午の二つ 人喰イマヨヰガ
——事象反転能力。
それは、皐月裕が持つ月異能。
月異能とは、月の光が照らす夜に生まれた子供に、先天的に与えられる“超能力”の事だ。夜長月飛は、指差したモノを悉く破壊する『絶対破壊能力』を持ち、末原葉月は、自分や誰かの存在感を薄くする『存在無視』を持ち、気更来美桜は、相手の心の声が聞こえてしまう『妙見聴力』を持つ。
そんな彼らの中で、一際奇抜で、かつ不可思議な月異能を持つのが、皐月裕だ。
『口にした言葉と、反対の事が引き起こされる能力』——そう一言で説明できるほど簡単な能力だが、実際使ってみると分からないところが多いのが現実らしい。ひっくり返せない事象が存在したり、過去に起こった事をひっくり返す事はできなかったりする。ひっくり返せないとされる事象は、口にしようとすると強い吐き気を感じてしまうようだ。
皐月は吐き気を感じたら、すぐに口を噤む。昔、強引に言葉を発した時に、取り返しのつかない事態になったからだ———
「…僕の能力で何をするんだ?というか、そもそも依頼内容知らないんだけど…」
「ああ、うん…そうだったね」
夜長は手短に、皐月に依頼内容と現在の状況を説明した。しかし、依頼内容を聞いたところで、皐月にはピンとこなかった。
「都市伝説系の依頼ってのは分かったが、僕の能力とどう関連付くのかが全く分からないんだが…?事象を反転させるだけだし…」
「…僕の予想だと、君の能力は恐らく事象反転じゃないと思うんだ」
「………は?」
予想外の言葉に、皐月は目を見開く。今まで事象を反転させて夜長を助けてきたはずだ。それなのに、彼はそうではないと言った。…どういう事だ?
「じゃあ夜長は皐月の能力がなんだって言うんだ?」
「うーんと…ちょっと説明が長くなるけど、いいかい?」
「無理。三行にまとめろ」
「えぇ…」
混乱して言葉が出ない皐月に代わって、アルトが夜長に質問する。しかし、夜長の長い話を聞く気はさらさらないようで、簡潔に纏める事を強要した。
その言葉に、夜長は首を捻り暫くの間熟考する。
夜長の言葉が出るまでの間、美桜は皐月に能力の詳細について質問していた。
「皐月さんの能力って、眼鏡かけると発動する奴ですよね?」
「…言ってたっけ?」
「この前ヘッドホンが外れた時に、心の声を聞きましたから。だから説明が省けると言ったんですよ?」
「何処まで見えるんだ、君の能力…」
皐月は、美桜の言葉に少し背筋がゾワっとする。心の中で今考えてる事、だけでなく、彼が知りたいと思った事は全て覗けてしまうらしい。
…では、あの時の記憶も彼に知られてしまったのではないか?と、皐月は少し怖くなった。
「…さあ、何処まででしょうね?でも、他人の心に深く関わって、知らなくてもいい誰かの過去を知り、取り返しのつかない事になったりでもしたら怖いので、そこまで深くは聞き取りませんが」
「いやその言葉めちゃくちゃ怖いんだが…」
「まあ私の能力はどうでもいいです。それで、その、皐月さんの眼鏡って誰から受け取りました?」
「……」
やはりそうくるか。そう皐月は思った。
それと同時に、あの時の最悪を知られていない事に、安堵を覚えた。
「…それは見なかったんだね」
「さっきも言ったじゃないですか。私、必要のない情報は聞き流しているんです。そうでもしないとパンクしちゃいますから。…で?誰からですか?」
「それは———」
彼も制御装置を持つ。ならば、教えてしまっても別に構わないのではないか?
そう思うが、もし彼が、あの時の被害者であったのなら?その場合、その人の名を知った時、居場所を教えろと言われるのでは?彼の真意が読めないまま教えるのは危険なのではないか?
…そんな思いが、彼の中で逡巡する。
しかし。
「それは、僕の姉の、穂含月夜からだよ。気更来くん」
そんな皐月の気持ちをぶち壊したのは、夜長だった。どうやらやっと三行に纏められたらしい。
「…夜長」
「さ、頑張って三行に纏めたから聞いてもらえるかな?」
「……ああ」
強引に話を進める夜長に、アルトは少し不思議に思った。
夜長の姉。穂含月夜。この人物は、夜長と皐月の間で腫れ物のような扱いなのだろうか。触れてはならない何かであるとでも言うのだろうか。…身内なのに?
