10.2
▼王都外縁区、南東門
ここ、王都の冒険者ギルドで一番有名な新人冒険者と問われれば、そのほとんどがシロウと答えるだろう。
だが、一番有望な新人冒険者はと問われれば、シロウの名は鳴りを潜め、幾つかの違う名前が挙げられることとなる。
その中でも、他より頭ひとつ抜け出して名前の挙がる冒険者がふたりいた。
ひとりめは、ある騒動を目撃した者を中心に挙がるユキヤ。だが、ユキヤは既に王都を離れている為、それ以上の拡がりがない。
そのユキヤよりも多く挙がる名前。現在、王都で活動する新人冒険者の中で一番有望だと目されている冒険者。
その名をフィッツという。
門前にて大盾を構える銅級冒険者、フィッツは嫌な予感を覚えていた。
左右に位置どる冒険者にも、自分たちが押し止めた魔物に攻撃を仕掛ける冒険者たちにも目立った崩れは見られない。前方で獅子奮迅の活躍を見せる銀級のルグランたちは言わずもがなだ。
フィッツ自身も個人では銅級だが、大盾を難なく振り回せる腕力と、それを続けられる体力を見込まれて銀級下位のパーティーに臨時要員として参加するなど、級以上の実力があると自負していた。実際にギルド職員や先輩冒険者からも、実力に見あった級へ上がるのも時間の問題だと言われている。
ここまで辿り着く魔物が、徐々にだが増えていた。
今は持ちこたえているが、まだ長期戦を体験したことが無いだろう、経験の浅い新人冒険者たちの体力のこともあるにはある。
それでも、門を護りきることが出来るだろう。そう思える勢いがフィッツの周囲にはあった。
だが、嫌な予感をさせていたのはそこではない。
大盾によって押し返されたハイウルフが、左右から集った冒険者によって討たれたのを確認すると、フィッツはチラリとそれを見た。
(あの箱、いったい何が入って……?)
そこにあるのは、先ほどまで散乱していた馬鹿な商人の積荷のひとつだった。ルグランの指示で多くは自分たちの後ろに積み上げられたのだが、いくつかは間に合わずに放置されていた。
そのひとつが、妙に気になって仕方がなかった。
それは勘のようなものだ。宛になるようなものではないかも知れない。現にフィッツ以外でその箱を気にするような素振りを見せる者は見あたらない。
だが、自分よりも上位の冒険者と組み、少々危険度の高い依頼もこなしてきたフィッツは、だからこそ自分の勘を無下にすることが出来ない。もしかすると、この門前で最も「冒険者の勘」を研ぎ澄まされているのが自分かも知れないからだ。
(どうにかして遠ざけるか中身を確認……)
だがそんな余裕など無かった。
「次、来るぞ!」の声を合図に、左右に展開する盾持ちの冒険者が身構える。フィッツもまた数歩前に出ると、大盾を自分の前に立てた。
フィッツの大盾は防御の為だけにあるのではない。その裏側には複数ヵ所に取っ手があり、それによって大盾を武器として振り回すことが出来るようになっていた。
憧れ、冒険者を志すきっかけとなった元冒険者の騎士団長。彼のようになりたいと願い、けれど魔法の才が無かった為に考え、自分の怪力を活かすことで辿り着いた攻撃は最大の防御だった。
「来いオラアッ!」
箱を気にしつつも、フィッツは両手で大盾を持ち上げると、ルグランたちを抜けてきたハイウルフへ槍のように突いた。
※
防ぎ、叩き、突き、投げる。
他の冒険者なら構えるだけで精一杯だろう大盾を縦横無尽に振るう。
横凪ぎに殴り払い、勢いで回りながら周囲を確認し、手の空いた攻撃役へ声を掛けながら、シャベルですくうようにして魔物を投げる。
(ちょっと、数が多いな……!)
