95 それぞれの行く先
五章の最終話です。
もしよければ感想教えてください、泣いて喜びます。
プロイセン軍駐屯地強襲の数日後、俺たちはビャクヤの背に乗って、昼夜問わず全速で山道を駆け抜け、大撤退の集団が国境に辿り着く直前で追いつき、そのまま合流した。
国境をすぐ目の前にして、安堵した探索者たちが、殿を務めた俺たちの犠牲を感謝しているところに、だ。
隊商の人たちは俺達の帰還に大いに驚いた、腰抜けた人も居たとか。
そして結局プロイセン軍がなぜかブライデン町に来ていないとの報告に首を傾げた。
しかしその謎も、国境を越えたあたりで解けた。
対プロイセン連盟軍、つまりフォルミド王国が主導して、数あるルイボンド南部諸邦も参加している連合軍が、すでに国境を落した。
連盟軍は契約通り、俺たちを迎え入れた。
そこで、俺たちはプロイセンの現況を聞かされた。
プロイセンでクーデターが勃発、皇帝セルリン二世はクーデター派に弑された。
このクーデターは宰相ビスマルクが主導したもので、ブライデン人排斥及び虐殺、ポーラン侵攻等の暴政を行ったセルリン二世に政治的な責任を取ってもらい、退位を迫るとの行動。しかし紛争の中、最後まで抵抗を辞めないセルリン二世が死亡、クーデターは勝利を収めた。後胤がないということで、セルリン二世の姪が王位継承者に推された。
新しい皇帝はポーラン侵攻を初め一連の軍事行動を取りやめ、和平交渉を進む。ブライデン人排斥政策も破棄された。
軍事行動を取りやめると言っても、実際プロイセンの各方面の行動は悉く失敗している。
プロイセンのポーラン侵攻軍だが、コーデリア准将が本邦に召還されてから間もなく暴徒化して、ポーラン公国に大きな被害を齎した。
南部制圧に派兵した一万のプロイセン軍は、幾つかの町を粛正という名の虐殺を行って、指揮官であるコーデリア准将の死亡により、やはり一部の兵士が暴徒化、軍は今も事後処理に追われている。
《黒雲膏》と、プロイセン軍がアンデッドを呼び寄せることについては何も言及されなかった。
勿論それはプロイセンによっての情報管制だが、被害を受けたポーランが黙るはずもないので、これをネタに交渉を有利に進めるつもりなのかもしれない。
一方、ブライデン人を救助するために、プロイセンに介入している連盟軍もこの隙に戦争責任を取らせるため、プロイセンを会談に引きずり出そうと動いてる。
兵力減縮と領土の譲渡は避けられないのだろう。
もう一つ、コーデリア准将の死因は、面子のためか何なのか知らないけど、公になっていない。
恐らく今も秘密裏で下手人を捜して回ってるかもしれない。
しかしそれは、もうルイボンドから離れた俺たちとは関係のない話だ。
プロイセンの運命は別にして、無事にプロイセンから脱出を果たした我々大撤退集団も、それぞれの道へと進んだ。
探索者たちは、連盟軍の仲介で最寄りの自由都市が受け入れた。
隊商との契約はもう破棄されたから、商人たちと一緒に行動する必要はないが、大半の人は商人達と一緒にフォルミドに戻ると決めた。そして一部は暫くここで稼いでいこうのつもり。
さらに一部は、新しく出来たスロウリダンジョン(仮)――今は《常闇龍の峡谷》と呼ばれてるが――の開拓に参加したいとのこと。実際に潜った俺から言えば、あの性悪ダンジョンに潜りたいなんてよほどの物好きとしか言えない。
ブライデン町の人だが、ブライデン人は相互援助会に介して、予定通りルイボンドの南部邦に移民する。ここのところプロイセンの動きが怪しかったからその準備をしておいたとのことらしい。
その他――つまりルイボンド人――は、もう皇帝が代替わりして戦争も終わりそうだから町に戻りたいって人も居て、契約通りに他の邦に行きたい人も居た。
そして俺たちはと言えば、面倒事を避けるために、南からぐるっとルイボンドを迂回して東を目指す、のつもりなのだが、ローザちゃんのことがある。