アルトは、今ここにその姉が現れたら二人がどんな顔になるのか見てみたいな、と好奇心から思った。
「それじゃあ、言うね。メモの準備はいい?」
「三行なんだから要らないだろ」
「アルトちゃんは忘れっぽいんだから用意しなさい」
「なんでだよ?!」
そう言われて、アルトは渋々ながらも、素直にメモを用意した。
そんなやり取りの後、すぅ、と一つ深呼吸をして、夜長は三行の言葉を放つ。
「皐月くんの能力は、未来決定能力だ。
数多ある未来の中から現実可能の未来のみ、
反対言葉を言う事によって未来が決定される」
その言葉に、三人はポカンとした顔をする。
「…ええと。つまり、僕の能力は天邪鬼ではなくラプラスの悪魔という事か?!」
「うーーーーーーーん、ちょっと違うかなーーーーー???」
「なんだそのラプラスの悪魔って!なんかよく分からんがカッコいいな!!」
「だろー?未来も過去も見えちゃう悪魔なんだぜー?!」
「それだと少し未来決定とは違う気がしますね?」
「いやいや、似たようなもんだって!未来が見えてるのと決定はそこまで変わらないよ!つまり僕は、また一つ深淵に近づけたという事だな…!なんてったって悪魔だからなァ…!!」
「いや皐月くんはどこ目指してるのさ…」
この数学教師、厨二病発症させると収集つかなくなるな?と夜長は厄介に思った。そのうち「僕の右目が疼く…!悪魔め、まだ出てくるなァァ!!」とでも言い出すんじゃなかろうか。
あとラプラスの悪魔と彼の能力は全然違う。彼は現実可能な未来しか掴めないし、そもそも彼は遠い過去もすぐそばの未来も見えていない。いや実は見えてるのかもしれないが、見れるんだったら予知くらいしてほしいものだ。…だがまあ、言ったら色々めんどくさい事になる事は分かりきっているので、夜長はその事をツッコむ事はしなかった。
「とりあえず、君の能力でどうこの事件を解決するのか、だけど。おそらく、そのまま君が「怪異は消えない」と言っても意味はないだろう」
「それは何故です?」
「今のままだと、“現実可能”ではないんだ。幾重にも連なった呪い、噂、実害…これらを崩さなくては、怪異は消せない。人を助ける事はできるだろうけどね」
「…だから、マヨイガも救うと言ったんですね」
「うん。ただ人を救うだけなら、僕らが『人喰いマヨイガ』を探し出して、乗り込めば恐らく出来るだろう。でも、それじゃあ噂が続く限り被害は収まらない。むしろ膨らみ続けるだろう。だから根本から断つ必要がある」
「………」
美桜は、夜長が結局人を救おうとしている事に気づき、少し口元が緩んだ。なんだ、この人は結局、人間側なんだ。美桜はそう思って、少し安心した。
「ならどうするんだ?僕は早くひっくり返したいんだけど!?」
「うん自分の能力の真実を知って早く試したい気持ちも分かるけど、一旦落ち着こうね?うーん…噂を別方向に持っていければ、ってところだけど……『これは妖怪や怪異の所為ではなく、人為的に行われた事件だ』と多くの人に思い込ませられれば、恐らく“現実可能の未来”になると思うんだけど…」
「…なかなか難しそうですね。この怪異は色んなところで人を喰っ…いや、攫っているようですし」
「夜長も「同一犯じゃ無理だろ」って言ってたしな、そういや」
「……椿紅くん、意外と記憶力あるね?まさかあの呟きを聞いていたとは…」
「えへん。もっと褒めてもいいぞ!」
「褒めないから。…うーん、こっからどうするか…」
そこで会話は途切れた。全員が首を傾げて解決策を思索しているようだった。
そんな中、会話に入れず蚊帳の外にされていた末原が立ち上がる。何事かとアルトがそちらを見ると、彼は頬を膨らませて事務所の外へ向かおうとした。それに夜長も気づいたようだった。
「おや末原くん、帰るのかい?」
「当たり前でしょう?僕が居ても何の役にも立てませんし、そもそも僕の依頼却下されましたし!お邪魔虫は消えますよーだ!」
「ありゃ…結構おかんむりかな?」
「そりゃそうですよ!!無視されるのには慣れてますが、心の痛みは慣れないんですからね?!繊細なんですからね?!?!」
「ご、ごめん……」
クワッと大きな声で喚く末原に、夜長は驚き、ばつの悪そうな顔をする。あからさまに萎縮し、縮こまる夜長を見て、アルトは珍しさと驚きから、夜長を凝視しながら凄い顔で固まってしまった。
