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20170407

単語1ヶ所修正しました。

「たのもー!」

「もー!」


 翌日の午前。俺とリーニャはギルドに突撃していた。


「我々は!」

「もーぎゅー兄妹だモー!」

「え? なに言ってんのこの猫耳」

「シロにゃんひどい」

「ははは。猫なのか牛なのか、はっきりさせてから出直して来やがれ」

「もー!」

「そっちにするのかよ」


 ひとさし指を角に模してリーニャが突撃してきたので、ひらりとかわして腰を掴んで抱えあげる。そのまま荷物を肩に担ぎ上げるようにすると、いきなりのことに唖然とする周囲を無視していつものカウンターへ向かった。


「……学芸会ならよそでやれや」


 残念ながらグランドのからの評価は厳しかった。

 だがこの程度でへこたれる我々ではない。荷物担ぎしていたリーニャを肩車に移行させる。リーニャは再び両手のひとさし指で角を作ると、モーとひと声鳴いた。そしてふたりでグランドの方を見る。ドヤ顔だ。


「「な?」」

「用が無いなら帰れ」


 手厳しかった。

 だが用が無いというわけではない。そのままグランドの前にある席に腰を下ろす。


「実は俺、この猫なんだか牛なんだかわからない何かとパーティーを組もうと思うんです」

「は?」

「なのでパーティー登録をお願いします。パーティー名は」

「もーぎゅー兄妹だモー!」

「お前は黙ってろ。パーティー名は『寿限無寿限無五劫のすり切れ海砂利水魚の水行末雲来末風来末食う寝るところに住むところやぶらこうじのぶらこうじパイポパイポパイポのシューリンガンシューリンガンのグーリンダイグーリンダイのポンポコピーのポンポコナーの長久命の長助』で」

「長ぇよ、バカか」


 これ、何故か覚えさせられたんだよな。意味もなく。本当に、業種的に意味無かったからね。でも、それまでも色々と無茶ぶりはあって、応えられなかった奴は翌日居なくなってたからな。必死に覚えたよ。いやあ、でもこんなところで役に立つとは。

 ちなみに意味もなく覚えさせられた名前はもうひとつあるんだよね。


「え、じゃあ『パブロ・ディエゴ・ホセ・フランシスコ・デ・パウラ・ファン・ネポムセーノ・マリーア・デ・ロス・レメディオス・シプリアノ・デ・ラ・サンティシマ・トリニダード・ルイス・ピカソ』で」

「だから長ぇって。プレートに入らねぇだろが」


 まさかの字数制限ありだった。プレートのサイズもあって「君、そのアイデア、名刺の裏にまとめられるかね?」的なものを思い出すな。

 ちなみに前居たとこじゃそれを尋ねられた時点で、まとめられなかった場合は勿論、まとめられた場合もアウトだった。つまり、提案した奴は消え、アイデアは尋ねたそいつの功績になるってやつだ。ひでえな。


「仕方ないなあ。じゃあ『こちら葛飾▲亀有公園前派出所』ならどうだ!」

「こちらってどちらだよ」

「つっこむとこはそこじゃねえよ! まだ長ぇとか言えよ!」

「……お前、登録する気ねぇだろ?」

「え? あるわけないじゃないですか。じゃあ『愛のままにわ▽ままに、僕は君だけを傷つけない』でどうだ!」

「……お前な、今から傷つける相手の前でそのパーティー名を名乗ってみろ……天才か?」


 どうやら想像してみたら面白かったらしい。グランドがニヤリと笑う。怖いわ。こんなん見たら頭上のモーモー鳴く牛猫が怯え……と思ったら「覚悟しろ盗賊ども! 我々は『愛のままにわが▽まに、僕は君だけを傷つけない』だモー!」とかひとりでやってた。お気に召したようで何よりだな。でもモーはもういいモー。


「まあ、さっき言った通り登録する気なんて無いんですけどね」

「あん? そんなもん、当たり前だろ。そもそもリーニャはまだ冒険者登録が出来る歳じゃねえからな」


 まあなあと頷く。一瞬、何故グランドがリーニャの名を? と疑問が浮かんだが、そう言えばあの店を紹介したのがグランドだった。知ってて当然か。

 そうひとりで納得していると、ぱしぱしと上から頭を叩かれた。何だと思って見上げてみるが、リーニャの視線はこちらではなくグランドの方を向いていた。その目には抗議の色が見てとれる。


「グラどん」

「ぷっ」

「なあおいリーニャ。俺の名前はグランドだと何度言ったらわかるんだ。あとシロウは笑うんじゃねえ!」


 何度も注意しているんだろう。げんなりとしたグランドをよそに、リーニャは再び両手のひとさし指を角にする。今度は牛じゃなくて鬼らしいが……この世界にそんな仕草で表現される鬼なんて居るのかね? どうやらこの仕草にも元日本人の匂いがするな。


