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午の三つ 人喰イマヨヰガ

 

 ばさり、と漆黒をはためかせる。翼のだけでも高威力の風が部屋を包む。


「——それでは、ご武運を」


 そう一言だけ言うと、一瞬にして天狗と攻略班の姿が消えた。


「…上手くいくといいが」

「いきますよ。…そう思った方がいいです」


 皐月と末原はそれだけ言うと、持ってきていたノートパソコンへ向かった。





 §





「…天狗と友達だったんだな、夜長」

『誰が!友達ではなくビジネス的関係ですっ!』


 突然現れた闖入者に、最初に驚いた声を上げたのはアルトだった。

 天狗は不機嫌そうな顔で全員を見据えていた。


「やあ。今日は少し頼みたい事があって、呼んだんだけど、仕事とか大丈夫だったかい?」

『大丈夫な訳無いですよ!こちとら仕事途中です!ですが()()は契約ですので!』

「契約だとッ?!?!夜長、いつの間に使い魔を?!」

「いやちが」

『ハァーー?!?!誰が!!私は天狗ですよ!?どうして使い魔になる必要があるんです!!先ほども言いましたけど、これはただのビ・ジ・ネ・ス!です!!』


 天狗は心底嫌そうにそう言い放つ。

 なるほど、天狗は高慢な妖怪だと聞いていたが、そういうタイプの高慢か。ならば話はある程度通じそうだ。そう美桜は一人納得した。


『で?要件は何です。手短にお願いしますよ?』

「ええと、天狗くんは」

『あ、ワタシ、人間名は元慶寺那智(がんぎょうじなち)といいます。そういえば契約時に教えてませんでしたね』

「なあッ!契約!契約について教えてくれよ!どういう契約なんだよ!!」


 目を輝かせ、鼻息荒めに、皐月が那智と夜長の間を割って入る。那智はあからさまに引いた顔をし、夜長は「テンション高いなぁ…」と呆れた顔でため息を吐く。


「まあいいよ、おしえ」

『…吸血鬼。契約の内容を忘れたか?』

「……あ。そうだったね…教えちゃいけないんだっけ…」

『忘れるとはなんと不作法な。これでは契約の意味がないじゃないですか。…鈴返して貰いますよ?』

「ご、ごめん…」

「えっ待て、まさか夜長お前、天狗の弱味を握ってるのか?!」

『うるっさいですよ混血!!』

「え…?もしかして契約内容割とショボかったりする…?」

『そこ!言葉を弁えろよ人間!!』

「……なるほどー、『失態を夜長さんに見られたからバラさ」

『おまッ!!!何言っ、待っ、お前人間じゃなくてサトリなのか?!』

「…?さとり、ってなんです?」

『はぁ?!!?!!?!あ、じゃあアレだ、鬼!鬼の末裔とか!!酒呑童子とか隠し事なんも出来なくて怖かっ』

「いえ、違いますけど」

『えぇっ?!??!!?』


 驚く那智に、美桜は怪訝そうな顔で「普通に人間ですけど…?」と呟いた。ちなみにヘッドホンは夜長の「ご、ごめん」の辺りで外していた。


 夜長と那智が交わした契約。それは至って単純明快。

 それは夜長がまだ幼い頃。暇を持て余していたので、適当に山に入ったら、何かを抱えて飛び損なった天狗が居た。怪我をしているのかと思った夜長は、丁度ポッケに絆創膏があったので、天狗に渡す。天狗は別に怪我などしてなかったが、プライドの高い天狗が、“失態を見られた”という事を、良しとする訳が無かった。

 そこで天狗は自身の失態の口封じとして、『なんでも言う事を聞く権利』と称して【天狗印の呼び出し鈴】を夜長に押し付けた。『振れば何処にいようと飛んでいく』『困った時なんかに呼んでいただければ』とだけ言って、天狗は何かを抱えて飛んでいった。

