88 最凶最悪な死霊魔術
※グロい表現があります。具体的に言うと、黒光りのイニシャルGです。
「では、第二段階に進みましょう」
俺たちを見渡し、アイナさんは次なる作戦を述べた。
それは、俺の想像の斜め上を行っているような、大胆且つおぞましい作戦だ。
翌日、俺たちはさらに探索を進めて、とうとうプロイセン軍本隊を見つけた。
プロイセン軍はブライデン町から早馬だと一日くらいの距離で、街道横の丘を占拠して、街道を見下ろすような場所に駐屯した。
一万人たる軍隊は、遠くから見ても壮観の一言。正面からぶつければ、どんな探索者でも一溜まりもないだろう。
しかし、昼のにも拘らず、プロイセン軍は動き出す気配もなく、ただジッとしている。
偵察隊の同時全滅は、敵の実態が事前に掌握していた情報との齟齬を示している。
迂闊に攻めかかれば、痛い目を見るかもしれないと、敵の指揮官はそう思ってるはず。
慎重を期すなら、偵察隊を全滅した敵の全貌を知るために、再び偵察を出すのが妥当だ。つまり、確かな情報を得るまで、彼らはここから動くことはない。
一日の時間を稼いだけど、プロイセン軍が予想外にブライデン町に近付いてたから油断はできない。このくらいのリード、直ぐ追いつかれる。
ブライデン町は既にもぬけの殻だけど、プロイセン軍がそれに気づくまで、あと一日。
それまでに、ケリをつく。
「アイナさんの予測通り、進軍を止めたのね」
姉さんが遠目で丘を眺めながら言った。
実際プロイセン軍を目視できる距離じゃないけど、アイナさんから向こうの様子が伝わってきたようだ。
プロイセン軍駐屯地の立地、それと軍隊なら高性能な探索用魔道具の一つや二つ持ってもおかしくないから、昼間に近付くのは難しいと判断して、俺と姉さんは丘の下で待機している。
そしてアイナさんとルナは反対側にいて、《天眼Ⅱ》で偵察し続けて、遣いの鳥でプロイセン軍の様子を随時教えてくれる。
「そうだな、これが無駄にならなくてよかったぜ」
「ふふ、一杯血を流したもんね」
俺の足元には、直径数メートルの大きな魔術陣が書かれている。
俺はこんな魔術陣なんて知らなかったが、これはアイナさんの記憶を元に、シーちゃんとリアちゃん、あとレキシントン先生の知識も借りて、とある大規模死霊魔術を行使するための下準備だ。
魔術陣を書くのに俺の血液を大量に使ったから、ポーションを飲んだけどまだ少しくらくらする。
魔術陣の上には数十体の馬が横たわっている、言うまでもなく生贄だ。
昨日の偵察隊の死体は全部咲いてしまったけど、馬は無事だ。
可哀想だけど、有効活用させて貰おう。
鮮血の魔術陣と数十体の生贄、見るからにおぞましい儀式は、清々しいほどネクロマンサーらしい。
「そろそろ日が落ちるよ、フィー君」
「ああ、わかった。――――はぁぁふぅぅ」
深呼吸して、体の中の扉を開く感じで負のエネルギーを魔術陣に流す。
すると、馬が悲鳴を上げる間もなく腐れ始め、粥状の血みどろとなって魔術陣に溶きこんでゆく。
燃え盛る夕日より赤く輝く魔術の光を見て、俺は最悪の呪詛を紡ぐ。
「嗚呼、神に弄ばれ尚、人を信じ続ける我が愛しき君よ――――どれだけの時間が経とうと、この憤怒だけは、消えぬ!この地に呪いあれ、定めを持つものに災いあれ!我が血よ、我が肉よ、この大地を穢すがいい、貪るがいい!我らを裏切るものを見つけ出し、死骸を晒せ!故に星よ、死に絶えろ!――――滅尽滅相!」
この瞬間から、大地が死んだ。
眩くほど爆ぜる漆黒の奔流が大地を飲み込み、地中深くまで浸透する。
直径一キロほどの範囲で、すべての生物から力を吸い上げ、土を砂に変え、植物を枯らし、二度と生を育むことできなくなるような土地に造り替えようとしている。
これが、滅尽滅相の力か……っ!?
