明日から念願の夏休み!
「えー明日から夏休みだが、みんな、風邪を引かないように注意するんだぞ」
夏。太陽はまだ昇りきっていなく、風が少しあり、暑さも極まっていない午前中。ミンミンゼミが外でけたたましく鳴いている。
先生が教壇の前に立ち、帰りのSHRをしている。
教室内は帰りの気配が漂っていた。
キタ! 夏休み!
7月21日。海の日を跨いだ火曜日。今日は終業式。
教室内のみんなはそわそわしており、明日からの夏休みが待ちきれないようにウキウキわくわくだ。
僕だってそうだ。
めちゃくちゃ楽しみだ。
中2の夏。やりたいことは沢山ある。プールでしょ。花火でしょ。お祭りでしょ。ゲームでしょ。毎日友達と遊ぶ約束をして。それから、それから、あーもう、数え切れん!
「ああ、そうだ。宿題はタンマリ出しといたからな。覚悟するんだぞ! ハハハ」
明日からの夏休みに浮かれていると、先生がみんなの態度に水を差すように言って腹黒な笑みを浮かべた。
うわ、サイアク……。
「アアアアアアア」
「悲劇だァ……」
「ふざけんなァァァ!!!!」
「先生! それは児童虐待ではないですか!?」
「モンスターティーチャーだ!」
周りも先生のその言葉に反逆の意を表する。
「うるさい! ツベコベ言わずに、やれと言ったらやれ!」
生徒のブーブー言う声に、先生が切れた。
ちなみに担任は体育の先生で、角刈りでごつくて色黒で普段は優しいが、怒ると般若だ。
「じゃあまた2学期にな。もしもその時に宿題をやり残していたら……あとはわかるな?」
先生の冷酷な2チャン用語に、みなはごくんと緊張のつばを飲み込む。
え、ていうか先生、2チャンネラーなの!?
「では起立! ……礼!」
「さようならー」
礼が終わると、先生は早々に教室を出て行った。
「なあユウキ、お前、今日なにか予定ある?」
僕が帰り支度を終えて立ち上がると、親友のタクヤが話し掛けてきた。タクヤは成績優秀で運動神経も抜群なエリートだ。髪は茶髪で、目がキリリと凛凛しい。クラスの女子にもモテモテなイケメンだ。
だがどうしてか僕とは気が合い、こうして親友となってるわけだ。
「うーん、用事は特にないかなぁ」
僕は少し考えて言った。
僕の返事を聞いて、タクヤは笑った。
「あーそう。なら、もしよかったらうち来ない? もちろんアレな意味じゃないぜ」
「アレってなんだよ」
「アレはあれだよ。あえて言わないけどさ」
「なんでだよ」
「まーそこはどうでもいいじゃねえか。とにかくさ、せっかくの夏休みなんだから、夏休みの始まりを記念して、景気よくパーッと一杯やろうぜ!」
「なるほどね。オッケー。じゃあ、今日タクヤの家に行くね」
「おう! 待ってるぜ☆」
タクヤは嬉しそうにウインクひとつ僕に寄越す。
なぜかタクヤからホ○臭がするのは、気のせいだろうか……。
と、タクヤは勢いよく帰ろうと方向転換して走り出そうとしたところで、人とぶつかりそうになった。
「きゃっ」
「おっと! 悪い法月」
「もう、気をつけてよねー。なあにー? また2人で密会の約束でもしてるのー?」
「バッ、そんなんじゃねぇよ!」
「どうだかー」
ウェーブがかった茶髪でショートヘアの法月さんが猜疑の目でじろじろとぼくを見る。背は若干低めなので軽く上斜め目遣いになっている。
え……なんでぼく!?