ローザちゃんは、暫く自由都市に留まることにした。
コーデリアの死とクーデターは、彼女にとってあまりにも大き過ぎた。大事な姉が亡くなり、信じた価値が否定されて平気でいられるほど、彼女は強くない。
立ち直るまでに時間が必要だろう。
それに、彼女はブライデン人ではあるが、別に実家がブライデン町ではないから、他の邦に移住するわけにも行かず、プロイセンの実家と連絡してからこれからのことを決めることにした。無論、もしローザの家の人が移住を望めば、相互援助会も手配してくれるらしい。
弱まってるローザちゃんを一人にするのも心配だから、俺たちも彼女の行く先が決まるまで、一緒に自由都市に留まった。
そして一週間後、やはりというか、ローザちゃんはプロイセンへ戻ることになった。
プロイセンの未来は明るくないが、探索者のような根無し草と違って、一般人は気軽に生まれ育った場所から離れることはない。プロイセン皇室と縁があるチェルニー家なら、猶更か。
「ローザちゃん、元気でね」
ローザちゃんが出立する日、俺たちは彼女を自由都市の郊外まで送った。
彼女の後ろには数人の探索者。
どれも腕が立つ者で、きっと彼女を無事に実家まで送り届けるのだろう。
「はい、レンツィアさんもどうかお元気で。あの時助けてくれて、ありがとうございます」
「気にしなくていいわ」
綺麗な姿勢で頭を下げたローザ。
この一週間、同じ宿に暮らしていたが、俺はなんとなくローザのことを避けてた。
姉を殺した罪悪感もあるが、ローザを見ると、コーデリアの言葉を思い浮かべて、少し苛々する。
姉よりも、軍人であることを選んだのはコーデリアの選択、俺にそれを非難する資格はないってのは理性で分かっているが、それでも感情ではどうしても納得できない。
「ローザちゃん」
「はい、フィレンさん、なんでしょう?」
「これを」
俺は一つのお守りをローザに渡した。
今際の時、ローザの姉であるコーデリアから託された――わけじゃなく、軍人のコーデリアの死体から剥ぎ取ったもの。
「ダンジョンに潜った時、大尉が落としたもの……だと思う」
「えっと、あ、本当です。これは私が姉上にあげたお守りです」
「そうか、それはよかった。それと」
「はい」
「……強くなくてもいいから、元気で生きてくれ。大尉もきっと、そう願ったはずだ」
姉のようにならないでくれ、と言えなかった。
きっとコーデリアも、ローザも、チェルニー家の一員としての歴史があるのだろう。
ただ、邦の、皇帝のために、自分のもしくは他人の命を犠牲にできるほど、強くならなくてもいいと言う道もあると気づいてほしい。
「ありがとうございます、フィレンさん」
小さな手でお守りを握って、俺に礼を言ったローザ。
「《フィレンツィア》の皆さん、本当に世話になりました。この御恩は決して忘れません」
「真面目だね、じゃまた会える時、ローザちゃんにご馳走されようかな」
「はい、料理には自信がありますから、その時は招待させて頂きます。……ではいずれ、あらためまして」
「またね、ローザちゃん」
「じゃな」
「お気をつけて」
「ローザちゃん、バイバイ」
小さくなっていくローザちゃんの後ろ姿を見送って、俺は人知れず溜息を吐いた。
いや、少なくとも、一人は知っているのだろう。
「フィー君、私たちはできることをした。全部背負う必要はないのよ?」
「ああ、知っているよ、姉さん」
皆に振り返って、心配そうにしているルナと柔らかい微笑みを浮かべるアイナさんが目に入った。
「さて、俺たちも出発しようか」
五章はこれにて終わります。
プロイセンの夢は大勢な者の運命を変えた。
それに巻き込まれたフィレン達は、それでも精一杯自分の出来る事をした。
しかしフィレン一行に纏わる思惑はもはや止まらない。
自由都市群で、一つの答えが彼らを待っている。
次章、残影の都市。