「フィー君、もういい、止めて!」
「がっ……!」
姉さんの声に正気を取り戻して、俺は魔術を断ち切った。
途端、とてつもなく喪失感に襲われ、まるで半身が切り離されたように、俺は思わず膝をついた。
バシンっと、姉さんは両手で俺の頬を叩いた。
「エネルギーを流しすぎてはいけないってアイナさんが言ったでしょう!」
「あ、ああ……ごめん……はあ、はあ……」
「もう、顔が真っ青よ、心配したんだから」
蹲った俺を胸に抱えて、ハンカチを取り出して汗を拭いてくれた姉さん。どうやら今の俺は、相当顔色が悪いようだ。
滅尽滅相という魔術は、魔力を流せば流すほど、生贄が多ければ多い程、その持続時間も効果範囲も際限なく増長していく。
今のくらいなら、直径一キロだけで済むし、時間が経てばいつか地力が回復するだろう。
だが、相応の生贄と膨大な魔力さえあれば、それこそ大森林を砂漠に変えるのも不可能じゃない。
アイナさんの故郷、白樺の森を蹂躙し、千年もの間死の谷と変えたのがこの魔術だ。
「それとフィー君、さっき詠唱してる時も変だったよ、なんか……凄く怒ってるみたい」
「そうなのか……よく分からないけど、確かに何かが違うような感じだった」
詠唱していた間、俺はずっと違和感を感じていた。
詠唱というものは、術者が魔術を行使する時、心の底から自然に湧きあがる言葉。
それを口にすることで、魔術は完成され、世界を改変する力を得る。
死霊秘法の所持者である俺は、普通の死霊魔術なら無詠唱で行使できる。だがこういった大掛かりな魔術なら詠唱したほうがイメージしやすい。
しかし、滅尽滅相の詠唱は世界を改変っていうより、誰かが深い憎悪を持って、世界を壊し尽したいとの叫喚みたいなものだ。
しかもその強烈な憎悪が、魔術を通じて俺を乗っ取ろうとした。勿論それは俺の気のせいかもしれないが、もし姉さんが止めてくれなかったらと思うとゾッとする。
だが、滅尽滅相の効果はまだ終わっていない。
ドドドドドド――ッ!
振動する大地。
それは決して生の脈動ではなく、死の狂騒である。
震動と共に湧き水のようにあちこちの地中から這い出したのは、数えきれないのゴキブリ、蜘蛛、サソリ、百足、ウジ虫、鼠、蛇、兎、モグラ、トカゲ……万単位、いや百万単位の彼らは、たったの一匹も例外なくアンデッドだ。
滅尽滅相は大地から吸い上げた力を負のエネルギーに転換し、地中のありとあらゆる小さいな命をアンデッドにした。
徹底的に大地を穢す、全ての生を冒涜する最凶最悪の死霊魔術、それが滅尽滅相。
召喚と違って、これらは俺の指示を従うわけじゃないけど、その必要はなかった。
地中から噴き出された漆黒の津波は、この場所において唯一の「生者」、プロイセン軍へと雪崩れ込んだ。
「……」
俺はドン引きした。ドン引きしかなかった。
事前にアイナさんから効果を聞いてたが、これほどおぞましい光景とは思わなかった。
一応アイナさんが言うには、別に疫病を伝染するわけじゃない、そして魔術の範囲はアンデッドにとっては心地良い場所だから外には出たがらない。つまりある意味、檻にもなる。
そのうち負のエネルギーは世界に排斥され、地力も回復するってレキシントン先生も言った。
しかしそれはどのくらい掛かるのだろうか、今は考えない方が良さそうだ。
ふと、裾が引かれて俺は姉さんの方を見る。
すると、泣き寸前の姉さんがいた。
「ふぃぃぃくん……」
しまった! 姉さんはゴキブリがダメだった!
「姉さん大丈夫だ!もう無くなった!俺たちは別方向から入るからアイツらとはかち合わない筈だ!」
「ムリムリムリ……」
「頼むよ姉さん!少しでいいから我慢して!」
「ゴキブリマジムリ……グスン……」
蹲って顔を膝に埋まって頑なに首を振る姉さん。
まずい、姉さんが本気で泣きそうになってる。
「そうだ!姉さん今頑張って我慢したら、あとで一つ言うこと聞くよ!」
「ピクッ」
ピクッと声に出てるぞ姉さん……。
「お願い!なんでも聞くから!」
「……本当に?」
「勿論だ!」
「うん……じゃお姉ちゃん頑張っちゃう」
立ち上がって、震える手で涙を拭う姉さん。
「うんうん、さすが姉さん!」
「えへへ、ありがとうフィー君」
その時、丘の反対側から次々と上がる爆発音。
アイナさんとルナが突入したのか。
勿論、彼女たちだけじゃなく、俺が事前に召喚しておいた、《闇夜のマント》ごと預けた大量なアンデッドも一緒だ。
滅尽滅相に混乱の奈落に叩き落とされたプロイセン軍を強襲、その注意を逸らすのが彼女たちの役目。
そして俺と姉さんは、その混乱に乗じて指揮官を叩く。
「行くぞ姉さん」
「うん、行きましょう」
※ここからは三人称視点
プロイセン軍の駐屯地は今、混乱のただ中。
無数の昆虫と動物を防げる手段などあるはずもなく、黒い波はロクに抵抗されることなく、決河のごとく駐屯地全体に広まる。
