93 仲間と帰ろう
「ああ、大丈夫さ。その、一人で立ってられないから、ちょっと手伝ってくれ」
「あ、はいなの!」
ルナの肩を借りて、身長差のせいで少し歩きづらくしながらも、俺たちは元に場所に戻った。
戻ったらそこには、姉さんとブレイダ―君、アサシン君に三方向包囲されてるダークエルフがいた。
イージデ君はいつものようにアイナさんを守っている。
どうやら優勢に進んでいるらしい。
「フィー君、ルナちゃん大丈夫だったの?」
「ああ、もう大丈夫だよ」
「……なんでフィー君が大丈夫じゃなさそうになったのかな」
首を傾げる姉さん。
謎のダークエルフと対峙しながら、余裕綽々とこっちに話しかけている。
見れば相手は傷一つこそないが、表情から見ると決して余裕のある状態とは言えない。
「はあああ!」
ダークエルフは腕を多頭の蛇に変形させ、炎のブレスを放った!
姉さんが回避を行ってる隙に、アサシン君へ一気に肉薄。
アサシン君は距離を保ちながら後退したが、ダークエルフの背中から横幅数メートルもある白い翼が生えてきて、猛スピードで追いつき、大爪を振り下ろす――の前に、ブレイダ―君の蛇腹剣に絡まれた。
僅かだが、その場に留まったダークエルフ。その背中に、姉さんの蹴りが風を切り裂いたように襲い掛かる。
「ちっ!」
仕方なく守勢に回ったダークエルフは咄嗟に大盾を突き出し、背中の翼も数本の触手になって姉さんに絡める。
しかしそれらは姉さんに一蹴された。
触手は《斬り丸》にたやすく切断され、大盾も砕かれ、蹌踉めくダークエルフ。
姉さんはさらに踏み込んで、回し蹴りで彼女を蹴り飛ばし――の直後、《絶影》を使って残像すら残さない紫電の如く右腕を伸ばし、ダークエルフの足を掴んだ。
「そら!」
ガッと、容赦の欠片もなく、敵を毛布のように地面に叩きつけた。
勿論、それは容赦なんて生ぬるいことができるような敵じゃないからだ。
ナタボウを握る。
すると、ダークエルフの頭のところに紫の光が見えた。
やはり、欠片の適合者か。
大盾、大爪、翼、それとあの再生能力は食人鬼、いやそれ以上のものだった。混合獣も真っ青の、次から次へとモンスターの能力を思うままに駆使する能力、普通の変化系魔術では考えられない。適合者でなければ説明できない。
「今のは……痛かったわ……」
「良かった、次はもっと痛くにするわ。アイナさんを襲う事、それとルナちゃんに傷つけた事を後悔させてあげる」
常人なら全身が言葉通りバラバラになってもおかしくない衝撃を受けて、血潮を口から飛び散らせながら、ダークエルフは未だ無傷のまま。
切断された触手も、大盾と共に砕かれた左腕も、凄まじい再生を遂げて元通りになった。
おそらく外傷に限らず、臓器へのダメージも回復できるのだろう。でなければ最初の姉さんの肘鉄で死んでいたはず。
しかし、無傷と言えど、それは痛覚を感じないというわけではなさそうだ。何度も痛めつけられ、敵に手も足も出ない状況に、ダークエルフは精神的に相当追い詰められてるはず。
普通の相手なら、たとえ技量で勝らなくとも、その驚異的な再生力とスタミナで摩耗させれば、最終的に圧倒できるのだろう。しかし生憎こちらはアンデッドとゴーレム、必要とあらば時の果てまで付き合っても構わない。
