97 神託
ロビーには数人の旅人が居るが、一際目立ってるのは、一人の男性。
髭がもじゃもじゃで顔の半分を隠し、手足は大きいけど身長はルナと同じくらい、赤と金色のローブには火と鍛治を司る神ドルディンのシンボルがある。
「ドルディン教会の修道女、ヴァルナと申します、フィレン・アーデル殿、貴殿に御頼み申します」
低い声で、そう言われた。
「へ?」
修道女?どこ?
「では、説明を致しましょう」
髭もじゃのドワーフの……女性、ヴァルナさんは俺たちの部屋で、テーブルの向こうでハスキーボイスで話した。
ドワーフ、もしくは山小人は山脈か地底に暮らす種族。彼らは人間より頭二個分くらい低い身長を持ち、頑丈な身体と疲れを知らぬ四肢で山を渡り、地面を掘り、人間では到達すら難しい場所で都市を作り、独自の文明を育む。
そしてどうやら、男女とも髭もじゃのようだ。
エルフと違って、彼らと人間はそれなりの交流がある。と言ってもハーフリングのように人間社会に溶け込むことはなく、生まれてから手先が器用、金属関連のユニーク魔術を操れる彼らは質の良い装備を産出して、幾つかの都市に介して人間の世界に輸出している。
ここ、ガルーダもそんな都市のひとつ。南西にある鉱山の地下、ドワーフの国ヴァルガンとの交流が盛に、大きな収益を収めている。
「我々はここから南西に半日ほど離れてるヴァルガン鉱山の下にあるヴァルガン国の者です。この度は、フィレン・アーデル殿及びレンツィア・アーデル殿に、頼みがあって参りました」
「頼みってのはなんですか?」
「あの、そちらのお二方は……?」
ヴァルナさんはアイナさんとルナを見やる。
「パーティの仲間です、信頼できる人たちと思って良いです」
「そうですか、失礼しました。……ヴァルガン鉱山には、ミスリルを初め数多くな希有金属を採掘できる故、我々にとっては重要な鉱山だ。しかし、その産出量が三年前を境に、減少しています」
「それは、なぜでしょう?」
「鉱山の中に、変な空間が出現しましたからです」
「変な空間?」
ヴァルナさんの話によると、三年前から鉱山の中に「都市」が現れた。
「都市」というよりは、無数の建物群と言った方が適切かもしれない。
言葉通り、岩壁のあちこちから建物が生えてきて、山の腹に一つの都市が現れた。
どうやって現れたのかは知らない、どこの都市かも分からない、見たことのない意匠の建築と、見たことのない文字。
ただ整然と並ぶ街並み、人々がそこに暮らしているような生活用品の数々が、なんとなく「都市」って感じがした。
しかしそこに暮らしているのは人などではなく、ゴーストだ。
ゴーストがまるで都市の住人のように彷徨い、生前の行動を取っている。そして誰かが都市に踏み入れると、一斉に襲い掛かる習性を持っている。
どうやら普通のゴーストじゃないらしく、色々厄介な特殊能力を持ち、武器も効きにくい上で数も多い、ドワーフたちがかなり手を焼いたらしい。
「もしかして、ダンジョン化したのですか?」
「ダンジョンか、とはなんでしょう?」
聞き慣れない言葉に、ヴァルナさんが疑問を覚えたようだ。
まあ、一般人にとってダンジョンは「なる」ものじゃなく、元々そこに「ある」ものだ。
俺は今や《常闇竜の峡谷》と呼ばれ、スロウリ峡谷がダンジョン化した経過を話した。
「そんなことが……ドラゴンの力とは、実に恐ろしい物です」
「それで、もしかしてそちらの鉱山もドラゴンが棲みついたなんじゃないかと思いますけど?」
「ふむ……いいえ、それはないでしょう。私も一度坑道に降りたことありますが、ドラゴンの魔力を感じません。それと、アンデッドだけのダンジョンも聞いたことありません」
「それもそうですね」
「それで、都市が現れたのが、我々の一番産出量が高かった坑道ですから、早急な解決を願いたいわけなんですが」
一番大事な坑道が占拠されて産出量がガクッと減って、ドワーフにとっては死活問題だ。
それに、自分の縄張りが長期占拠されて、矜持の問題もある、と。ヴァルナさんが補足した。
それは、彼女の不機嫌そうに皺ばむ顔を見れば分かる。
「話は分かりましたが、それでどうして俺たちに? それに、どうやって俺たちがここにいると分かったのですか?」
この都市についてまだ二時間も経ってない。
なのにもう宿まで知られてるなんて、割と憂懼すべき事態なんだが。
「それは、ドルディン様の神託です。この日に、ガルーダに訪れるであろうフィレン・アーデル及びレンツィア・アーデルの協力を求め、鉱山に起きる異変を解決に導け、と」
『は?』『え?』
俺と姉さん、そしてアインさんとルナの声が綺麗にハモった。
「えっと、それはドルディン様が俺たちの名を?」
「はい、半月前に、ヴァルガン国の神殿にいる全ての修道女が同じ神託を受けました」
「それはまた、光栄なことで……」
大昔に神々はこの世界にいたが、どういうわけかこの世界から去っていった。
しかし神々は死んでいないし、人々を見捨てたわけでもない。その証拠にプリーストなどの聖職者が今も神から神力を授けられ、リースのように生まれてから神力を持ってるフェイバードソウルも居た。
ヴァルナさんみたいな修道女も聖職者の一つで、神からのありがたいお言葉――神託を受け取ることができる。
