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なぜ幼女から説教されなきゃいけないのか問題。
まあね、俺もどうかと思いはしたのよ?
でもね、ぶっちゃけ面倒くさかったのよ。だからまあいいかってそのまま飯食いに来たわけよ。おかみさんも常連客たちも「まあシロウだし」みたいな感じで何も言われなかったし。
ところが、学校から帰ってきたリーニャがこちらを見るなり「シロにゃん、おすわり」と言って今に至る、というわけだ。
俺? 正座ですけど何か? 慣れ親しんだ座り方なんで辛くないけどな。ホントだぞ? 前の世界で嫌と言うほどやったからな。いや、やたらと俺を目の敵にする奴が居てだな……。
「……で、誰なん?」
……現実に引き戻されてしまった。リーニャが視線を正面に向けたまま、こちらへ質問を飛ばす。俺が床に正座している為、目線の高さが同じくらいになっている筈だ。
兜と。
リーニャの言葉に、改めて今かぶっている兜について考えてみる。
……。
……。
うん、わからん。何せ、いきなり背後からライドオンだからな。ただわかるのは、圧倒的質量の柔らかいものの持ち主だということだけだ。そう言えば、ここに入ってきた際に常連どもがやはりデカいだなんだと言っていたのは、これのことだったのか。
「誰なのかさっぱりわからんな」
素直に言い放つと、周りから「え?」とか「おい!」とか「知らんのかい!」とかツッコミが入った。常連客からもツッコまれているあたり、この店から着実に大阪ソウルが広がってきてるな。まあ「誰かわからないのに何で平然と乗せていられるんだ……?」という呆れ声も混ざっているが。
ちなみにこの兜、騒ぎの原因だというにも関わらず、現在カレーを黙々と食っている。俺の。
「おい、俺のカレーを食うな」
「……この癖になる辛さ。止められるわけがない」
「おい!」
思わず顔を上げる。質量兵器に襲われた。擬音にすると「もゆん」だ。
「おお……」
「……シロにゃん?」
「あ」
しまった。意図せず声が漏れてしまった。そそくさと正面を向き、何もしてないですよという顔で姿勢を正す。正面を向く際には「ゆあん」ときた。おおお。
「……シロにゃんはおっぱいが好きなん?」
「ああ。どうやらそうらしい」
偽ることのない俺の素直な気持ちだった。否定することは失礼にあたるとさえ思った。だって初めてなんだもの。なにこの感触。前の世界に「人をダメにするソファー」ってのがあったが、もしかするとそれに匹敵するかも知れなかった。いや、確実にこれは人を、いや、男をダメにするやつだ。
「俺は、おっぱいが、大好きだ」
言わざるを得なかった。いま俺は、人生で最も真剣な顔をしているかも知れない。正座で、頭上では質量兜がカレー食ってるけど。
俺の宣言に常連の一部から拍手が起こる。主に男どもからだ。逆に女性の常連からは「うわ……」だの「サイテー」だの「子どもに何言ってんの……!」だの「わかる!」といった声が……最後のは何だ?
俺の宣言を正面から受けた猫耳は「おお……」と眠そうな目を少しばかり見開き、ぺちぺちと幼女らしい拍手を鳴らす。
そして、何かを箱に入れるような振りをすると「でもそんなんはどうでもええねん」と一気に放り投げた。
「えええぇぇ?」
「シロにゃんはかっこええと思って言ったかも知らへんけど、おっぱいのきらいな男子なんていないと思いますー」
「おいなんで今ちょっと学級会口調にした」
「シロにゃんはだまっててくださいー。もんだいはそこじゃないですー。シロにゃんはすぐ話をそらすクセをどうにかした方がいいと思いますー」
ちょっとイラッとした。
「……ごちそうさまでした」
そしてさらにイラッとする言葉が頭上から降りてきた。
「おい! 俺のカレー!」
「大丈夫。残してある」
「……なら、まあ。ってひと口分しかねえ!?」
しかも、ご丁寧にスプーンに乗った状態で。それなら全部食べられた方がマシだった。だが、今のやりとり中にも「ふにん」が数回あったので許してしまうかも知れない。
「何なんだよもう……」
俺のカレーを遠慮なく……というか許可もなく……というか食べていいかと尋ねもしなかったな……完食するとか、いい加減誰なんだと問いたい。
だが、ここで誰何したら負けな気もする。
非常に悩ましい状況だった。
……が、面倒くさくなってきたな。よく考えたら誰でもいいような気がしてきた。「もゆん」は正義。きっとそれだけが真実なのだろう。
よし、投げるか。
「まあ、」
「まあ、誰でもええねんけど」
「え?」
だが、投げる言葉は俺より先に、正面から放たれた。見るとリーニャは正体不明の質量兜へびしりと指を突きつけていた。
「そろそろ交代の時間ちゃうかな!」
今まで聞いたこともない、真剣な表情と声で言い放つリーニャ。それに驚きはしたが、いや、待ってくれ。何言ってんだこいつ? 今までの俺への説教は何だったんだ?
