卯の四つ 茂ミノナカノ悪魔
『はははっ、ははははははっ!!』
目の前の人物が腹を抱える勢いで笑う。
その様子に、夜長は警戒心を強める。
『はー…いやぁ笑った笑った。それで?どうして私だと思ったんだい?あとなんでバレたのかなぁ完璧だったのに』
飄々とした様子で足のない彼は笑う。
「…ならタネ明かしをしてあげよう。
まず、どうして君だと思ったのか。
これは簡単だ。こんなところにいる上に、結界なんてものを張ってるからね。怪しさ満点だよ。
あとは貘くんのモノマネ、ちょっと下手だった。
これでどうだい?少しは疑問の解消になったかい?」
『ははっ、これはこれは…ありがとう!とても役に立った!』
彼は態とらしく手を叩く。
と思えば次の瞬間、その顔から笑みが完全に消える。
『では次の質問なのだが…どうして君たちはここにいるのかな?ここは私だけがこれる場所なんだが?』
「…それこそ、本物の貘くんの手引きだろうね。こっそり僕らのポッケに忍ばせていたのだろう、この花は恐らくニゲラと呼ばれるもの。花言葉は『夢で逢えたら』。夢に関連する花言葉だから本当に招待状としての役割を担っていたんだろう。」
夜長はポッケから一輪の花を取り出した。
少し萎れてしまったが、青い花弁のようながくが綺麗な花だ。
「だが夜長、コイツはさっき貘のフリをしていた時に自分から招待状だと言っていたぞ?実は知ってたんじゃないのか?」
「いや、どうだろうね。テキトーに話を合わせてた可能性もあるし」
「というか、なんでこんな事をしたんだ?」
「それは——」
夜長は、突然手の中の小さな花を、握りつぶした。
『なッ…!貴様ァ!!』
ヒュン、と音を立ててナイフが飛んでくる。が、夜長はサッと避ける。
「——こういう事さ、皐月くん」
「いや全くもって分からないのだが」
夜長はガクッと転びかける。
まるでバトル漫画の強キャラのように華麗に避けて流れるように後ろの皐月に振り返ったというのに、この仕打ち。せっかくカッコつけたのに台無しである。
「いや今ので分かってくれよ…」
「すまん僕夜長じゃないから察せられない」
「…まあいい、説明しよ…ッ?!」
ヒュン、と音を立ててまたもやナイフが飛ぶ。
それを夜長はすんでのところで避け、皐月は先程の夜長のように華麗に避ける。
『テメェは許してはおけねぇ…!俺の…俺の俺の俺の俺のォ!!』
ごおっと彼が飛びかかってくる。その手にはナイフが握られている。
それを夜長は、二枚の札を投げて凌いだ。
札は先程のようにパァンと音を出して弾ける。
ちなみに札の絵柄は“菊に盆”と“坊主”であり、こいこいのルールで“月見で一杯”と呼ばれている役である。
『俺の、私の、花を!!勝手に!!勝手に奪ったヤツは!!』
狂ったように叫ぶ男。
それを見て、夜長は「……こういうことさ、皐月くん」と哀れむような声色で、呟いた。
「…何故、夢に閉じ込めるんだい?」
狂ったようにナイフを振り回す男を避けながら、夜長は落ち着いた声色でそう尋ねる。
しかし男は『花、花花花花花はなハナハナハナァ!!!俺の私の大事なッ!!』と叫ぶだけ。
夜長ばかり狙われているこの状況に、メガネをかけた皐月が乱入する。その手にはナイフが握られており、男のナイフを夜長に当たるすんでのところで弾く。
ちなみに末原はその辺に隠しておいた。
『お前、お前お前おまえオマエ!!邪魔邪魔邪魔ァ!!』
殺しを邪魔されたからか、男は逆上して皐月へと向かっていく。
それを皐月は無言で凌いでいく。
「ありがとう皐月くん、助かった」
夜長はそう言って花札の箱を触る。
そして、
「こいこい!」
と大声で言うと、その触った手の中に、1枚の札が出現した。
それを見て夜長は、思わず驚きと喜びの混じった表情になる。
だが。
「ッ、皐月くん!」
キィン、という金属音が響く。
音のする方を見ると、そこには。
追い詰められ、尻餅をついて動けない皐月がいた。
手の中にあった刃物があらぬ方向へ飛んでいってしまったらしい。
「………僕らは、負ける」
ボソッと彼が呟く。
呟くだけで、それ以上彼は何も言わなかった。
ただ、次に自分を襲ってくるだろう男を、見つめるだけ。
『へぇ…負けを認めちゃうんだァ…あっはは、愉快だ…実に愉快だァ!!』
ゆらり、と男は皐月へ刃物を向けた——
———キィィィン!