「女性に年齢の話はあかんねんよ?」

「「はあ?」」


 非常に不本意なことに、グランドとハモってしまった。


「リーニャよ、それをお前が気にするには10……いや20年は早い」


 俺の言葉にグランドも「そうだな」と同意する。


「それを気にしていいのは、ウチだとリエうおっ!?」


 グランドが名前を言いきる前に殺意とナイフが飛んできた。眉間直行便だった。

 難なく挟み取ったグランドを凄いと思いつつ殺気の飛んできた方を見る。が、


「誰も居ない……だと……?」


 視線は誰に遮られること無く、壁にたどり着いていた。


「ああ……まあ、気にするな。そういう奴なんだよ。それにこれはまだ注意だからな」


 いや気にするわ。どういう奴だよ。それに殺す気満々の注意とか聞いたことねえよ。警告だと何がくるんだよ。


「ま、これ以上話を脱線させるのも何だしな。どうせお前らも学園の課題だろ?」


 とうとう、本題に辿り着いた瞬間だった。


「な、何故それを……?」

「アホか。周りを見てみろ」


 促されて周りを見てみれば、そこここに昨日までは居なかった子どもの姿があった。なるほど。頭の上で「アンにゃ~ん」と手を振る何かが居るがとりあえず無視だ。アンにゃんらしき少女が控え目に手を振り返そうとするのを、隣にいるギルド職員がさりげなく止めているのも見えるが、それもとりあえず無視だ。子どもの多くがこちらを見ている気もするがそれも無視だ。

 頷き、真剣な目をグランドへ向ける。


「……つまり、ギルドの登録が可能になる年齢が引き下げられた、と?」

「お前、話聞いてたか?」

「ハハッ。聞いてたに決まってるじゃないですか。あえてですよ、あ・え・て」


 ひとさし指を立てて強調しながら言ってみたら、グランドの頭に青筋が浮かぶのが見えた。マンガだったら「ビキッ!」とか擬音が鳴りそうなレベルだ。

 しかし、ハゲのおかげで青筋が浮かぶのが非常にわかりやすいね。


「テメェ……!」

「まあまあ、冗談ですよ冗談。その通りで課題ですよ。さあ! そうとわかったなら討伐依頼を出してもらおうか!」

「モーらおうかモー!」

「あ、うん。黙ってようなリーニャ。ほら、あそこにアンにゃんが居るぞ?」

「アンにゃ~ん」


 アンにゃん、また隣の職員に止められてるけどな。顔立ちが微妙に似てるから親子かね。

 グランドの方へ向き直る。呆れ顔が待っていた。おいさっきまでの怒りはどこに行ったんだよ。


「……もういいか?」

「あ、はい」

「お前な、流れ作業で話を脱線させるのも大概にしとけな? 怒ったふりすんのも面倒なんだよ」

「あ、はい」


 何かもう茶番劇感が凄かった。


「ええと……討伐依頼な。出せるわけねえだろ」

「いやいや、何かあんだろ。ワイバーンとかドラゴンとか魔王とかさあ」

「アホか。魔王討伐なんかあるか。あってもそんなん受けられるの勇者だけだろが。そもそも、武器持ちになったばっかの鉄8級にそんな高難度な魔物の討伐依頼があるわけねえだろ」


 グランドの言葉にひとつのことを思い出した。


「あ、そうだ」

「ん?」

「いやあ、何でも冒険者ランク鉄の8級って、子どもでも上がれるらしいじゃないですか。なのに何で俺は武器を買うまで上がれなかったのか、と」

「お~、シロにゃんが悪い顔してる」

「おいやめろ、色々台無しになるだろ」


 せっかくの攻めどころだというのに、リーニャが上から覗き込んできたせいで全てが台無しだった。なんだこれ、視界ゼロの斬新な兜みたいになってるだろ。「E:ねこみみようじょ」か。やめろ、頬を引っ張るな。呪いの兜か。


「リーニャを降ろせばいいだろが」


 ……うんまあ、肩車を解いてない時点で既に色々台無しなんだけどね。

 このままでは埒が明かないと判断したのだろう。わちゃわちゃする俺らを待たずにグランドが話を続ける。


「……子どもでも8級になるには得物が必要だぞ?」

「……ふぇ?」


 思わずグランドの方を向く。うん、逆さ向いた猫耳幼女しか見えねえわ。あと口を横に引っ張るな。これじゃ「学級文庫」って言えなくなるだろ。


「どぉふぃうこふぉだひょ?」

「……めんどくせえからもう続けるな? 大人だろうが子どもだろうが、討伐依頼は鉄8級から。討伐には装備が必要。そんだけのことだ。10級9級の仕事にはそのための資金稼ぎも含まれてるんだよ」

