辰の二つ 御守リト二人ノ絆
「探偵さん、ありがとうございました!」
「いやいや、探偵として当たり前の事をしただけさ。礼には及ばないよ」
「いえでも!これで彼女に縛られずに動くことができますし!」
ぺこぺこと少女はお辞儀をする。
そんな彼女に困ったように笑う探偵。
「それで、君はお姉さんから離れてなにをしようと思っていたんだい?」
「それはもちろん——」
空が黄昏色に染まり始めた頃、探偵は何もない壁——いや、一人の幽霊と、喋っていた。
少女の首には、京香から形見だと言われて渡された御守りが下がっている。
「——復讐です!」
少女は弾けるような笑顔で、そう言った———。
――――――――――――――――――――
——事は、京香が上から降ってくる鉢植えや電光掲示板から逃げ回っている時まで巻き戻る。
探偵はその時、事務所内で前回の事件について考えていた。
「黒幕は別にいる、とは言ったものの…」
うーん、と唸りながら探偵は思考を巡らす。
この前起こった不可解な怪異事件。
人を呪う心が生み出す「呪い」を、その内で増幅させられた幽霊の起こした事件だ。
夢で逢いたいと常に願っていた魂であったが故に、無意識的に夢と関連する事件となった。…というのが彼の推理だ。
(でも今回の霊がもともと持ってた「呪い」ってあまり強くないはずなんだよなぁ…推測だけど)
ピンポイントにそこの部分だけを増幅させる事などできるのだろうか?
しかも祟り神のように無差別的に呪う、なんて。
「…夜長どうした?そんなうんうん唸って」
「皐月くん…君非常勤講師だったっけ?今日普通に平日なんだけど…」
現時刻は午後1時。普通の教師であればまだ学校にいるべき時間だ。
「ああ、今日午前授業だったんだ。会議とかもサラッと終わっちゃったし、暇してたんだよな」
「あっそう…」
そんな会話をしながら、皐月はキッチンに入っていく。既に火にかけたやかんがあるから、紅茶でも淹れに行ったのだろう。
夜長はもう一度さっきまでの思考を取り戻そうとして、ふと気になった事を口にした。
「…あれ?椿紅くんは?」
助手の椿紅アルトは皐月と同じ学校に通っている。
教師である皐月が午前授業で帰宅しているのであれば、生徒である椿紅も帰宅していてもおかしくはない。
だが、夜長が今日一日事務所にいても、椿紅がここに来た事はなかったのだ。
「さあな。多分どっかで遊んでるんじゃないのか?」
「うーん、あの子友達と遊ぶガラじゃないでしょ」
ピーッという、お湯が沸いた音が響く。
紅茶を二人分淹れ、皐月は夜長の居る応接間に戻ってくる。
今日の紅茶はストレートティーのようだ。
「なら、ひと狩りしてるんじゃないか?」
「…たしかに、そっち本業だもんね。じゃあ帰ってくるのまだ先かなぁ」
「アルトになにか用があったのか?」
「いや、別にないけど」
「あっそう…」
二人仲良く紅茶を啜る。
微糖なのか甘すぎず、ストレートな味が口いっぱいに広がる。久々の紅茶が美味しすぎて夜長は涙を流しかけた。
——そうして、時は現在に至る。
ちなみに京香は本日、開校記念日だとかで休みらしい。
「復讐って…一応聞いておくけど、京香さんを呪ってたという事は?」
「断ッじてッ!!そんな事はしてないです!!むしろ逆です!!」
大声でキッパリと、幽霊——小泉京子はそう言った。
「逆…?どういう事だい?」
「そのままの意味ですよ。私が京香に危害を加えてたんじゃなくて、私が京香を護ってたんです!」
えっへん、と自慢たっぷりにそう宣言する。
そのセリフに、夜長はピーンと来た。
「もしかして、と思ったけど…君、京香くんの守護霊かい?」
「正解です!死んだその日から姉を守ってきました!」
(そういうこともあるのか…)
通常、霊というのは死んだ場所で何もせずただそこに居るだけの物。霊には過去はあれど未来は無い。謂わば過去の残骸なのだ。ただし、生前に強い呪いや未練・目的を抱いていたのなら別だが。
(ん?そう考えると彼女は一般的な亡霊や背後霊と一緒なのか…?)
