1.WSA
父さんの背中は大きかった。
そう感じたのは大きくなってからではない。
母親は俺を産んで直ぐに他界した。
それから、たった一人で二人の子供を育てた。
仕事も忙しいのに、不慣れな家事を必死に頑張った。
妻を亡くして一番辛いのは自分だろうに、気丈に振る舞って。
全ては、子供のため。
自分のことなど後回し。俺は幼い頃から父さんを尊敬していた。彼の様になろうと思っていた。
そんな父だった。
そして、そんな父さんは一発の銃弾で死んだ。
○
廊下が薄暗かったせいだろうか、部屋の照明の眩しさに若干目を細めてしまう。
部屋の光景が目に入るまでの時間が長く感じた。
「さあ、皆。これで最後の隊員だ」
この部隊、WSA(World Special force Association)を統括する指揮官。金髪の女性、アマンダ少将が俺に目をやった。
アマンダ少将が俺を軽く紹介している間にざっと部屋の様子を確認する。
部屋の広さは、そこそこといったところだ。学校の教室ぐらいだろうか。しかし、部屋にあるのは大きな円卓のみと言っていいほど何も無い。そのため、少し広く感じられた。
部屋には円卓を囲んで、十人以上の兵士達が座っていた。
黒を基調とした軍服に、迷彩柄の軍装。私服の上に防弾ベストを着ただけの者や、仮面をつけたままの者。
皆、各々の部隊の装備に身を包み、こちらを凝視している。
床に敷き詰められた品の溢れる絨毯。
その上に靴を乗せているのを見て人種の違いを再認識する。
「そこの空いている席に座ってくれ」
アマンダ少将が一つだけ空席の椅子に指をさす。
俺は少将に軽く会釈して、その椅子に腰を下ろした。
もう興味はなくなったのだろうか、座ると同時に殆どの者が俺から視線を外した。
「それでは、今から本部隊の概要を説明する」
目的。
今更だが、俺はここに呼ばれた理由を詳しくは聞いていない。
ただ、自衛隊の上官から『世界規模の作戦』が実行される、と聞いただけだ。
上官も上官でそれ以外に知らないようだった。
「ここに集まってもらった君達は、世界に数多くある特殊部隊の中の、特に優秀な隊員として選ばれた」
特に優秀な隊員。
アマンダ少将は俺たちのことをそう表現した。
しかし、特に優秀な隊員、というのは100%の真実では無いだろう。
ザッと見た感じだとここにいる隊員達はかなり若い。
俺が23歳で、顔から察するに他の隊員達も最高で30弱20強ぐらいのものだ。
厳密に言えば、「特殊部隊の中でも特に優秀で年齢の若い者から選ばれた」だろう。
実際に特殊作戦群でも俺より優秀な人は少なからずいた。
勿論、全員年上ではあったが。
「まあ、そうだな。まずは先にお互いの自己紹介でも軽くしておけ」
アマンダ少将は思いついたように言った。
「じゃあ、まず貴様から。右回りでやれ」
そう言って、一番近くにいた男の兵士に指をさした。
「承知しました」
アマンダ少将の急な命令にも、微塵もためらうことなく男は返事をした。
黒い髭を生やした、落ち着いた雰囲気の男。多分この中では一番(仮面の者もいるのではっきりとは分からないが)最年長に見える。
「私の名はクリフ・ウィンターボトム。クリフと呼んでくれて構わない。アメリカの『デルタフォース』に所属している。よろしく頼む」
男、クリフはそう簡潔に自己紹介を終えた。
それに習うようにして、クリフの右の兵士が自己紹介をする。
「アメリカ、ネイビーシールズ所属。アレクサンドロス=シェパード。アレックスって呼んでくれや」
金髪の、俺とそう変わらない歳の男。
どこか怠そうに自己紹介を終えた。
アレックスを境に次々と流れるように、自己紹介が行われる。
「イギリス。特殊空挺部隊、SAS。ジーン・レーン」
「反恐作戦分隊。チェン・ヤウエン」
「フランス国家憲兵隊治安介入部隊・・・通称GIGNだな。名前はジュスト・サルモンだ。これからよろしく頼む」
「おっと、俺の番か。
ええっとそうだな・・・まず、恥ずかしながら俺は特殊部隊とかの人間じゃ無いんでそこんとこよろしくな。アメリカのダブル・キャタピーって会社でPMCをやってるホレス・ストリンガーだ。