だから姉さんもさっきからあえて挑発的な態度を取って、逃がさないように敵をイラつかせ。確実に仕留める様に。
「なあ、あんたらがフィラなんちゃらって探索者か?」
「今更それを聞くの?そういう貴女はゲゼル教国の者なんでしょう?」
「なっ、どうしてそれを!」
どうしてもなにも、ルナのことを狙ってるし、さっきエンマって言ったし、もう分からない方が難しいだろう。
しかし彼女が俺たちを知っているということは、やはりソーエンの一件で狙われたのか。パーティを間違ったのは俺たちの情報はまだ不明瞭……もしくはこいつが馬鹿だからか。
「はっ、さてはカマ掛けたな!小癪な真似を!」
カマ掛けるまでもないわ!とツッコミたいけど、まだロクに動けないし、変に目付けられても困るから黙っていた。
姉さんも呆れてる感じでため息をした。
するとダークエルフは自分だけで何か納得しているようで語り始めた。
「そうか、知られたには仕方ないわ。あたしこそが、ゲゼル教国の幹部、《蝕の卓》第十位、アノーラ・ディスモーフォビア!」
「幹部、ね。まさか偉い人がルイボンドまで来ていたとは」
「ふん、他の人はあんたらを見失ってるけど、あたしは一味違うってことよ」
いや、さっき派手に戦ってるみたいで来てみたらラッキーって言ったじゃないか。
完全にまぐれだよな。
「さっさとぶっ殺してテンセイノミコを連れ戻したいけど、さすがジューオンを負かしたヤツだね、あたしも本気を出さないと」
また、何か奥の手を隠しているのかと、姉さんが身構えた。
「ったく、これは可愛くないから使いたくなかったけどよぉ……にゃあああああああ!!!」
変な声を上げながら、ダークエルフ――アノーラの肩から、もう一つの首が生えてきた。
それと同時に両腕が急速に肥大し、男性の胴ほどもある、灰色の荒毛に覆われた巨人の腕になった。
さらに、背中からも同じような二本の巨腕が伸びてしまい、合わせて四本の腕となった。
「双頭巨人か!」
双頭巨人とは名前の通り、一つの胴体に二つの頭がある巨人である。
しかし目の前のダークエルフは、あくまで元の姿の上に、もう一つの頭部と四本の腕を付け加えて、酷くバランスの悪い姿になっている。
顔が整っているだけに、その姿にはなんとも言えない醜悪さがあった。
なるほど確かに可愛くない。が、先ほどまでの触手とかも可愛いとは程遠いと思うが。
「ぶっ潰れろ!」
俺の考えと関係なく、アノーラは姉さんに突進し、首よりデカい四つの拳が姉さんに襲い掛かる!
「呆れた。腕を増やしてどうにかなるって思ってるのかしら?」
つまらなそうに哂って、姉さんその場から消えた。
最初の拳を掻い潜って、二本目を横から殴りつけ、三本目にぶつけさせる、そして四本目の腕を踏み台にして跳躍。
一連の動きには舞踏のように極限まで洗練された美しさと猫科のような機敏さがあった。
「《飛燕》・コンパクト!」
アノーラの真上で前宙転、踵落としで首を切り落とした。
アンデッドとゴーレムはともかく、生き物であるかぎり、首が落されて無事なはずがないが、彼女は残ったもう一つの頭で雄叫びを上げる。
「まだまだあああああ!」
四本の腕は空中の姉さんを捕まえて、地面に叩きつける!