 天狗なのに口封じと称して殺す、という野蛮な行為をしなかった…というのは、不思議な事に思えるかもしれない。だが、最近の天狗社会はそこまで野蛮な物ではないらしい。…一昔前ならバンバン殺してたのに、改めて『時代の流れ』の凄さを感じる。

 ちなみに夜長は、今使うまで一回も鈴を振った事はない。


「あー…ええと。それで、君に来てもらったのは、君に()()()()解決の手助けをして欲しいからなんだ」

『…事件、ですか』

「山の怪異と言えば天狗!ですもんね!」

「あっ確かに!盲点だった…その手があったか…メモメモ…」

『…言っときますけど、最近はそこまで積極的に人攫いや人殺しはしてませんからね?ほら、吸血鬼と同じで、あまりにも目立った行動をすると、人間どもって煩いですから。非力なモノほど集団になると面倒なんですよねぇ…』

「え、でも天狗なのでしょう?そちらも大勢で抵抗出来るのでは?大勢でなくとも、人間くらい…」

『はぁ?天狗は秘密主義なんですよ?そう易々と、しかも人間に対して、手の内晒す訳無いじゃないですか。で、事件とは何です?…もしかして、最近天狗たちの間で噂になっている『()()()()()()()()』の事です?』

「!」


 那智が『アレ迷惑なんでやめて欲しいんですよね〜』と嫌そうに付け足す、明らかに『人喰いマヨイガ』と関連してそうなその言葉に、その場に居た全員の顔が強張る。


「それ、詳しく聞かせてくれるかい?」

『…ええ、いいですよ。隠す程度の物でも無いですし。ええとですね————』





 §





 とある山の暗い場所。

 そこに、突如として大きな旋風(つむじかぜ)が巻き起こる。


『はい、着きましたよ』

「ありがとう、元慶寺くん」

「うわっ一瞬で着いた!飛行機より便利じゃん!」

『あんな鉄の乗り物と一緒にしないでくれますー?じゃ、ワタシは仕事に戻るので。()()()について困った事があった時や帰る時は、また鈴を鳴らしてくださいね。それでは!』


 ばささ、と羽根を散らしながら、天狗は一瞬にして消えていく。夜長の手の中には、一つの小さな葉っぱのような何かが残るだけであった。


「…これが天狗の通信機ですか。どう見ても葉っぱですね」

「片耳に入れるだけでいい的な事言ってたけど、本当に通じるのかな…」

「いいから早くやってよ!気になるだろ!!」

「はいはい、今からやるから急かさないでねー。よいしょ、っと」

『———長さーん、あっあー、よながっさーん♪聞こえてますか聞こえているなら返事して♪聞こえてないなら…』

「…末原くん?なにその歌…」

『ヒッ!!!…あ、夜長さんですか。す、すいません……なんか、楽しくなっちゃって…』

「そ、そっか…」


 その羞恥に震える『わすれて…ください…』という声は、紛れもなく末原の声だ。

 夜長は天狗の通信機——ただの葉っぱにしか見えないそれを、天狗が言っていた手順にそって丸め、右耳に詰めた。すると、不思議なことに、末原の声が聞こえたのだ。インカム的な感じか?と思うが、マイクも無ければスピーカーも無い。夜長は「天狗の技術って凄い…」と呆然と思った。

