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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

前世からの愛しの(二次元)嫁と同じ空気が吸えるだけで幸せです

作者: つむる

大好きだった。

あの人を誰より愛していた。

だから、私は幸せです。




目の前には、苛立ちを隠さない顔で此方を見上げ睨む少女。

美しいと言うよりも可憐、と表現した方が良いだろう少女は、誰もが守ってあげたくなるような普段の印象を、打ち消してしまう程の怒りを此方に向けていた。


「貴方、転生者でしょう」

確信している声は、問い掛けでは無く断定。

「それが、何か?…ヒロインさん」

答える私の声は、無機質だった。





私が私として生まれる前に生きていた世界は、娯楽が多かった。

私が暮らしていた日本という国が、なのかも知れないが。

当時、オタクであると認識していた「私」がもっとも愛していたのは、とあるファンタジー少女漫画のキャラクター。漫画自体は普通に好んでいた、位であったという認識だが、そのキャラクターは別だった。

愛していた。偏愛していた。その姿形も、性格も、それに至る過程も、その最期迄も。全てが愛おしくて、尊くて。愛さずにいられない、そんなキャラだった。

だからこそあの日、私は思い出したのだろう、この記憶を。


「何故、私の邪魔をするの?此処は現実よ!漫画通りにならない、もっと皆が幸せになる道だって有る筈なのよ!?」

ヒロインは幸せな幼少期を過ごした、普通の、地方都市育ちの可愛い女の子。

けれど13歳の時に馬車にはねられた命の危機に、眠っていた聖魔法の才能に目覚める。死の寸前の人ですらすぐに歩きだし、欠損した身体さえ癒すその力は、この世界のお伽噺にしか無いと言われていた力で。

それから魔力の使い方を学ぶ為に王都で魔術学院に入ることになったり、力を狙われて何度も拐われたり、教会の陰謀に巻き込まれたり、そんな各方面の事件や学院で出会った男達との恋の鞘当てが繰り広げられたり、する話だったな、そう言えば。


「貴方の目的は何!?貴方───知ってるんでしょう?このまま進めば、あの人、死んでしまうのよ?」

知っているよ、勿論。

目の前の少女が言うあの人、私の主人たる最愛のあの人は、ゲーム風に言うならば中ボスキャラだった。

序盤から出てくる始まりから定められた敵。ヒロインを狙っていて、何度も対立し、最終的にはヒロインの力を自由に使う為に、ヒロインを壊し操り人形にしようとする。

しかし、あの人を死に追いやるのはヒロインとその仲間達ではない。

言うなれば、ラスボス、があの人を壊す。まあ、更に裏ボスと隠しボスがいたりするわけだが。ヒロイン狙われ過ぎだよね、これ。


「私は敵じゃないのよ、私、確かに酷い事されたし、理不尽な扱い受けてると思う。でも、彼を、ううん、彼女を助けたいの、彼女は幸せになるべきだって、だって…あんな、酷い…」

震えながら俯く少女の表情は見えないが、その言葉は本心なのだろうとわかる。ヒロインの役を背負った彼女は、今現在、一番の敵を心から救いたいと思っているのだ、本当に。

私の最愛のあの人は、悪役だった。

それでも、物語が進むほどに嫌いだと思う読者は減っていった。その負っていた悲劇的な過去に、顛末に、最期に、恐らく読者だった目の前の少女も同情したのだろう。

少女漫画ではない、現実の世界で有るなら尚更に。


嗚呼、ならば何故。


「ヒロインさん、私はね、あの人を愛しているよ」

今の私は、あの人の忠実な部下。信頼されているただ一人。

物語にはいなかった存在。

人嫌いで誰にも心を許さない、強大な魔力と権力を持つ天才。誰からも恐れられている学院の支配者にして先の戦の英雄。しかしその過去は謎に包まれている。そう設定されていたはずのあの人が、傍に置くことを良しとしている人間。

狙ってこの位置に入り込んだわけでは無かった。必然的にそう流れただけだ。

「あの人の、全てを私は愛している」

本心を見せれば、ヒロインは顔を上げ、その表情は明るくなる。

「じゃあ、協力してもら…」

嗚呼、虫酸が走る。

「だから、あの人には、そのままの最期を迎えてもらいたいと思っているよ」

「………え?」

目を見開き、何を言われたのかわからない、理解出来ないと言わんばかりの反応が、酷く苛立たしかった。

「それを見届けたら、私も後を追う。あの人のいない世界に生きていても仕方ないからね」

「…あ、貴方、何を、あなた、あの人を愛しているって、なのに、何故?漫画じゃないのよ、現実なのよ?死んでしまうのよ!?」

「そうだね、知っているよ」

「わかってないわ!あの人を愛しているのでしょう?貴方が、あの人を幸せにしてあげようって思わないの‼?生きてさえいれば、貴方をあの人が愛する日が来るかもしれないでしょう?貴方は漫画にいなかった、あの人が、あんな、過去があるあの人が、貴方を傍から離さない事が、どんな意味を持つか」

