卯の二つ 茂ミノナカノ悪魔
「——それで、ボクのトコロに来たってワケか」
鼻はゾウ、尾はウシ、脚はトラに似た白黒の不思議な動物が、そう言った。
——ここは、加賀瀬尾市鶏鳴町の外れにある洞窟の中。
大きな岩の上に、不思議な動物—貘がぐでっと寛いでいた。
そんな貘に恐れもせずに、夜長はこれまでの経緯を説明した。
「何か有益な情報を持ってないかと思ったんだけど…最近何かないかな?」
「いいサ!教えてやろう!…ナーンテ、言うと思ったのカイ?」
「……?」
貘はめんどくさそうにこう続ける。
「教えてもイイが、コッチばっかりってのはワリに合わないんだよネェ。ナニか報酬でもあればナァ」
「…はぁ…なるほどね…」
チラチラと媚びるような視線を送る貘に、夜長は呆れたようにため息を吐く。
「わかった。ならいい感じの鉄を君に贈ろう。それでいいかい?」
「ヨシ分かった教えヨウ」
夜長が言い終わる前に、貘はそう答えた。即答である。
「調子のいい妖怪だなぁ…で?最近どんな感じの悪夢食べてるんだい?」
「悪夢ネェ…最近は見つかってナイんだ。だからボクってバお腹が空いて仕方がナイんだヨ」
「え……?」
夜長と末原は顔を見合わせる。
悪夢が見つからない?
そんなはずはない。今問題になっている宇賀時高校の異変は、悪夢が原因のはずだ。
「…それって、どの辺りの人間に多い?」
「ンー…夕顔町かなァ、タブン」
「!!」
「と、そんなコトより!」
貘は唐突に大声を上げる。
それに末原は驚いて尻餅をつく。
「最近モンダイになってるノ、それだけじゃないンダ。キミたちは夢のシクミってヤツ、ワカルかい?」
「夢の仕組み?」
頭上にハテナを浮かべ、3人はこてんと首をかしげる。
「マ、わからんダロウな。カンタンに説明すると、夢ってのは夢の世界に辿り着いたタマシイがそこで見るモノだ。一人一人にセンヨウの夢の世界がアルから、脳がキオク整理中にミルと言われてもアナガチ間違いではナイんだろうナ。ソンデもって明晰夢ってのはソノ夢の世界で好きカッテにできるスゲーヤツにしか見れない夢のコトだ。そこマデは分かるカ?」
夜長一行はその言葉にこくりと頷く。
「んで、モンダイになってるのはソコの仕組みダ。夢の世界に辿り着いたタマシイが、自分のニクタイに帰れなくなってイル。夢を見終わったタマシイはスグ夢の世界からキエテ自分のニクタイに帰っていくんダケド、何故かミンナ帰れなくてトホウに暮れてるみたいナンダヨ…」
貘はお手上げだヨと言いたげなため息をつく。
夜長は少し考えてから、新たな質問を貘に投げかける。
「それが“夢に囚われる”という話の大元、か…犯人らしき人物の心当たりとかってあるかい?」
「無いネェ。あったら言ってるヨ」
「だよね…」
貘の回答に、夜長は苦い顔を浮かべる。
「ありがとう、貘くん。この事件が片付いたらすぐにでも鉄を持ってくるよ」
そうして、探偵一行は洞窟を後にした。
外はすっかり黄金色に染まっていた。
「なあ夜長。他人の夢の世界ってどうやって行くんだ?」
「いや行けないよ…そんな事ができるのは貘だけ」
「なら犯人は何故こんな事ができるんでしょう…」
などと会話しながら、探偵たちは帰路についていた。
夢の世界でどのような事が起こっているのかは分かったが、それを引き起こしている原因と理由が分からない以上、お手上げなのだ。
「んー、でもまあ夢が魂と関連するなら何か悪霊とかの仕業も考えられる…かな?」
「まあだとしても動機がわからんけどな」
「というか夢に囚われるってどんな感じなんですかね…」
「そうだね…」
いくら考えても出ない答えに、彼らは首を傾げつつ、探偵事務所へと帰ってきた。
——そこには。
「あ、お帰りなさい探偵さん」
見知らぬメガネの少女と、めんどくさそうな顔をした少年が、待ち構えていた。
「え、えっと…誰だい?キミたち…」
突然の来訪者に驚きを隠せない、という様子で夜長はそう尋ねた。
ちなみにアルトは起きていないようだ。
「ああ、これは申し遅れました!私は、宇賀時高校オカルト研究部部長、採月このはと言います、よろしくお願いします!」
少女はぺこりと会釈した、と思えば「ほら、アンタも!」と隣の少年の頭を無理矢理下げる。それに抵抗する少年。親子か?