 ちなみに、マイクミュート機能は無いので、夜長の喋る事は全て末原に聞こえてしまう。逆も然り。変なところで不便。


「おっ通じたのか?!」

「うんまあ一応…」

「凄いですね、天狗の技術…」

『ええと…それで、(くだん)の建物はそこにあります?』

「あ、うん。そうだね。元慶寺くんは目の前に下ろしてくれたみたい」

「…なんか、夜長だけに聞こえるのって、なんか…ズルくないか?」

「ズルい、というか、私たちには夜長さんが一人で喋ってるようにしか見えないので、話が掴めないという感じですかね」

「え、私は純粋にズルイと思って」

「あー、はいはい。ごめんねー。でもこればっかりはどうしようも出来ないから我慢してねー」

「なんか子供扱いされてる感じ腹立つな」

「いや子供でしょ」

『…何の会話してるのか非常に気になる…微妙に不便じゃないですか?これ』

「うーん…たしかに…普通の電話と違って、僕と末原くん以外の音拾わないもんね…」


 そう、【天狗の通信機】の最大の特徴にして、最大の弱点は、そのノイズキャンセリング機能の高さだ。通信対象が発する声以外の音を完全に拾わない。どんな高度な技術を使っているのか…なんて考えてしまうよね。わかる。でも、妖怪の社会とか文明がどこまで進歩しているのか、なんて、人間にも神さえも分かりっこない事なんだ。まあ、天狗はとても耳が良いので、もしかしたら天狗には細かな音を聞き取れるのかもしれないね。


『まあ文句言っても仕方ないですし、探索開始しましょうか。あ、一応電波の確認だけしてください』

「そうだね。気更来くん、電波入る?」

「いえ、圏外です」

「私のもダメだ。これじゃただの(すずり)だな。まあ私のはパカパカしてるけど」

「硯…って、スマホの事ですか…?いやいや、スマホは電波入らなくても使える……使え………使……」

「硯じゃん」

「硯でした」

「何の会話…?あー、末原くん。なんか分かんないけど、硯だって」

『硯?…ああ、使い物にならないって事ですか。わかりました、では引き続きこのままでいきましょう。じゃあ調査開始お願いします』

「了解。二人とも!突入するよ!」

「ラジャー!」

「やりましょう!」


 かくして、三人はその屋敷の扉を開いたのだった。




 §




 攻略班到着の少し前。


「…なあ末原くん。どう思う、あの天狗の話」


 天狗が飛び立った後、皐月は不意に、パソコンにて掲示板の様子を眺める末原にそう尋ねた。


「どうって…さあ、どちらも証拠がないので、真偽は分かりませんけど。でもまあ、ネットよりかは信じられますかね。たぶん嘘はついてない」

「というより、嘘を付く必要が無かったんだろうな。天狗の仕事がどんなものかわからないが、恐らく行動に支障が出てるんだろう」

「…先生も真実だと思っているのなら、どうして僕にそう尋ねたんです?」

「いやいや、末原くんも真実だと思っているのかの確認だよ、確認。しかしこれで本当に噂のマヨイガがあったら、夜長たち危なくないか…?」

「……まあ、夜長さんなら大丈夫でしょう。前の悪夢事件もクリアしてるんですし、少なくともマヨイガに呑まれる事は無いでしょう」

「いやお前悪夢事件解決の時気絶してたやん」

「忘れろください!!!!」


 そんな会話をしながら、末原は通信機を耳に入れる。まだ回線が開いてないのか、何の音も聞こえない。


「繋がった?」

「いえ。多分まだ着いてないんじゃないですかね」

「ふーんそっか。…なあ、末原くんは穂含月夜って人物に会った事、ある?」

「誰です、それ。さっき美桜さんとそれについて怪しい雰囲気になっていましたけど。大事な人なんですか?」

「……、どうだろうね。もう何年も会っていないし、声も忘れてしまったな」

「…………」


 皐月の諦めたようなその声に、末原は思わずパソコンから目を離し、顔を上げる。声色とは裏腹に、皐月は特になんでもないような顔をしていた。

 アッこれ踏み込んだら不味そうな奴だ!と、直感した末原は顔を元の位置に戻し、「あー、なんか唐突に歌いたくなってきたなー、夜長さんまだかなー!」と大声で言い、そのノリでラップのような何かを口遊み始めたのだった。

 皐月はいきなり歌い出した末原に戸惑いつつも、末原に気を使わせてしまったことに気づき、自分に呆れてため息を漏らす。ダメな教師だな、と心の中で呟き、首を一つ振って気を取り直し、末原の変な歌に合いの手を入れ始めたのだった。




