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黄昏時ノ探偵  作者: きのこシチュー
13/20

巳の一つ 普通ノ私立探偵



美しさ―



冷静さ超然とした態度——落ち着き



——尊大さ—飼い慣らしてない支配者的風格



——静かに滑るように歩む猫。







このような完全無欠さ


半分でも備えた生き物が


ほかにいるだろうか?






  ——H.P.ラヴクラフト『猫と犬』






紅に咲き誇る月と〜菊の章〜

『黄昏時ノ探偵』

巳の刻 普通ノ私立探偵






「うーん……ユェトゥー、何者なんだ…?」

ぶつぶつと呟きながら、夜長はとある一冊の分厚い本を前に考え事をしていた。

その本は中日辞典であり、開かれたページには『月兎[ユェトゥー]意味:月の兎。玉兎と同じ』と書かれていた。

「どうした夜長。ココアでも飲むか?」

一日中悩みそうな勢いの夜長を心配して、アルトが湯気の立つカップを持ってやって来た。

その中からは甘いいい匂いが漂っている。

「ほら考え事には甘いものだろ?」

「うーん……そうだね…もらお…」

その言葉を聞いたアルトは超ニコニコしながら、彼の前にココアを置いた。

「やっと夜長も素直になったか!!ココア美味しいよね!!」

「あー…うん、そだね」

夜長はテキトーにあしらい、ココアを口に含む。

砂糖入れすぎなんじゃ?と思うくらい甘いそれに胸焼けを感じつつも、夜長はコップ半分を飲み込んだ。

「…ねぇ椿紅くん、これ砂糖何杯入れた?」

「そんな事より私、知りたい事があるんだけど」

「…椿紅くん?」

「ん?もう一度言う?」

「あくまではぐらかすスタイルなんだね…」

「なんの話か分からんな」

スンッと無表情になるアルト。

こういう時ポーカーフェイスは便利だな、と夜長は呆れながらそう思った。

「…で、何について知りたいんだい?」

「この前のことだ。あの神社に蔓延る黒っぽいモヤはなんだったんだ?」

「あー…」

やはりわからなかったのか、と夜長は頭を抱える。

しかしすぐに向き直って、彼は説明を始める。

「あれは『呪い』と呼ばれるエネルギーだ。この前は目に見えていたけど、通常は他のエネルギー同様、可視化されないんだ」

「ふーん…それってどーゆーエネルギーなんだ?」

「えぇ…?その名の通り『呪い』だよ…?」

呆れ顔で自分を見る夜長に、アルトはムッとする。

「いやそれが分からないんだって」

「うーん、ちょっと説明が難しいんだけど…まあいいか。僕のような吸血鬼や人間、知能のある生き物…というより、感情を持つ生き物が生み出す、憎しみ、恨み、怒りなどの負の感情のエネルギー…かな。これらの感情って割とエネルギー使うんでしょ?僕はこれの総称として『呪い』と呼んでいて、更にこれが世界に溢れてると僕は考えていた。そしてこの仮説はこの前の事件で合っていたという事が証明された」

