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黄昏時ノ探偵  作者: きのこシチュー
9/20

辰の一つ 御守リト二人ノ絆

人間は死ぬ。

それはもう当たり前のように、死ぬ。

それが、自然の摂理だ。


そんな事は最早、驚くまでもない。



——なら、妖怪は?


「死」が自然の摂理であるのなら、妖怪はどうなのだろうか?


妖怪は“人間の恐怖”が形を持ったものだ。

その“人間の恐怖”が、この世から無くならない限り、妖怪は死なないだろう。


「死」が無いのなら、この生は、意味のないものなのではないか?

いや、生きていても、死んでいる事と変わらないのではないか?


そう考えてしまったら、もうその考えが自分を捕えて離さない。

なんだかこの生が無意味なものに見えてきて、生きる、という事が何なのか分からなくなったのだ。


死に触れても、生に触れても、理解らない。


そんな無限に答えの出ない謎に、その吸血鬼は、縛られ続けていた———







紅に咲き誇る月と〜菊の章〜

『黄昏時ノ探偵』

辰の刻 御守リト二人ノ絆






「はぁッはぁッ」

激しい呼吸音が、日の傾きだした街中に響く。

嘘でしょ。こんな事ってある?

まさか植木鉢が落ちてきたと思ったら、逃げた先で電光掲示板が落ちてくるなんて思わないじゃない!

いくら私が死ににくい体質でも!

痛いものは痛いんだから!


——私、小泉京香こいずみきょうかは、鶏鳴町の住宅街をひたすらに走っていた。


嗚呼これは呪いだ。きっと彼女はまだ怒っているんだ。

ごめんなさい、ごめんなさい、許して京子!!だからもうやめて!!

私は頭の中で泣きながら、ひたすらに走り続けた。


何故走り続けるのか?

…決まってる。

京子の呪いから逃れるためだ。


どうして逃げるの?

京子が私を…

いや、違う。待って。私は、誰と、


『どうシテわたシをサけるの?』

嗚呼やっぱり!この声は京子の声だ。

嫌だ嫌だ怖い怖い怖い!!!助けて!!!呪わないで!!!


そんな思いで、私は一心不乱に走った。

走って、走って、走って、

「そんなに走ったらコケるぞー」

「ひぁ?!?!」

…唐突に後ろから声をかけられて、私は驚き足を止める——と、思いきや、そばにあったらしい小石に躓く。

「おっ、と」

が、すぐにその後ろの誰かに支えられたおかげて、私の体は地面に叩きつけられる事にはならなかった。

「大丈夫か?」

「あ、はい…ありがとうございま、っ!?」

後ろを振り返って確認すると、黒い服を身に纏った金髪赤目の表情の無い少女が、そこにいた。——銀色に光るナイフを、片手に持って。

「なら良かった。じゃ、殺されてくれ」

「ひっ…!」

——嗚呼、やっぱり呪いだ。

私があの時、あの場に居たのなら。私が代わりに殺されていれば。

京子は私を呪う怨霊なんかに、ならなかったはずなのに。

さすれば目の前の彼女は、京子が遣わした死神か。


無表情のまま、淡々と。

黄昏色に輝くその髪を揺らして、少女のような死神は、ナイフを振り下ろした——





——ガキィン!


不恰好な金属音が響く。


「………え?」

「………」

死神は、私を貫くのではなく、近くの地面にその刃を突き刺していた。

私は自分が死んでいないことに安堵の息を漏らし、尋ねたい事を口にしようとした。が、先に言葉を発したのは彼女の方だった。

「ま、お前はワケありっぽいし、今はやめとく。今殺そうがあとで殺そうが変わらんだろうしね」

そう無表情で言った金髪の死神は、私に背を向けて歩き始めた。

どこにむかってるのかと彼女を目で追いかけると、その先にあったのは、


「……夜長、探偵事務所…」


普通の私立探偵…というのは建前で、裏では怪異事件を解決している探偵だと、そんな噂を聞いたことがある。

そこに、死神が何の迷いもなく向かっていく。…なにかおかしい。どうして殺しをする人が探偵のところに行くの?