亡霊は自身が幽霊である事を受け入れつつ現世にとどまり続ける霊の事であり、背後霊は取り憑いた人の事を善であれ悪であれ応援する、ほとんど無害な霊の事である。
夜長は今まで守護霊というものに会った事がなかった。ただただそういう存在がいるということを知識として知っているだけ。なので、能力やどのような霊なのかの詳細は全く分からない。
「まあそこはどうでもいいか…それで、復讐って具体的にどうやるんだい?」
「え?えーと…なんかこう…派ァッ!って感じで…?」
「なるほど、ノープランって事だね」
ポーズをとる京子を、夜長は冷めた目で見つめる。この子アホの子だなと直感で分かった顔である。
そもそも人を呪う怨霊や人の生気を吸い取る憑依霊であるのなら別だが、基本的に霊は無害であり、生きている人間に危害を加える事はあまり多くはない。
つまり、彼女が亡霊や背後霊であるのなら、彼女は何もできないのだ。出来てせいぜい、相手からの怨念を御守りで打ち消すくらいだろう。
…ただし、本当に彼女が守護霊だった場合は別だろう。守護霊がどういう能力を持つかは分からないが。
「ああでも相手のことは分かってますよ?未だ捕まってない事も。ただ霊体だと相手に危害を加えられないのが難点でして…。あと京香を常に守れるようにと、御守りに宿ったのは失敗でした…」
困ったような笑顔で、彼女は首から下がっている御守りを見つめる。
その様子を見たアルトは、なんで実態のない霊が御守りを持てるのか疑問に思ったが、口にはしなかった。
「京子さんは自分を殺した人物について知ってるんだな。ってか犯人捕まってなかったんだな?」
「皐月くんはもう少し新聞とかテレビを見ようね…」
キョトンとした顔の皐月に、夜長は呆れ顔でツッコミをいれる。
そして、彼はこの事件の概要と特異性を話し始めた。
——小泉京子が殺害されたこの事件は、犯人がまだ捕まっていない。
そもそも、一瞬のうちに殺され、犯人を見た人は無く、まるで幽霊に殺されたかの様に京子は殺害された。その為にまるで手がかりが掴めていないのだ。
そのため、この事件は一部の若者の間で「殺人ゴースト事件」とも呼ばれている。
「——しかし、幽霊は直接的に殺す事はできない、か」
夜長の説明を受けて、皐月は納得した様に頷く。
「そう。そして、殺された側は犯人を見ている。そういう事だね?京子くん」
「その通りです!今でもはっきりと思い出せますよ!むしろ忘れる事なんてできません!それに——」
興奮した様子で京子はそう言っていたが、唐突に彼女はフリーズし、かと思えばすぐに事務所の扉をすり抜けて外へ出て行ってしまった。
「えっちょ、どこ行くんだい?!」
彼女の後を追いかけ、夜長たちは事務所の外へと飛び出していった。
事務所の扉を抜けたすぐ外にある柵。
そこに京子は佇んでいた。
ちなみにこの事務所、大きめの喫茶店の屋上半分に設置してある為、扉を出てすぐ外はとても見晴らしが良い。
探偵たちは、京子のそばへ駆け寄った。
「どうしたんだい?いきなり外へ飛び出して…」
夜長がそう尋ねると、京子は少し困った顔でしかし真剣な瞳でこう返してきた。
「……あの。こんな事言うの、おかしいと思うかもしれないんですけど……
私、能力が使えるんです。
それも、
覚えている範囲の能力者を追跡する、というもので——」
そう説明している途中で、またも京子は柵をすり抜けて下へ降りて行ってしまった。