彼ら一つ一つに大した力はないが、群れで襲い掛かると、並の動物などまたたくの間に骸骨になるまで貪られるのだろう。
だがプロイセン軍もただ者ではない。
彼らは土魔術で即席な堤防を作って水で固める、油と可燃物をばらまいて火を付く。
広範囲喚起系魔術放火魔で焼き払う魔術師が居た、昆虫駆除の神術の一発で大群を吹き飛ばしたプリーストも居た。
しかし、アンデッドの大軍が怯むことは決してない、進軍することしか知らない彼らを止めることなど不可能なのだ。
無残に焼き殺された仲間の死体を登り、残骸の山を築いて火の海も堤防も等しく飲み込む。
己の牙が鎧を貫けないのなら、耳に、口に、ありとあらゆる穴から体内に入り込んで内側から食い破る
そんな時に、派手な爆発と咆哮と共に、野営地に侵入した一団が居た。
いや一団というより、一軍だ。
先鋒を切るのは黒白の混合獣、しかも同種より二回りも巨大で凶悪なそれが、黒いブレスと恐怖の咆哮でプロイセン軍の陣形を切り裂く。
混合獣が作った突破口から入り込んだのは、十数体の黒いゴーレム。
両手の蛇腹剣を暴風に振り回す一体のゴーレムが率いて、鋼鉄を上回る強固さを誇る彼らは、雨のような攻撃を浴びても物ともしない。
最後は、緩慢な動きで闊歩する数十体の灰色の巨人。
鈍足の彼らは一体どうやって気づかれずにここまで接近したのかは分からないが、しかし他と比べて与しやすそうに見えるから、集中して叩かれた。
武器に絡みつく鉄砂に手を焼いたが、兵隊の執拗な攻撃がついに巨人の肉体を切り裂いた、と思いきや、中から見えてきたのは子供の青白い顔だ。
子供をアンデッドの中に入れるなど鬼畜の所業を罵る前に、その子供が引き起こした大爆発に巻き込まれた兵士は数知れず。
だが、所詮は百にも満たぬ敵、一万たるプロイセン軍ならすぐ押し返せる。
完全なるトップダウン体制を実現しているプロイセン軍は、末端の一兵卒まで将の手足のように動くことができる。だから突発状況にも強い。
普段なら、の話だが。
しかしアンデッドの強襲のせいで情報の伝達が寸断され、同じ野営地の中でも情報の停滞が発生、一体どこに兵力を注げばいいか、中間管理職の十人長と百人長達が困惑している。
さらには、戦場を覆う球状の暗闇。
彼らは知らないが、あれは《クリムゾンレイ》と呼ばれて、空を泳ぐエイの形をしているアンデッドだ。
クリムゾンレイの能力は周りの光を食らい、直径三十メートルくらいの完全なる暗闇を作り出すことができる。
攻撃力がなく、肉体自体も脆弱で、狙われればイチコロのはずだが、それが数十体となると、もはや一面の影の城壁にしか見えなくなる。
加えて今は黄昏時、僅かな陽光も、魔道具と松明の光もクリムゾンレイに吸収され、視界が最悪と言える。それがまた、敵の数が過大に見えてしまって、情報混乱の呼び水になっている。
そんなカオスの権化と化してる戦場に、散歩のように入り込んだ一体と二人。
半人馬のゴーレムに乗ってる碧髪の女性と銀髪の少女。
アンデッドが、ゴーレムが、汚らわしい虫どもが切り拓いた戦線の中に、この二人はあまりにも異様。
勿論、それで手を緩めるプロイセン軍ではなかったが、全ての攻撃が、物理魔術問わず半人馬のゴーレムに弾かれた。
そして、碧髪の女性のマントから新手のアンデッドが次から次へと湧いて出てくる。
「フィレンさんたち、大丈夫かな」
「大丈夫ですよ、今頃もう指揮官の場所についたはずです」
「え、どうして知ってるのアイナさん?通信?」
「いいえ、軍隊の駐屯地で普通の通信は使えませんわ。ただ、兵士の流れを見て、恐らく中心部に何か異変が起きてるかと」
「凄いね、アイナさんは」
『周りに、死の匂いが一杯……』
半透明な人影が、銀髪の少女の中から浮かび上がって、何かしら喋っていた。
「スーちゃん大丈夫?きつくない?」
『ううん、別に嫌な臭いではないです、ただ……』
「ただ?」
『この人たちは、いっぱい殺していた……匂いが、そう教えてくれています……』
「それは……」
「やはり、あの《黒雲膏》という薬物を使ったせいですね」
「そのために、自国の人も……」
「そんな方法でこの人数の軍隊を強化するというのですから、もう見境なしってところですね……それよりルナちゃん、撤退の用意を」
情報の混乱など、所詮は一時のもの、敵の指揮官と中間管理職が有能であればあるほど、復帰も早くなる。そうしたらこの一軍も物量に押し潰されるのが火より明らかである。
結局、この特攻じみな強襲が一万のプロイセン軍を下すなどありえないのだ。
「流れを汲み取る者の名の元に命じる、汝、焚焼を受ける苦痛を知れ、火の球!」
銀髪の少女の詠唱と共に、火の玉が上空に打ち出され、派手に炸裂。
「集え」
碧髪の女性は杖を掲げ、ゴーレムを呼び戻す。
二人は戦の行く末など気にせず、大勢なアンデッドを捨て駒にして、戦場から引き上げた。
滅尽滅相の元ネタがわかる人、漢字の方でもルビの方でもいいですから、友達になってください。




