98 二人の大司教
その直後、アイナさんがヴェールを取った。
その下にあるのは柔らかそうな碧色の髪と、笹穂のように尖った耳。
便利袋から黒いインゴッドを取り出し、スっとヴァルナさんに突き出した。
「エルフ、ですって、それとこれはもしかして、精霊鋼《イシルディン》……!?」
「イシルディンの精製方法を教えてさしあげます、それでいかがですか?」
「これが……精霊鋼《イシルディン》……!」
アイナさんから渡された黒いインゴットを手にして、わなわなと震えているヴァルナさん。
「遥か昔、エルフがアダマンティウムを目標にし、ミスリルを元に作り出した精霊鋼《イシルディン》。エルフの幽居によりその製法も失われ、文献上だけの存在となりました。その製法を、我々に教えると仰るのですか?」
「ええ、その通りです。その代わりに、ランク深緋のアダマンティウムを七本、それとアダマンティウムを加工できる鍛造炉を貸してください」
一つのことに集中すると、周りのことが見えないアイナさんは交渉事に向いてない。
だから彼女は最初から最大なカードを切った、自分の要求と共に。駆け引きなど、足元を見られるなんて端から気にしていない。
俺たちのパーティに入った時と同じように、ただひたすらに全力で求める。それがアイナさんだ。
「しかし……」
「個人的な譲渡はしません、勿論製品の売買も」
「……そこまでして、一体何の為に?」
「大切な人の力になるためなんです」
惚れ惚れする真っすぐな目付きで、アイナさんは言い切った。
その後ろ姿は、真っ直ぐさ故にいつもより大きく、そして凛々しくも感じる。
ヴァルナさんは顔を顰め、何度ももじゃもじゃの髭をモミモミしている。どうやらそれが悩んでる時の癖のようだ。
それも仕方ない、と思う。
鍛治には詳しくないが、ヴァルナさんの口ぶりからアイナさんの要求は破格だということはわかった。
しかしアイナさんが出した条件もまた破格。
アダマンティウムは人間が加工できる最高の硬度を持つ金属と言われ、最高級品なのは間違いない。
しかし流通量がコントロールされて、さらに個人の譲渡も禁止されたら、一般人では目にすることすら不可能だろう。
それは恐らく、ドワーフ自身もだ。
それに比べて、ミスリルから精錬されたイシルディンは今まで精製法が謎だったが、量産さえできれば、コストこそ高いけど、金があれば手に入る。
イシルディンの武具は鋼を上回って、龍鱗すら切り裂く、魔術との親和性も高い。探索者達が喉から手が出るほど欲しい一品だ。多大な利益を齎してくれるのは目に見えている。
やがて、ヴァルナさんはもじゃ髭から両手を抜き出した。
「……これについては、自分には決める権限がありません、どうか一緒に我が国に来てくれませんか?」
悩んだ末に、ハスキーボイスで答えた。
こうして、俺たちはドワーフの国、ヴァルガン国に向かう車中の人となった。
「本当にいいのか? エルフの技術を譲渡してるの」
馬車の中で、俺はアイナさんに聞いた。
ヴァルナさんは元々俺達を迎えるためにこの都市にやってきた。だから勿論、送迎用の馬車も用意していたのだが、神託に上がったのは俺と姉さんの名前だったため、馬車はさほど広くない。
幸いルナは小柄だし、アイナさんも一部を除いて全体的に小さいめだから、少し狭苦しいけどなんとか全員入れた。
ヴァルナさんは自分の馬に乗って先導している。
自由都市ガルーダの南西は一面の荒野で、そこからさらに進むと山脈地帯になりつつあるから、一般人では特に近寄れないが、ドワーフとの貿易のため、舗装された道が続いている。
あれ、もしかして俺たちもビャクヤに乗って並走すればいいんじゃ……?
と、言うのはさて置いて、今はアイナさんのことだ。
技術っていうのは、何も個人で所有するものじゃない。
いくらアイナさんはエルフの国随一の職人だったとしても、それが個人の一存で技術譲渡していいとは決してならない。
勿論、正確的に言うともはやエルフじゃなくなったから、エルフのルールに縛られなくてもいいけど……。
「ええ、勿論エルフの掟では、勝手に技術を外に漏れてはいけないことなんですけど……」
「それじゃ」
「でも、私はもうエルフではありません。いいえ、それは別に今は……ということではありません」
アイナさんは馬車の外に一瞥した。さすがにここでリッチの事をばらすわけにもいかない。
「今の私は、エルフであるより、フィレンさん、そして皆さんの仲間なんですから」
嬉しそうに微笑むアイナさんを見て、これ以上言うのは野暮だろうと、彼女の気持ちに心底から感謝を込めて、俺も笑い返した。
「そうだな、ありがとうアイナさん」
「いえいえ、フィレンさんの剣、楽しみにしてくださいね」
数時間後、見渡す限り一面の荒野だった地平に、一縷の黒い線が現れた。
地平線の先まで続いてる大きな地溝が荒野を切り裂き、ところどころ地面が割れ、落差数十メートルの崖が林立している。
俺達の馬車は迂回して崖を避けながら、ゆっくりと地溝の底へ下りていく。
どれくらい経ったのだろう、周りがすっかりと暗くなって来た。
まだ午後のはずなんだけど、地溝の底は両側に聳え立つ断崖に挟まれ、道の幅は決して狭くないが、気が遠くなりそうな険しい崖壁のせいで、空がひとつの線にしか見えない。
延々と地溝の底を走ったら、崖壁に亀裂みたいな洞窟が現れた、どうやらそこがドワーフの国への入り口らしい。
さすがドワーフの国だ、これは外から侵略するのは無理だろうな。
俺たちはヴァルナさんの後に続いて洞窟に入った。
ドワーフの国ヴァルガンは、地中空洞の中にある巨大な都市だ。
外見は人間の都市とさほど変わらない、ただ城壁がなく、代りに金属と石で作られた檻があった。
こんなところに外敵が来るわけもなく、智慧無きアンデッド相手ならむしろこれのほうが修繕しやすいだろう。
都市に入ったら、それはもうモジャモジャのもじゃ三昧だ。
男も女も、老人も若者も、皆髭もじゃ、さすがに子供はモジャモジャじゃないけど。
ただのファッションだけじゃなく、もしかして何か宗教的な理由でもあるのかな?
