辰の三つ 御守リト二人ノ絆
「って、ああもう!!」
勝手に行動してしまう彼女に呆れながら、夜長は外階段を駆け下りていく。
そのあとをアルトと皐月は追う。
「おい待て夜長!あの幽霊、なんであんなに動けるんだ?!さっき御守りに宿ってるとか言ってなかったか?!ってかなんであの幽霊触れられてるんだ?!」
「彼女はそう遠くへは行けない筈だよ!何故なら京香くんから受け取った御守りはここにあるからね!」
そう言って駆け下りながら夜長は懐から御守りを取り出した。京子が首から下げている物と全く同じ物だ。
「えっじゃああの幽霊の持ってるやつってニセモノなのか?!」
「んー、アレは多分生前の写しだろうね。生きていた時もああやって首から下げていたんだろう。ってかちゃんと名前あるんだから「あの幽霊」はやめたげてね?」
夜長は冷めた目でアルトにそう指摘したが、なんとなく理解しているようには見えなかった。
そうこうしているうちに夜長たちは階段を降りきり、京子の待つ一階へ降り立った。
彼女はきょろきょろソワソワとして落ち着きのない様子だった。
「京子くん、いきなりどうしたんだい?」
「あ、探偵さん!すみません勝手に…」
ぺこぺこと心底申し訳なさそうに京子はお辞儀する。
「いやいや、大丈夫だよ。ただちょっとびっくりしただけというか…それで、さっきのお話はあそこで終わりかい?」
「あ、いえ!待ってください、ちゃんと説明しますから…」
「…まあとりあえず歩きながら話そうか」
「じゃあ私が先頭を歩きますね」
そうして探偵御一行は幽霊に連れられて、鶏鳴町の道を歩き始めた。
空はもう、紺と黒で塗りつぶされていた。
「ええと。さっきも言いましたが私、能力者なんです。それも、相手の能力の効果を知り、覚えている範囲内で能力者を追跡する、というちょっとストーカーじみたものなんですが…」
恥ずかしいのか、照れながら彼女はそう説明する。
それを聞いて、夜長はハッとする。
「もしかして、犯人は能力者なのかい?
加えてその能力は、時を操れる」
その声に、京子は鳩が豆鉄砲を食ったような顔で足を止めた。
ちなみにアルトと皐月は彼女が驚いている理由を理解していないようで、突然歩みが止まったことに困惑している。
「…どうして、分かったんですか?」
「簡単な推理だよ。君は自分の能力の説明中に飛び出して行った。君がどのくらい犯人に対し恨み呪いを持っているかはわからないが、しかし君はさっき確かにはっきりと「復讐」と言った。つまりきみが過剰に反応する相手は犯人しかいないわけだ」
話しながら夜長は京子に進むことを促す。
京子はおずおずと頷いて、歩き始めた。
「そして君の能力が本当なら相手は能力者。それも、透明人間に成り得る能力を持つ、という条件付きだ。じゃあ透明人間になるにはどんな能力が必要か?」
「それでどうして時を操れる能力になったんだ?そのまま透明人間になれる能力でいいんじゃないか?」
「そうだね。アルトの言う通り、物理的に透明人間になる能力も考えた。でも、そういうのってわかる人にはわかってしまう。京子くんのようにね」
それを聞いた京子は口をとんがらせて「私は見なきゃ分かんないですよーだ」と文句を言う。
それを夜長はテキトーにあしらう。
「はいはい、そうだったね。…なんにせよ、物理的だとリスクが多いんじゃないかな?タイムラグや気配なんて、わかる人には分かるからね。その分、時を操れる能力者——いや、時を止めれる能力者、かな?それはその辺のリスクが無いはずさ。まあ能力者にはデメリットが付き物だから、なんらかのリスク——例えば、3分間だけ止めれるとか。そういったものはあるんじゃないかな?」
さらさらとそう説明する探偵に京子は目を丸くする。
「探偵さん…よくそこまで分かりましたね…」
どうやら、夜長の推理は正解ようだ。
夜長は当たってたことに少し驚き、照れていた。それにアルトは冷たい視線を送った。
いつもと逆の二人に、皐月は思わず写真を撮った。
「ところで京子さんは京香さんから離れて良かったのか?」
藪から棒に皐月がそう尋ねる。
夜長は会ったことが無い故に彼女が守護霊である事を信じず、亡霊であると仮定しているが、皐月は彼女が守護霊である事を信じているようだ。
「んー、多分大丈夫ですよ。分け御魂しときましたし。あと、他の守護霊さんに救助要請出しておきましたから」
「ど、どういうシステムなんだ…」
皐月は理解できず、頭をこんがらがせていたが、夜長はなんとなく「やっぱり亡霊では?」という考えが固まりつつあった。
「そういえば、あの吸血鬼、色々大変な目に会ってきたっぽいけど、お前何か知ってるのか?というかお前のせいじゃないの?」