「ふん!もういいです、今日のところはこれでさようなら!!また明日来ます!!」
「ま、待ってくれ!帰る前にまたツノの女性に会ったら話を」
「そこは引き止めてくれないんですね?!」
「引き止めて欲しかったのかい?!」
夜長はそのまま帰るものだと思っていた為、まさかそうツッコマれるとは思ってもみなかった。男心は複雑である。
そのやり取りを見ていた美桜と皐月は、「ツンデレですか?」「ツンデレだな」とひそひそ呟いていた。
「い、いや、もういいです!僕は帰」
「お前、なんでそんなに引き止めて欲しいんだ?あ、もしかして寂し」
「寂しくなんか!ない!です!!し?!?!!先生なら生徒の気持ち理解してくださいね??!!?!!」
「えー、じゃあなんだよ、その沸えきらない態度は…もしや、何か案が浮かんだから引き止めて欲しいのか?」
「……………ちょっと、だけ……ですけど…」
「「「「マ?!!???!??!!!」」」」
末原のまさかの発言に、全員が身を乗り出して末原を見た。4人分の大声に「う、五月蝿いですよ!!」と照れながら末原は怒鳴った。
「それで、どういう方法で行くんだい?!」
「ま、待ってください、一旦落ち着いてください!第一、この方法で行けるか全く分からないんですよ?!」
「いや、僕らの中から何も出ていない今、君の方法に賭けるしかないんだ!」
「えぇ……責任重大………」
嫌そうな声色で末原はそう呟くが、しかし顔は何処か嬉しそうであった。ここまで頼られた事など、生まれてこの方一度も無かった為である。
「えっと…一応、整理をさせてください。この怪異は、そのネット掲示板発祥なんですよね?この掲示板より前に語られた事は?」
「恐らく無いと思いますよ。あ、元になった話…マヨイガは柳田國男なんかが書いてたと思います」
「そうだね。他の場所に書かれてたらここまで噂にはなってないと思うよ」
「最初に書き込みをした人は生還してるんですよね?」
「そうだね」
「マヨイガ、黄泉竈食ひ、最近の失踪者増加の原因、…などの特性を付けたのは外野で合ってますか?」
「まあそうですね。黄泉竈食ひは結果的にそう見える…って感じですが」
「よもつへぐい?なんだそれ」
「まあ簡単に言えば、地獄の物を食べたら現世に二度と帰れないっていう奴だよ」
「なるほど、自業自得だな」
「うーん……うん、そうだね…」
「ふむ。では、最近の失踪者は初めの事件との関連性はありますか?」
「それ、は…どう、いう…」
「……………」
末原の質問に、初めて四人は言葉に詰まった。
初めの事件——それは、掲示板に投稿された事件の事を指しているのだろう。それと最近の失踪者との関連性。
あると言えばある。しかし、それは『ネットの住民たちが勝手に関連付けた』と言われれば無くなってしまうほどに薄いものだ。
失踪者の出身地はバラバラであるし、彼らが消えたとされる山も全員違う。時間帯すら合致しない。ただし、この掲示板を読んだかどうかだけは新聞に書かれていないため、それについては定かでは無い。しかし恐らくテレビを見ているであろう美桜ですら何も言わないのだから、テレビなどでもその辺りは語られていないのだろう。
「……黙る、という事は、無いという事でアンサーしても大丈夫ですか?」
「…まあ、そうかな。みんな誰もが別々のところで失踪している。ネットの民が騒いでいるだけで、この掲示板との関連はあるようで無い」
「もしかしたら、実際はまっっっっっったく関係が無いのに、『関連がある』とされた可能性もありますよね」
「…なるほど。では、最後の質問なのですが、失踪者の生死は分かっていないんですよね?」
「まあ『失踪』って時点で我々には真実は分からないですよね」
「シュレディンガーの失踪者だ!」
「なんで皐月くんはこういう時だけ出しゃばって来るんだい…?」
「シュレディンガーもラプラスもカッコいいよな!!」
「そうだね横文字だねーかっこいいねー」
皐月の厨二病なノリに乗っかって来るアルトに、夜長はもはや仏のように広い心で同調する。ただしセリフは棒読みである。
「乗り込んで助ければ生きてる可能性は?」