大きな音が響く。
ナイフが宙を舞い、遠くの床へと転がっていってしまった。
と同時に、男が先程の皐月と同じように、尻餅をつく。
『な、何者だッ!!』
男はお決まりのセリフを、その誰かに投げかける。
「何者か、だと…?それはなぁ…」
“誰か”も同じくお決まりのセリフを返す。
——そこには。
「真打はッ!!遅れてやってくるッ!!…というヤツだ」
クセのある金の髪を風になびかせる、ナイフを構えた可憐な少女が立っていた。…そっと貘を添えて。
「つ、椿紅くん?!どうしてここに…!」
男に対しドヤ顔を決める金髪の美少女—椿紅アルトに、夜長は困惑気味でそう尋ねた。
…無理もない。卯の一つで眠りについてしまったはずの人物なのだから。というか事件解決に乗り出すキッカケになったと言っても過言ではないくらいである。
そんな彼女が、いきなり目の前に現れた。
これは夜長にとって予想だにしない展開なのだ。
「ん?ああ、この変なヤツがなんか特別にって」
『ヘンなヤツ言うな!ボクはバクだってナンド言わせるんダイ?!』
「えーだって変だよ、鼻はゾウ、尾はウシ、脚はトラに似た白黒動物って。もう少しデザイン改めた方がいいと私は思うが?」
『モウこれでデザイン通っちゃってるカラ今更カエられないヨ!!諦めて?!?!』
「むぅ、そんな意地悪言うなよ…もっと頑張れよ!もっと、熱く、」
『言わせネーヨ?!?!』
何故か始まったコント(?)に、夜長は戸惑いを隠せない。
なんだろう、このゆるさ。
椿紅くんが居ると、なんか一気に空気がおかしくなるなぁ。
と、呆れ顔で思う夜長であった。
「ってか貘くん?!君今までどこにいたの?!この世界君の管理下でしょ?!いいの、この辺一帯…めちゃくちゃだけど…」
『ウーン、そうなんだよナァ…前からズッーとこんななんだ。ドウにかしたかったんダケど、原因もワカラなかったカラネ…だからキミたちにオネガイしようかなって』
「ああ…なるほど…」
人使いが荒いなぁ、と夜長はため息をつく。
『それでドコ行ってたかとイウと、そのコを夢の世界カラ見つけダシて、管理者権限でココと繋いでタンだ!なかなかタイヘンなシゴトだったんダヨ…』
「そうだったのか…!ありがとう貘くん、助かったよ!」
にこっと微笑む夜長。それを聞いてお前の手柄じゃないのにドヤる椿紅。とても可愛い。
しかし男も黙っておらず、立ち上がったと思えばすぐに椿紅の方へと向かって行く。
『殺す、殺す殺す殺すコロコロコロコロコロ』
「おっ…と!素手で向かってくるとは愚かな人間だ、なッ!」
振りかぶった拳は、すぐにナイフで傷つけられてしまう。
何度も、何度も、何度も。
切られるごとに殴ろうとし、振りかぶるごとにそれを切る。
何度も何度も繰り返し繰り出させる攻撃に、だんだんと疲弊していく椿紅。
「ッ…夜長!コイツなんでこんなにッ…血気盛んなんだッ…?!狂戦士か?!」
「いや狂戦士は分からないけど…、でも多分——」
闘う椿紅を横目に、夜長はスッと何かをポッケから取り出す。
それは、3枚の花札。
「——彼は、守ろうとしているんだろう」
「…は?」
夜長の答えに、椿紅は不満そうな声を出す。
が、夜長は気にせず話を続ける。
「誰かとの、思い出…だろうか。
きっとその誰かは大切な人だった。その人は、彼に花をくれたのだろう。
恐らく、その大切な人は花が好きで、花を育てている人なんだろうね。
だから、彼は、花を台無しにする人や、花を買うのではなく摘んでいく人に大きな怒りを向けた。
それはきっと生前もそうだったのだろう。どこかでその人の育てる花を摘んでいった人がいたんじゃないかな?
