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不死の姉とネクロマンサー  作者: キリタニ
第五章 プロイセンの夢
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89 銀の嵐

 

 踏みつけられた蟻んこの巣のように大混乱に陥る駐屯地を駆ける俺と姉さん。

 右を見ても左を見ても似たようなテントばかりだが、事前に《天眼(スゴーンド)》で指揮官のテントらしき場所の当たりを付けていたから、俺たちは迷わずに中心部を目指す。

 俺は変装帽子(ディスガイズハット)で外見を変え、偵察隊の軍服を着込んでいる。。

 姉さんは人の意識を逸らす魔道具、精霊の外套(エルフェンローブ)を頭まで被って、俺の後ろについてる。


 滅尽滅相(イレ・カラミティ)の混乱に助けられて、なんとか駐屯地の奥まで入り込んだが、さすがに指揮官のテント周りではそう簡単にはいかない。

 木材と帆布で作られた、テントというよりバラックのような建物。周りには数十人の兵士、そして忙しなく行き来している伝令兵たち。

 普通の通信(メッセージ)はカットされるけど、軍隊には特殊な通信手段があるはず。こうして伝令兵を遣わしたのは恐らく通信の担当者が混乱中に亡くなり、若しくは魔道具が紛失しちゃったから、仕方なく人力で伝令しているのだろう。


 姉さんと顔を見合わせ、頷く。


 ドン!ドドドン!


 わざわざ正面から入る必要もなく、《霹靂銃》でバラックの裏を破壊、ボンバーチルドレンで兵士を蹴散らす。

 指揮官のバラックに飛び込んだ俺たちを待っているのは狼狽える数人の将校、それと、

 銀髪の女丈夫、

 灰色髪の優男が率いる探索者パーティ。


「コーデリア大尉!?」


 俺はコーデリア大尉がここにいることに目を見張った。

 数人の将校を束ねる姿が、彼女がプロイセン軍の指揮官であることを示している。

 たしかポーラン方面の侵攻軍を率いてるじゃなかったの!?

 いやそんなことより、自国の町を潰して、今もブライデン町へ進軍している軍隊の指揮官がまさかあのコーデリア大尉なんて。


 俺の動揺を余所に、姉さんはレーザと《ホワイトレイブン》の方を見て、微かな笑みを浮かべた。


「君たち、ここをどこと心得て……閣下っ!?」


 俺の服を見て叱咤する将校を制し、コーデリア大尉は静かに戦斧の柄を取った。


「姿を変える魔道具……刺客か。貴様らは予定通り外へ、ここは私が」


 将校たちをバラックから追い出し、コーデリア大尉は俺たちに向き直る。


「さて、外の奴らはどうした?」

「……」


 大量なグールとサンドミイラと遊んでもらってるけど、ここで答えて正体をばらす義理はない。

 ないが、問わなくちゃならないことがある。


「なぜ、ブライデン町へ進軍を?」

「その声、それと『大尉』、なるほど、アーデル姉弟か」

「応えろっ」


 俺は変装帽子(ディスガイズハット)便利袋(ハンディパック)突っ込んで、コーデリア大尉に問いただした。


「それが皇帝の意志だから。それ以外の理由は必要か?」

「そこに、ローザが居てもか?」

「ローザが……!?」


 今度、動揺を見せたのはコーデリア大尉のほうだ。


「スロウリ峡谷のことを聞きつけて、姉が心配でブライデン町まで来ていた妹を、貴女は殺すというのか!」

「……そうか、ローザと会ったのか」

「今でも遅くはない、このふざけた――」

「――それでも、私は皇帝の意志を貫く。それが皇帝の剣だからだ」


 妹を、見捨てるというのか。

 血液が頭に登るのを感じた。全身を戦慄かせるほどの激怒が俺の心を怒り一色に染まってゆく。


 と、その時。


「《フィレンツィア》、なぜここにいる?」


 灰色の髪の優男――レーザが聞いた。


「コーデリア准将閣下を説得しに来たのかい? いや、君たちのことだ、大方町の人を捨てて帰服しにきたってところか。まったく図々しいことだな、折角のメデューサさんの助言をふいにしておいて」