「まあそれはあるね。でも本当に“やってみなきゃ分からない”の範囲だね」
「…わかりました。ありがとうございます」
「これで何か分かったんですか?」
「いや、これはただの確認ですよ。でもこれで、どこを創作とし、どこを真実とするかは、大体決まりました」
「……?」
末原の言葉の意味が分からず、四人は首を傾げる。しかし末原はそれに気づいていないようだった。「とすれば、…………なら、書き出しは……ぶつぶつ」と言いながら、彼はその場をくるくると廻り始めた。
アルトは「気が狂ったのか??」と不思議そうに彼を眺めていた。
「…あのー、末原くん?自分の世界に入ってるところ悪いけど、僕らはまだ君が考えついた方法を聞けてないんだよね…」
「ん…ああ、そういえばそうでしたね。言い忘れてました」
「忘れないでくれよ…」
末原はこほん、と一つ咳払いをして夜長たち四人の方へ向き直った。
「僕の考えついた方法、というのは『新説をでっち上げて、元あった説をひっくり返そう』作戦です!」
「…ええと、それってどういう?」
「だから、僕らが『この事件は神や妖怪の所為ではない説』をでっち上げて、元々あった様々な説を掻き消してしまおう!という事です!」
「なるほど……ってそれが出来たら苦労は」
「だーかーらー!これはでっち上げなんですってば!!つまりは創作、嘘、虚構の類!あちらの言っている事を虚構と見做し、ならば、とこちらも虚構で立ち向かうんです!!同じテーマで全く違う小説を書くのです!!」
「しょ、小説……?」
「末原は小説が書けるのか!なんで内緒にしてたんだ!私にも読ませろよ!!」
ドヤ顔で胸を張っていた末原だったが、『小説を書く』は失言だったらしく、夜長やアルトに突っ込まれてすぐに彼は額に汗を浮かべながらそっぽを向いてしまった。
それでもぐいぐい来るアルトに末原は「ええと…あの、文芸部…なので…」とか「人に見せられるようなものは何も書いてないので…」とかもにょもにょ言っているが、小説を書いているという事の何を恥じているのだろうか?
「…末原って帰宅部じゃ」
「あーあー!!違いますー!!別に幽霊部員とかそういうのでは断ッじて!無い!です!から!!!」
「いや知らんし」
「っていうかそんな事はどうでもいいんですよ!!とにかく、嘘には嘘で戦うって事です!!ですが巧みな嘘を吐くためには相手の嘘を一部取り込む事も必要ですし、紛いない真実だって必要です!先程の質問はそういう事です!」
「な、なるほど……ってあれ?紛いない真実って…?」
「それは…まあ、現地調査とか…そういう…」
「……もしかして、マヨイガ乗り込み班と、虚構組み立て班で分かれる…とかそういう?」
「…………」
「…そうなんだね…」
バツの悪そうな顔で黙り込んでしまった末原を見て、(なるほど、これは長丁場になりそうだ…)と、夜長は漠然と感じ、もはや諦観の表情で空を仰いだ。
「班分けですが、皐月さんには残ってもらおうかと思ってます。本当に未来決定能力であるのなら、この戦いに確実性をもたらすために必要となるからです」
「ふむ…分かった。でもどの辺りで行けるようになるかは分からないぜ?」
「うーん、まあそれは僕の嘘と乗り込み班の調査次第…ですかね?」
「そういえば『今反対言葉を言っても意味がない』と夜長さんは仰ってましたけど、実際どうなんですか?」
「あー、ちょっとやってみるわ」
そう言って皐月は眼鏡を取り出し装着して黙り込んだ。その数秒後、彼の顔色はみるみる悪くなっていき、両の手で口を押さえ、頭を振って眼鏡を振り落とした。
「うぷっ……やっぱダメだわ…反転できない…」
「ふむ。夜長さんの読みは当たっていたようですね。それにしても、吐き気でダメだと分かるんですね…」
「そうなんだよ……迷惑極まりない……おえっ」
「ちょ、吐かないでくれよ?!誰が掃除すると思ってるんだい?!」
「いやごめん、大丈夫…吐きはしオエップ」
「…とりあえずトイレ行けよ」
「ゔん……そうする………」
よろよろとした足取りで皐月はトイレへ消えていった。
美桜はその後ろ姿を見ながら「自律神経いわしたんですかね…?しかし何故…?」と思ったが、データが少ない為か考察までは出来なかった。