 §




「そういや穂含月夜ってなんだ?」


 キシッ、ミシッ、と音の鳴る廊下を歩く。それ以外の音は何もないような場所に、一つの質問が投げかけられる。

 廃屋は暗く、しかし何処か生活感のあるような雰囲気が漂っていた。まだ入って間もないからか、彼ら3人は何かと遭遇した…という事は無い。


「え?だから、僕の姉…」

「いやそうじゃなくて。なんか腫れ物みたいな扱いが気になってな」

「うーん…腫れ物っていうか…」

「確かにそうですね。皐月さんが話したくなさそうなのは流石に心の声を聞かずとも分かりましたが、その理由がなんなのかは教えてくれませんでした」

「そういやミオはなんでそんなに気になってたんだ?」

「あー、私、月夜さんを探してるんですよ。昔助けてもらったんですけど、その時お礼をする前にどこかへ行ってしまって…そのお礼を言いたいのと、制御装置…このヘッドホンのメンテナンスとかやってもらいたいんですよ。だから、彼女の行方を知ってそうな皐月さんに詰め寄ってたんです」

「え?制御装置?なんでそれと穂含月夜が繋がるんだ?」

「それは——」


 美桜が問いに答えようとしたところで、突然やかんのピーーーーーッという音が家に響き、三人の緩んでいた空気が一気に引き締まった。そして、向こうに見える開いた扉から、もくもくと煙が漂い、此方へと向かってくる。そこそこの速度で迫ってくるそれを見て、夜長はハッとする。


「———まさか!二人とも、吸わないで!!」

「え?何でです?!」

「どういう事だ?!」


 夜長は向かってくる雲のような煙を見つめながら、冷や汗をかく。

 掲示板にあった『まるでシュレディンガーの猫だ』という発言。黄泉竈食ひ。それらが夜長の脳裏を駆け抜ける。

 シュレディンガーの猫、というのは、猫の入った箱に50%の確率で死ぬ、とあるガスを撒く行程が存在するが…まさか、そこを拾うとは。

 そして、黄泉竈食ひは地獄の物を口にすると帰れない、という多くの神話に見られる法則。此処が本当に『地獄』の特徴を付け加えられたマヨイガであるのなら、このガスもその対象になり得るのではないか?

 つまり、『運が良ければ死ぬ事は無いが、吸ってしまえばどちらにせよ帰れなくなる』———という事にならないだろうか。

 しかし、それに気づいたところで、雲が進路を変える事ない。そのままの速度で迫ってくる。もう何秒とあるか分からない。

 困惑して口と鼻を塞ごうとしない二人に、夜長は素早く帽子を外しアルトの顔面に押し付け、片方の手で美桜の鼻と口を乱暴に押さえ、二人を抱える形で床に落ちる。

 そのタイミングで、雲のような煙は三人のいる廊下を駆け抜けていく。その間約0.9秒。


 ひゅうっと冷たい風が通り抜け、それと共に張り詰めたような空気も消えていった。


「……ごめん、もう大丈夫かも」

「ぷはっ!」

「ッはー、はー…!ちょっともう…夜長さんったら乱暴ですね…」

「全くだな!!まだ頭が痛いぞ!!」

「ごめんごめん…二人とも吸ってないよね?」

「…それ、ブーメラン返しますよ?夜長さんこそ無防備な口と鼻でしたが、吸ってませんか?」

「つーかまず説明をくれ。私にも分かるように!ここ重要だぞ!!あの煙はなんだ!!」

「まあ、毒ガス…かな。多分吸ったら死ぬか出れなくなる」

『えええ!?毒ガスがあったんですか?!え、大丈夫ですか?!』

「そんな心配しなくても、みんな無事だよ。僕は分からないけど、まあ死なないだろうし、出れなかったら壊せばいいし」

『野蛮ですね?!いや壊さないでくださいよ?!まだ何も分かってないんですから!!』

「大丈夫だよ、破壊は最終手段だから。さ、探索を続けようか、二人とも」

「お、おう…」

「というか、吸ったかどうか自分で分かってないじゃないですか…」


 美桜の呆れ声に、夜長は「えへへ…」と少しバツが悪そうに目を逸らしながら頭をかく。


「…というか、死なないだろうし、ってどういう事です?吸血鬼だから、ですか?」

「うーん、まあそうかな。吸血鬼って滅多なことじゃあ死なないんだ。さっきの毒にダンピールの血が混ざってなければの話だけど。まあそんなピンポイントな事はしないだろうし、混ざってたら吸ってすぐ死んじゃうからね」