 相変わらず、親切とも酷薄とも取れるような微笑を作り、レーザが前に出た。


「レーザ殿、彼らとは?」

「ええ、昔彼らのせいでダンジョンで死にかけましてね、仲間を平気で裏切る奴等ですよ」

「しかし、彼らはそんな人では――」


 スロウリダンジョンの件で、俺たちに恩義を感じているのか、コーデリアはレーザの言葉に眉を顰める。

 俺はレーザに視線を向ける。やはりアイナさんの言った通り、《ホワイトレイブン》の面々は兵士と同じ、紫の光に包まれている。

 特にレーザは、今までの相手とは一線を画するほど、紫色に輝いてる。一体どれだけの力を身につけているのか。

 しかし彼は国境兵と違って、正気でいられているようだ。いや、彼は果たして正気と言えるのか。


「レーザ」

「どうした図星かい? 身不相応の虚名を振りかざしてからそうなるのですよ。閣下のことをとやかく言う前に、君たちこそ、今まで犠牲にしてきた者たちの心情を考えてみたらどうだい?」

「――失せろ三下が」


 俺が言い終えるより早く、姉さんが動いた。

 何の変哲もない、ただの《瞬歩》からの回し蹴り。

 レーザの抜剣が間に合ったのはさすがというべきか、よほど強化されたのだろう。しかし何の意味もなさなかった。


 ドガッ!生身の衝突とは思えない爆音が響き渡った。

 剣が砕かれ、レーザ本人は木造の壁を突き破り、遠く吹き飛ばされた。


『レーザさん!』


 すかさずレーザを追いバラックを出た姉さんに、一拍遅れてようやく頭が追いついたみたいに、《ホワイトレイブン》の人たちも後を続いた。

 残ってるのは俺と、コーデリアだけ。


「何故助けを呼ばない?」

「君たちの腕はよく知っている、うちの部下では役に立たん。それとこの場の指示はもう出した、私抜きでも立ち直りはできる」

「だが貴女がいなくなれば、侵攻は止まる」


 いくら優れた組織でも、トップを失えば立ち直るまでに時間が要る。

 ましてやこの混乱だ。コーデリアの配下がどれだけ有能でも、侵攻作戦の再検討と人員の再編は避けられない。


「なるほど、国外に逃げる算段でも付いてるのか、本当の売国奴になる気か?」

「ご想像に任せますよ……って逆徒じゃないと知ってんじゃねぇか」

「ああ、これまで粛清してきた町に悪徒がないとは言わんが、さすがに全員外国と繋がってるのは考えにくい」

「ならどうして!」

「プロイセンは今、未曾有の急成長を遂げている、しかし成長に人心の乱れは付き物だ、特に経済的な成長に追いつけなくて転び落ちる者は秩序を乱す。ルイボンド人の団結のために、敵を作るのが必要だ。自分が社会の底辺に苦い汁を飲まされたのは全てブライデン人のせいだと言われれば、民衆はそれで納得する。プロイセンの皇帝として、苦肉の策だということだろう。それなら私は、『皇帝の剣』として従うだけ」