・・・特殊部隊じゃ無いからっていじめないでくれよ?」
「ロシアアルファ部隊所属、タラス=グランキン。よろしく」
「ロシア連邦保安庁スペツナズ、アルカディー=ヴァロフだ。仲良くやっていこう」
「雪豹突撃隊ウー・チー。格闘技に自信のある奴は後で一戦やろうぜ」
「スペインの特殊作戦集団、GOEのスハイツ・ベルスエ。今から何があるかは知らんが、まあ宜しく」
「南、アフリカ。南アフリカ国防軍・・・レキのアーノルド・バーン。す、すまん、まだ『世界公用語』に慣れていない・・・。よろしく」
「ブラジル、BOPE所属。ルイーザ・オリヴェイアよ。ルイーザと呼んで。せいぜい私の足を引っ張らないように頑張って」
「カナダJTF-2。名前はクラレンス・コーエン。聞きたいことがあったらなんでも聞いてくれ。例えば・・・この目の事とかな」
「ドイツのGSG-9から来た。グスタフ=ツァールマンだ。よろしく頼む」
グスタフを最後にして、俺の番がようやく回ってきた。
バラクラバを脱ぎ、顔を露わにする。
「ひゅう」と誰かが口笛を吹いた。
俺は顔の火傷からジワジワとした感覚を受けながら、自己紹介を行った。
「日本陸上自衛隊、特殊作戦群所属。神永 宗也だ。呼び方はなんでもいい、これからよろしく頼む」
これでようやくここの隊員、全員の自己紹介が終わった。
アマンダは全員の自己紹介が終わったのを確認してから、少し口元を歪ませた。
「私も自己紹介が必要かな? 私の名はアマンダ・アルダートン。本部隊、WSAを統括する。元アメリカの陸軍教官だ。最初に言っておくが、私の命令は絶対だ。歯向かったらどうなるか、特殊部隊のお前らは理解るな」
そう言ってアマンダ少将はポキリと指を鳴らした。
実際にこの人はかなり強いのだろう。このクラスにまでなると、風格やオーラで強さが分かってくる。
「さて、少し長くなってしまったが、一応自己紹介はこれで終わりだ。あとは各自適当に話でもしてお互いのことを知ってくれ。今から本題に入る」
アマンダ少将は真剣な面持ちになり、全員の顔を一瞥した。
「近年、テロの激化が目立つ。それに比例してテロの犠牲者も増え続けている。これはその国だけが抱える問題ではなく、世界全体が抱える大きな問題となっている」
アマンダ少将の言うように、ここ数年だけでも大きなテロは数多く起こっていた。
日本で起こったものもいくつかある。規模が大きかったがために俺達、特殊作戦群が出動した事件もあった。
「その為、テロを未然に防ぐ。または、起こった際に迅速に敵勢力を無力化することを目的に、世界各国が結託して作られた部隊が、このWSAだ。まあ、要するに対テロ特殊部隊だ」
確かに近年のテロの規模や数は世界レベルで抱える問題だ。
しかし、わざわざ特殊部隊の中のエリートを集めてまで行う事のようには思えない。
特殊部隊とは、各個人の卓越した能力もさることながら、それ以上に隊員同士の連携が重要視される。
いくらエリートとはいえ、いきなり息を揃えるのはかなり難しいだろう。
「と、いったのも目的の一つだ。しかし、この組織を設立した目的はもう一つある」
そう言いながら、アマンダ少将は手元のバッグから人数分の何かの冊子を取り出した。
それを全員に配っていく。
表紙には何も書かれておらず、ただの白紙だった。
「中を見てくれ」
そう言われると、全員が冊子をパラパラとめくり始めた。
中には、軍装に身を包んだ兵士の顔写真とその人物に対する詳細が書かれていた。
そして、俺はその冊子の『あるページ』を見て、目的というものを理解すると同時に、体から血の気が引いていく感覚を味わった。
見覚えのある顔。
燃え盛る室内の中、火達磨になりながら必死に俺に助けを求める仲間達の声と、光景がフラッシュバックする。
つまりこれは、
アマンダは冊子を閉じると、一つ息を吐いた。
そして、アマンダはまるで今までとは違う表情で口を開いた。
「その兵士たちを抹殺するのが、貴様らの役目だ」