日本人は未来に生きているらしい。
家電だ何だでよく聞く外国人からのコメントだが、俺がその台詞を見かけたのは漫画に関しての話だ。
とあるヒロイン全員人外のラブコメ漫画が、アメリカでチャートの一位になった。
これだけだとパンチが弱いかも知れない。だが、その後5巻だか6巻まで連続で初登場一位を獲得したり、同じ週に発売された某世界的大ヒットの忍者漫画を抑えての一位だったとしたら、どうだろうか。
「俺たちが本当に求めていたのはこれだったのか!」「日本人の頭の中はどうなっているんだ?」「日本人の前じゃ、肌の色なんて些末なことだって思わされちまうな」などといった反応の中にその言葉があったのだ。
日本人は未来に生きている、と。
「つまり何が言いたいかと言うと、特に何も無いんだ」
「はあ……はあ?」
「マジで。ただの戯れに言ってみただけなんだわ」
「え? お前は一体何がしたいんだ?」
「魔王討伐だけど?」
「はあ?」
「ん?」
「いや、魔王なんて居ねえし」
「うわあ……知ってた!」
「……ホント何がしたいんだ?」
そう言われると困るんだよなあ。
ブラックな職場で疲れはてた帰宅途中に不意打ちでトラックに轢かれ死んだと思ったら変な空間で自称神様的な奴にチートを貰って異世界転移した。
俗に言う「トラック転生チート異世界」だ。
……言わないか。厳密には転生じゃなくて転移だし。
兎に角、そういうことでこの世界に来たわけだ。
まあ、事前に神様的な奴から魔王が居ないことも聞いていたし、元の世界に戻ってもトラックに轢かれた続きなんで即死か、そうでなかったとしても欠勤したことをチクチク言われて追い詰められるかしか無いだろうから帰る気なんてさらさら無いしで、ぶっちゃけこっちに来るのに異論は無かったりするのだが、ただこっちに来ても目的が無かったりするんだよな。無い無いづくしだ。
でもまあ、ひとまずどうあれ生活していかなきゃならないのはどの世界であっても共通だ。俺みたいなブラック末端のクズ人間でも出来そうな仕事を紹介してもらえそうな場所、と尋ねた結果ここに来たんだが……。
「どんな人間でも登録して仕事が出来ると聞いたんですが?」
「いやまあそうだけどな……さすがにあんな話された後じゃなあ……」
目の前で困ったように禿頭を撫でる男。そのまま頭よりも太い首を掻いて「うーん」と唸った。
尋ねた結果辿り着いたのは結構大きな建物で、入ると木造の銀行と言うか郵便局と言うか役所と言うか……あ、ハローワーク? とにかくそんな造りになっていた。つまりカウンターが並んでいるあれだ。
で、入って一番人が並んでないところに座って「異世界から来たばかりでお金がありません。仕事下さい」と頭を下げて相手を見たら筋肉ハゲだった。
よく見たら他の、結構人が並んでいるところは女性だったり、力仕事の似合わなそうな優男だったりしている。
もう一度目の前を見る。筋肉ハゲだった。一人だけ何故カウンターに座っているのかがわからないレベルに、筋肉ハゲだった。そら空いてるわなと納得した。
「まあ言わんとすることもわかります。俺だったらお帰り願ってますね。だが事実だから仕方ない!」
とりあえず開き直っておいた。
そう、いきなりこちらの事情をぶちまけてみたのだ。第一声のあと詳細に。おかげで筋肉ハゲが頭を悩ませているのだが。
色々な読み物の世界じゃ、その辺りを何だかんだと理由を付けて隠すことが多いが、命と尊厳以外に失うものなんて何も無い無一文の身一つなんだから隠してもしょうがない。むしろアピールポイントに使えないかと思ったんだが……まあ、微妙だな。
「……異世界から来ようがどうだろうが、俺が無一文の身一つであることに変わりはないんで、そこはあまり気にしなくてもいいですよ。いつも通りでいいんじゃないですか?」
禿頭筋肉がうんうん唸って話が先に進まないため、フォローの言葉を投げ掛けて先をうながす。禿頭マッスルがいいのかそれでといった表情を向けてきたので笑顔で頷いておいた。
「……まあ、お前がそれでいいなら構わんが……」
納得いってないというのが微妙に残った顔をしつつも、ハゲマッスルはようやく仕事をしてくれるようだった。
「では改めて。ようこそ、ここは冒険者ギルド王都支部だ。そして俺は今回お前の担当をするグランドだ」
「異世界から来ました、シロウです」
仕切り直しの挨拶をしてきた禿頭筋肉改めグランドにこちらもお辞儀で返す。
「さっき話したように、異世界から身一つで飛ばされて来たばかりなので、お金も知りあいもこの世界の常識も何もかもありませんが、やる気だけは誰にも負けません。よろしくお願いします!」
「条件最悪だな」
呆れた顔をしながら、質の悪そうな紙に何かを書き込むグランド。年齢も聞かれたのでプロフィールだろうと思い、誕生日や趣味も言おうとしたらそれはいらんと言われた。志望動機もいらないらしい。まあ、生活費のためとしか言いようがないがな。