そんなやりとりが行われた後、少年が口を開く。
「えー、露隠初月って言いまーす。オカルト研究部副部長でーす。はい終わり」
「アンタね…」
露隠の態度に、採月は不満げな表情を見せる。
そしてまた親子喧嘩のようなやりとりが行われる…その前に、夜長は2人を呆れ顔で制した。
「…で?不法侵入の理由を説明してもらえるかな?」
「そ、そうですね!私としたことが!」
夜長のセリフで思い出したのか、焦りながら採月はスカートのポケットから何かを取り出し始める。
そんな彼女を横目に「あ、ちなみに俺が鍵開けしましたー」などと聞いてもいないことを、やる気のなさそうな顔で露隠が白状する。
数分後。
「あった!」
採月はポケットから何か—一つのメモ帳を取り出し、ペラペラと捲る。
そしてとあるページを見せつけながら、採月はこう言い放つ。
「夢の都市伝説についての、新情報です!」
「し、新情報?!」
タイムリーな話題に、3人は驚きの声を上げる。
「つ、ついにあまり役に立たないと噂のオカ研が…!」
「ちょ末原くん?!いきなり煽るんじゃないわよ!それにそんな噂初めて聞いたのだけど?!」
ぷんすこ、と擬音のつきそうな勢いで採月は怒る。
すぐ怒る少女に、夜長は「おこりんぼなんだなぁ」などと呑気な事を漠然と考えた。
「あ、すみません。口に出てました…?」
「自覚無しか!余計タチ悪いなアンタ!!」
やっちまったみたいな顔の末原と、大声の採月の対比が面白い。今の会話から「いや違う、ツッコミ気質なだけだこの子」と夜長は考えを改めた。
末原が煽り、採月がツッコミを入れる…まるでコントのような会話の中、パンパン、と手を鳴らす音が唐突に響く。——露隠だ。
「はいはい、漫才はそこまでにしてくださいね、部長。あと末原くんも煽らないで。このままじゃ本題に入れないから」
「う、うむ、そうだな…」
「へーい。すんませんっした先輩」
露隠の言葉に、素直に従う末原と採月。手品か?
「なるほど、露隠くんは胃痛枠なんだね…気が合いそう」
「なんの話っすか」
そして夜長は思わず推理(?)を口にした。
現在宇賀時高校で流行っている“悪夢”。
オカルト研究部によると、これを見て夢に囚われた人には、とある共通点が存在するという。
それは——
「花を手折った人?!」
予想外の理由に、夜長は椅子から滑り落ちそうになる。
「そうなんです!他にももしかしたら、踏んづけただとか、台無しにした人もいるかもしれませんが、我々が取材をした限り、そんな感じなんです!」
「ああ…アルトは踏んづけた可能性が高いなそれ…」
皐月はちらっと床に転がっているアルトを見る。
めちゃくちゃ気持ちよさそうに眠っている。コイツ実は悪夢見てない枠なんじゃ?とも思ってしまうその寝顔に、皐月は思わず軽く蹴りを入れる。が、アルトは目覚めない。爆睡である。
「それってどんな花でも大丈夫なの…?」
「そーみたいですねぇ、色んな花がありましたよ。ユリとかヤマブキとかもありましたかね?」
「なるほど、規則性はないと…」
ふむ、と夜長は推理を進める。
バラバラのキーワードと、有りっ丈の妖怪幽霊怪異の情報を繋げていく。
すると、夜長の頭にはある一つの仮説が浮かび上がった。
そして。
「……謎が解けた」
夜長は、ぽつりと、そう呟いた。