石の少年
筆者が書いた別小説である「空想脱皮」の作中作の短編です。
あなたはは石を持ったことがありますか?
人は生まれながらに、石を持って生まれてくるというのは知っていますか?
これは、石を持った少年が願いを叶えるための物語です。
石の世界では、とある噂が流れ人々の関心が寄せられました。
それは、何でも夢を叶えることができるという噂です。
願いを叶える方法は至って簡単で、洞窟にある石を持って出口まで抜けると、石を持った人間の願いをたった一つだけ叶えることができるというのです。
しかし、未だにこれを達成できたものはいません。
どうしてかって?
それは、とても簡単なことなのです。
願いを叶える石は、洞窟に持って入ると、どんどん、どんどんと重くなっていき、洞窟の最後の方では、どんな大人だろうと決して持つことはできないのです。
それでも願いを叶えようと何人もの人間が挑戦しました。
だけど、どんな人たちも石の重みに負けてしまい、最後には諦めてしまいます。
そんな時でした。
一人の少年が願いの石を持って、洞窟に入っていったのです。
大人たちは、少年が願いを叶えられるはずがないと笑って言いました。
またある大人は少年に「やめておいた方が良い。時間の無駄だぞ!」と忠告をしたにも関わらず、少年は首を横に振って洞窟に入っていったのです。
案の定、少年は途中で力尽きてしまい、願い空く少年の挑戦は失敗に終わりました。
聞けば、少年は村で一番の負けず嫌いで、友人たちとのある諍いで口論になり、願いの叶える石は自分ならば最後まで運んで見せると豪語したのだそうです。
でも、少年の挑戦は失敗してしまいました。
少年と喧嘩をしていた友人たちは、指を差して「ほら、お前にできるわけがない!」と彼の失敗を笑い、少年はいつの間にか皆の中から除け者とされてしまいました。
ですが、何たることでしょう。驚くことが起きました。
次の日も、少年は願いの石を持って洞窟に挑むではありませんか。
どんどん重くなる石を背負いながら、苦しさを背負いながら、少年は歩き続けました。
それでもやはり、洞窟の出口まで辿り着けずに挑戦は失敗に終わりました。
そして、次の日も少年は挑戦し、また次の日も少年の挑戦は続きました。
失敗しては入り、入っては失敗の繰り返しです。
いつしか、少年を笑っていた村の大人たちが「どうして少年はこんなにも頑張るのだろうか?」と少年の挑戦を不思議に思うようになりました。
やがて、ひたむきにがんばる少年の姿に心打たれた大人たちは、次第に少年のことを応援するようになります。
ある人は少年に食事を渡したり、ある人は少年のことを立派だと言って褒めたり、少年の挑戦は次第に認められるようになりました。
しかし、面白くないのは少年と最初に争った友人たちです。
自分たちと喧嘩をしたあいつだけが、どうしてこんなにも皆なから応援されるのか腹立たしく思い、少年に対して意地悪を仕掛けよう考えました。
ある日、少年はまた洞窟に入ろうとしたところ、いつも様子を見に来てくれる人たちが来ませんでした。村がガヤガヤと騒がしく、不穏な空気を感じました。
少年は何があったのかと村の様子を見に行くと、なんと村の中では獰猛な魔物が暴れているではありませんか。
それは、村外れにいる魔物で、普段は村が襲われることのないように食料を与えていたのです。
けれど、今まさに村は襲われており、どうしてこうなったのかと村人たちは調べたところ、原因はすぐにわかりました。
魔物が暴れた原因。
それは、少年と喧嘩をした友人たちのせいだったのです。
友人たちは、少年を困らせようとし、魔物に石をぶつけて洞窟まで誘い込もうとしたら、魔物はおいしいものがある村へと引き寄せられ、襲い始めたのです。
子供たちは泣いて謝りましたが村の大人たちは誰も許してくれません。
村の一大事なのですから当然です。
大人たちも、あの魔物をどうするかで悩み、誰かが言い出しました。
願いの石の力であの魔物をやっつけたらどうだろうか、と。
その案はすぐに受け入れられました。
