懇願
ナツとシノが言葉を交わすことは、大きく減ってしまった。目を合わせることもなく、傍にいることはあっても、もうシノがナツに抱きつくことも、ナツが抱きしめることもなくなった。喝采を浴びた唄うたいの少年は、汚れた青い布を巻きつけた腕で膝を抱き、解体されるテントの隅に蹲るだけだった。
彼は幾度か、唄おうとしていた。だがその喉は掠れた音をぽつぽつと捻り出すだけで、あの滑らかで美しい旋律を結ぶことはできなくなっていた。無垢で幼い草原の風のような唄声が、溢れることはない。
事情を知っている大人は彼らに同情し、飢え死にさせることさえなかったが、手を差し伸べることもなかった。そうするに至るには、サーカスが街に常駐していた時間は、あまりに短すぎたのだ。
それに、シノはもう唄えない。無感情な瞳をした彼は、他の方法で客を沸かせることもできない。だから団長に出て行くよう言われても、ナツは驚かなかった。
「だけど……」
それでも彼女は食い下がった。蹲ったまま動かないシノから離れ、ナツは自分を呼び出した団長に懇願した。
「また唄うのは、難しいかもしれないけど……。だけどあいつは、もう唄うことしかできないんだ」
「けれど、彼がまた唄うようになるとは思えないんだがね……」
ナツは歯を食い縛る。
「そう、だけど。でも、あいつは、あんなに頑張ったんだ……。シノは、あんなになるまで、心が壊れるまで、唄ったんだ……首輪を外すために……。あたしが言ったんだ、これが無ければって。そう言ったのはシノじゃない、あたしだったのに」
ナツは覚えていた。自分たちの逃亡が、多くの命の喪失につながったのだと知った時、自分たちを死ぬまで奴隷という身分に結びつける首輪を嘆いた。これさえなければと声に出して、涙を流した。あれが、シノの前で初めて流した涙だった。そんな自分をシノは抱きしめ、声のない体で励ました。死の淵を覗き込むナツの手を握り締め、一緒に生きようと言ったのだ。
シノは全てを、ナツの想いに捧げたのだ。それを知っているから、ナツの胸は張り裂けてしまいそうだった。
だが、ナツもシノも、痛いほど理解している。自分たちの都合が通じる世界に、二人は生きたことがない。
「サーカスは、子どもに見せるものだがね、子どもを育てる場所ではないんだよ」
言い聞かせるような言葉に、ナツは返事ができなかった。悔しさに埋もれ、無力さに苛まれ、顔を歪ませた。
「いつかまた、彼が唄えるようになったら、教えて欲しい」
「でも」
「幸い、君には帰る場所が見つかったそうじゃないか」
弾かれたようにナツは顔を上げた。
「それは……」
いつも強気な彼女には似つかわしくない、弱々しい声を絞り出す。
「そうしたら、あたしたちは……」
どうしようもないのだ。ナツとシノは、助ける者のいない、ただの幼い子どもだった。
ナツは、力なくうなだれた。