「吸血鬼殺しに特化してるからな!即効性が無いとダメなのさ!!」

「なんでアルトさんがドヤってるんですか…」


 会話をしながら廊下を進む。前には少し開いた扉が見える。そして、そこから何やら音が聞こえてくる。言葉は聞き取りづらいが、誰かが話す声。食器を洗うような音。何かを何かの上に置くような音。

 “誰か”は確実に居る。これだけ音があって、居ない方がおかしいだろう。


「…確認ですけど、夜長さんにも聞こえます?」


 先を歩いていた美桜が振り返り、小声で尋ねる。それに夜長も小声で答える。


「大丈夫、聞こえる。誰かいるね」

「ですよね。良かった、気の所為じゃなくて」

「………」

「?どしたのアル…」


 一番後ろにいたアルトが、夜長の肩に触れた。何事かと彼女を見れば、物凄い形相で何故かナイフを構え、アホ毛をピーンと立てていた。そして、声を上げながら彼女は一気に突入していく。


「吸血鬼ッ!!この部屋だろッ!!!」


 韋駄天のように二人の間を通り抜けていった彼女に、一瞬呆気に取られたが、二人は気を取り直し彼女を追いかけていく。「廊下は走っちゃダメですよ!!」「今それ重要?!」と言い合いながら。


 そして、扉の向こうには。

 夜長と似た顔と髪の色を持つ、赤いドレスに赤い長手袋を着けた、全身真っ赤な女性が立っていた。




 §




「そういや今掲示板はどんな感じなんだ?」


 紅茶を置きながら、皐月は末原の前の席に座る。末原の書いたメモを捲りながら、皐月は紅茶を一口飲む。


「動きはほぼ無いですね。スレ主は「何か分かったらまた書き込む」と言ったきり帰ってきてませんし、新しい考察…要素?はありません」

「更新が途絶えてるのか」

「いえ、更新は未だにされています」


 言われて見てみれば、確かに「あれじゃね?」「これじゃね?」と言う人は減ったが、「俺の友人も音信不通になったんだけど、もしかして」という書き込みは増えている。最早レス数は1000に達し、すぐに新たなスレッドが立てられているくらいだ。先程、三つ目のスレッドのレスポンスが100件超えた。最初の書き込みなんてのは、もう遠く奥の方に追いやられている。


「…凄い勢いだな」

「SNSでも騒がれてるみたいですし、このままじゃヤバいですね…」

「え、それ、掲示板だけに攻撃してもダメなんじゃ」

「いえ、こういうのは一つ蒔けばどんどんと広がっていくモノですので、そこは心配無しです」

「詳しいんだな」

「まあ…インターネット、いえ人間ってそういうものなので。大衆っていうのは、面白そうなものに食いつくんですよ。…さて、そろそろやりますか。先生、メモ返してください」

「お、おう。…先に原稿見せてもらう事って出来ないの?」

「…そうですね、見てもらった方が合図も送りやすいですし。どうぞ」

「やった、ありがとう」


 無邪気に喜ぶ教師の前に、末原のパソコンが向けられる。そこには細かい文字で、びっしりと文章が書かれており、一瞬皐月の思考が固まった。

 流石に改行した方が読みやすいのでは…?とか、こんな細かい文字設定にしたらそりゃ目も悪くなるよな…とか、どうでもいいツッコミが彼の頭の中を巡る。


「…読みましたね?」

「ごめん僕絶対記憶能力とか持ってないからまだ読んでる。っていうか文字サイズもう少し上げて貰っていい?」

「え、老眼なんですか?」

「待ってなんでそうなるん???」

「いや、この程度も読めないのか…若いのに可哀想に…って思ったので」

「憐れまないで?!老眼じゃな」

「可哀想な先生の為に文字サイズを上げてあげますね…よよよ…」

「「よよよ」じゃないし、まず話を聞け!!!」


 末原は皐月の方に向いていたパソコンを自分の方に向け、文字サイズを変える事なく掲示板サイトを開いた。そこでは、『また行方不明者が出た』という話で盛り上がっているようだった。

