1.5
「ユキヤ」
「ん? 何ですか、フィーネさん」
「ユキヤはもう、このあたりの魔物では何の修行にもなりませんね」
「ああ、そう……ですね。出てくるのがウルフとか、あれくらいの強さの魔物ばかりなら、ひとりでも楽勝ですね」
「ええ。ですから、明日1日は準備に充てて、明後日にはもう魔王の誕生したと御神託のあった方へ旅立とうと思います」
「え……?」
「何です? 何か問題が?」
「あ、いえ……」
「そうですか。ああ、ですので、明後日がお休みだと言うシア嬢に王都を案内してもらうのはお断りしておいて下さいね」
「な!?」
「かわいらしい方ですよね。流石は人気の受付嬢。冒険者の列が一番長いのも頷けます」
「ど、どうしてそれを……」
「……胸も大きいですし」
「っ!? い、いや、それは……。や、そ、それより! ど、どうしてそれを……?」
「御神託です」
「……え?」
「私は神殿の上級巫女でもありますから、神に問い答えを得るくらい造作もありません」
「いや、それは……ええ?」
「何ですか、何か問題が?」
「いや、御神託をそんなことに……」
「そんなこととは何ですか。いいですか? 貴方は勇者なんですよ?」
「はい、それは……」
「勇者たるもの、魔王討伐に真摯であるべきです。魔王誕生による影響が広がってからでは遅いのですから、迅速でもあるべきなのです。ですから、たとえかわいらしくて胸が大きくて、しかも明らかに好意のある目を向けられていたとしても、色恋にかまけている暇など無いのです」
「……」
「そのために御神託をいただくのは、ですから必要なことなのです。わかりますよね?」
「ええ……?」
「何ですか、その不満げな顔は。とにかく、そういうわけで明後日には旅立ちますから、シア嬢にはお断りを。で、明日は私と旅に必要なものを買いに行きますから」
「……」
「まあ、私も王都の人間ですから、その際に少し案内するのも吝かではありませんが」
「……ん?」
▲▽▲▽▲
「何なんですか、あいつ」
「ん? ああ、あいつはユキヤと同じく今日、冒険者登録した新人だ」
「ああ、だから……」
「あいつ面白いよな。普通、ここまで列がなくて、しかも座ってるのが……自分で言うのも何だが……こんな強面だったら、絶対何かあると思ってこっち来ないものなんだがな」
「いや強面とかいう段階飛び越えてるでしょうが。それに、何かあったのは事実なんですから」
「おい、その言い方だと俺がとんでもねえことしたみたいじゃねえか」
「みたいじゃなくて事実でしょう。王都に居た冒険者の半数以上を治療院送りにするとか……いくら当時、冒険者がギルド職員を下に見る風潮があったからって、普通しませんよ」
「いや、あれはだな……」
「実際、冒険者の態度は目に余るものでしたし、被害も出てはいましたから、わからなくもないですが。それにしたってあれはやりすぎですよ。恐怖で拠点替えした冒険者まで出たんですから」
「ま、まあ、そういう説もあるが……」
「だから説とかじゃなく事実ですから。それで冒険者不足で依頼が滞るや、自分でどんどん受けて達成していくから、冒険者も立つ瀬がなかったですよ」
「それはほら、責任感というか、な?」
「な? じゃありませんよ……まあ、お陰で職員を下に見る馬鹿が居なくなりましたし、感謝はしてるんですけどね……」
「何だ、そのもの言いだと不満があるみたいじゃねえか」
「ありますよ! カウンター空けて下さい!」
「ん? カウンターなら開けてるだろ?」
「ちっげえよ! そういうのはいいよ!」
「おい……」
「あ、すみません。つい。でもですね、もうそろそろ他の職員に明け渡して欲しいんですよ、その席」
「いや、これはおまえ、ここに座ることで抑止力にだな……」
「もう充分ですよ。というか、上級冒険者にまでトラウマ植え付けるほどやらかしてる時点でそんな必要殆どありませんよ。それよりはそこ空けてくれた方が、カウンターひとつ分他の職員の負担が減ってありがたいんですよ!」
「なっ!?」
「そこ座ってぼんやり見てたならわかりますよね、ギルド長! というかそこ空けてギルド長としての仕事しろよ! そしたら受付の負担も、何故かギルド長の仕事までさせられてる私の負担も減るんですけどねえ!」
「おい、ギルド長に向かってその口の聞き方はなんだ!」
「敬ってほしけりゃ仕事しろっつってんだろが!」
「やるかゴルァ!」
「上等だ! やってやるよ!」
「はあ、ギルド長と副長、またやってるよ……」
「まあ、あんな大喧嘩をほぼ毎日見せられたら、冒険者もびびって職員を馬鹿にしなくなるよな……」
「ギルド長のカウンターに誰も行かなくなるわよね……」
「……ふたりとも喧嘩してないで仕事して欲しい」
「「「あ~……」」」
▽▲▽▲▽
「なあおい、今の」
「あん? 今のってなんだよ」
「さっきすれ違ったやつだよ。ほら、時折空を見上げながらふらふらしてた」
「ああ、そういえば居たな。酔っぱらいかと思ったが……それがどうした?」
「あいつの鼻歌だよ! 聴いてなかったのか!?」
「あいにく俺はその辺興味ねえからな。まあ、鼻歌うたうくらい良い酒だったんだろ」
「クッソ、酒から離れろこのドワーフが!」
「おまえな、俺たちから酒を取ったら何が残ると思ってんだ? 酒を取られた恨みくらいだぞ?」
「『俺から◎◎を取ったら~』ってそういうことじゃねえよ! とにかく、さっきすれ違ったやつの鼻歌だ! 俺ぁ今まで、あんな旋律聴いたことないぞ!」
「うるせえなあおい。だからわかんねえって」
「だったらおまえの好きなものに例えて考えてみろよ! おまえの知らない、飲んだことのない酒の入ったカップを持ったやつとすれ違ったようなもんなんだよ!」
「なに、酒だと!? そいつどこ行った!?」
「例えだっつってんだろ。でも……ああくそ、もうどこに行ったかわかんねえな。だが、あの旋律はしっかり覚えてるぞ……ああ、どうして今まで気付いてなかったんだ……今、音楽は足枷を外され自由を得た……変わるぞ。この国の音楽が変わるぞ……!」
「おーい、大丈夫か? ……ああ、完全にイッちまってやがる。ダメだなこりゃあ……」