アフスト部
私、本条読子は何の奇縁か、『アフターストーリー部』略して『アフスト部』という一風変わった部に入ってしまった。
アフスト部が何をしているかといえば、物語のその後を考えてみようじゃないかという部活で、うかつにも、本が好きな私はこう考えてしまったのである。
物語のその後を考えるなんて、何て面白そうな部活なんだ、と。
ちなみに、入部して1日後には変な部であると認識を改めたのは言うまでもない。
入ってみてわかったことだが、この部活は部でありながら私を含めて部員は2人しかいないという部の体裁すら整っていないものであり、本当になぜ私はこうして足繁く部室に通っているのかと言われたら、やはり、部長のこの人がいるからであろう。
アフスト部部長の物部話子。
この人が語る物語のその後が、本が好きな私にとって、今では一番の娯楽になってしまっているからだ。
そんな彼女は、部室について早々私に言った。
「今日はシンデレラのその後について考えてみよう」
「シンデレラとは、また王道的なところを取り上げてきましたね」
ある意味、物語としては王道ともいうべきものだ。
シンデレラストーリーなんて意味でも使われるぐらい有名な作品であり、子供に読み聞かせる物語は何かと問われたら、一番に来るかもしれないぐらいだ。
「王道を取り上げてこそ、派生や変化球が楽しめるからね」
「確かにそうですね」
「というわけでシンデレラ。不憫な女性が玉の輿で成り上がった物語について考えてみようじゃないか」
「そう言われた途端にイヤらしさが倍増しています!」
私が知っているシンデレラはそんな物語では決してない。
心が美しい薄幸な女性が、王子様に見初められる美しい話のはずだ。
「まぁ、いいじゃないか。それで読子に問うけど、シンデレラは王子様に見初められて嫁いでめでたしめでたしで終わるわけだけど、この後シンデレラはどうなったと思う?」
「どうなったも何も、好きな人と結ばれたんだから、普通に幸せになったと思います」
「まぁ、普通はそう思ってもおかしくないね」
「部長は違うとでも?」
「もちろん」
部長は不敵に笑ってみせた。
これだ。私がこの部を止められない最大の理由は。
部長の、物部話子のその後の話は、ひねくれている。
ひねくれ面白いのだ。
「まずシンデレラが王子の妃になるのが、シンデレラの結末だ」
「そうですね」
「そうなるとまず間違いなく、シンデレラは他の貴族からのやっかみを買う」
「……は?」
部長のいきなりの発言に、呆気に取られた。
やっかみを買うって……シンデレラのその後の世界で?
そんな私の様子を見て、部長は説明してくれた。
「当たり前じゃないか。この時代の結婚は個人のものじゃない、家と家が基本だ。この場合は王家と貴族になるね。いくら舞踏会に呼ばれる程度の家柄といえど、王子が勝手に妃を決めたんだ。下手をしたら王位継承権すら失いかねない決断だよ」
「お、おおぅ……」
思っていたよりもガチな回答がきてしまった。
言われてみれば、確かにシンデレラの時代がどの程度昔かは定かではないし、諸説色々あるだろうが、当時の結婚様式は家と家だろう。
現代の個人の恋愛結婚というものでは決してない。
というか、子供向けの物語がえらい生々しいものになってきた。
「しかも、シンデレラは継母のせいで家の下働きをさせられ、社交もやってなければ教育も受けられていないだろう。そうなると、王妃として相応しい教育を施されるし、命を狙われることなんてざらな生活を送ることになる。ははは。これがせめて王子がお忍びで愛妾を探したとかなら、まだ良かったんだろうがね」
「貴族社会が世知辛いですっ!」
幸せな結婚生活が待っていると思いきや、シンデレラのその後は壮絶であった。
教育に社交界、足りてない能力を補うための努力を余儀なくされているとは。
しかも、命を狙われるというおまけつき。
これ、どこがハッピーエンドの話だったのだろうか。
幼くて時代背景を知らないのって、ある意味、物語を一番楽しめる才能じゃないのかと思えてきた。
「じゃあ、結局シンデレラはハッピーエンドを迎えなかったんですね」
「は? 何を言っているんだ。立派なハッピーエンドじゃないか」
「えぇー」
ここまで言っておいて手のひらを返されてしまった。
さすがは、アフスト部部長の物部話子。ひねくれている!
「家族の愛のない家で、継母と姉に虐められ、下女の扱いをされる日常と、リスクもあるが確固たる立場を手に入れたお姫様。比べるまでもないだろう」
「いや、確かにそうですけど」
命のリスクとお姫様を天秤にかけることを考えたら、どっちもな気がする。
「そもそもお姫様だからといって何の努力もなく生きられると思っているのが大間違いだ。高貴な立場には、相応の責任と能力がいる。それを覚悟せずに『お姫様になりたい!』なんてちゃんちゃらおかしいね」
「世の女の子は、絶対にそんな覚悟はありません」
むしろ、そんな覚悟までしてお姫様になりたい少女がいたら、そいつは本物だ。
「まぁ、でも、自分の望んだ道でお姫様になったんですから、確かにハッピーエンドかもしれないですね」
読者からしてみれば、とんだハッピーエンドだが、シンデレラ当人の気持ちを考えればハッピーなのかもしれない。いや、彼女がそんな境遇を笑って受け入れられる度量があればの話なのだが。
「そうさ。自分の生き様を誇れれば、それはどんな時だってハッピーエンドさ」
「さすがは部長。良いことを言いますね」
誇りのある人生を送れればハッピーエンド。
逆に、誇りもない人生なんて『灰被り』に違いない。
「ちなみに読子がシンデレラだとしたら、灰被りとガラスの靴どちらを選んだ?」
「え、どちらも選びませんよ」
灰被りで誇りのない人生も。
お姫様でリスクありの人生も。
どちらも嫌すぎる。
そもそもの話、子供の頃から思っていたことだが、シンデレラは今の境遇が嫌なら舞踏会に行くよりも先にやることがあるだろうとずっと思っていたのだ。
アフストならぬIFストーリーだ。
「父親に継母の悪行をバラして離婚してもらいます。お姫様なんて真っ平御免です」
「とても現実的な回答をありがとう」
こんな感じで、今日も今日とてアフスト部の1日が終わったのであった。