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黄昏時ノ探偵  作者: きのこシチュー
4/20

寅の四つ 百八十二通目ノ恋

—————

暁啓くん。


小夜です。

元気ですか?私は元気です。


あなたが私の手紙に返事をくれなくなって、もう半年になりますね。

そう考えると、この手紙は182枚目ということになるのでしょうか。



もし私を忘れてしまっていても、これだけは覚えてて欲しいです。


私は、

あなたの事を愛しています。



あなたが返事をくれなくても、私はあなたへ手紙を書き続けます。

それが私の、生きる意味だから。



雨月小夜

—————





「…なるほどね」

それだけ呟いて、探偵は黙り込んでしまった。

「えっ夜長にはわかるのか?私にはさっぱりなんだけど」

「はいはい、夜長の推理の邪魔しないでね」

というコントに見向きもせず、夜長は推理を固めていた。



しかし、

「…小夜さん」

探偵の推理を待たず、少年は生き霊の少女に話しかけていた。

「……はい」

初めて口を開いた少女の声は、透き通っていて。

振り返ったその顔に、その瞳に、光が宿る。

「今まで忘れててごめん。これから会いに行くよ」

そんな力強い少年の声に、少女は一瞬驚いた後、頬を赤らめそっぽを向きつつ、「……はい、…待って…ます」と、小さく呟いた。

そして少年は手紙を探偵からかっぱらい、外へ駆け出して行った。




「—い、おい——が!」

順々に繋ぐ、パズルのような、そんな思考にノイズが入る。…パズルはもうほとんど完成形だ。ならそのノイズに応えても——

「おい夜長!!起きろ!!」

ぐわんぐわんと左右に揺さぶられる。

思考が霧散して消えかける。

「ちょ、アルト!やめ、やめなさい!そんなことしたら折角揃えたピースが全部バラバラに——」

「そんな事はどーでもいい!早く走らないと、晩春に追いつけなくなるぞ!」

「ふぁ?!」

急速に進む事態に、探偵の頭はちょっと付いて行けてなかった。

「えっ何?!どうしたの?!ドユコト?!」

「分からないけど走り出したんだ!追いかけるぞ夜長!ちなみに皐月はもう行った!尾行ってヤツだ!」

「皐月くん優秀かよ」

そういいながら、ドタバタとアパートを出て行った。


その部屋には、生き霊の少女だけが残された。







「——小夜さんッ!!」

ガラッと引戸(とびら)を開く。

そこは、白い空間——市内の病院だった。

少年はガランとした病室を抜け、窓の見える、奥のベッドへと進んで行った。

「小夜さん…」

カーテンを開き、少年は、顔色の悪い、やつれた少女の顔を見た。

少女は、ただすやすやと眠っているだけだった。

その側に、彼は座る。


「…ごめんなさい。貴女を忘れるつもりは無かったんです。でも、ちょっと…()()()()が大きかったみたいで。」


少年は少女の顔を見ながら、ぽつりぽつりと言葉を紡ぐ。


「手紙…読みました。こんなにたくさん。…ありがとう。君は律儀な人だね。…でももういいよ。

()()()()()()()()なんかに、手紙なんて。僕はもう——」


ガラッと扉が開く。

そこには息を切らした探偵と金髪の助手が居た。

しかし。

2人が奥の病室に辿り着く前に。


「——最期に。


本当にありがとう。僕も…大好きでした。

こう言ったら突き放してるように聞こえるかもだけど…


“僕”以外に、生きる意味を見つけて欲しい。



——嗚呼きっと——これが——


僕の——心残り、だったんだ。」



そうして。

少年は、夕闇に——消えていった。







「……皐月くん」

「…夜長」

先に病室に居たその助手に、探偵は話しかけた。

ちなみに書くのを省いたが、皐月は晩春とほとんど同じタイミングで此処に辿り着いていた。

「ん?アレ?晩春はどこに?」

カーテンの中を覗いて、アルトはそう呟いた。

その呟きに、2人は、


「………へ?」

「………は?」


と、間抜けな声を出した。ついでになんとも言えない顔をして。

「なんだその顔…」

思わずアルトはそう呟いた。


「アルトは気づいてなかったんだね…」

「まあそーだろーとは思ってはいたが…」

やれやれ、という呆れムードが漂う。

「えっ待ってなんで私馬鹿にされてる空気流れてんの?」

「いや別に馬鹿にはしてないけど…」

「いや絶対嘘でしょ、そのため息何?」


ふぅ、と一息吐いて、夜長は話し始めた。

「…と、まあ茶番はこの辺で。

よく分かってないアルトちゃんの為に、タネ明かしをしようか。

まず、晩春暁啓について。

彼は幽霊さ。()()()()()()()()()()。」

「…はぁ?!」

「まあアレだね。要は自分が死んだ、という事にすら気づかないくらい()()()()な死に方をしたんだろう。」

「えっでもちゃんと物持ててたし、扉も開けて入ってたぞ?」

「そりゃあね。自分が死んでる事に気付けてないんだから、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

…思い込みの力は強い。とりわけ、透明な記憶の塊でしかない幽霊——殻の無い魂は。外からの同情(思い込み)も、内からの決めつけ(思い込み)も。まっさらであるが為に、引っ張られ——いや、染まりやすい。