「あー」


 納得しちゃったじゃないか。どうしてくれるんだ。

 仕方ないか。


「あいわかり申した」

「何だその口調」

「わかりモー」


 ぐだぐだだった。もう、何を言っても話が進まないイメージしか持てなかった。そもそも自分が普通に喋れば良かったことに気づいてはいたが、そこは棚に上げておくことにしているので問題は無い……が、まあ、ここは俺が大人になって合わせることにしよう。


「……はあ……ちょっと仕切り直すな? ……よし。ならば討伐依頼を出してもらおうか!」


 再び立ち上がると、びしりと指を突き付けて叫ぶ。何やら上の方で同じポーズをしているのを感じるが、気にしたら負けだ。


「だから出せねえっつってんだろが」

「何でだよ!?」

「だからさっき言っ……てないな。お前が馬鹿なこと言い出すから」

「俺のせいかよ!」

「お前のせいだろ」


 思い返してみる。俺のせいだった。だが、それを認めるわけにはいかな……くもないか。

 咳払いをひとつして、静かに椅子へ座り直す。


「俺のせいですね」

「だろう? まあとにかくな、今日はお前リーニャを連れてるだろ? するとリーニャを護りながら戦闘する必要があるわけだ。誰かを護りながら戦う、つまり護衛扱いになるんだが……護衛が認められるのは銅級からなんだよ。要するに、まだ鉄級のお前は今日討伐依頼を受けられないってことだ」


 わかったか、と言うグランドに降参だった。兜を脱ぐしかなかった。

 脱いだ兜をカウンターに置く。兜はカウンターに仁王立ちとなった。


「グラどんひどい」

「何でだよ!」


 ギルドにグランドの叫びが響いた。あんま騒ぐとギルド長に怒られるんじゃないか? 会ったことないけど。

 いや、こんなに話していても誰も後ろに並ばない不人気職員なのだ。もしかしたら今度こそクビになるかも知れない。

 ……俺らが騒いでるせいで誰も近づこうとしない説は否定したいところだな。


「……仕方ない。じゃあ力仕事でどうだ。これ以上は譲れねぇぞ?」

「アホか。リーニャ連れてんのを見た時点で、最初からそのつもりに決まってんだろ」


 グランドがカウンターから紙束を取り出す。ここからはもう何度もやってるやりとりだ。


「で、今日はどうすんだ? リーニャも居るし、お前のせいで時間も食っちまってるし、少な目にしとくか?」

「ハッハ、なに言ってんですか。俺のせいに決まってるじゃないですか。勿論、過去最高を目指しますよ」

「勿論の意味がわかんねえよ。まあ、そうだな。じゃあ……」


 俺らが話すのに合わせて仁王立ちスタイルのままぐるぐる回る兜が間に居るが、気にせず話を進める。

 グランドは紙束から10枚近くを抜き取り、こちらへ寄越した。


「今回はシャルマン老からの依頼全種だ。全部で9件だな」

「お、あの爺さんとこか。よしリーニャ、喜べ。お菓子貰えるぞ、お菓子」

「おかしくれるん?」

「おう。あの爺さん孫が出来てから子ども好きになったらしくてな。働き手が子ども連れてきたりするとお菓子あげたりしてんだよ。お菓子食いながら俺の活躍を見るがいい!」

「おかし~!」


 グランドから依頼書の束を受け取ると、カウンターの上で両手を振り上げて喜びを表現する兜を小脇に抱えて立ち上がる。


「じゃあちょっと、力仕事の1日での達成記録を塗り替えて来るわ!」

「そんな記録とってねえよ」

「だったら俺が記録だ!」

「ああわかったわかった。今日中に達成してきたら記録につけてやるよ」


 呆れるグランドに見送られながら、兜をかぶり直してギルドの出入口へと歩を進める。

 ……何かやたらと低い位置からの視線を感じるな。


「おーかしー!」

「なんだなんだ、そんなにお菓子好きだったのか?」

「シロにゃん」

「ん?」

「おかしのきらいな子どもなんておらへんよ?」

「そういうもんか」

「そういうもんやで」


 知らなかったな。知らないことだらけだ。

 まあそういうものも、これから知っていくのだろう。


「あ、おいやめろ。頭を右に向けるな。ついそっちに行っちゃうだろ」

「シロにゃんを……操る……!」

「だからやめろって! ええい、お前は黙って座っておぉい左だ左! それじゃぐるぐるしちゃうだろ!」


 そのあとめちゃめちゃ力仕事した。その結果、ギルドに記録が残ることになったとさ。まあ、リーニャはお菓子の食べ過ぎで夕飯が食べられずに怒られてたけどな。何故か俺が。


 ちなみにその日、子どもを肩車する冒険者が多く見られたり、子連れのギルド職員にやたらとお菓子が売れたりしたらしい。誰のせいかは嫌でもわかるけど、まあ悪いことじゃないからいいよな。

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