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 力仕事向いてるかも知れない。


 いやあ、チート使わずでもなんとかなったわ。あれな、ブラックの末端だった頃、さんざん重たいものを持たされたりしてコツ知ってたからな。あの程度、全然問題無かったわ。

 で、ついつい明日の分までやっちゃったもんだから、依頼書が無くて今日の分に一筆書いてもらったりしたからね。


 いやホント、力仕事向いてるかも知れないわ。


 とにかく、これで今晩寝る場所と飯の確保は出来たも同然。明日の分もあるんで余裕まで出来て少し楽になるな。あ、これ続けたら毎日1日分の積立出来るってことじゃないか。


 力仕事、最高だな!


 次からは2件分か2日分依頼を受けて行こう。そう考えながらギルドの扉を開く。もうすぐ日が沈もうという時間。ギルドの中は依頼書やら何かの入った袋やらを抱えた冒険者で一杯だった。

 ……また行列に差があるなあ。

 長い列を作っているカウンターを横目に、朝と同じカウンターへ向かう。途中、凄い新人がどうのという声を耳にしたが、これ、俺じゃなくてあの少年なんだろうな。

 朝と同じカウンターはやはり列が無く、グランドが暇そうにしてるだけだった。仕事しろよ。あ、その仕事が無いのか。列が無いもんな。


「こんちわ」

「お? おお、朝の……えーっと……」

「シロウだよ!」

「おおそうだシロウだ。すまんな、今日はあの後すぐに凄い新人が出たもんで、同じく今日登録のお前の印象がもう全然無くてな」

「いや俺もそこそこインパクトあっただろ? というか忘れるほど数応対してねえだろ!」

「ハハッ! そういう歯に衣着せぬ物言い、嫌いじゃないな!」


 でもやっばりあいつだったか。

 だとすれば、起こったイベントの流れからするに、あいつは勇者なのだと思うが……何やってんだあの神さんは。魔王居ねえのに勇者召喚するとか、意味が無さすぎ。間抜けにもほどがあるだろ。


「しかも初心者向けに用意されてるウルフの討伐、討伐数の過去最高記録を塗り替えやがったからなあ! いやあ、すげえ新人が来たもんだよ!」

「はっはっは、すげえっすね。ちなみに、あんたの目の前にはその初心者向け依頼すら受けさせてもらえなかった新人が居るんですけどね!」

「はっはっは、せめて武器買ってから言えよこのやろう」

「その金を稼いでるんだっての」


 困ったハゲだな。まぁいいか。

 サインの入った依頼書をカウンターに置く。ちゃんとサインと、明日の分まで終わったという一筆が見えるようにだ。


「どうだ、凄いだろう!」

「あん? ……おお、この短時間で明日の分までやるとは、なかなかのもんだな」


 あれ? リアクション小さくね? って、ああそうか。あの少年がやらかしたことに比べたら地味だもんな。

 いや基準おかしいだろ。


「俺、力仕事向いてると思ったね。次も力仕事でお願いします! そしてゆくゆくは力仕事だけで一流の冒険者に!」

「いやなれねえよ?」

「なんでだよ!?」


 理不尽か。ここでもブラックなのか。このハゲもまたブラックの手先なのか。俺はもう、そういうものから逃げられない運命だとでもいうのか。

 だが違ったようだ。グランドは呆れ顔で「まさかそこから説明が必要だとは……」と呟いた。


「あのな、町で力仕事ばっかやっててもランク上がらねえからな」

「だからなんでたよ」

「そりゃお前……魔物の討伐、素材の収集。そういった、危険のある外に怖れず飛び出して未知なるものを求める、それが冒険者の本分だからだ」

「あー……」


 納得だった。力仕事ばかりじゃ冒険(・・)者とは言えないもんな。力仕事しかしないとか、俺でも冒険者なら冒険しろよと言いたくなるわ。


「よし、じゃあ討伐系の依頼よろしく! 素材収集系でもいいぜ!」

「だから武器買えよ」

「その金がねえっつってんだろが」


 堂々巡りだった。とにかく金が無いと何も始まらない。


「……いや、俺の武器はこの拳一つとも言えるか」

「言えねえよ。それに、たとえ拳が武器だとしても……」

「蹴りもあるぞ?」

「……だとしても、最低限の防具も無いような人間に外に出る依頼なんか回せるかよ」


 俺の格好を改めて見る。チャコールグレーのロングパーカーに白Tシャツ、黒いスキニーデニムに黒いスニーカーだった。デニムとスニーカーの間からは生身のくるぶしが覗いている。あとはハットと、ポケットに財布とスマホがあるくらいだ。ハットも寝癖隠しのためで、どうせ職場では制服着用だから……と、楽してる感が満載の格好だった。