散発的だった先程までと違い、途切れることなく魔物が門前まで辿り着き続けていた。もしやと思い前方へ目をやるが、ルグランたちは変わらず安定して魔物を狩り続けていて、崩れている気配は無い。単純に魔物の数が増えた為に手が足らず、脅威度の低いものがこちらに回されているようだ。
だがそこにフィッツは、これくらいの魔物なら銅級冒険者たちで対処出来ると、それだけの実力があると、そう太鼓判をおされたように感じていた。胸の真ん中に誇らしさのようなものが、熱く灯る。
(そういえば……)
魔物を大盾で殴りながらそこまで考えた時、まだ銅級に上がってもいないのに門のこちら側へ参加していたひとりの冒険者のことを思い出した。
(アイツ、どこ行った……?)
さっきまで、間合いの関係から出番がほとんど無く、手持無沙汰にしていたその冒険者の姿を探すが何処にも見あたらない。他の冒険者に聞こうにも、魔物が途絶えないためにそんな隙が無い。怪我人が出たりした際は周りが声を出して知らせるように決めているが、今のところそんな声も上がっていない。
(そういえば通用門が一度開いていたようだし、魔物が増える前に中へ戻ったってんならいいんだが……)
そもそも鉄級冒険者は外縁区で避難誘導の予定だった。通用門からそっちに戻ったのであれば、魔物が途絶えず人手が欲しいとは言え文句は無かった。
(さて次は……ッ!?)
王都で一番有名な新人冒険者のことを頭から追い出し、次の魔物を何処へ割り振ろうかと周囲を確認して、フィッツはそれに気づいた。
箱。
大槌持ちの冒険者が魔物を殴り飛ばそうとする先に、例の箱があった。
「おい待て……!」
思わず声を上げるが間に合わない。魔物が箱にぶつかり、呆気なく壊れ、中のものが溢れだした。
「ス、スライム!?」
溢れだしたのは大量の掃除スライム。無理やり詰め込まれていたのか、箱の容量よりも明らかに多い数が一気に放たれた。
そしてスライムはその職務を全うするため、魔物の死体や肉片……つまり一番近い戦場であるこの門前へ向かってきた。
「クソッ! 邪魔だ!」
「全然刃が通らねえ!」
「なんでこんなに!?」
「あんの馬鹿商人が……!」
門前が一気に混乱する。調整されているため、スライムが冒険者を攻撃してくることはない。だが、うっかり倒されてしまうことを防ぐためか異常な程に耐久力が高く、減らすことも出来ない。そのせいで冒険者たちの動きが阻害されていた。
ただ、この王都産スライムは魔物側にとっても未知の存在であったようで、踏み潰そうとして踏み潰せず、転ぶ姿も見られていた。
「落ち着け! 足を高く上げずに歩けばいいんだ!」
そんな中で、フィッツは踏んだ場数の違いから、周りよりも少しだけ冷静だった。
踏むから足場を乱される。踏まないよう、摺り足を意識すればいいだけだ。
だがその声も混乱の喧騒に消え、周りの盾持ちにしか伝わっていない。踏みとどまることが仕事の盾持ちにではなく、動き、攻撃する冒険者に伝わらなければ意味がない。
ならばとさらに前へ出るフィッツ。
それが前に出過ぎて自分を孤立させることも、魔物が人間よりも脚力のあるウルフ系統だということも、自分が身を覆う程の大盾持ちであるということも、その時フィッツの頭から抜け落ちていた。周りよりも冷静なのは少しだけでしかなかった。
「おい! 上だ!」
何処からか聞こえた声に見上げた時には、既にこちらへ飛び掛かろうとするグレイウルフの姿がそこにあった。
とっさに上げた大盾で防ぐ。質量のある衝撃が襲うが、持ち前の怪力で耐えることが出来た。出来てしまった。
大盾の上で跳ねる感触。背後で着地する音。音量を増す、冒険者たちのあわてふためく声。振り向こうとした瞬間、再び大盾にかかった衝撃。そこではじめて、フィッツは自分がしくじったことに気づいた。
自分が、この大盾が、混乱する冒険者たちを抜けたウルフたちにとって、スライムを越える絶好の飛び石になっていることに。
「クソッ!」
とっさに上げたせいで大盾の覗き穴が使えず、また喧騒が大き過ぎて聞きたい音……こちらへ向かうウルフの足音が聞こえない。大盾をどけようとして、またもや衝撃がきた。背後からは魔物の唸り声と冒険者たちの怒号と悲鳴が混ざりあっている。壁上の衛兵たちも対処しようとしているようだが、冒険者にあたる可能性から上手く矢を放てないでいる。弓持ちの冒険者もだろう。
(一か八かだ!)