そして俺たちは、ついに目的地のドルディン神殿についた。
馬車から下りたら、俺たちを迎えるのは二人のドワーフだ。
一人は燃えるような赤色、もう一人は輝く金色の髭と髪。
二人ともヴァルナさんと同じ赤と金色のローブを纏い、その下にあるのは重厚なフルプレート。連れの数人のドワーフも鎧姿で、神殿よりも詰め所に見えて仕方ない。
髭のせいで年齢がわからないが、赤いドワーフの目尻に刻むたくさんの皺から見ると結構な歳。対して、金色のドワーフは太く精強な四肢を見るに壮年のようだ
俺たちに遅れて、ヴァルナさんは馬から下りて畏まった様子で二人に一礼した。恐らく神殿の偉い人だろう。
「ドルディン神殿の大司教、ザザ・ガーネットと申す」
赤いの老いたドワーフが名乗った。それに続いて金色のドワーフは――俺たちを睨みつく。
「女子供ばかりではありませんか、そのような者は本当にあの都市をなんとかしてくれるのですか?」
金色のドワーフの言葉に、俺は眉を顰めた。
若いと言われるのはよくあるが、子供と侮られるとは思わなかった。
「ガーネット大司教、やはりこの件は再考しては如何かと、何よりこの者達は不遜にも我々の至宝を――」
「まあまあゴルディア大司教、まずは話を聞いてはどうじゃ?」
赤いのドワーフ――ガーネット大司教が金色のドワーフを宥め、俺たちに向き直った。
どうやらこの二人が神殿の責任者か。ドルディン教会には詳しくないが一つの神殿に大司教が二人なのはよくあることなのか。
「話はヴァルナ君から聞かせた。エルフの方よ、精霊鋼《イシルディン》を検めさせてもらえぬか?」
ガーネット大司教がアイナさんに言った。
アイナさんからイシルディンのインゴッドを受け取り、「鑑定しても構いませんか」って断ってから鑑識の魔術を唱えた。
魔術の結果を読んだ後、ガーネット大司教は静かに頷き、心なしか顔の皺がさらに深くなった。
「ふむ、どうやら本物のようだな」
「ほ、本当に精霊鋼《イシルディン》なんですか、ガーネット大司教?」
金色のドワーフ――ゴルディア大司教は慌てる様子で問いだ。
「うむ、間違いない。疑ったようなことしてしまってすまなかったのう、エルフの方よ」
「いいえ、それで、ご検討をお願いしたいのですが」
「ランク深緋のアダマンティウムを、七本。それと鍛造炉の貸し出し、か」
「はい――」
アイナさんが頷く前に、金色のドワーフ――ゴルディア大司教に遮られた。
「ガーネット大司教、私は断固反対です。ドルディン様の賜ったアダマンティウム、しかもランク深緋をそんなに大量に渡すなんて!」
馬車の中でアイナさんに教えて貰った、鍛造の後では金色に輝くアダマンティウムだが、発掘された直後は赤かったらしい。質が良いアダマンティウムほどより深い赤色をしているから、その色によって薄桜、紅梅、薄紅、真朱、薔薇、紅殻、深緋と七つのランクが決められている。
深緋色のアダマンティウムは最も良質で、少しでも使えば切れ味がよくて刃毀れしない武器を作り出せる。
黒姫討伐で同行してた《デトネイター》のシリウスさんのハルバードもアダマンティウム入り武器で、ハーフドラゴン種の笹蟹織女を切り裂いた。
アイナさんの時代ではランクを問わずなら、金があればアダマンティウムを入手するのはそんなに難しくないのようだが、今はそうではないらしい。
反対するのも無理はない。
早口で声も大きくしているゴルディア大司教とは対照的に、ガーネット大司教は髭をゆっくりと撫でて、ヴァルナさんを見やった。
「ふむ……ヴァルナ君、君はどう思うかね?」
「正直申し上げられても宜しいでしょうか?」
「構わん」
「彼らは元々ドルディン様が指名したお客ですし、それに精霊鋼《イシルディン》がもし文献上のようなものだとしたら、十分かと」
いきなり話振られたヴァルナさんは、しかし動揺することなくすらすらと答えた。
ゴルディア大司教は金色の目を精いっぱい見張って怒鳴る。
「ヴァルナ君ッ!君はそれでも――」
「――しかし理に適っとるな。何せドルディン様のご神託は彼らの協力を求めること、ならばそれが我々の役目じゃ。それに精霊鋼《イシルディン》は我々も尽力して再現しようとしたものじゃ。それが叶ったらドルディン様もきっと嬉しかろう」