いや、それよりも。

「ま、待って!どうして私を狙ったのか、それを教えて!」

「ん?ああ。…私は、吸血鬼が嫌いなんだ」

「……へ」

「私の目標は吸血鬼を滅ぼすこと。ただそれだけのために私は生きてる。…わかったか?」

それだけ言うと死神のような少女は、私に対し手を差し伸べた。他にどんな事を聞いても、全て無視されてしまいそう。

「ほら、立て。事務所はすぐそこだ。まさか悩みを言わずに帰るとか言うまいな?」

私はその手を恐る恐る取る。

彼女は私を引き上げ、そのまま探偵事務所に引っ張っていく。私はそんな彼女にただ引きずられて行くだけだった。




「夜長ぁー、急患だぞぉー」

「急患って…ここ病院じゃないからね?」

事務所内に入ると、帽子をかぶり茶色いローブを着用した、いかにも少年探偵という出で立ちの男の子が私たちを出迎えた。

「って夜長?!夜長ってここの、」

「何に驚いてるかはわからないけど…いやまあ大体分かるけどさ…

そのとおり。僕がここの所長、夜長月飛さ」

まさかこんな小さな男の子が所長だなんて。すぐ近くでコーヒー?を飲んでる男の方がそれっぽいじゃない。

なんとなく私は乱歩の「少年探偵団」を思い出した。

「それで、どんな悩み事かな?」

「あ、えっと…」

私は、今まで起こった不幸を、次々と告白していった。


「なるほどね。植木鉢に、電光掲示板…」

「しかもそれ以前に車に轢かれかけたり、川に落ちたけどすぐ助かったりしました。あれは怖かったです…水は人を救いますが殺しもするから大嫌いです」

「凄い不幸体質だね…」

「いえ…前まではこうじゃなかったんです」

「…というと?」

私は、こうなる前のことを目の前にいる少年探偵に全て話した。



——私には双子の妹がいた。

名は小泉京子こいずみきょうこ

双子の宿命として、彼女は私とよく似ていた。姿形も、声も、趣味も好みも。

ただ違っていたのは、彼女は少し好奇心旺盛で、私は少し慎重派な事だ。

…それでも私達は仲が良かったと思う。

互いの衣装を交換して入れ替わったり、多分世間では双子語呼ばれるのだろう2人の間でしか通じない言葉を高校生になった今でも使い続けた。

隠し事もきっと無かったように思える。少なくとも、私は無かった。全てを京子と共有していた。


そんな、ある日のことだった。

私と京子はいつも通り、入れ替わって学校に行った。私と京子は双子であるが、学校は違うところに通っていた。…まあつまるところ、私は志望校に落ちて滑り止めに入り、京子は志望校に合格した、というだけの話。姉妹や兄弟なら珍しくもない話だ。

ともかく、私は“京子”として学校に行き、京子は“京香”として学校に行ったのだ。


なんでもない1日になるはずだったのに。


私と、京子を引き裂く、凶悪な事件が起こった。



「女生徒殺害事件、か」

そこまで聞いた探偵は、ポツリとそう呟いた。

「あ、知ってるんですね。市外なのに」

「そりゃあね。あんだけ血生臭ければ誰の耳にも入るものだよ」


——女生徒殺害事件。

それは、ここ加賀瀬尾市の北にある岳葉たけは市で起こった事件。

私と京子はここ加賀瀬尾市が地元だが、私は志望校であった朱穂野あけぼの高校に入れなかったため、岳葉市にある私立高校・静織しどり学院高校に入学したのだが、これが悲劇の一端になった。

この事件、実は()()狙って起きたらしいのだ。


——つまり、当日私のフリをしてその場に居たのは。


「……そういう事か。君の代わりに妹さんが死んだんだね」

「…………だから、」

「うん?」

「…だから、彼女は私を呪っているんです!私に取り憑いて…!」

ぶるっと身震いする。

私は昔から()()()()()が大嫌いなのだ。京子は好きだったみたいだけど。

「…犯人の心当たりは?」

至って冷静に探偵は尋ねる。

しかし私は彼女が憑いている妄想に囚われ、全く冷静さを欠いてしまいながら答えを告げる。

「し、知ってるわけないじゃないですか!知ってたら私、妹の復讐に行ってますよ!」

「う、うん分かった分かった。分かったから落ち着いて?」

探偵に宥められながらも、勢いで私は胸の内にあった全てを吐き出した。

「京子は、一瞬にして殺されました。一瞬ですよ?それ故に、犯人の顔も分からない…死因しか分かってないんです。いや、京子なら知っているかもしれない。でももう…私を恨むだけの魂に成り果ててしまった…だから、分からないんです。心当たりもない…」

しぃんと静まり返る。

探偵は困った顔をしながら、カップに入った飲み物を口に含む。

そしてカラになったカップを置きながら、探偵は優しい口調でこう切り出した。

「…君の事情は大体分かったよ。それで、君はどうしたい?…僕はどうすればいい。その妹の霊を祓ってほしいのかい?それとも殺人犯を捕まえてほしいのかい?」

「ゔっ…」

痛いところをつかれた。

正直、どちらもやってほしい。

だが「どちらも」と言っていいのか分からない雰囲気だ。どうしよう。

「…まあ僕は犯人を捕まえる系の探偵じゃないからね、そっちは期待しないでもらいたい。ところで、君はここのルールを知っているかな?」

「え?」

探偵事務所にルールなんてあるんだ。知らなかった。

「まあルール、と言っても合言葉の類なんだけど…その様子じゃ知らなそうだね」

「は、はい…なんかすみません」

「ううん、大丈夫。無知は悪いことじゃない。ただ、僕はこれを聞かないと怪異事件解決へ動かない事にしているんだ。だからまあ…とりあえず、知っている花札の単語はあるかい?」

「花札…ですか?ええと…」

花札ならお母さんと一緒に遊んだ記憶がある。

なので私は必死に思い出そうとウンウン言いながら頭をひねってひねってひねった。

そして、一つの(こたえ)を手に取った。

「…あ、菊に盃…でしたっけ?」

「ピンポイントだね…まあいい。それじゃあ、ご依頼ありがとう。君に取り憑いている幽霊の事、僕の方でどうにかしよう。殺人事件の犯人は…まあ極力頑張ってみるよ」

「ほ、ホントですか?!」

「困っているのなら助けないという選択肢はないよ。…ただ、ひとつだけ。君、妹さんの形見みたいなの持ってないかな?あるならそれを貸してもらいたい。そうすれば、2日あればどうにかできると思う」

私はその言葉を信じ、首から下げていた京子の形見の御守りを探偵に託した。


その日はそのままお開きになったのだが、不思議なことに、その後2日間、何も起こらなかった——。



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