「皇帝皇帝って、貴女もブライデン人じゃねぇか、それでいいのか!」

「『滅私奉公』こそチェルニー家の家訓、私情を顧みてるうちは忠義を貫くことはできない」

「醜い戦争をするのが間違いだと言ってるのは貴女じゃねぇかよっ」

「それこそ私の私欲、未熟の証だ。それを捨ててこそ、私は軍人になる」

「気持ち悪いほどの思考放棄だな、軍人である前に姉だろうが、ローザの気持ちを考えたことあるのか」

「君こそ、チェルニー家の覚悟を侮らないで貰おう。ローザもチェルニー家の一員だ、これが皇帝の意志だと分かれば、自ら殉ずるに違いない」

「……ハハ、今の最ッ高に頭に来たよてめぇ」


 乾いた喉で空気を絞り出し、まるで笑い声のような音しか出なかった。

 ここまで怒りを覚えたのはいつぶりだろう。

 レーザに裏切られた時は純然たる憎悪で、アイン・ラッケンの時はここまでじゃない。もう足止めの事関係なく、こいつを徹底的に打ち倒したい。


「いいぜ、言葉でどうにかしようって思った俺が馬鹿だった」

「前にも言ったな、これが軍人と探索者、もしくはプロイセンとフォルミドの違いか」

「……ちげぇよ、てめぇは軍人だろうが、俺は俺だ」


 この怒りが、探索者だからとか、フォルミドだからとかで片付けられてたまるか。

 言葉が尽きて、お互いの主張が致命的に平行線だったのを分かっただけ。

 ならもう言葉は無用、あとは――




「らああああ!」


 《突進》しながら、コーデリアのすぐ横にボンバーチルドレンを召喚。

 しかし爆発した時、コーデリアはすでにそこにいなかった。

 《突進》の連続行使で之字運動して、こっちの背後を取った。


「ヘンテコなアンデッドについては報告を受けていた」


 銀色の戦斧が、凄まじい風圧と共に振り下ろされる!

 ナタボウで下から切り上げ、戦斧を弾いたらすぐ《戦技》で慣性を散らす、《強斬》で叩き切る!

 斬り上げと唐竹割りを隙間なく繰り出す我流の技、《龕灯返し》が、しかしもう一本の戦斧に阻まれた。


「飛べっ」


 二本の戦斧を嵐のように振り回し、ナタボウを大きく切り払った。

 得物が弾かれた俺の隙に、コーデリアは容赦なく踏み込んで、俺を蹴り飛ばした。


「まだまだ!」


 追撃しようとするコーデリアをスカルドラゴンで足止め、距離を取りながら、俺はコーデリアの身体能力に改めて瞠目した。

 なぜなら、コーデリアから紫の光が出てないのだ。

 素のままで、ボンバーチルドレンが爆発する前に距離を取り、片手で戦斧を振り回し、俺の両手の斬撃を弾いだ。


「しゃ!」


 スカルドラゴンを一振りで両断。コーデリアは俺を睨みつける。


「無詠唱か、その若さで大したものだが、死霊魔術師とは道を誤ったな」

「余計なお世話だ」


 サンドミイラを呼び出して視界を遮り、さっきのコーデリアのように背後を取ろうと《突進》を――


「甘い!」


 しかし、《銀の嵐》に死角など無かった。

 白光一閃、戦斧が真後ろへ斬り掛かる。


「ちっ」


 ギリギリで避けたが、そこはもうコーデリアの領域だった。


「オラオラオラオラ!」


 《斬嵐》。

 旋風のように高速回転しながら、薙ぎ払いを連続で繰り出す、その斬撃の一つ一つに《強斬》にも劣らないパワーを秘めていて、しかも一回転ごと勢いが増していく。

 後ろへ逃げようとも、嵐に追いつかれる。

 かと言って防御もしくは迎撃しようとも、刻一刻凄まじさを増していく斬撃に破られるのが目に見えている。

 シンプルだが、コーデリアの身体能力をフルに活かせるだけで必殺になり得る戦技だ。


 銀色の暴力を一身に浴びて、哀れなサンドミイラが瞬く間に消滅した。

 この距離だとボンバーチルドレンを呼ぶと、自分も爆発に巻き込まれるリスクがあるから、後退しながら斬撃を弾くしかない。

 しかし、それもいつまで持つか。


「ブッタ斬る!」

「させるか!」


 轟々だる戦斧の斬撃を、全力の《強斬》で切り上げ、僅かながらもコーデリアの重心を浮かせた。

 地面ギリギリまで身を縮めてダッシュ、髪が何本も持ってかれたけど斬撃を掻い潜って、コーデリアに肉薄。

 この距離なら戦斧は卻って邪魔になる。俺はそのまま飛び上がって頭突きを食らわせ――ようとして、鉄の枷に固められたように動けなくなった。


「私の《斬嵐》を掻い潜ろうとしたのは君が初めてと思うてか?」


 戦斧を手放し、両手で俺の肩を握ってるコーデリアは意趣返しと言わんばかりにそのまま猛烈な頭突きを俺に叩き込んだ。


「がっ……!」

「そら!」


 後ろへよろめく俺に、コーデリアは軸足を掘削機のように地面を突き破り、渾身の回し蹴りを放つ!