 ……うん、俺でも止めるなこれ。近所の犬に噛まれても怪我出来るレベルだわ。


「俺なら『魔物なめてんのか』って説教しますね、この格好」

「わかってくれて何よりだよ」


 何故かホッとした様子だった。いや、そこまで無謀な話はしてないんだけどな……と思ったが、そういやチートがあることを言ってなかったのを思い出した。

 だが結果的には、これで良かったのだろう。言ってたら、あの暫定勇者の耳に入る可能性も出てくるからな。出来れば彼とは距離をおきたい。だって、確実に面倒な事態へ巻き込まれることになるだろうし。俺は悠々自適に異世界生活を満喫したいんだ……って、その生活のための先立つものがねえっつうの。


「じゃあまずは防具買うってことで仕事下さい!」

「いやもう日も沈んだし、とっとと宿行って飯食って寝て明日来い」

「そんな!」


 俺、まだまだいけるっすよ?

 この程度、前の世界じゃ序の口にもならなかったからな。


「今日2日分働いたんだ。疲れを明日に残すなよって話だ」

「おいおいなんだ、もしかして心配してくれんのか?」


 つまり、防具買えっつって俺が納得したことにホッとしてたのも、初心者の俺への心配とアドバイスだったってことか。


「良いやつだなおい!」

「ど、どうした?」


 グランドが面食らっているが関係ない。他愛ない言葉だってのも関係ない。そんな程度の言葉も無かったのが俺の居た所(前の職場)だったのだ。むしろ「お前の代わりなんていくらでもいるから」の勢いだ。というか実際に言ってきたやつがいたな。

 キツイ、キケン、キラワレルの3K。いや、金払いが悪いで4Kか?

 さらに簡単には辞められないも入って5K。かえすがえす最悪だな……っと、いけない。思わず遠い目になっちまってた。

 今はとにかく稼がねば。


「でもなんかあるだろ? 例えば飯屋の店員とかさ……」

「そういうのは街ん中で回ってるから。ギルドに依頼はこねえよ」

「本当か? ちょっとそこで跳んでみろよ」

「追い剥ぎか」


 とにかくもう今日は終了だボケと言われてしまった。

 うんまあ、そう上手くはいかないということか。

 ならば仕方ない。2日分の報酬を貰って教えられた宿に行くか。


「チクショウ覚えとけよ! 明日こそ力仕事を奪い取ってやるからな! 首を洗って待ってろ!」

「あほか。普通に斡旋するわ」

「知ってた!」

「何がしてえんだよ……」


 呆れるグランドをほっぽって席をたつ。あれだけ話していたにも関わらず、後ろに並ぶ人は居なかった。人気無さすぎるだろ。大丈夫かあれ? いつかクビになるんじゃねえか? 良いやつなんだけどな。

 クビになって冒険者になり、カウンターのこっち側で列に並ぶグランドを想像したら結構笑えたので良しとしよう。何が良いのかわからないが良しとしよう。

 むしろ事務方よりも冒険者の方が似合うと思うんだが……あの筋肉だし、元冒険者なんだろうな。

 そんなことを考えながら、まだ列の残る他のカウンターを横目にギルドを出る。途中、いくつかの視線を感じはしたが、気にする程では無いだろう。悪意敵意の類は感じなかったし、どうせ不人気カウンターに行った変り者を物珍しく思ってのことだろう。



 日も完全に沈み、街は既に夜。だが、前の世界に比べれば圧倒的に少なくはあるが、建物から漏れる灯りと――


「おお……すげえ……」


 ――比べるのも馬鹿馬鹿しくなるほど多い星灯りのおかげで、そこまで暗くは感じなかった。

 星を見る余裕なんて……記憶に無いな。そもそも前の世界で住んでたあたりじゃ、星なんてほとんど見えなかったはずだ。


「悪かないね」


 呟き、星空の下へ身を躍らせる。時おり見上げては、その雄大さを堪能しつつ教えられた宿へ向かう。足取りは軽い。

 所々にある酒場らしき建物から喧騒が聞こえはするが、前の世界の、あの眠らない街に比べれば全然気にならない。

 静かな夜だ。


「ああ、悪かない」


 まだ初日で、この街の一部しか知らず、接したのも数人で、全くもって何も知らないというのに。

 それでも、もうこの世界を気に入ってしまっている自分がいた。

 鼻唄混じりに道を行く。変な目で見られるが関係ない。

 明日が楽しみだなんて、もう何年も忘れていた感情が躍っていた。

 満天の星に包まれた世界。騒がしくも静かな暮らしの音。

 ここで生きていこう。

 そう思うと小さくストン、と何かが胸に嵌まる音が聞こえた気がした。

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