続けざまにアルトが京子に質問を投げつける。
京子は少し困ったように笑って、
「それは…お恥ずかしながら、相手の呪いの力の方が、僅かながら私の力より強いんです。なので、ギリギリ死の運命は免れる…という結果になってしまうんです」
と言った。
「というか、なんで姉が吸血鬼だってわかったんですか…?姉は吸血鬼バレを非常に恐れて正体隠しの道具を買って身につけてたりするんです。普通の人間にバレなくて喜んでましたから…でも貴女、普通の人間ですよね…?」
続けざまに、恐る恐る彼女はこう尋ねた。
それに対しアルトはケロっとした顔で「私が普通に見えるのか?」と答えた。
「あー…そうか椿紅くんのって能力じゃなくて体質だもんね。分からなくて当然…かな」
恐らくまともに答え(られ)ない、そんなアルトを見かねて、夜長は助け船を出す。
「彼女、人間じゃないんだ。…いや、それだと語弊があるな。ええと、半分だけ人間…謂わばハーフなんだよ、彼女。それも、吸血鬼との」
京子は目を丸くして驚き、すぐに何かを思い出したらしくハッとする。
「聞いたことあります!純血じゃない吸血鬼…ダンピールは純血吸血鬼を探知できるとかなんとか!まさか彼女がそうなんですか?!」
きらきらとした瞳でそう尋ねる京子と、それを聞いてドヤ顔で「そうだぞ」と言うアルト。
この二人、似てるぞ…!と思った皐月と夜長であった。
と、そんな事を話しながら歩いている時。
「むっ!?こっちから能力者レーダーの反応アリです!これは間違いなく犯人です!!」
「吸血鬼レーダーの反応もあるぞ!」
突然、京子とアルトが同時に声を上げた。
「なにそのレーダー…仲良いね…」
「…というかなんで敵さん真逆の位置にいるんだ、めんどくさい…」
夜長と皐月は同時にため息を漏らす。
そう、皐月の言う通り、京子とアルトは声と同時にある方向を指を差していたのだが、それは卯酉全く逆の方向であった。
ちなみに現在地は、加賀瀬尾市で一番大きな神社・紅月神社の正面である。
「私は吸血鬼を殺す!」
「私は勿論犯人をボコします!!」
そう言って、二手に分かれる京子とアルト。
まさに似た者同士である。
「ちょ…!ああもう、勝手に行動しないでよ!皐月くん、椿紅くんを頼んだよ!」
そう言って夜長は京子が向かった卯の方角へ駆けて行った。
皐月は「言われなくても!」と萎えたやる気を奮い立たせ、酉の方角へ駆けて行った。その途中、例のメガネをかけて何かを呟いていたが、それは誰にも聞こえなかった。
——卯の方角側。
「ッ?!」
突如、夜長の耳元を何かが掠った。
夜長はピタリと歩みを止め、辺りを見回し、此処に起こっている異変について確認する。
「——なるほど、これはあまり歓迎されてないようだね」
やれやれ、といったように肩をすくめる。
そして、ズボンのポケットから例の花札が入った箱を取り出した。
「あんまり、生身の人間には使いたくないんだけどなぁ…」
夜長が箱に素早く五芒星を描くと、輝いた後に右手の中に8枚の札が現れた。
——此処の異変。
普通の人なら防衛本能により、足がすくみ逃げ出そうとする程の呪い。それが、ここら一帯に蔓延していた。
通常、呪いというものは怪異探偵たる夜長でさえ目に見えないものなのだが、ここにあるモノはハッキリよく視える。それだけ此処に集まった呪いというものは膨大なのだ。
「ッ、この量はおかしくないかい!?」
花札を舞わせ、夜長は京子の向かう神社西の何処かへ追いかけて行く。
ここは神社だ。神の領域たるこの場所で、こんな物が溢れかえっている…というのは、おかしな話だ。神が仕事をしてないのか、それともこの神社には神がいないのか。
はたまた——
「——面白がって傍観している、か。それが一番ありえそうだなぁ…」
額に汗を浮かべながら、彼は「これだから神は…」とボヤく。
そうこうしているうちに、京子の動きがピタリと止まった。
「…居たのかい?」
「…ええ。でも、ここ…」
京子が手を伸ばすと、パチンッと音がして弾かれた。
「痛ッ…やっぱりダメです、進めません!」
京子の先に、不可視の壁があるらしい。
痛覚が存在しないはずの霊体が、痛みを感じてしまう壁——いや、結界が、行く手を阻んでいる。
(花札…は、もうあとはこいこいをしなきゃ役がない、か…仕方ない)
手札はカス札とタン札が一枚ずつあるだけだった。
夜長は一旦花札をポケットの中にしまい、結界があると思しき場所に、手を所謂指鉄砲の形にして向ける。
そして、何を言うでもなく、まばゆい光が包み込んだ——と思った次の瞬間、パリンと音を立てて不可視の壁が破れ、何処かで紙がぱらりと落ちた音がした。
その一瞬間。
彼の紅い瞳が、蒼く輝いた——。