(これだけ人が居れば好都合だな)

 そう微笑むと、彼はそのままコメントフォームを開き文字を打ち始める。

 皐月は彼のタイピング音を聞きながら「あっこれ初めから見せる気無かったな…?」と察し、少し寂しくなった。


 数分後。


「…戦闘開始です、先生。メガネ、装着してください」

「え、お、おおう」


 カタカタとキーボードを鳴らしながら、末原はそう皐月に指示を出す。皐月は懐からメガネを取り出し着用し、ついでに手元のスマホも開き掲示板のページを呼び出した。


「僕がこれを送信したら、先生は能力を使用してください。文句は…うーんと」


 末原は自分の書いた文章を見ながら、いい感じの言葉を頭から搾り出そうとする。

 3分くらいの沈黙の後、額に汗を浮かべ目を泳がせながら、末原はおずおずと口を開いた。


「……まあ、その…なんか、行けそうな言葉で…」

「……………」


 絞り出せなかったらしい。締まらねぇなぁ…と皐月は心の中で呆れつつ、了承の為の頷きをする。



「それでは…送信5秒前。5、4、3、2、1…」

「『この話は受け入れられない』!」


 かちり、というエンターキーの音の後に、大きな声が部屋に響いた。



 §



「——あらあら、お転婆ね。怪我したらどうするのよ」


 アルトが突っ込んでいった部屋。夜長によく似た顔立ちの女性が、銀ナイフを持つアルトの右腕を掴んでいた。アルトは「はーなーせーー!!!」と言いながらバタバタと暴れているようだが、全く振り解けそうにない。

 そのうちに、女性は空いている方の手で銀ナイフを掴み、遠くの方へ投げ飛ばしてしまった。それを見たアルトは余程ショックだったのか、糸の切れた人形のように大人しくなってしまった。


「…姉さん」

「あら、月飛(つきひ)。どうしたの、こんな場所に…なんの御用?」

「こっちのセリフだよ、姉さん。どうしてここに居るのさ」

「単純よ。ここが気になったから入ったの。誰か苦しんでいる人が居るかもしれないじゃない?」

「……違う。僕が聞きたいのはそうじゃない。こんな山の中に何の用があったの?」

「んー…そうねぇ……」


 ——穂含月夜(ほふみつくよ)

 皐月と夜長に関して、触れては行けない腫れ物であり、過去に美桜を助けたという、謎の人物。それが、きっと自分を捕まえたこの吸血鬼の事なのだろう。そうアルトはぼんやりと考える。ついでに「何故彼女は裸足なのだろう?実は足から触手とかなんか生えてくる化け物だったりしないだろうか?」などと、どうでもいい事を想像して、アルトは少し恐怖で震えた。


「…まあ、私も、噂に釣られた人間…ってところかしらね」

「姉さんが?僕と同じく携帯機器を持たず、僕と同じく機械音痴な姉さんが??あの掲示板を読んだの??」

「掲示板…?私が知っているのは『山に突然出没する廃屋』の噂だけど」

「それって…」

「あのー、いつ口を挟もうか悩んでたんですけど…さっきまで月夜さんと話してた方ってどこに行ったんですかね?」

「えっ?!」


 話に入ってきたのは美桜だった。夜長と月夜が話し込んでいる中、美桜は突入前に聞こえていた「月夜の話し相手だと思われる人物」を探していたらしく、ヘッドホンを外していた。

