬童一心監督・渡辺あやさんからも同じメッセージを受け取ったと思う。

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