「し、しかし精霊鋼《イシルディン》のスペックはあくまで伝説上のものかと……!」
「では、伝説でなければ良かろう。試して良いかね?」
ガーネット大司教に視線を向けられて、アイナさんは静かに頷いた。
「ヴァルナ君、剣を」
ガーネット大司教は自分のではなく、ヴァルナさんの長剣を手に取り、
「はあああああああああああーーー!」
老体から想像できないほどの大声を発し、力いっぱいに、黒いインゴッドに斬りつけた。
キーンって耳に心地よい音が響き渡った。
「強化された龍角の剣で傷一つないか、それとこの魔力を直に感じるほどの魔術親和性……ふふふ……はははははは!」
無傷のイシルディンを見て、突如大笑いし出したガーネット大司教。
魔術親和性とは、即ち強化を受けられる容量だ。親和性が高いほど、より強くより多くな強化を施される。イシルディンはミスリルの親和性を維持しているから、鋼鉄や龍鱗の比べではない。
「素晴らしい、文献以上ではないか!これほどのものを、我々ではなくエルフどもが千年より前に作り出したとは、まったく情けないのう、不甲斐ないのう!ふわははははは!」
口では不甲斐ないなどと言いながら、頗る機嫌がいいようで高笑いする。
高齢なはずのガーネット大司教の変わりっぷりに、俺たちは目を見張ったが、ヴァルナさんはそんなガーネット大司教見慣れているようで、特に顔色を変えていない。
「良かろう、アーデル殿、いや、探索者の方々よ、お主たちの条件を飲もうではないか」
「ガーネット大司教……!?」
「ゴルディア大司教、これはドルディン様のご神託じゃ。それに精霊鋼《イシルディン》のスペックはこの儂が保証する以上、異論はあるまい?」
「ぐっ」
なおも反対しようとするゴルディア大司教を一蹴、ガーネット大司教は言葉を継いだ。
「アダマンティウムの対価に、精霊鋼《イシルディン》の精製法を教えて貰えるのはこちらとしてもメリットがある話じゃろう。しかしそれでは坑道の異変を解決するにあたって、そちらの報酬は強化だけということになるじゃが?」
どうやら乗り気らしい大司祭はアイナさんじゃなく、俺に視線を向けた。
たしかに、アイナさんの申し出は今回の報酬に含まれないのだが、
「それで構いませんよ」
正直寄り道な上で胡散臭い事件なんだけど、神様がわざわざ俺たちを指名した原因が気になる。
勿論ドルディン神殿が神託を偽った可能性もないわけじゃないが、その場合は俺たちを陥りたい相手の正体を探る必要があるから、どのみち神殿を探らねばならない。
「そうか、礼を言う、アーデル殿。それで、探索者の流儀で契約書でも書くのかね?」
「ああ、それでお願いします」
別に大司教を信用してないわけじゃないけど、ビジネスの話だからちゃんとしなきゃ。
連れのドワーフが探索者ギルドが常用している、サインをした両方に強制力が発生する契約書を持ち出した。
「随分用意が良いですね」
まるで俺たちが探索者だということを事前に知っていたみたいだ。
「神託にお二方の名前が出てから少し調べさせて貰ったのじゃ。どうやら高名な探索者でね、こちらとしても、そのほうが安心じゃ」
その割には随分と侮った態度を取っている方もいるようだが。
「ところで、そういう神託ってのはよくあるのですか?」
「と、言うと?」
「俺達のような部外者の名前が出てくるような……」
「……いや、災厄か大事な時によくご神託を下さっていただけるが、特定な方の名前が出てくるのは、少なくとも儂が知る限りでは初めてじゃ」
それは、よほど重大な事態で、しかも俺たちしか解決できないということなのか?それとも……。
なんだか腑に落ちないまま、俺は契約書を読んで、サインした。
「ではヴァルナ君、彼らを例の坑道に案内してくれたまえ。ふむ、これでようやく鉱山の問題を解決することができるのじゃ。実に喜ばしいことじゃのう、ゴルディア大司教?」
「あ、ああ……」
ガーネット大司教はローブを翻し、神殿の中に戻った。
途中から無言になったゴルディア大司教と一緒に。
やっぱりレア金属の装備ってロマンなんだよね。
ゲームの最終盤に最強武器を作るためいろいろ集める過程はいつもわくわくする。