「で、得物は何を使う?」
「得物?」
「武器だよ。片手剣だとか槍だとかあるだろ」
言われて周りを見回す。確かに剣だの槍だので武装している者ばかりだった。なるほど。
「身一つなんで、この拳です!」
「……」
「……あと、蹴り?」
ため息で返された。いや見るからに丸腰だろ。そう言ったら短剣や暗器類があるかも知れないだろと言い返された。なるほど。
「じゃあ、魔法は?」
「は?」
再び周りを見回す。歩行補助用じゃない、見るからに魔術師っぽい杖を持つ人もいた。なるほどなるほど。
「魔法の無い世界から来たので使えないと思います!」
嘘なく真っ直ぐに答えたら長めのため息を吐かれた。
「あー、でもこの世界に来たことで何か使えるようになってるかも知れません。現にいま言葉が通じてるのはそれっぽい何かじゃないかと思うし」
「その辺りは適性を見る魔道具があるが……」
「おお!」
「有料だぞ?」
「無一文だっつうの!」
結局、得物も魔法も不明扱いの空欄にされたようだ。今後に期待だな。
その後、いくつかの質問を経て、冒険者としての登録があっさり完了した。審査無しだった。ギルド証は首に掛けるドッグタグに似ているが、本人認証のある魔道具……はもう少し上のランクからで、一番下っ端の新人はただの鉄製だそうだ。
「今夜泊まるところも泊まる金も、稼ぐための装備も魔法も無いとくれば……」
そう言いながらカウンターの下から何やら紙束を取り出しめくり始める。おそらくあれだ、依頼の類いだろう。
「まあ、この辺だろうなあ……」
何枚かの紙を束から抜き取り、こちらに見えるように置く。
おお、読める。でも書けと言われたら無理だな。自信がある。読めるけど書けない漢字ってのに感覚は近いかも知れない。ベタだけど「薔薇」とかな。
「見ての通り。だいたいが日雇いの力仕事だな。キツいが一日働けば安宿で一泊出来るくらいの額にはなる。宿によっては晩飯か翌日の朝食が付いてくるのもあるがまあ、そういう宿はだいたい長逗留の奴らで埋まってるから……そうだな、新人でも泊まれて部屋もさほど悪くなく、近くに安くて旨い飯屋もあるここなんかがいいんじゃねえか?」
途中から地図まで引っ張り出してまで説明してくれたグランド。一瞬「いいのか?」と思ったりもしたが、見ず知らずの人間へ気軽に地図を見せられる程度には治安というか世界情勢というかが良いのだと判断した。
まあ、どうあれグランドが面倒見の良い人間であることには違いないからいいか。
「ありがとうございます! じゃあ、その宿に泊まれて飯代も出るような仕事受けるんで手続きお願いします!」
「おし! じゃあこれ、依頼書な! 内容は単純な力仕事だ。裏にここから現場までの地図もある。ああ、あと完了したらサイン貰ってまたここに来いよ。報酬はサイン入りの依頼書と引き換えになるからな!」
「了解、んじゃ、ちょっくら行ってきます!」
グランドから依頼書を受け取って席を立つ。
「……ん?」
何か、来たときよりざわついてんな。そう思うや否や、どこからか「ギャハハハハ! テメエみてえなのが冒険者登録だと?」と嘲笑う声が聞こえてきた。声のした方を見てみれば、一番列が長かったカウンターに何故か列が無く、可愛い女の子職員の前で、十代半ばと思われる男女の2人組がゴツい男3人に絡まれていた。所謂、異世界転移・転生物の冒険者登録におけるお約束状態だ。
……うん、それ、普通俺に来ねえ?
変な理不尽感に苛まれるも、騒ぎの方へは行かずにそのままギルドを後にした。丸腰の俺が出来ることなんてねえし。
それに……と、今出てきた建物を振り返る。
銀髪の少女はさておき、黒髪の少年の方。あいつが着ていたのは、パッと見ちょっと周りから浮いてる程度だが明らかにこの世界のものではない、地球世界の、ブレザータイプの学生服だった。何処かはわからないが公立ではなく私立、しかもそこそこ良い所って感じがする。
あいつもチート能力貰ってるだろうし、どうにかなるだろ。
それに、こっちも服装がどう見ても地球産だし、出ていくと……というか向こうに見られると、余計にややこしくなるのがわかりきっていた。
銀髪美少女も付き添ってるし、腰には剣が吊ってあったし、俺みたいな転移じゃなくて召喚されたとかかな。
そう考えて疑問が生まれる。
魔王居ねえのに、こんな短い期間にふたりも、しかも片方は召喚だなんて、あの神さんは何を考えてやがんだ?
だがそれも一瞬。
気にしても何も始まらねえか、それよりも生活費だな、と足早に依頼書の現場に向かうことにした。
でもいいなあ。銀髪美少女が付き添ってて腰に剣があるって。最低限、衣食住とこの世界の知識についてのサポートがあるってことじゃないか。魔法適正の費用もあの銀髪が出してくれるんだろうし、ホント羨ましいわ。
これも良いところの学生様とブラック末端との格差かねえ。
何ともやりきれないものを飲み込み、向かう足を速めた。