卯の一つ 茂ミノナカノ悪魔
——僕は昔から不思議に感じる事がある。
何故人間は生きるのか。
恋愛とは何か。
自分は何のために存在しているのか。
命、とはなんなのか。
どれだけ考えても、僕はそれらの問いに対する答えを見出す事ができなかった。
——20年経った、今でも。
紅に咲き誇る月と〜菊の章〜
『黄昏時ノ探偵』
卯の刻 茂ミノナカノ悪魔
「夜長さん、事件です」
「うん知ってる」
——ここは夜長探偵事務所。
表向きには普通の私立探偵として行動しているが、とある合言葉的なことを言うと怪異探偵として行動してくれる系探偵・夜長月飛の探偵事務所である。
現在、その探偵事務所に1人の来客が来ていた。
「それで?今日はどういう事件かな?末原くん」
「あ、えっと…手四で!」
「うん君の場合はいつも怪異だから言わなくても分かってるよ」
「いえ、ルールはルールなんで」
変なところで律儀だなぁと心の底で感心しつつ、夜長は目の前の依頼人を流し目で見る。
——末原葉月。
ここ、夜長探偵事務所の常連で、決まっていつも怪異事件を持ち込んでくる依頼人だ。
また、隣町の夕顔町にある公立高校、宇賀時高校の一年生で、メガネをかけた男子生徒である。
緑がかった黒い前髪を目にかかるかかからないかのギリギリのラインまで伸ばした、赤い目を持つ少年だ。
…彼は吸血鬼と呼ばれる妖怪の一種で超能力と呼ばれる特殊能力を持ってたりするのだが、こんな事を言うと大抵の人は信じないので割愛する。
「で?今日はどーゆー事件なのさ?」
「それがですね——」
末原は、最近身の回りで起こっている出来事について、探偵に話し始めた。
「——悪夢?」
「そうなんです。それを見ると呪われる、とか色々噂されてるんです。あと夢に囚われる…だったかな」
「ふむ…なるほど」
“悪夢”、と呼ばれる現象に遭遇したら最後、その人は夢の中から出られなくなる…という噂が宇賀時高校内で流行っているらしく、本当に遭遇したらしい生徒が、それによって学校を休んでいるという。
現在、原因調査にオカルト研究部が奔走しているらしいが、結果はあまり芳しくないらしい。
「それで、その悪夢っていうのはどんなものなんだい?」
「いや分かりませんよ。見たら呪われるんですから」
「ああ…鮫島事件とか牛の首みたいな感じか…まあそうだよね」
さてどうしたものか、と夜長は思考を巡らせ始める。
沈黙の間、何かが起こるでもなく、ただ静かな時が流れていく。
そんな空気に耐えかね、末原は夜長に声をかけた。
「…あの。そういえばなんですけど、いつもの助手の方はどうしたんですか?」
「ん、ああ…椿紅くんが今日顔見せてないから、皐月くんに探しに行ってもらってるよ」
それを聞いた末原は目を丸くし、怯えた声色で、こう言った。
「…それ…まずいかもしれないです…!」
その直後、事務所の扉が乱暴に開かれる。
そこにはぐったりした金髪の少女を小脇に抱えた、青みがかった髪の青年が慌てた様子で立っていた。
——助手の皐月裕と椿紅アルトだ。
皐月は普段付けないメガネを何故かかけていた。
「大変だ夜長、アルトが起きない!」
「……!」
「まさか椿紅くんが巻き込まれる事になるなんて…」
「ホントにな。何のための助手だと思ってんだこいつ」
「………」
皐月がアルトを煽る。
しかし反応は無い。
「……つまらん」
チッと舌打ちを一つして、皐月はそう言ったっきり何も言わなくなった。ちなみにメガネはもう外している。
そんな皐月を尻目に、末原は夜長に声をかける。
「あの、どうするんですか…?」
夜長はその問いかけに少しの沈黙の後、「よし」と気合を入れて立ち上がった。
「…ぐだぐだ考えても何も変わらない!行くよ、皐月くん!」
夜長と皐月は事務所の扉へ向かって行く。
末原はその後を慌ててついて行く。
「ちょ、待ってください、行くってどこにですか?!」
「どこって、協力者のところだけど?」
「きょ、協力者?…って?」
その問いに、夜長はフッと笑い、こう言った。
「そりゃあ勿論。
夢の妖怪——貘さ」