そんな人なら、死んだ後、無色の魂—幽霊になった時に、色を付けやすい」
「…色?どーゆー事だ?」
椿紅の声から不満の色は消え、代わりに疑問の色が付与された。単純な女である。
「悪霊とか怨霊っていうのは、とある一つの感情を膨張させて生まれるんだ。
それは、呪い。そして、怒り。
無色であるが故に、染まりやすい。しかも生前とある一つの事に対し異常な怒りを見せていたのなら、尚更さ。
その怒りを、膨らませればいい。」
だんだんと、殺りやっている2人へと近づいていく。
それに男は気づかない。
「誰がそれを膨らませたのか。そしてどうして夢に閉じ込めるのか。
それは分からない。
でも——
——僕は、彼を止めなくては。」
哀れみを持った瞳で、夜長は花札を——投げた。
それぞれに猪、鹿、蝶の描かれた、“猪鹿蝶”と呼ばれる役。
「——もう、お休み。君は、解放されていいんだ。」
その3枚の札は、男へぶつかると、例の如くパァンと弾け
——なかった。
すぅ、と優しく、光が彼を包み込むように。
彼も彼で、まるで何か取り憑いていたものが、消えたような。そんな顔をして、徐々に足から消えていく。
それと同時に、不気味だった夢の世界の一部が、元通りになっていく。
完全に彼が消える頃には、もうすっかり夢の世界は元通りになっていた。
『アリがとう!キミたちに頼んでヨカッタよ〜!』
「いや言葉で頼んで…?次からでいいから…」
じゃないと依頼料取るよ?と厳しめの顔をして夜長は付け加える。
「そういや貘はどうやってアルトを知ったんだ?僕らは何も言ってないはずだが…」
『ああ、そりゃあネェ…
彼女が、キミたちに不幸が訪れるユメを見てたカラね。』
その答えを聞いた皐月はすぐに「ア〜〜ル〜〜ト〜〜???」と椿紅の頭をぐりぐりする。椿紅は「私のせいじゃないのに!」と悲鳴をあげる。ご愁傷様です。
『ソーいえばサツキ。キミなんでメガネかけてたノ?今は外してるノニ…』
「ん?ああ、それはな…
僕は能力者なんだ。」
『………ウン?』
突然の厨二病みたいな設定に、貘はそのままの顔で頭にハテナを浮かべる。
「『メガネを付けている間に言った言葉が反転して、過程はどうあれ実際に起こる』という能力を持っていてね。だから「僕らは負ける」と言ったんだ」
『アー……そういうコトだったんだ………』
貘は、若干理解しているのかしていないのか分からない声をあげる。
つまり、「僕らは負ける」という事象を、「僕らは勝つ」という事象に反転させたわけである。
「そういえば貘くん、さっき前からああなってたって言ってたけど、もしかして夢に囚われた人が続出した時期と…?」
『そうだヨ。ああなった夢のトビラはこちらからジャ中が伺えナイんだ。』
「だから「最近の人は夢を見ない」なんてボヤいてたの…?なんて回りくどい…」
はあああ、と重い溜息。
と、そんな会話をしているところで。
夜長の体の色が薄くなっていく。…消えかかっているのだ。
『オット…そろそろオワカレみたいだネ』
「そう、なんだね…」
他のメンバーも見てみると、やはり消えかかっている。
ちなみに末原はまだ気絶している。夢の中で気絶ってどんなだ。
『じゃあネ、探偵サン。マタ会えたら会おウ!』
「うん…さよなら、貘くん」
そうして4人は、夢の世界から離脱した。
——後日。
「夜長さん!朗報ですよ、朗報!」
「分かった分かった。落ち着いて、採月くん」
夜長探偵事務所には、客が来ていた。
採月このはと、露隠初月のオカルト研究部コンビだ。
「悪夢に囚われていた人達、全員解放されたんですって!」
「ほへ〜〜〜」
気の抜けた声を出して、夜長は目の前に置かれたマグカップの中身を口に含む。
「…またココアじゃん!!」
「美味しいよね!!」