ドンっと、土砂を巻き起こした衝撃の後、姉さんはしっかりと二本の足で大地に立っていた。
「ふふ、力比べしたいかしら?」
アノーラの巨腕は姉さんのきめの細やかな腕に絡められて、ビシビシと筋肉組織が壊れた音を出している。
「ぐぬぬ……一体何なんだあんたはぁぁぁぁ」
やがて、剛毛に覆われた腕がバギッと派手な音と共に折れた。
「これで終り?」
姉さんが残ってるもう一つの首に手を伸ばすと、アノーラはさすがに慌てたが、翼を生やして上空に逃げた。
黒い霧を鞭にして、その足を縛りつけ、地面に引き下ろそうとしたが、なんとアノーラは自分の足を切り落として、さらに上昇した。
「はぁはぁ……危なかったわ……なんて女だ」
「あら、逃げるの?」
「ぐぬぬ……逃げるとかじゃないの!いつかこのアノーラ様がボッコボコにしてあげるから、心の準備でもしておけってんの!」
「ふふ、でも貴女じゃ無理よ、もっと仲間を連れてきてどうかしら? そうね、エンマとやらの力を借りてもいいのよ?」
姉さんは露骨に挑発してるような、嘲笑いながら言った。
さっき、アノーラは「派手に戦ってるみたいで来てみた」って言った。
それはつまり、俺たちを追ってここに来たわけじゃない。
ここはフォルミドとはかなり離れているから、アノーラのような飛行できる者以外、ゲゼル教国の人もそんな簡単に追ってこないと思うけど、俺たちがここに居たという情報を与えたくない。
だから教国側に情報を漏らさないようにするため、姉さんはわざとアノーラを挑発した、それもどうやら彼女と仲があまりよくないエンマという人の名前を使って。
そして案の定、
「ふざけんな、あの野郎の手なんざ借りるか! てめえだけは、このアノーラ様が直々に殺す!」
捨て台詞を残して、ゲゼル教国の幹部と自称したダークエルフことアノーラは空に消えた。
戦闘が終わって、真っ先にこっちに向かってくるのはアイナさんだ。
転びながら駆け寄って、ルナを抱きしめた。
「ルナちゃん大丈夫?怪我は?痛くない?」
「あぅ、大丈夫、ぁぁん」
ペタペタとルナの身体を撫でまわし、どこか傷痕が残ってるじゃないかと心配しているをアイナさん。
そんな泣きそうな顔で心配されたら、ルナも突き飛ばすことなんてできず、なんともいえない嬌声を上げてる。
「アイナさん、そのくらいにして、ルナはどこも怪我してないから」
「そんな、でもあんなに大きいな風穴が、血がいっぱい出ちゃって」
「ああ、それはあとで説明するから、とりあえずもう大丈夫なんだ」
「ほ、本当に?」
アイナさん信じられない様子で、恐る恐ると上目遣いで訊いた。
「ああ本当だ、保証するよ」
「う、う、うわぁぁぁぁん」
突如脱力したように、ルナに抱きついたままぐったりと座り込んだアイナさん、そしてわんわんと泣き出した。
「良かったぁぁぁ、怖かったよぉ、ルナちゃん私なんか庇って、ひっく、死んじゃったらどうしようと思ったの、ひっく」
力いっぱいルナを抱きしめ、噎びながらボロボロと大粒の涙を流した。
そんなアイナさんを、少し困ってるように見えるけど、仕方ないと微笑んで頭を撫でるルナ。
「ルナちゃん、ひっく、もうあんな危ないことしちゃ、だめですよ?」
「えっと、それはちょっと、無理なの」
「うぅ、どうして?」
「だって、身体が勝手に動くだもん」
「でも私を庇ってもいいことなんてないよ?だってアンデッドですよ?リッチですよ?刺さられても死なないというか、死んだ方が世のためていうか」
「こらっ」
いつの間に近づいてきた姉さんが、アイナさんにデコピンをかました。
「そんなこと言っちゃだめだよアイナさん」
「ご、ごめんなさい、そうですね、レンツィアさんもスーちゃんもアンデッドなのに、私――いたっ」
デコピン二発目。
「そういうことじゃないでしょう?アンデッドとか関係なく、アイナさんは仲間なんだから、死んだら皆悲しむよ。ね、ルナちゃん?」
「うん、アイナさんが居なくなったら、あたしも、皆もきっと嫌だと思うから、身体が勝手に動いた」
「うんうん、仲間のピンチに身を張ったルナちゃんはすっごく偉い、私が認めるわ」
いい子いい子って言いながら、ルナの頭を撫でてる姉さん。
少し照れてるけど、ルナは素直に受け入れた。