…まあ幽霊じゃなくても思い込みで病になったりするし、人間はそういうものなのかもね。」

「ふぅん、そういうものなのか。あ、じゃあ末原と友達っていうのは?」

「そこは本人に聞いたらどうかな…?同じ学校でしょ…」

「んー、じゃあ晩春がこの女のことを忘れていたのは?」

そう言ってアルトは少女——雨月小夜(うげつさよ)を指差す。

「この女って…あと指差さない。

まあそれについては…彼の死因が何処までショッキングで、且つ何処まで一瞬なのかを調べないと分からない…かな。そこまでは推理しかねるよ。判断材料が少ないからね。ただ一つ言えるのは、自殺ではない、という事…くらいかな。どれだけショッキングで一瞬だったとしても、自分で死んでるからね。投身自殺はどうかは知らないけど…」

夜長は、あとは半年前ってことかな?と付け足して笑う。


ふわっ、と窓から風が入ってくる。

外はさっきより赤らんで、そのうち夜が降りてきそうだ。


「さて、そろそろ帰ろうか。依頼も達成した事だし…」

そう言って、夜長は眠る少女を後にしようとする。

「ところで夜長。今回のこの事件、依頼料はどうするんだ?」

「いきなり生々しい事言わないでくれるかな、皐月くん」

唐突なお金の話に、夜長は冷たい視線を皐月に向ける。

「1人の幽霊と生き霊を救ったんだ。彼が悔いなく成仏して、彼女がこれから元気に過ごせるのなら、お代なんていらないさ」

そう言って優しい笑顔を浮かべる。と思えば、すぐに悪戯めいた、子供っぽい笑みを見せて、

「そーやってお金にケチケチしてるとモテないぞっ」

と皐月にアドバイスした。

「何言ってんだ、僕は生徒にもてもてなんだぞ?」

「でぇーたぁー!夜長夜長、コイツ見栄張ってるぞ〜私は知ってるんだ!」

「はぁ?見栄じゃないんですがぁ?」

「はいはい、喧嘩なら事務所帰ってからね〜〜」


そう言って、探偵御一行は病室を後にした。



「——晩春くん。君の想いは、きっと彼女に、届いてるよ」


ちら、と窓を見る。

もうほとんど青と黒で塗りつぶされつつある空に、1人の少年が笑っている——ような、気がした。





——そうして、今回の依頼は、幕を下ろしたのだった。






——後日。


「小夜!もう大丈夫なの?!」

「……お母さん」


ある光さす病室に、ある親子が居た。


ああ良かった!と泣きつく親と、どこか惚けたような娘。

娘は、どこか遠くを見つめてるように見える。


「…どうしたの?小夜」

様子のおかしい娘を見かねて、親はそう尋ねた。


「……ううん、なんでもない」


その手には、一通の手紙。

愛しい人へ——もう居ない人へ送ったはずの、手紙。

ちょうど彼が亡くなってから半年が経った時に送った手紙。


「ねえお母さん。こんな事言うの、おかしいとは思うんだけど。」



「私、暁啓くんに、会ったの——」














「…なぁ夜長。お前はいつになったら裕福になるんだ?」

「それは僕が知りたいね」

事務所員の生活スペースとして設けている部屋に、3人の探偵は居た。

目の前に置かれたバナナ。

「これだけが昼食とかあり得ないだろ…」

そう言いつつ、アルトはバナナを頬張る。

「ぷぷっ…バナナの共喰い…」

「皐月お前は殺されたいのか?」

キッとアルトは皐月を睨みつけるが、口を動かすのはやめなかった。


「…探偵稼業は儲からないな、夜長」

「公務員(教師)の君に言われたくないよ…」


もぐもぐと、質素な昼食の時間が流れていく。



「っあ〜〜も〜〜〜〜!!

空から大金降って来ないかなぁ〜〜〜〜?!」


——そんな声が、夜長探偵事務所中に響き渡った。


さあ、今日が始まる。


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