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……つまり、話によると約400年前、その元日本人冒険者が残していったのはカレーだけではなく、関西弁もであったということだ。それが今ではおかみさんたちの故郷の国での言葉になっているらしい。
関西弁のアクの強さは異世界にも通じるということか。恐ろしいな。
ちなみに、翻訳魔法的な何かがこれをどんな風に訳しているのかはわからん。学者じゃねえし、通じればいいやという考えだ。
いやあ、でもこれなら他の方言もあるかも知れないな。広島弁エルフとか、福岡弁王族とか。ま、いたら面白くていいよな。
「なんや、じゃあ別にシロウさんはアクリャ言葉が出来るってわけやないんやね」
残念残念と笑うおかみさんとは逆に、俺は残念でいっぱいだったりする。誰かは知らんが400年前に居たという関西弁の日本人よ。何も猫系獣人から語尾の「にゃ」まで駆逐しなくてもいいじゃないか。
いや、その日本人が悪いんじゃないことはわかっているし、別におかみさんが語尾に「にゃ」と付けるのを聞きたいわけじゃないけどさあ! でもなんかこう、あるだろ? 定番的なものを欲する感じが。
まあでも旦那さんが語尾に「わん」付けられても何か困るし、これはこれで仕方ないか。たぶん、その関西弁冒険者も、語尾の「にゃ」「わん」が付いて許せる許せないで何かあったのかも知れないし。
過ぎたことをあれこれ考えてもな。
で、まあその流れで色々聞いてみたところによると、アクリャというのがおかみさんたちの出身国の名前で、そのほとんどが犬系猫系の獣人らしい。で、何故かは知らんが純血混血関係無く男は犬系、女は猫系で生まれるんだと。へえ。
ごく稀に犬系の女の子や猫系の男の子が生まれることもあるらしいが、その場合は決まってトランスジェンダー、つまり身体が性別を誤って生まれているのだそうだ。その子が物心がついた頃に一応確認を取った上で……といっても今に至るまで例外は一例も無いそうだが……「誤りを正す魔法」による性転換をするんだってさ。すごいね魔法。
徐々に客も増え始め、息子さんと奥さんもそれぞれ厨房とフロアに入った時間帯。そんな話をカツカレー食いながら聞いていたわけだが、カツカレーが超絶美味かったので明日には忘れてそうだ。だって美味いんだもん、カツカレー。仕方ないじゃない。
「ただいま~」
そんなふうにしながらカツカレーに舌鼓を打っていると、間延びした声が出入り口から聞こえてきた。俺が飯を食う時間と被っているのか、毎日聞いてるのでもうお馴染みになっている。
だが昨日、そのせいでひどい目に遭った。
「帰ったら毎日おるけど、うち目当ての変態さんなん?」って思っても直接本人には聞かねえだろ。というかどういう思考回路ならそうなるのか逆に聞きたいわ。
そのせいで周りの客から冷たい目を向けられるわ旦那さんと息子さんが怖い顔でこっちに来るわで背中に嫌な汗かかされたわ。否定したら本人があっさり納得してくれたのと、おかみさんと奥さんが「あの子はちょっと変わってるから」とフォローしてくれたおかげで助かったけど。
あとよくよく考えたらこの子ずっと関西弁だったわ。昨日は動転して気づけなかった。
「なあなあシロにゃん」
「誰がシロにゃんだ。あと部屋にランドセル置いてから来い」
そのまま俺の席まで来ると、覗き込むようにして声をかけてきた。猫耳尻尾にランドセル。確か初等部の1年とか言ってたな。
あのあと少し話をしたら何故かなつかれてしまったわけだが、何度言ってもシロウと呼ばずにシロにゃんと呼ぶこの猫系獣人がこの店のアイドル、おかみさんと旦那さんの孫にして息子さん夫婦の一人娘リーニャだ。正直、猫耳尻尾が無かったら信じなかったね。だってぽっちゃりじゃないんだもの。両親祖父母全員ぽっちゃりしてんのに。むしろクラスでも一番ちっこいらしいとか、ホント信じらんないわ。
ちなみに、学校に日本人転移者の匂いを感じてるのは言うまでもなく、このランドセルのせいだ。というか確実に日本人の仕業だろこれ。剣と魔法の世界に何持ち込んでんだ。
「ちゃうねん。これ……」
言いながらそのランドセルを下ろすとしゃがみこみ、ごそごそと漁るリーニャ。やがて一枚のプリントを取り出してこちらに向けた。
ああ、このプリントを見せたいがためにランドセルを背負ったまま来たわけね。ええっと、なになに……。
「『いろんなおしごとをしらべてみよう! みんなのまわりにはどんなおしごとがあるかな?』」
「せやねん。そんでな、うちのんはいつでも聞けるから、今回はシロにゃんにしよかと思て」
「誰がシロにゃんだ。あと何で俺なんだよ」
そう尋ねると、リーニャは何故か向かいの席に座って右手を上げる。
え? 何?
一瞬思うがすぐに理解した。
「はい、ではこの疑問の回答を……リーニャさん」
するとリーニャは「はい」と言って立ち上がる。何で今、授業風にしたんだ?