命匣があるかぎり死ぬことは許されない、この面子でもある意味最も「不死」に近いアイナさん。彼女を庇うことは無駄というか、マイナスすらになりかねない。だが、それを意図的に戦術に活かすならともかく、突発の事態で、仲間へ向かう殺意を無視するのは無理というものだ。
きっと俺でも、姉さんでも同じことするのだろう。
勿論その場合、もっと上手く攻撃を逸らし、あるいはカウンターもできるかもしれない。
だからルナに落ち度があるとすれば、それは上手くできる技量を持ち合わせていないということだけだ。その志を否定することを、俺も姉さんも決してしないし、許さない。
「ナカマ、仲間……私なんかでも仲間に入っていいの?」
姉さんの言葉に、アイナさんは放心してるように、呆けてるような表情をして繰り返す。
「勿論だよ、フィー君の姉の座を譲らないけど、アイナさんは一緒に居て楽しいし、いつも皆のために頑張ってるし、それともアイナさんは、私たちと仲間じゃ嫌なの? それはちょっと寂しいなー」
「寂しいねー」
「ほらスーちゃんも一緒に」
『寂しい……です』
少し大げさに肩を落した姉さんは二人と顔を合わせ、ねーと言い合ってる。
アイナさんは慌てて両手を振った。
「そんな、恐れ多いというか、願ってもないです」
「じゃ、なかまー?」
「なかまー?」
『なかま……?』
姉さんと一緒に首を傾げたルナとスーチン。可愛い。ていうかいつの間にそんな息がぴったりしてるような芸当を。
「はい、仲間に入れさせていただきます!」
「うんうん、じゃフィー君も来て、仲間のぎゅーをしてあげよ」
「いつの間にそんな儀式が……」
俺が苦笑すると、姉さんが俺の手を引っ張った。
ルナは一足先にアイナさんに抱きついた。
「ごちゃごちゃ言わないの」
「アイナさん、とっても柔らかいの」
『ぎゅー……です』
俺は姉さんの側まで来て、四人でアイナさんを抱きついた。
思えば村を出てからずっと姉さんと二人だけだった《フィレンツィア》も、今やスーチンとルナ、あとアイナさんも居る、随分遠くへ来たんだな。
「皆さん、ありがとう……ございます、ひっく」
またもやボロボロと泣き出したアイナさん。
しばらく俺はそのひんやりしていて、柔らかくも張りがあるその身体を感じて、碧色の髪を撫でてた。
「それじゃ、夜の内にできるだけここを離れよう」
「皆のところに戻るの?」
「いや、山道のところに戻るだけ、そこで待とう」
「待つの?」
「ああ、プロイセン軍をな」
プロイセン軍の今の様子は分からない、恐らくもうアンデッドの大軍を駆除できたのだろう。
しかしコーデリアを亡き今、すぐに動き出すことはあるまい。
つまり、俺たちの足止めとしての役目はもう成功したと言っていい。
それならもう大撤退の集団に帰投してもいいが、俺たちは表向きでは、山道の入り口でプロイセン軍を食い止めるために残っていたのだ。
プロイセン軍がブライデン町に辿り着く前に、謎の襲撃により混乱に陥り、挙句に指揮官が亡くなったのは俺たちの関知することではない。
だから俺たちは、プロイセン軍がもう追ってこなくなったのを知らないふりをして、そのまま山道で数日ほど待たなければならない。
「そういえば、ルイボンドに入ってからずっとどたばたしていたな」
「そうね、戦争だのなんだのって、騒動の連続だわ」
「ルイボンドを出たら、恐らく隊商と離れて、少人数で迂回して東に行くけど、ルナ、大丈夫?」
「う、うん!大丈夫と思う」
自由都市についたら、恐らく隊商は解散して、後続のフォルミド軍に国内に送らせるのだろう。探索者たちもフォルミドに行くか、自由都市に残るかの二択。
でも俺たちには目的があるから、暫く混乱が続くであろうルイボンド邦連を南側から大きく迂回して、自由都市群を幾つかも渡って、ポーランに行かねばならない。
少人数の長旅はいろいろ不便だが、ルナも随分旅に慣れてるし、何よりアイナさんとゴーレム達もいるから、モンスターに襲われてもルナが危険に晒すことはないだろう。
「そっか、じゃさっそく行こうか」
ビャクヤに乗って、月が中天に昇る頃、俺たちは帰途についた。
なんだかんだ言ってこの作品に馬鹿は少ないですよね。
誰とは言わないが、うまく馬鹿を書けたらいいなと思っています。