フィッツは次の衝撃を耐えるのを止める。大盾と魔物に潰されるような形になり、周囲から悲鳴のようなものが聞こえたが、この程度で駄目になるような身体じゃないことぐらい、フィッツはわかっていた。
(鬼人族の血に感謝だな)
そう思いつつ、衝撃を殺され大盾で受け止められることになった魔物を、足も使って弾き返す。次を跳ぼうとしたウルフがいたのだろう、ぶつかる音と共にギャウンという獣の悲鳴がふたつ聞こえた。
よし、これで。そう思い大盾をずらして見えたものに、フィッツは愕然とする。
2匹のハイウルフがぶつかり落ちた場所は、フィッツの目の前だった。しかもその2匹を新しい飛び石にして、1匹のグレイウルフが真上を飛び越えて行く。叩き落とそうとするも間に合わなかった。
次に来た魔物を叩き落とすことは出来たが倒すには至らず、まだ息がある故に掃除スライムはゴミと判断せずに避け、結果的に新しい飛び石を作っただけでしかなかった。
このままでは。フィッツがそう思った瞬間、何かが崩れる音が背後から響いた。壊れた門に積んだ馬鹿の積み荷だと気づいた。
振り向く。中身がスライムでなかったことに一瞬安堵し、次いでグレイウルフが門の向こう、外縁区の中に居ることに絶望する。
「抜けられた!」
その言葉にフィッツは膝をつきそうになる。自分が飛び出したせいで。一度崩れたものは、簡単には元に戻らない。後悔に苛まされながら視界に入ったのは、侵入を許したことを知らせるため、空へ撃ち上げられた炎魔法と、次々と外縁区へ侵入していく魔物の背を呆然とただ見送るだけの冒険者たち。
その姿に、フィッツは怒りを覚えた。立ち尽くす冒険者にだけではない。膝をつきそうになった自分にもだ。
振り向き様、自分へと向かっていたハイウルフの鼻っ面へ大盾を力の限り叩きつける。そのまま地面へ、わざと音が大きくなるように。固いものを潰したような感覚。痙攣するハイウルフの体へ、スライムが寄っていく。
一瞬生まれた静寂にフィッツは叫んだ。
「止まるな! これ以上行かせるんじゃねえ! 冒険者ならしくじったまま終わるな!」
空白を埋めるように喧騒が戻ってくる。小剣を取り出し、魔物へ飛び掛かる盾持ちの冒険者がいる。下へ降りて剣を振るう衛兵の姿もある。門の内側で魔法が炸裂した音がする。
連携も何もない乱戦。フィッツもまた無我夢中で大盾を振るった。
※
魔物の死骸が増えていくにつれ、スライムはその処理へと集っていき、足元にも余裕が出来ていった。
それでも、増えていくウルフ系統の魔物と、足の速さの関係から遅れて現れ始めたその他の魔物に、対処しきれず何匹も通過させてしまう。
だが冒険者たちはもう、そのことで止まったりなどはしない。
1匹通せば外縁区の被害は増える。
だが、それでも。1匹でも多く倒せば、その分被害を減らせるということをもうわかっていた。
※
その後、冒険者たちは知ることとなる。
最初の侵入を許したほんの少し前に、外縁区の避難が完了していたことを。
本当の主力は門の中に居たことを。
最も有望な新人冒険者が、最も有望な冒険者になったことを。
彼らは知らない。
ダンジョンがふたつ生まれていたことを。
そこで人知れず戦った者が居たことを。
というわけで大盾持ちだけで1話使ってしまいました。
次回は10.3話、外縁区内です。