 気を失いそうな衝撃。

 先程のレーザみたいにバラックの壁に吹き飛ばされた俺は、もし寸前に左腕でガードしてなかったら首が折れてたかも知れない。


「良い鎧だったな」

「そこそこ高かったんだぞこれ……」


 コーデリアの蹴りに耐えられずに、龍鱗で作られた腕甲が使い物にならなくなった。

 それを引き抜いて無造作に投げ捨てた。

 痺れた左腕を庇い、右腕でナタボウを構いながら立ち上がった。


 見れば二本の戦斧はコーデリアの手に戻っていた。帰還(リターン)強化(エンチャント)か。あの戦斧は飛び武器にも使えそうだな。遠、中、近距離すべてカバーしてるとかふざけんなこの筋肉達磨。

 

「なぜそこまでする、ブライデン町の人のためか」

「ああ、そうだ」

「見上げた心構えだが、命を無駄にするのは感心しないな」

「うるせぇ、俺はてめぇと違って、何をやるか自分で決めるんだ、よ!」


 《突進》の同時に、コーデリアの目の前に二体のサンドミイラを呼び出す。


「無駄だ!」


 またもや一振りで両断――の前に、中に埋め込んでいたボンバーチルドレンの爆発に吹き飛ばされたコーデリア!

 前後に重ねたサンドミイラは、防爆壁みたいに、爆発の威力をある程度定められた方向に放出した。

 そのお蔭で、俺は巻き込まれることなく、コーデリアに接近!


「小癪、な!」


 しかし《銀の嵐》は健在。戦斧を大きく振りかぶり、袈裟斬りに振り下ろす。

 ここで迎撃したらさっきの窮地に陥るだけだ。

 俺は両足に魔力を集中して、跳躍の戦技《飛躍》で飛び上がった。

 上手く斬撃を躱したけど、《戦嵐》は止まらない、二撃目が空中で身動き取れない俺へと奔る!


「な!」

「はあああああ!!!」


 空中でサンドミイラを召喚、足場にしてさらに《飛躍》。

 バラックの天井まで届いた俺は逆さまになって、天井から真下のコーデリアへと《突進》!

 片手だけだが、体重と《強斬》が乗せた斬撃を放つ!


「はあああああーーー!」

「ぬううううううーーー!」


 銀色の戦斧とナタボウ、霹靂のごとく音を爆ぜて、同時に砕けた。

 ナタボウを手放し、落下の勢いでコーデリアの鳩尾に掌底を叩き込む!


「《二の打ち要らず》!」


 施設に居た頃、元々姉さんの真似で武術を始めた俺は、最初は格闘士を目指した。

 直ぐに向いてないと気づき、師の薦めで軽戦士にシフトしたが、一応な技術は学んでいた。


 掌底と共に、衝撃を打ち込む。

 勿論、俺の稚拙な戦技がコーデリアを斃すまでにはいかなかったが、バランスを崩されたコーデリアは、ほぼ俺に押し倒された形で後ろに倒れた。


 その倒れた場所に、最後のボンバーチルドレンを仕込んでいた。


 くぐもった爆音。

 そして悲鳴。


「があああああああ……ぁぁ……っ!」

 

 先ほどのサンドミイラのように、全身が防爆壁になった――されていたコーデリアは、腹に大きな黒焦げた穴が開いて、血液とハラワタが一面に飛び散った。

 俺も少し爆発のダメージを負ったが、それよりコーデリアの身体の頑丈さに驚いた。

 サンドミイラでも貫くような衝撃を一身に受けて、この程度で済んだのかよ。

 しかし、


「君の、勝ちだ……」


 いくら人離れた屈強な肉体でも、内臓をほとんど失っては死ぬほかない。今のコーデリアは、死に体だ。


「私を殺す前に……一つ聞いてくれないか……」

「……なんだ?」


 コーデリアは鎧の裏から一つのお守りを取り出して、俺に渡した。


「ローザが……作ってくれた。あの子に渡して……強く生きてくれ、と……」

「それを言うなっ」


 俺は怒りに任せてコーデリアの言葉を遮った。


「てめぇは姉より軍人であることを選んだ。軍人として妹を殺そうとした。それが叶わなかったから姉に戻るなんて、都合が良すぎるだろうが」

「……ああ、その通りだ……わたしは、姉失格だ……」

「軍人のままで、逝け」


 半ばから折れたナタボウで、コーデリアの首を刎ねた。


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