「ふ…ぅん?」

そこまで聞いたアルトは、腕組みをして「わかってますよ」風な顔をするが、目線は右上の方に泳いでいるし、何より頭の上にあからさまなハナテが浮かんでいる。

「まあつまり、お前が吸血鬼に対して抱いてる感情がイコール呪いみたいな感じだろ、知らんけど」

「なるほど!つまり恨みっていう事か!それならそうと言ってよ夜長ぁ〜」

「いやそう言ったんだけど????」

「夜長、アルトには雑に説明した方が伝わるぞ、覚えとけ?」

「いや皐月くんは椿紅くんの扱い雑過ぎないかい?!」

「えっ私の扱いって雑なのか?」

「あっ気づいてなかったの」


そんなツッコミとボケが交差する事務所に、一つのノックが流れ込んだ。


「すーみーまーせーーーん!!!!よーなーがーたー」

「うわぁあうるさ!!な、何?!」

ノックの後に雪崩れ込んだのは、耳をつんざくような大きな声。

怒鳴ってるせいで若干分かりにくいが、この声は、少年ような少女ような印象を抱く中性的な声をしている。

「んーてーーー!!!はー」

「待って待って居るから!!今開けるからーーー!!」

なお続く大きな声に、夜長も対抗するように大きな声で応え、ドアを開けた。


ドアの先に居たのは、赤いパーカーを身にまとい、赤いヘッドホンとメガネを装着した、緑髪と明るい赤紫の瞳をした、可愛らしい顔立ちの一目見ただけじゃ少年とも少女とも分からない、朱穂野あけぼの高校の制服を着た子だった。


「あ、開いた」

「…何の用かな?」

「探偵さんがいると聞いたので、依頼しに来ました!!」

「ああ…うんじゃあとりあえず上がって?」

「はい!!お邪魔します!!!!」

「元気だね…」

ぴょんぴょんと跳ねるように部屋に上がり込む少女(少年?)を見て、夜長は(また椿紅くんっぽい子が来たな…)と呆れ気味にアルトを見る。アルトは何故見られたのか分からなかったので、とりあえず無表情でピースをしてみた。が、夜長は何も言わずに少女(少年?)に椅子を勧め話を始めた。

「それで?依頼ってなんだい?」

「ああえっと…、うちの飼い猫がなんか帰ってこないんです」

「迷子猫の捜索、という事だね?」

「そうですね、そうなります」

夜長は近くの棚に向かい、一冊のファイルを手に取り持ってきた。

表紙には『近所の野良猫』と書かれている。

「じゃあとりあえず猫の名前、特徴、好物、性格など、情報の提示をお願いしようか」

「はい!ではまずは」

「待った、このままだと呼びにくいから、君の名前をまず教えて?」

「あ、確かにそうですね!えー、私は気更来美桜きさらぎみおうと申します!気軽にミオって呼んでください!!」

「ああ、うん。じゃあ気更来くん」

さらりと自分の要求をスルーされ、美桜はあからさまにショックを受けているが、夜長は更にそれをスルーし話を続ける。

「情報の提供、よろしく?」

「…はい。うん。そですね…じゃあ言いますね」

「そんなに呼ばれたかったの??」

項垂れるようなテンションで応える美桜に若干引きながら夜長は情報をメモしだした。



——ここは夜長探偵事務所。

私立探偵夜長月飛の拠点にして住処。

今までのお話で見せていた怪異探偵としての夜長月飛は実は裏の顔であり、実際にはそういった依頼が来ることは稀だったりする。

普段はこういった、飼い猫の捜索や浮気調査などの普通の依頼を受けている、普通の私立探偵なのである。

夜長曰く「怪異探偵だけじゃ儲からないからね…」だそうだ。



「——と、言った感じですかね」

「なるほどねぇ」

夜長は『近所の野良猫』と表紙に書かれたファイルを開き、先程美桜から言われた猫と特徴が似ている猫が居ないか探し始めた。

その間、アルトが美桜のそばで話し始めた。

「ミオと言ったな。お前、性別どっちなんだ?」

「うーん今の時代性別は二つじゃ無いと」

「そういうのいいから。ん、もしかしてズボン履いてるから男か?お前」

「いやいや、女の子でもズボン履きた」

「そゆのいいから」

「……」

質問に対して屁理屈を重ねる美桜だったが、アルトの全く怯まない態度に屁理屈をねるのがめんどくさくなったのか、それともずっと無表情でツッコんでくるアルトが怖くなったのか、とにかく美桜は黙りこくってしまった。

「おーいどうしたミオー?」

「…いえ、ちょっとばかし放心していました。はい。まあ。そうですね。当たりです。」

「おお、そうなのか。男に見えないな」

「そうでしょう、そうでしょう!私女の子みたいに可愛いでしょう!わかる、分かります。私もそう思います!」

おだてられ(?)上機嫌になる美桜だったが、「いや、可愛いとかじゃなくて。なんかスカート履きそうな顔してたから」とかいうアルトの謎すぎる余計な一言によって、そのままの顔でまたも黙りこくってしまった。