「あんな、みんな騎士さまとかギルドの副長とか王様とか銀プレートの冒険者とかやってん」
「ん? いま何かさらっとすごいの混ざってなかったか?」
冒険者のランクは上から金銀銅鉄となっていて、それぞれの中でまた10段階に分かれている。飛び級ありだ。
ちなみに俺は「武器も防具も無い奴のランクを上げられるわけないだろが」と言われ一番下である鉄の10級だったが、今日武器を買ったことで8級に上げてもらっていた。力仕事の実績分らしい。
「でな、みんな何かすごい人ばっかやん? せやからうちはその逆やと思てん」
「昨日といい今といい、何か俺に恨みでもあんの……?」
「でもシロにゃん鉄の下っ端なんやろ?」
「誰がシロにゃんだ。だが否定しきれねえ……とでも言うと思ったか!」
俺も立ち上り、ズビシと指を突きつけてやる。リーニャが「人を指差すのはあかんよ」と言うが気にしない。あとカツカレーは完食済みだ。お残しは許さない店だからな。
「悪いが、俺は今日から8級になったのさ! もう最底辺じゃねえ! 残念だったな!」
言って、今度は階級が見えるようにプレートを突きつける。
「おお~」
素直に拍手してくれるリーニャ。ふふん、凄いだろう。たぶん、いや絶対に、俺は今ドヤ顔になっている。だが仕方がない。仕方のないことなのだ。
「しかもようやく武器も買ったからな。力仕事は卒業、明日からは討伐依頼を受けるんだぞ!」
「……おお?」
俺の見せた武器に首を傾げているが、そこはまあいい。
「そんなわけで他をあたるんだな!」
「でもでもシロにゃん」
「誰がシロにゃんだ」
「シロにゃんはシロにゃんやからシロにゃんやねんもん。シロにゃんがシロにゃんやなかったらシロにゃんちゃうやろ?」
「うん……うん?」
ちょっと待て。ややこしい。「チャウチャウちゃうんちゃう?」的なややこしさだ。
だがそんな俺に考える間を与えることなく、リーニャはやさしい笑顔を見せる。
「せやから、シロにゃんはシロにゃんのままで、ええんやよ?」
「そっか……。俺、今のままで頑張ってみるよ……そんな話してねえけどな!」
いい話風にしやがって。危うく騙されるところだった。小学生に、慈愛に満ちた顔を向けられる俺どうなのとか一瞬思ったわ。
「うふふ」
何が気に入ったのか、そんな俺を見て楽しそうに笑うリーニャ。
「ほらやっぱり、シロにゃんはおもしろい」
「おい、なに言ってんだ」
俺が面白いわけないだろう。3Kどころか5Kの職場じゃ、特に子どもに嫌われることが多かった。それも、どうでもよかったけれど。
「シロにゃんはおもろいよ? 初めてウチに来たときに『美味い! おかみ、シェフを、シェフを呼べ!』って言ったときからおもしろいと思っててんもん。それに、ちゃんと目の高さを合わせてうちの話聞いてくれるし、さっきみたいにノリツッコミもしてくれる」
そう言えば。前の世界じゃ話す前から嫌われてた。だから子どもと話すことなんて無かったし、話をしようとすら思わなかった。職場の外じゃ接する機会すら無かったし。
でも、もし向こうでもこんなふうに接する機会があったなら……いや、無いな。そんな機会が訪れることなんて。あの職場にいる限りありえないことだ。
だから。
「武器とか言ってそんなん見せてくるのも変でおもしろいし」
「おいコラ」
「お手伝い依頼を少しすれば誰でもなれる8級でものっそい自慢げにするんもおもしろい」
「……え? マジで?」
「うん。冒険者登録できる一番下の、中等部の子でも頑張ればなれる」
「マジか……」
「うふふ。せやからシロにゃんはおもろい人やねんよ?」
だから。
この世界で生きようと決めた今は。
こうして向こうで出来なかったこと、やろうなんて思いもしなかったことをやってもいいんだと。
正面に座って笑うこの子を見て、改めてそう思った。
……今ちょっと、明かされた事実にショックが酷いけど。明日グランドを問い詰めなければ。
まあいい。だったら今やることはひとつだ。
「ちくしょう! そんなに面白い面白い言うなら、やってやんよ! その宿題、受けて立つ!」
「おお?」
「明日学校休みだったよな? 一緒にギルドへ行くぞ! 俺の仕事ぶりを見せてやる!」
「おー!」
「ちょっとあんたら! さっきからうるさいよ!」
「「ごめんなさい!」」
おかみさんに怒られてしまった。
ふたりで席に縮こまる。顔を見合わせると思わず笑みがこぼれた。
「じゃあ、明日はよろしくな」
「うん……あ、ノートつけな」
そう言って、ランドセルの中からノートを取り出す。
「……ん?」
そのノートに看過できないものを見つけてしまった。
「……ちょいとリーニャさんや」
「なんですかいのう、シロにゃんさんや」
「その『おもしろシロにゃんにっき』ってのはなんですかいのう?」
「ホッホッホ」
「おい」
「ホッホッホ」
「おいって」
あれ? 早まったか?