「皐月先生のあんな姿初めて見た…」
「分かるぞ末原。私も初めて見た」
「という事は、普段はちゃんと反転できてるって事ですかね?」
「そう、なるのかな?まあ私は皐月じゃないから分からんが。ん、てことは「夜長が負ける」って言って毎回反転出来るって事だよな。なんでだ?」
「あー…まあそれは『僕が強いから』じゃないかな…」
「自分で言うか?!」
「…まあ理由は今度ちゃんと話すよ。今はこの問題——班分けについて話そう」
「…………」
上手くはぐらかされたような気がするが、アルトは特に気にしない事にして、話を班分けに切り替えた。
色々と話し合った結果、マヨイガ乗り込み班は夜長、アルト、美桜の三人となった。2日前の手腕からアルトは美桜を虚構班に推薦したが、「いえ、夜長さんとアルトさんだけだと、と て つ も な く 心配なので」という末原の言葉に深く頷いた夜長が、アルトの提案を却下したのだ。アルトは「そんなに信用ならないか?!」と驚いたが、夜長と末原は「うん」「アルトさんすぐどっか行っちゃいそうですし」「この暴走列車を制御するのに僕一人は流石に無理」「この前の悪夢事件も真っ先に被害に遭ってましたし」「皐月くんが居なくなるんだからもう一人必要だよねぇ」と口々に言い、アルトは言い返せずにただ落胆するのみであった。
そんなアルトの頭を美桜は優しく撫でた。
「ええと、まずは実地調査…というか、『マヨイガは帰還できるものであり、閉じ込めるものではない』という証明をしてもらいたいんですが、いいですか?」
「その証明はする意味あんのか?」
「大いにありますよ。まず、今のマヨイガの大前提は『一度入ったら帰ってこれない』というものがあります。いやまあ黄泉竈食ひの件があるので、『人による』という点はなくもないのかもしれませんが…ですが、迷い込んだ者が悉く失踪しているのなら、この前提は成立しているわけです」
「なるほど、それを私たちが崩して、そして確実性を持たせるって感じですね!」
「そーゆー事です」
「うんまあ、やるけど…君たちは?」
「僕らは虚構の構成を考えて、出来れば攻撃を開始したいところなのですが……実地調査で得られたデータをこちらに送る方法ってありますかね?」
「つまり僕らが帰ってくるのを待たずに、掲示板に何か仕掛けようって言うのかな?」
「そうですね…そうできたら楽なんですが……流石にマジで圏外だった場合、連絡手段がなくなるんですよね…」
「ああ…確かに。山の中は電波通じてないイメージがありますものね。なら急いで攻撃せずともいいのでは?」
「え、でも一刻を争うんですよね?なら早い方が」
末原の言葉を遮って、夜長が神妙な面持ちでその場を動いた。
「分かった。なら、助っ人を呼ぼう」
そう言って、彼は自分用の机に向かっていく。アルトが帰ってくる前に座っていたところだ。と思ったら、彼はその近くに床に落ちていた新聞を踏んで滑った。
「何故そんなところに新聞が散らばってるんです?」
「ミオ、あの新聞はな」
「う、うるさいなぁ!!もう、ホント変なところでカッコつかないな…僕…」
夜長は腰をさすりながら起き上がり、机の引き出しを開けた。ある一つの物を取り出して、彼はみんなのいる場所へ戻ってきた。それは、紅白紐に結ばれた、ヤツデの絵が描かれた小さな鈴だった。
「…その鈴は?」
「まあちょっと見てて」
夜長は鈴の本体を持ち、軽やかに、といった感じで鈴を振る。しかし、鈴の音は聞こえず、ただ風を切る音のみが部屋に広がった。
「……その鈴、壊れてるのか?」
「いや…たぶんこれで大丈夫…だと思う」
「すっごいあやふやだな。本当に大丈夫か?」
「うーん…これで来てくれたと思うんだけど…」
「騙されたのではなく?」
「…その可能性はあr」
『無いですから!!!!』
「!」
ブワッと強い風が巻き起こる。
あまりの強風に、全員が目を伏せる。
風が弱まり、閉じた目を開くと。
そこには。
背に黒い羽を持ち。
頭に不思議な形——三角錐と例えるべきか——の小さな帽子を乗せて。
高い下駄を履いた。
大きなヤツデの団扇を手に持って腕を組む。
女性とも男性ともとれる顔つきの。
まさに、『天狗』と呼ぶべき人物が、立っていた。
『ご用件はなんですか、吸血鬼探偵さん』