「もうそのネタいいよ!!」
「あ、あの…?ろうほう、ですよ…?」
自分をスルーし剰えコントを始める探偵に対し、部長の少女は不安げな声を出す。
「ああごめんごめん。だろうな、と思ったからつい…」
「ひ、酷いですよ〜〜!!ってもしかして解決しちゃったクチですか?!」
「う、うん、まあ…」
「す、凄いです!!どんな風に解決したんですか?!」
キラキラと目を輝かせ、ずずいと近く少女と、困った顔の探偵。それを見て露隠が採月の頭にチョップを入れる。
「あ、そうだ探偵さん。今コイツが全員解放されたって言ったけど、1人だけ未だに眠ってる奴が居るんだそうだ」
「えっ…?」
「それは確か、——」
「露隠くんが言っていた空き地ってのはここか…」
ひゅうう、と寂しい風が吹く。
夜長が立つその場所には、恐らく家でも建っていたのではないか?と思わせるスペースがあるが、今は花以外何も無い。
…いや、いつもならそうなのだろうが、今回は違った。先客がいるのだ。
「……貴女が、花さんですか?」
夜長は、優しくそう話しかける。
先客はふわっと長いスカートを翻し、こちらを振り向いた。
「ええ、花ですけど…どちら様ですか?」
——黒田根花。
セミロングの黒髪を、ハーフアップにした可憐な少女。
彼女こそ、事件解決後も眠りについていた、その人だ。
彼女は1ヶ月前からすでに目を覚まさなかったのだが、貘によれば普通に夢を見ており、悪夢事件の時も夢の扉は正常だったらしい。
つまり、彼女は事件に無関係——というわけでもなく。
「…花さん、貴女は六気浩夢という男を知っていますか?」
「へ…?!な、何故ですか?!か、彼に何か…?」
やっぱりか、と夜長は心の中で頷く。
——六気浩夢。
彼は、一週間前に亡くなり、そして悪霊と化した人物である。
つまりは、悪夢事件を起こした犯人。
夜長は貘から、花の見る夢に彼が出ていたことを聞いて、色々なツテ(妖怪の皆さん)を辿って彼の情報を集めたのだ。
「…花さんには言いにくいのですが…六気さんは、一週間前に…」
「——なーんて、分かってましたよ、私」
「………へ?」
予想外の反応に、思わず夜長はズッコケそうになる。
「ここは元々、私と浩夢が住む家が建つ予定だったの。それで、細かいところは浩夢が決めていた…だから、ここには何も…無いのね……きっと…」
寂しそうな顔で、彼女はそばに咲いていた花を見つめる。
「…彼ね、花が大好きだったの。自分の庭に咲いてる花を摘んでいく子供に、訳がわからないくらい憤慨するの。そこがおかしくって。いっつも私は笑っちゃう」
——嗚呼そうか。だから彼は、ここで花を摘んだ人を、呪ったんだ。2人の場所を、穢し、花を奪う人を。夢に閉じ込めるのは、無意識のうちに夢に囚われた彼女の事を、想っていたから。
夜長はその話を聞いて、その結論に達した。
「…何も無い、なんて事はないですよ。
だってここには——狂ってしまったけれど
——守護霊が、いたのですから。」
茂みの中に、潜んでいた守護霊。
彼の願いはきっと——
青い花弁の、小さな花の言葉と。
同じなのだろう。
——夢で、逢えたら。
「——それにしても…」
夜長は帰り道、こんな事を考えていた。
今回の事件には、きっと黒幕がいる——と。
人を呪う悪霊なんて、そこらへんにいっぱい居るが、しかし。
今回の霊の呪いは限定的すぎた。
(いくら生前に特殊な怒りスイッチがあるとはいえ…)
うーん、と頭を抱える。
「花を毟られただけで人を呪う、なんてまるで祟り神のようじゃないか…」
しかし、祟り神は人の霊ではあれど、滅多な事がなければなれない概念だ。
色々考えながら、夜長は事務所へと帰っていく。
そんな彼を、誰かが見つめている。
——そんな、気がした。