寅の一つ 百八十二通目ノ恋
——君は、この世に幽霊妖怪が存在してると、信じているかい?
おや。信じていないのかい。
まあそうか。今の時代、少数派の妖怪たちが、人間の蔓延る場所に手出しなんて出来っこないし。
当たり前といえば、当たり前、か。
…え、僕かい?いやいや、僕を誰だと思ってるんだ。
最初に言っただろう?幽霊、って。
幽霊が同じ幽霊、はたまた似たような存在の妖怪を信じないわけがないじゃないか。
うーん、でもそうだな。
一応言っておくか。
——居るよ。確実にね。
さて、では今日の物語だ。
何故先程のようなことを質問したか?
そりゃもちろん、これから話すお話に必須だからさ。
これより話すのは、妖怪幽霊物の怪たちが引き起こした奇怪な事件たちを解決する、風変わりな探偵のお話——
―――――――――――――――――――――
加賀瀬尾市、鶏鳴町。
古くから吸血鬼がいると言い伝えられるこの町には、ちょっと変わった探偵が居る。
「夜長探偵居ますか?!」
今日も、その扉は開かれる——
紅に咲き誇る月と〜菊の章〜
『黄昏時ノ探偵』
寅の刻 百八十二通目ノ恋
「はいはい、居るよ。どうしたんだい?」
奥からひょっこりと茶色い帽子に茶色いケープを着た、まさに探偵というような出で立ちの少年——夜長月飛が顔を出した。
「あの、ここ…心霊現象をどうにかしてくれるって…」
「除霊なら神社行ってね?」
おずおずと喋る依頼者を、呆れたような笑顔ですっぱり探偵は断る。
そんな依頼者の頭の上にはガーンという漫符が見える。
「おい夜長…」
キッチンから湯気の立つカップを2つ持って現れたのは、助手の椿紅アルト。
もふもふの金髪を一本結びで纏めた、赤目の美少女である。
「流石にそれはないだろ…」
ゴミを見るような瞳でアルトは夜長を見下す。
「…うーんまあそうなんだけどさ。君、僕の探偵事務所が——ってこれココアじゃん!」
夜長は目の前に置かれたカップを口に含み、すぐに一言そう言った。
「美味しいよね!」
「いや僕紅茶」
「美味しいよね!」
「紅茶出してって」
「美味しいよね!」
「……そうだね」
ココア大好きアルトちゃんに言いくるめられ、夜長はとりあえず反論することを諦めた。
「はい先生、僕は止めました!」
「分かったから皐月くんは出てこなくて大丈夫だから」
アルトの後から出てきた長身の男の名は、皐月裕。夜長に対して先生とか言っているが、この男こそ本物の教師である。
「え、えっと…」
「ああごめんごめん…ココア大丈夫?」
「アッハイ」
「っとそうじゃないね。君、僕の探偵事務所が特殊だって、どこで聞いたの?」
——ここは、夜長探偵事務所。迷子猫を探したり浮気調査をしたりする、普通の私立探偵事務所である。
依頼者はココアを一口飲み、夜長の問いにこう答えた。
「…友達からです。末原葉月っていう…」
「ああ末原くんか…なら彼から何か聞いてないかな?」
末原葉月、とは隣町の夕顔町にある公立高校・宇賀時高校の男子生徒である。
また此処、夜長探偵事務所の常連でもある。
「ええと………あ、そうか、そうでした!えっと、五光、です!」
「一番点高い役選んでくるなぁ…まあいいや、了解。承ろう!」
此処、夜長探偵事務所は、普通の私立探偵事務所である——
——それは、表向きの話。
花札に関する単語を合言葉のように言えば、心霊現象——つまりは怪異事件も取り合ってくれる、謂わば怪異探偵なのである!
「——それで、どういったご依頼内容で?」
「それが——」
依頼人の曰く、家に自分以外の誰かが居る、という事らしく、それの調査及び除霊をお願いしに来たという。
「ふぅむなるほど。一人暮らしの学生の家に出る幽霊か。何か心当たりとかってあるかい?」
「ええと…曰く付きのアパートって事くらい…」
「いやそれどう考えてもそれが原因だよねぇ?!」
夜長のツッコミが響き渡る。
と同時に胃が痛くなりそうな音さえ聞こえてくる。
「はぁ…まあ引き受けちゃったからやるけどさー…あ、そういえば君名前は?」
「えっと、晩春暁啓です」
「晩春くんね、じゃあお家まで案内してもらおうかな」
そうして、探偵御一行は晩春暁啓の家に向かって行った。
「うわぁ…これはなんか凄そうな家だねぇ…」
「こらっ失礼だろ、夜長」
晩春のアパートを見て一言、夜長は思わず呟いた。それにすかさずツッコミを入れるアルト。姉弟かな?
「ははは…ボロいですよね、ここ」
頭を掻きながら、呆れたように晩春はそう答えた。
「いかにも出そうって感じだな…」
「うん…それになんか霊圧みたいなの感じるよここ…」
「霊圧って…漫画の読みすぎでしょ夜長」
「アルトにだけは言われたくない」
「私はあんまり読まないぞ漫画」
「嘘言えお前、前に僕が貸した漫画めちゃくちゃ読み込んでただろーが」
「煩いお前は黙ってろ皐月」
「酷くない?」
などと駄弁りながら、アパート2階の晩春の部屋の前に到達した。
「着きましたよ、皆さん」
かちゃりと音を鳴らして、開かれる扉。
その先に待っていたのは、少し薄暗いだけの、普通の部屋だった。
「なんだ、普通の家じゃないか」
そう呟いて、一番はじめに部屋の中へ入って行ったのは、アルト。
「ちょ、椿紅くん!勝手に…!」
「いえいえ、元々上がってもらう予定でしたし、どうぞ、上がってください」
そう言いながら、晩春は部屋の中へ。
次に皐月が続き、最後に部屋へ入ったのは夜長であった。
(…?なんだろ、この妙な威圧感…)
それは、扉を閉めようと、ドアノブに手をかけた時だった。
「!今誰か背後に——」
バッと振り返るが、そこには何もなく。
奥に「おーい」と手を振るアルトが見えるだけだった。
頭を傾げつつ、夜長は扉を閉めて鍵をかけた。