 見渡してみれば確かに居ない。言われた通り、この場所には姉とアルトと美桜と自分以外居ないように夜長は感じた。


「入る前は確かにもう一人の気配があったんですけど…『声』すら聞こえないってどういう事ですかね?」

「あら、あの子ったらまた隠れちゃったのね。能力をちょっと()()()程度じゃ、性格は治らないわよね…ちょっとごめんなさい」

「うぉっ!?」


 いきなり手を離されたアルトは、そのまま床にお尻を打ちつけてしまった。彼女は打ちつけたお尻をさすりながら、立ち上がって夜長や美桜と同じく月夜の動向を見つめていた。

 月夜は座布団を裏返したり、囲炉裏を火搔き棒で漁ったり、近くのタンス(引き出し)を開いたり、クローゼットを開けたり…と明らかに『誰か』を探し始めた。そこには入ってないだろと思わせるような場所さえも探している為、その姿は態とらしく、滑稽にすら見える。「ほら早く出てきなさーい、神ノ川(かんのがわ)さん、境鳥(さかえどり)さん」と言いながら、月夜はどんどんと部屋を雑に荒らしていく。


「…何してんだ、お前の姉ちゃん」

「さあ…」

「…どうやら、月夜さんが探しているのは『人間』では無いらしいですね」

「え…じゃあ何を探しているんだ?」

「『天狗』です。それも、今言っていた名前、どちらも。那智さんの話的に、天狗は“突然出没する廃屋”を訝しんで入らないものだと思っていましたが、月夜さんの『声』がそう言ってるので、間違いないのでしょう。ですが何故…?」

『なっ、那智?!』

『天狗?!』

「はい、天狗で……ん?」

「今知らない声が聞こえたような…?」

『あっ!!』

『しまった!!』


 夜長が今聞こえた声の方に振り返る。

 そこにはやっぱり誰もいない。しかし。


「聞こえました!ここですね!!」


 電光石火の速さで美桜が、夜長の視線の先へと突っ込んで行く。そして、彼が何も無い空間にぶつかった、と思ったその瞬間。


 まるでベールが落ちるかのように、二つの人型が姿を表した。



 §



 ―――――――――――――――


156:leaf

人喰いマヨイガなどは存在しない。

これはスレ主が人を集める為に作った嘘である。

屋敷を訪れたスレ主は、そこに居た屋敷の住人に断りもせず立ち入ったが為にせざるを得なかった虚偽の物語だ。

屋敷の住民とは、人に化けた神であり、禁を犯したスレ主とその友達は神に殺されそうになった。だがどうしても生きて居たかった彼は、許される為にある提案をしたのだ。

「友達を人質として置いておき、自分だけ帰してくれないか」と。「私が代わりの人間を連れてくるから、それまで待っていて」と。

そうして彼はこの掲示板で、人の興味を引く書き込みをしたのだ。


157:名無しさん

は?


158:名無しさん

いきなりなんだなんだ


159:名無しさん

誰?


160:名無しさん

新しい考察か


161:名無しさん

若干信憑性無くね?


162:名無しさん

156>> 偉そうだな。お前は見たのかよ?


 ―――――――――――――――



 送信して、ものの数秒。ずらり、と一気にレスポンスが並ぶ。そのどれもが、困惑の感情が透けて見える言葉だ。


「おいおい、大丈夫か?これ…」

「でも、『言葉』を口にできた、と言う事は未来は決定されたんですよ。それに、まだこれで終わったわけじゃないので」

「お、まだ攻撃手段があるのか」

「というか、これはまだ構築途中ですよ。ここで我々にとって有利な状況を組み立てるのです」

「ほう」


 末原は得意げにそう言うと、次の文章を打ち込み始める。

 そのうちに、スレッドの流れが変わっていく。



 ―――――――――――――――


163:名無しさん

161>>何言ってんだ、最初の話だって信憑性は一つもなかったろ。アレだって山の神がどうとかって話はあったし、今更すぎる。


164:名無しさん

でもこれ色々おかしいような

てか入っちゃダメなら警告しろよ

イッチの呼びかけに答えてやれよ


165:名無しさん

164>>神なら答えねぇだろ、基本意地悪だし

それに、例え善良で温厚な神だったとしても、まさか人んちの食いもん勝手に食うとは思わないだろ


166:名無しさん

162>>新しい考察だろ?そうカッカすんなよ

それにしても、今までにない見方だな


167:名無しさん

165>>なるほど、食い物の恨みか


168:名無しさん

食い物の恨みは怖いぞ


169:名無しさん

だが、代わりの人間ってそんなに多く必要なのか?