「ちょっと待ってよ。ぼくは無実だ! ていうか、健全だ!」
「けんぜんー? 保科がー?」
法月さんが含みのある笑みでぼくを見る。法月さんは人をからかうのが趣味らしく、よくクラスで3番目くらいに可愛くて大人しい夢野さんをいじっている。
ちなみにぼくの名字は保科だ。
「おい、俺の大切な親友を疑うのはよせ! 俺とこいつは、友達以上、恋人未満だ!」
「……」
「……」
「ユウキ、お前まで変な目で見るのはやめてくれ! 俺が言いたいのは、ユウキとは親友だってこと。わかれよ」
「あっそ。わかってるわよ。だって保科、男より、小さい女の子が好きなんだもんねー」
「ブッ!」
「ユウキ! それは本当なのか!?」
「ちょ、誤解だって! そんなこと、あるわけないだろ!?」
「保科、これくらいのちっちゃい女の子と、公園の砂場で遊んでたんだもんねー」
「だから、違うんだって!」
「なにが違うのかしらん?」
「うおおお、ユウキ、お前ってやつはァァ!」
「あぁ、もォォ!!!」
「うしー」
「ユウキよ、俺はちっちゃい女の子以下だったのかァァァ!!!!」
「だからァァァ!!!!」
「はぁ、疲れた……」
教室での一悶着でどっと疲れた僕は、なんだかんだで一緒に帰り、途中で2人と別れ、1人帰路についていた。タクヤは終始あんなんだし、法月さんはわざとタクヤを煽るようなことばかり言うし……。
散々な1学期最後だったな……。
そうこう考えているうちに、自宅へと到着する。
「このあと、タクヤの家に行くんだったな。なんか憂鬱だ……」
そう思いながら、自分の家の玄関扉を開けようとして、鍵を開け忘れていることに気付き、スクールバッグから家の鍵を取り出して鍵穴に差し込み、あることに気付いた。
「あれ……? 鍵が、閉まってない……」
鍵が、開いてる……?
朝閉め忘れたのか……?
まさか、泥棒……?
そんな一抹の不安がよぎりながらも、ぼくは鍵を戻し、ドアノブに手をかけた。
まさか、このあと、もっと大変な目に遭うことも知らずに。
ガチャ。
「うわっ!」
扉を開くと突然。
ミディアムヘアで片側の斜め上を小さく結んだちっちゃい赤髪の女の子が玄関内から飛び出し、そして。
「うぐおッ」
腹に頭突きを食らい抱きつかれた形のまま、ぼくは後ろから倒れ、地面に後頭部を思いっきり強打した。
めん玉が飛び出るかと思うほどの痛みが走る。
「痛ててて……」
ガンガンする後頭部を押さえながら、なんとか上半身を起こすと、目の前にはやはり、赤髪の幼女がぼくの胸に顔を埋めて倒れていた。幼稚園児だろうか、ぼくの半分ほどの背しかない。
「だ、誰……?」
どうしてぼくの家に……そう思いながら女の子を見つめていると、その女の子はバッと顔をあげた。
目が合う。
目が大きく、丸く黒い瞳がビーダマのように透き通っていた。
その瞳に吸い込まれそうになる。
さくらんぼの装飾のついたヘアゴムから小さく出た柔らかそうな髪の毛がぴょこんと揺れる。
「お兄さん!」
「お、お兄さん!?」
目の前の女の子はいきなりぼくのことをお兄さんと言い、再び顔を胸に埋めた。
ぼくがお兄さん? どういうことだ!?
まったく身に覚えがない。
と、とりあえずこの子をなんとかしないと……。
「君、お母さんかお父さんは?」
ぼくが聞くと、女の子は再び顔をあげた。
「いるよ!」
女の子は元気に答えた。
「じゃあ、迷子なの?」
「え。まいごじゃないよ?」
「とりあえず警察に行こう」
「え。なんで!?」
「なんでって……」
親戚にも、こんな子はいないしなぁ……。
なのに、どうしてぼくの家にいるのかが謎だ。
もしかして、親の知り合いがぼくの家に尋ねてきてるとか?
なら、家の中にこの子の親がいるんじゃないだろうか。
「まあ、いいか……。とりあえず、家に入って」
「うん!」
いろいろと疑問は残るが、ひとまずぼくは親の有無を確かめるため、赤髪のちっちゃい女の子と一緒に自分の家に入ることにしたのだった。
夏休み前日。
心待ちにしていた夏休み。いろいろと計画を立てて楽しもうと思っていた夏休み。
その夏休みが。
ちっちゃい女の子の襲来。
それは。
ぼくの夏休みがめちゃくちゃになる、その前触れだったことに気付くのは、そのすぐ後のことだった。