「意味なんて、無いよ」

激昂する目の前の女が、硬直する位の冷たい声で、女の、お花畑の夢物語を打ち切らせる。

もう、10年も前に、あの人は。


「もう、あの人に、救いはそれしか残されていないのだから」








私が前世を、いや、あの物語を思い出したのは12歳の時。私は王都に住む平均より少し裕福で、とても幸せな子供だった。

町は10年に一度の神誕祭が始まると活気立ち、皆楽しそうで。

私は、前の神誕祭の時には幼すぎて覚えていなかったから、母親に尋ねたのだ。

「ねえ、お母さん。神誕祭ってなんの日なの?何で10年に一度なの?」

「あら?知らなかったのね」

教えていなかった自分のうっかりに笑いながら、母は話してくれた。

神の暦は人より長く、10年で1年と数える事。神誕祭はその名の通り神の誕生日であり神の力が世界中に満ちる日だという事。その証に最も力が満ちる日の出から日没迄すべての魔や神秘が眠りにつく事。偉大なる神の誕生日と、神の祝福たる力への感謝を捧げる祭り。それが神誕祭。

「魔術師の方々は大変みたいだけどね。神以外の見えざる力は全て眠ってしまうみたいだから、魔法もその間使えなくなってしまうんですって」

十年に一度の魔法が使えなくなる日。

それを認識した瞬間、頭の中がざわめいた。

王都、希代の魔女、麗しのサファイア、憧れ、妬み、そして、────彼女が只の非力な女性になる日。

「あ、あ、あ、ぁああああああアっっ‼」


突然発狂したかのように叫び声を上げて倒れた私が目覚めたのは、神誕祭当日だった。




祭の鐘が鳴る。

人混みの中をかき分けて走る、あの場所へ。

目覚めたばかりの身体は、ふらふらで、力なんて入らなくても、気力のみで走る。

港、倉庫、祭日で誰もいないはずの場所。

何も無ければいい、誰もいなければいい。

違うかもしれない、私の妄想で、この世界は只の似た世界で、同じだとしても、ずっと未来かずっと過去かもしれない。それならば、一番良い。

いないで、誰もいないで、苦しい、胸が、息が出来ない。足も頭も痛いのに、止まる事が出来ない。

怖い、嫌だ、そんなの、何で。

人気の無い倉庫街にたどり着いた時、私の耳にうっすらと何かが聞こえた気がした。

嫌だ、嘘だ、何で‼

音がした方向に駆け寄れば、倉庫の少し開いた扉から聞こえたのは。

『…ハハハ生意気な魔女も只の女だ、こうなってしまえば』

『得意の魔法はどうした!いつも見下しやがって‼』

『麗しのサファイア、汚されたお前が麗しのとは!!』

『壊しても良いんだろ?先方は"生きてさえいれば良い"って言ってたんだろう』

『形だけは上等の女だ、時間まで楽しもうぜ』



むしが鳴いてる。ぎちぎちと鳴いてる。

扉の隙間から見えたのは、むしに集られたあの人。

駆除しなきゃ、あの人は、誰よりきれいなあの人は。

むしなんかが集って良い人じゃないから。


近くにあった資材の端だろう棒を持って、扉を開ける。潰さなきゃ、むしを潰さなきゃ。

『っっ‼なんだ‼…このガキっっ‼』

『何でこんな所に…っ』

むしが鳴いてる、私にもむしが集る、嫌だなぁ。

『サファイアを助けに来たのか?』

『じゃあこいつも魔女、見習いか?』

『………魔女ってのは、こんなガキでも姿だけは極上なのか』

身体中をむしが這う、気持ち悪い。

あ、でも今ならあの人はここから出れるかしら?