「独り占めはアカンと思うんよ」
「む。でもあなたは今までたくさん乗ってきた。だからもう少し」
「ううん。確かに長さは大切やけど、何かを育むのは長さやないねんで?」
「むぅ……」
その何かってのは愛だな。いま関係ないな。というか、どこで覚えてきたんだそのフレーズ。
「もうカレーも食べたんやし、こーたいこーたーいー!」
それでも降りようとしないおっぱいに、リーニャが両手を振り回して交代を主張する。
……俺の意思は尊重されそうに無いなあ。そもそも、カレー、俺のだったんだけどね。腹へったなあ……。
「こーたーい!」
「むむむぅ……!」
その後も交代を要求するリーニャと、降りようとしない何者かのやりとりは平行線をたどっていたが、遂に痺れを切らした猫耳幼女が実力行使に出る。
「おーりーてー!」
「ぶっ!?」
正面から飛びつき、力ずくで引き剥がしにかかるリーニャ。剥がされまいとしがみつく謎のおっぱい。そして密着したおっぱいと、おなかやらふとももやらに挟まれ揉みくちゃにされる俺の首から上。正座で耐える俺。
周囲から「何だあれ?」「羨ましい」「むしろ妬ましい」「シロウ殺す」「私も揉みくちゃにされたい」「孫(娘)はやらん!」などと聞こえるが、俺、被害者なんですけどね? あと、とりあえず最後の親族ふたりはまず止めろよ。
その後もしばらくもちゃもちゃしていたのだが、あまりにも埒が明かな過ぎた。いい加減鬱陶しくなったのだろう、おかみさんが無言でふたりをふんづかまえ、強引に引き剥がした。
げんこつ付きで。
結果が今。すみっこで三人とも正座である。俺の髪はぐっちゃぐちゃのままだ。
たんこぶ付きで。
何で俺までと思ったが、まあこのくらいの理不尽なんて前居たとこじゃよくあることだったからな……。
「……おそらく、王宮の馬車にもひけをとらない」
「うんうん、せやねん。リエにゃんわかってるなあ。たぶん騎士団長よりも強いと思うんやんか」
「この場合『強い』は適切ではないと思う。でもわかる……!」
となりでは、小柄なふたりが意気投合していた。最終的に友情が芽生えたらしい。
その圧倒的な質量兵器の持ち主はリエラといって、肩口で揃えられた薄い藍色の髪に赤い瞳。リーニャと同じくらいの小柄な身体に似つかわしくないほどの胸部装甲。そして頭に一本の角。そんな彼女はどうやら冒険者ギルドの警備部に所属する職員であるらしい。そういや、常連の冒険者どもが「やはりデカい」とか言ってたな。「やはり」って。知ってたなら教えてくれてもいいじゃないか。
それはさておき、警備部って何だ?
気になって尋ねたところ、何でも少し前まで冒険者がギルド職員を下に見ている風潮があったらしく、その延長で色々な被害もあったそうだ。
て、最終的にギルド長がブチギレして依頼が滞るほど多くの冒険者をぶちのめした挙げ句、滞った依頼をひとりで片付けるという「ギルド長大暴走事件」が発生。その後、ギルド長がキレるほど酷くなる前に規定違反や素行不良な冒険者を取り締まる部署が必要だと副ギルド長の提案によって急遽作られたのが、その警備部であるらしい。
……何やってんだギルド長。
まあともかく、リエラは最近その警備部に入った元冒険者なのだそうだ。冒険者時代は隠密、索敵、奇襲、そして最大火力を担っていたらしい。まあ、それは何となくわかっていたが。だって服装がどう見ても忍者なんだもの。しかも何故だか下はホットパンツのように短いマンガクノイチスタイル。何考えてんだ過去の転移者め。
で、そんなリエラに何で肩車をと尋ねたら、如何に俺の肩車スキルが凄いかを力説され、それにリーニャが同意して今に至るわけだ。
まあね、いいと思うんだ。仲良くなるのは。
でもね、何で当事者を抜きで俺の肩車についての取り決めを話し合っているのかな? 君らを毎日乗せるなんて、了承した覚えが無いんだけどね?
はあ……それにしても、腹がへったなあ……。