そんな二人のやりとりをずっと横目で見ていた皐月だったが「いやスカート履きそうな顔ってなんだよ」と遂にツッコミに入った。


皐月が参加して、更にカオスが深まるかと思ったところで、パンパンと手を叩く音が響き渡った。

——夜長だ。

「はいはい、茶番はそこまで。そろそろ捜索に行くよー」

「おー、なんか終わったのか?」

「うん。似た特徴の猫さんはとりあえず居ないっぽいからね」

「準備万全ですね!」

美桜は嬉しそうに飛び跳ねる。

テンション高いなぁ…と呆れながら、夜長は美桜に向き直る。

「…最終確認をしたい。まず、猫さんの名前はソティスで合ってるかい?」

「ええ!白猫のソティスです!」

「うんうん。あ、確か額に三角の模様があるんだっけ?」

「そうです!それ以外目立った模様は無かったかと!あ、あとオッドアイです!」

「…初めて聞いた情報なんだけど?まあいいや…それで、元野良猫だから品種は分からないんだっけ。あとは…」

「鰹節と煮干しとちゅ〜◯が好物ですね!あとマタタビは効果ないです!」

「…うんそれも初めて聞いたね。マタタビ効かないんだ??」

「あれ、言いませんでしたっけ。ソティスにどれだけマタタビあげても効果が無いんですよ、何故か」

「へ、へぇ〜…」

マタタビ効かない猫とかいるんだ…と夜長はバックに宇宙を浮かべ始めた。

そんな夜長のそばで腕組みながら静かに推理していた皐月が口を開く。

「あとは元野良だから恐らく活動範囲が広い、ということか。捜索大変そうだな…」

「はい、そうですね。一応チラシは作って至る所に貼っといたんですが、効果はあまりなくてですね…あの子頭いいからなぁ…」

美桜は愛猫の事を思い出しながら、たははと笑う。

「とりあえず後の話は道中でしないか?私は早く探したいぞ!!」

「うんまあそうだな。よし夜長、いつまでほうけてるんだ、行くぞ」

「あっ、うん。そだね」

皐月は未だにスペースキャットしている夜長を揺すぶって正気に戻してから、跳ねるようにワクワクしているアルトと美桜に連れられて、四人は迷子猫の捜索へと向かっていった。



「そういやミオって家はどこなんだ?」

「んーとですね、南風田みなかた市の月ノ宮方面ですね。それ以上は個人情報なんで言えませーん!」

「まあそこまで興味ないからいいが」

「なっ!!」

そんな会話をしながら、鶏鳴けいめい町の道を四人は歩いていた。

所々、猫が通りそうなところや潜んでいそうなところを見つけるが、迷子猫は見つからない。

「まあまだ実家から遠いから」と夜長は思いつつも、一応罠のようなものは設置して回っている。

向かう場所は南風田市。

そちらの方が目撃情報も多いだろう、そう思った夜長の判断だ。

「しっかし、南風田なら宇賀時うがとき高校の方が近いんじゃないのか?よく朱穂野の方に行こうと思ったな…」

そう皐月が言う。鶏鳴町の隣町である夕顔町には、南風田市と繋がる静かな山道が存在する。そこを使うと、すぐに宇賀時高校に着けるのだ。ちなみに宇賀時高校にはアルトや末原葉月が通っており、皐月はそこで数学を教えていたりする。