いたい、きもちわるい、からだのなかにむしが入ってくる。むしに食べられるのか、私は。

「にげてください、ごめんなさい…だいすきです…にげて、ごめんなさい、ごめんなさい…」



私がもっと大人だったら、私がもっと力が有れば、私がもっと早く思い出していれば、あの人は、幸せなままでいられたかもしれないのに。


代わる代わるむしに集られながら、近くにいるはずの人が、再びむしに集られた気配を感じて、私のひび割れた何かが砕けた気がした。



いつまで続いたのかわからないけどいきなり、あの人と私に集って、食べることに夢中になっていたむしが、燃えだした。

ギャアギャアと断末魔の鳴き声を上げて、炎に包まれるむし達をぼんやりみていると、背後から足音。


「害虫駆除、出来なくてごめんなさい」

座り込んだまま振り向いて謝る私の言葉に、あの人は

瞬きをした後、うっすら微笑んで手を差し伸べてくれた。

「私が、教えてあげましょう、上手くむしけらを駆除する方法を。…一緒に来なさい」

私はその手を迷わずに取った。私が生まれたのは、この時の為だったんだ、と確信しながら。


倉庫の扉の隙間から、三日月が私達を見ていた。



そしてその日を境に、王都から麗しのサファイアと呼ばれる希代の若き魔女と、幸せな、将来が楽しみだと愛されていた町の少女が一人消えた。



彼女は彼になった。魔法で姿を変えた。誰も彼が彼女だとわからない。サファイアと吟われていた蒼い髪を銀色に、顔の半分を隠す仮面は、あの人の憎悪と嫌悪をも隠して。

私は性別を無くした姿に変えてもらった。金色の髪を黒に、幼かった身体は性別を無くしたまま成長して、周りには中性的な男の子、に見えるだろう。


私達は国を出て、何年か旅をした。

むしをけしかけた黒幕を探る旅を。

本当はあの人は一人で旅をするはずだったのだけれど、私も一緒に連れていってくれた。

私は、少しだけ魔法の才能があった様で、あの人はむしを駆除する力の使い方を丁寧に教えてくれた。

でも天才的な力を持つあの人だから、私の力位では支えにもならないから、違う力も身に付けようと色々貪欲に学んだ。

行く先々の図書館や、ギルドの図書室で。

シーフやアサシンの技を見よう見まねで身に付けた時には、あの人は「お前は解析の才能があったのだったな」と驚きながらうっすらと微笑んでくれた。それはあの人が3月ぶりに見せてくれた笑みで、私は嬉しくて嬉しくて、その町ではそれはもう張り切って害虫駆除をしたものだった。


そして6年前。


「オートマタ、聞いておくれ。とうとう見付けた、虫けらの巣を」

主たるあの人が、嬉しさを滲ませた声で囁く。

「ドール、ギニョール、私の人形、やはりあの国だったよ、しかも中枢だ、あの国自体が巨大な虫けらの巣だったのだね」

「主様、駆除はどのように?」

「害虫共は、今私達の始まりの国に戦争を仕掛けている、まあ、だからこそ脅威になるあの女を浚おうとしたのだろうがね。だからかの国に理不尽な侵略に対抗する為の助太刀、という体で参入しようかと思うよ」

あの人は嘗ての自分を否定する。嫌悪している。その弱さを、女であった過去を、汚された全てを。それは女という存在そのものを否定する程に強く。否定しなければ、壊れてしまうから。いや、もう壊れているのだけれど。

「主様、私にも害虫駆除の許しを」

「ああ、もちろんだとも、お前にも沢山駆除してもらうよ、何せ国全てだ、虫けらは根絶やしにしなければ、すぐに又涌いてしまうからね、私のマリオネット」



そして、あの人は英雄と呼ばれる存在になった。

国はあの人を引き留めておきたくて、素性もわからない英雄に地位を、名誉を、権力を与えた。

そして嘗て18歳だった彼女が、その溢れる才能を咲き誇らせていた学舎を、与えたのだ。



3年前、入学してきたヒロインは、才能の中身は違えどその飛び抜けた異質とも言える優秀さが、まるであの日消えた彼女の再来のようで。

周りが彼女を思い起こす度に、あの人の壊れて繋ぎ治した精神は、再びひび割れていく。

忘れさせない女が、忘れられない彼女が、あの人を磨り減らして行く。

排除してしまいたい。けれど優秀で有るから、美しいから、女だから、そんな下らない理由で、ヒロインを消してしまえば、あの人は手を下した自分を虫けらと同等だと感じて壊れてしまう。だからヒロインの人形化なのだ。あの人が、自分を許せるギリギリの一線。人形ならば、ヒロインを、きっと大事に出来るとあの人は。









「パペット、私の人形」

やさしく髪を撫でてくれるこの人は、私を大事にしてくれる。18歳になった時、私は時を止めてもらった。私は、あなたの永遠の人形。

「マスター、主様、私はあなただけの人形です。ずっとお側におります、あなたを愛する為に生まれたのですから」

人形は、持ち主に愛される為に生まれる。

人形は、持ち主を愛する為に生まれる。持ち主への愛は絶対。だって、あなたがいなければ人形の存在に何の意味が有るのだろう。


私はあなたの慰め。最期まで共にいる。


あの日、壊されてしまった彼女は、私の声を聴いた。

『あなたの為に生まれてきたのに』『だいすきなのに』と彼女の名を呟きながらむしに食われていた私の声を。


それが壊れた彼女の中で、どんな認識として成ったのかはわからない。けれどこの人は私を、側に置いてくれている。それが嬉しい。


あなたが望むままに、進めばいい。その全てを私は愛しているから。



もうすぐ十年目、神誕祭まで半年。

魔法は眠り、あなたは悲劇のヒロインとして、喜劇の舞台に上げられる。

10年前の真実を白日の元に曝されて、力を持ったむしたちの、欲望を隠しきれない善意の押し付けに、強要される女という性に、磨り減った精神は砕け散り、あなたは最期を選ぶのだ。

それでも壊れきったあなたはとても幸せそうで。

嘗ての彼女の最後の日、彼女を守ろうとして殺された恋人の幻と抱き合い、空へ落ちるあなたを、私は目に焼き付けたい。

あなたが一番幸せな瞬間を。


私は、10年前とても幸せな女の子だった。

そして、今はとても幸せな人形。


愛するあなたにも幸せを。








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