時をこえる
小さな鈴
小ぶりで何の変哲もない鈴。だが、その音色はなんとも心地よい。
「だれが落としたのだろう。。」
鈴を拾い上げた少年がつぶやいた。
「晃一!何やってるんだ?」
友達に呼ばれて
「ごめん、ごめん、すぐ行くよ」
高校生になって3回目の夏休みを終えた少年・鈴守晃一は、落ちていた鈴を思わず、ズボンのポケットに入れ、速足で歩いた。ふんわりと海から吹いてくる風は心地よく、季節は夏から秋へと移り替わろうとしている。
「今日の小テスト難しかったな。おまえできたか?」
「そうだなぁ。まあ1問目は難しかったけど、2問目の解き方は・・・」
「あーもう優等生はこれだからいやだな。晃一、お前、医学部受けるんだって?」
「ああ、そのつもり。オヤジ医者だし、あとつげっていわれてるけど。それだけじゃなくて、なんかかっこいいんだ、オヤジのやってること、だからさ。」
「そうかぁ。お前、オヤジ大好きだもんなぁ。すげーな。」
父をよく言ってくれるのは嬉しかったが、はずかしさもあり、
「そんなんじゃないよ」
とつぶやいた。
父のこともあったが、晃一は医者になろうと思っていた。そしてそうなりたいわけが彼にはあったのだ。
友達とたわいのない話をしているとき、ふと思ってしまう幻のような出来事。
「あれは、夢だったのだろうか・・・」
晃一は思ったが、それは夢と思うにはあまりにもリアルで不思議な感覚だった。
幻の少女
昨夜のこと。寝付けずに自室で本を読んでいると、どこからか女の声が聞こえてきた。
気になって、庭に出てみると、闇の中に消えてしまいそうな美しい女が座ってた。
「泣いている・・・」
おれそうな細い体から手足が伸びていて、たおやかで上品な女。
よく見ると15,6歳くらいの少女であった。服装は和服というには少し違っていて、緩やかな着こなしでずいぶん昔の中国風とも思えるような衣にゆるく帯を結んでおり、左右にきっちりと分けた長い髪は、後ろに垂らしている。
「こんなところで何をしているの?」
と晃一が聞くと少女は
「大切なものをなくしました。あれがないと困るのです。探しているのです。」
「大切なモノってなんですか?」
少女は手を差し出し
「この手の中に入っていた鈴です。金の鈴なのです。」
両眼にたまった涙は、頬をつたってながれていく。
「鈴・・・って。どんな鈴ですか?」
「金の鈴です。美しい音をはなつ金の鈴なのです。」
(そんなものこのあたりにあったかな。さがしてはみるけど、あるかな)
「みつかったら教えてください。」
わかりましたと言おうとすると少女の姿は消えていた。
(今のはいったいなんだったんだ。幽霊か・・・)
気味が悪くなって、晃一は布団をかぶって寝た。
歴史ある町
東京まで車で約1時間。ここ木更津では都内とは違って、一軒家を購入することも夢ではない。そのためかここ数年房総に移住してくる人は増えてきた。
晃一の父は、もともと都内の病院勤務だったが、地域医療にいそしむべくこちらの病院に移ってきた。そうはいってもやはりちょくちょく都内の研究会などにも顔を出すこともあり、東京には結構な頻度で行っている。そしてそんな父はいつも言う。
「帰ってくるとホッとするな。静かで。それに東京とは空気が違う。バスを降りると草のにおいがするんだ。」
「田舎だから」
と晃一はぶつぶついうが
「そこがいいんじゃないか。自然豊かで東京まで1時間かからないし、物価が安くて、家も広い。いうことないさ。」
「そうかな。田舎だから・・・」
ぶつぶつつぶやく晃一。
(渋谷当たりに住んで、おしゃれなカフェとかで毎日お茶したりしたいなぁ)
と思ってはいるが
(まあ金ないしな)
と自分で納得したが、
(もともとこの町の生まれじゃないし、なんか垢抜けなくて、横浜戻りたいわ。ふぅ。)
といつも思うのだった。
(横浜も場所によってはそんなに都会ってわけじゃないんだけど、ここよりはいけてるし。大学は都会にあるどっかにしよっと。オヤジは関西出身だから、そういうこだわりないみたいだけど、俺はいやだわ)
いつも思っている。
神奈川県の中でも横浜は特別なところである。
大体の横浜人は
「何県出身?」
と聞かれて
「横浜!」
と答える。横浜は横浜だから、他の神奈川の地域とは一緒にされたくないのである。
「今度の日曜は二人でどこか行こう!」
「えーオヤジと?いいけど、どこいくのさ」
「日曜までに考えておくから楽しみにしてろ」
晃一はなんだかんだで父が大好きなので、うれしかったのだが、照れ臭くもあり、無意味に不機嫌な様子を漂わせてみた。