「えー、だってあそこ文化系じゃないですか。私、中学の時からずっと剣道部なんですよ?朱穂野に行くしかないでしょ!あそこ全国行ってますし!」

「えっ…ああ、君剣道部なんだ」

「そうですよー?でもまあまだまだ未熟者ではありますがね」

にゃははと笑いながら、美桜は何も持たぬ腕で素振りをしてみせる。それを見た皐月は「いやコイツかなり上手いのでは?」と戦慄した。

そんな事をしているうちに、彼らは加賀瀬尾市と南風田市の市境へとたどり着いた。


「さて、問題はこっからだ。元野良だから、行動範囲は広い。隠れるところも熟知しているだろうね」

うーんと唸りながら、夜長は次に向かうべきを推理する。

「そういえばどこで拾ったとかあるのか?」

「いえ、いつの間にか家の近くに居たんです。或いは彼女の住処の近くに私達がやってきたのかもしれません。なんにせよ、私たちと彼女はとっても仲が良くてですね、ほとんど飼ってるようなものでしたので正式に飼うことになったんです」

「ほーん、メスなんだな。どっかよく行くところとかわからんのか?」

「そう、ですね……その辺は…多分、母の方が…詳しい、かと。あの子、私が生まれる前から居ついてたらしいので」

『母』という言葉を苦しげな、後ろめたそうな、そんな影を纏いながら言う彼を、アルトは見逃さなかった。だがかける言葉が見つからず、彼女は黙るしかなかった。

「……うん!まあとりあえず歩こうか。公園や路地裏、怪しいところは虱潰しに行こう。なんかもうそれしか思いつかないや!」

夜長はそう清々しい顔で推理を放棄した。

その場に居た全員が、そのまま歩いていってしまう夜長を唖然と見ていた。

「ほらみんな置いてくよー?」

そんな清々しい声に、全員はハッとしてすぐに駆けて行った。


四人は南風田市の路地裏や公園のベンチの下や土管の中など、雨が凌ぐ事ができる狭い場所を慎重に探して歩く。

しかし白猫は(おろ)か、猫が一匹も見つからないのだ。

「……おかしい」

流石に異常だと思った夜長は、美桜に向き直る。

「君の愛猫がいつ居なくなったかもう一度教えてくれるかい?」

「え?ええと…確か2日、いや3日前だったはずです」

「ありがとう。それじゃあ全員、作戦変更だ。気更来くんのように飼い猫が2日か3日帰って来ていない人を探すんだ。探偵だと名乗った上で猫を飼っているか聞き、その後で帰ってきていないか聞くんだ」

「なるほど、それで帰ってこないって人が多ければなんらかの異変がこの街に起こってると見なし、怪異事件かもしれないって判定になるのか」

「そうなるね」

夜長の作戦の通達に、皐月はその作戦の真意を確認する。

そんな真剣な二人の雰囲気をぶち壊すように緑のアホの子が「つまりは聞き込み調査って事ですね!?私得意ですよ!」と興奮気味に食いついてきた。

「ああそうなんだ…じゃあ期待してるね…?」

そんな彼に夜長は呆れ気味にそう応えた。


そんな会話をしながら、四人は日の落ち始めた、猫の消えた街を歩いていく。


そして四人は住宅街の道を抜け、開けた所にやってきた。

「お、ここは人が多いね。聞き込み調査が捗りそうだ!」

そこは、南風田市で一番人が集まると言われる『月ノ宮駅』の近くだった。

時間帯が夕方である事も関係しているのか、夜長の言う通り人がごった返している。

そしてすかさず彼らは聞き込みに向かっていった——その時だった。


カシャン、と音を立てて何かが落ち、それと同時にドスンと誰かが尻餅をつく。

「ああ、すみません!大丈夫ですか?!」

スーツの男性が、焦りながらぶつかってしまった少年に手を伸ばす。そのそばにはあの赤いヘッドホンが落ちている。


——美桜だ。


しかし、何か様子がおかしい。

「……………ッ」

みるみるうちに、彼の顔は青くなり、怯えたように男性を見はじめる。

呼吸も荒く、苦しそうに耳を塞ぐ。

「おいミオ、大丈夫か?!」

異変を察知したアルトがすぐに駆け寄ったが、その瞬間、美桜は糸が切れたように後ろに倒れてしまった。

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