137/140
つぼみとシルエット
月の音色289回で読まれました!
「見えてはいけない花があるって知ってる?」
蠱惑的に笑う彼女。
赤い口紅が妙に印象に残っているのに、顔は何故かよく覚えていない。
「名前も知ってはだめ。色も形も誰も知らない。けど、それは一目見たらわかるの」
何だそれはと思った。
なぞなぞですかと聞いたら、彼女は否定した。
全然違うわと笑って。
可愛い人ねと言って──嗤った。
「親切心から忠告してあげる。花が見えたとしても誰かに言ってはダメよ」
理由は聞く気にならなかった。
別に言いませんよとぶっきらぼうに言った。
「なら良かった。それじゃあ、またね」
まばたきをしたら、いつの間にか彼女はいなかった。
夏の蒸し暑い夕暮れ。背中の汗が気持ち悪い。
早く帰ろう。
私は外に出て目を疑った。
人の目から、口から、至る所から生えている花のつぼみの影が見えた。
何だこれはと思う間もなく、目の前のビルから人が落ちてきた。
そして、私は花が咲いたのを見た。
見えてはいけない花がそこにあった。