だけど、誰が願いを叶えに行くのかと村人たちは考えたところ、その答えはすぐに出ました。
毎日、洞窟に挑戦している少年が行くのが一番だと。
大人たちの提案に、少年は笑ってその提案を受け入れました。
そうと決まれば、少年はいつものように洞窟に入ってきます。
洞窟に入った少年は、願いの石を持ってどんどん中へと進んでいきました。
どんどん奥へ進み、暗く、寒い空気が辺りを締めていきます。
暗闇の中、少年は村人たちには言えず、心に秘めたことがありました。
自分のこの挑戦は決して成功することはないのだろうと。
少年は、何度もこの洞窟に挑戦していたので、知ってしまったのです。
どうしてこの洞窟を進めば進むほどに石の重みが増すのか。
それは……人の心が重くなってしまうからなのです。
願いが叶うと強く思ってしまうほどに、石の重みが増しいき、あと最後というところで石が重くて進めなくなり、失敗してしまうのです。
たった一人の願いだけで押しつぶされてしまいそうに重くなるのに、少年は村人全員の期待の全てを背負ってしまいました。
そんな彼の不安を表したかのように、いつもならば、さくさくと進めるはずの道が、いつも以上の石の重みに潰れてしまい、少年は途中で力尽きてしまいました。
とてもではありませんが、進めそうにありません。
暗闇の中、少年は今までの挑戦を思い出しました。
少年はーー決して負けず嫌いではありませんでした。
少年が洞窟に挑戦しようと思ったのは、友人たちと喧嘩をしてしまい、自分の格好悪いところを見せたくなかったからでした。
ただそれだけなのです。
なのに、村の大人たちは少年の行動を褒めたことで、少年自身もこの努力はとても尊いことなのだと思っていました。
だけど、いつしか挑戦を続ける内に、少年はこう思うようになっていました。
実は自分は『逃げていないふり』をしているだけではないのかと。
いつも自分の胸にそんなことを問いかけながら、挑戦していたのです。
そして、願いの石に潰れた今ようやく気づきました。
少年は挑戦することからは逃げませんでした。
少年は挑戦することに逃げていたのです。
それに気づいた自分の愚かしさに、少年は泣きたくなりました。
ですが、今はもう関係ありません。
こうして、いつまでも倒れていれば、何も背負うことがなく、いつまでも寝ていれば楽になれるのです。
そう思って目を閉じかけたところ、ふと少年はあることに気づきました。
なんとあんなにも重かった石が軽くなっているではありませんか!
どういうことなのかと周囲を見渡すと、そこには少年と喧嘩をしていた友人たちが立っていました。
その友人たち皆が、協力して石を持ち上げていたのです。
汗水を垂らして、一生懸命な顔をして、少年の石を全員で持ち上げたのです。
すると、その内の一人が言いました。
自分たちがしでかしたことの責任を取りたい。だから、手伝わせてくれと。
そのたった一言は、少年たちの仲違いで絡まった糸をほどくのに十分な言葉でした。
あぁ、そういうことだったのか。
少年はようやく願いの石を叶える本当の方法を知りました。
願いを叶えることのできる願いは一人分の一つだけ。
だから、誰もが一人で願いを叶えようとやっきになっていました。
だけど、少年たち全員の願いはたった一つだけ。
皆で一つの願いを叶える。
これが、願いの洞窟の答えでした。
そして、無事に願いを叶えることのできた少年たちは、魔物を退治するのではなく、元のいた場所に返してくれるよう願いました。
元を正せば、魔物の住処を襲ったのは少年たちだったので、それを悪く思い帰ってもらう願いが叶いました。
そして、村には平和が戻り、願いの洞窟は消えてしまいました。
ですが、今回のことで少年はわかったことがありました。
本当に叶えたい願いは、一人では叶えられないということが、よくわかったのです。
潰されそうなほど、辛いことがあっても皆で背負えば軽くなるのだと。
一人で背負えないものは皆で背負い、皆が辛そうにしていたら自分が背負う。
それに気づくことができました。
もしかしたら、少年たちは真実の願いを叶えることができたのかもしれません。