「では、お力添えいただけますと?」
「ふむ……」
元々ドワーフと話付けたいから、この依頼はまさに渡り船、なのだが……どうも胡散臭いというか、まだ話してないことがありそう。
「一つ聞きたいことがあるのですが」
「なんでしょう?」
「さっき、『都市』が現れたのは三年前って言いましたよね、なんでこんな長期間もミーロ教会が介入してこなかったのです?」
太陽神ミーロの教会は人間の間に最も信仰されていて、その影響力も莫大。
一国にも匹敵するほどの武力を持ち、ミーロ騎士団といえば対アンデッドのエキスパートだ。
アンデッドが現れたら、まずミーロ教会に行けってのはこの世界の常識。それにミーロ教会は積極的にアンデッドを狩るのが有名で、たとえこっちから行かなくても、向こうからアンデッドを嗅ぎつけて介入してきたことも多々ある。
産出量が最も多いの坑道がアンデッドに占拠されたのに、ミーロ教会の協力を仰がないのは少し理解できない。
「それは……詳細はよく分かりませんが、我々の中にも色々意見がありまして、ヒューマンの力を借りるなど沽券にかかわるという方も少なからずいます」
「なるほど」
つまり面子の問題ってことか。
それでも理由としては少し弱い気がするけど、なんせドワーフ内部の事情だ、これ以上踏み込んでもまともに教えて貰えないだろう。
俺は皆に振り返った。姉さんとルナは頷き、アイナさんは今か今かと口を開こうとしている。
悪いけどもう少し待っててもらおう。
「では、こちらから幾つかの頼みたいことがあります」
「聞かせてください」
「まずは、アダマンティウムの強化を頼みたいのです、ドワーフならその術を知っているかもしれないと聞きましたけど、どうでしょう?」
「アダマンティウムの強化……はい、確かに我々はその術を掌握しています」
後ろからガーンの音が聞こえてきたようだ。
強化に長けるエルフとして、自分の知らないアダマンティウムの強化の方法を、ドワーフが掌握しているのがよほどショックのようだ。
まあアイナさんは千何百年も眠り続けたから、その間にドワーフが進歩したと言う話だけだろう。
今のアイナさんの表情が気になるが、俺は言葉を継いだ。
「では、報酬として手配してくれますか?」
「問題ないと思います。では、他には?」
「アイナさん、あとはお願い」
「はい!」
何かドワーフに対抗意識を燃やしたようで、アイナさんは力強く返事して、一歩前に出てヴァルナさんを睨み詰める。
しかしアイナさんは俺がプレゼントした鬱金色のヴェールで耳を隠しているから、エルフには見えないはずだ。だからヴァルナさんはアイナさんの心情など知るわけもないので、少し戸惑っているようだ。
「フィレンさんのパーティメンバー、アイナリンドと申します。ヴァルナさん、折り入ってお願いしたいことがあります」
「ええ、聞かせてください、アイナリンド殿」
「ランク深緋のアダマンティウムを、七本を譲ってください」
ヴァルナさんは目を見張った。
深緋とか、七本とか、たぶん鍛治に関しての専門用語なんだけど、俺にはチンプンカンプンだ。
しかしどうやらヴァルナさんには分かるらしい。
聖職者といえど、ドワーフであり火と鍛治を司る神ドルディンの関係者だから、鍛治についてある程度の知識を持っているのだろう。
そしてそんな彼女には、アイナさんが言ってたことは酷く癇に触ったらしい。ヴァルナさんはアイナさんを睨み返した。
「アイナリンド殿、どういうわけか知りませんが、幾らなんでもそれは欲張り過ぎるなのでは?」
「金なら出しますよ」
「そういう問題ではありませんっ。アダマンティウムの年間輸出量はランクごと国によって定められて、それと個人的な譲渡売買も禁じられています。自分が何年分もの最高級のアダマンティウムを要求しているのを分かっていますか!」
「なるほど、随分と制限が増えましたね」
「アイナリンド殿?」
アイナさんの要求はよく分からないが。とりあえず俺の武器のために、かなりの量のアダマンティウムが必要らしい。
しかし彼女はこういう交渉事には向いてない。
それにどうやら相手はアイナさんの対抗意識を敵意と見做しているようで、これじゃ交渉ところじゃない。
俺は姉さんを見た。姉さんなら、上手くこの場を纏めて円滑に交渉を進めるはず。
しかし姉さんは微かに首を振って、ここはアイナさんに任せるって目で言った。
「分かりました。ではこういうのは如何ですか? 私からある技術を譲渡、その代わりに先ほどの言った通りのアダマンティウムを」
あくまで要求を下げないアイナさんに、ヴァルナさんは口元を歪めた。
「失礼ですが、ヒューマンから何か技術を譲渡していただくわけには参りません」
言外では、ヒューマンごときにドワーフに教えることなど高が知れていると言っている。
その直後、アイナさんがヴェールを取った。
その下にあるのは柔らかそうな碧色の髪と、笹穂のように尖った耳。
便利袋から黒いインゴッドを取り出し、スっとヴァルナさんに突き出した。
「エルフ、ですって、それとこれはもしかして、精霊鋼《イシルディン》……!?」
「イシルディンの精製方法を教えてさしあげます、それでいかがですか?」