生贄ならイッチと友達二人分で事足りるし

この説だと全国各地での行方不明者の説明ができない


170:名無しさん

そもそも掲示板で生贄集めるって非効率的すぎん?信じてもらえるかわからないのに


171:名無しさん

170>>でもみんな信じてんだろ。信じてるから失踪してるんだろ。信じてみたいから近づいてる輩も多いだろうが、結局おんなじ事だしな


172:名無しさん

169>> 170>>

お前らだったら知り合いと匿名掲示板見て釣られる奴、どっちを神の生贄に捧げたいって思うんだよ

イッチは手っ取り早い「知り合い」ではなく、非効率的な「俺たち」を選んだんだぞ

例え非効率的でも自分が生き残れる道に進みたいんだろ

噂に釣られて消えた奴は自業自得って片付けられるし

そういうことだぞ


173:名無し

172>>全国各地から人を集める理由は?


174:名無しさん

思ったより釣られた人が多くてイッチもこうなるとは思わなかったんじゃね?知らんけど


175:名無しさん

そうせざるを得なかったとはいえ、無責任だな…


176:名無し

そもそも、この説だと無理がある

神なら尚更、友人を人質にして逃げる人間を放っておくだろうか?人間は嘘を吐くんだから、約束を守るとは限らない

きっと交渉の余地もなくその場で殺すだろうよ

それになにより、全国規模での失踪事件の理由にならない


177:名無しさん

>>176

一理ある


178:名無しさん

もしかしたらマヨイガの中は異空間で、全部一つのマヨイガと繋がってたりして


179:名無しさん

>>178

ありそうで怖い


 ―――――――――――――――



 メモ帳とモニターを交互に見ながら、末原はカタカタとキーボードを鳴らす。


「そろそろ次の攻撃を()ち込みます!先生!」

「りょ、了解!…でも、未来決定したのにどうして否定意見が出るんだ?!」

「『()()()受け入れられる』とは言ってないからです!でも()()()()()んです!はなから全員に受け入れられるとは思ってないですし、それに『言葉』にするハードルが高くなっても仕方ないので!」


 そう言いながら、末原はどんどんと文章を書き出していく。

 文章を都度見直しながら、ふと、(もしかしたら、本当に『人喰いマヨイガ』という噂は『作り話』で、夜長さんたちが遭遇している【本物】は【嘘から出た真】という事だとしたら…?もしかしたら、この噂を別のベクトルの話にされて、【本物】が消えて困る人が本当に存在するのかもしれない…?)と思ったが、すぐに(いや、だとしても目的がわからないな…【本物】を生み出した理由がわからん…)と思い直し、そもそもそんな事考えたところで現状には何も貢献しないとし、今思いついた全ての事を末原は首を振って忘れる事にした。

 その様子を皐月は、不安半分、期待半分で末原を変な物を見る目で見つめていた。


「——書けました!次行きます!」

「おっしゃ!」

「3、2、1…」

「『この話は受け入れられない』!」


 かちり、と送信のエンターキーが鳴る。



 ―――――――――――――――


188:leaf

スレ主が『人間である』と誰が言った。

彼は人では無い。天狗のようで違う、人を欲する妙なモノだ。スレッドに嘘を書き、全国各地を見、山に入った人々を連れ去り自分の元に集めているのだ。

奇しくも、行方不明者たちの失踪したと思われる時刻は別々だ。同時に別地点で消えたという記録は無い。

攫った人間をどうするかといえば、仲間にするため殺さない。

つまり、彼の発言に出てきた『友人』は、彼の友人ではない。『友人』は彼の一番最初の獲物の事だ。


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