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不死の姉とネクロマンサー  作者: キリタニ
第五章 プロイセンの夢
88/229

87 前哨戦

 


 沢山のバリケードとトラップを背にして、俺たちは山道を離れて、東北へ向かう。

 せっかくバリケートを作ってくれた探索者たちに悪いけど、俺たちは最初から、ここでプロイセン軍を止めるつもりはなかった。






 おぼろ月の出ている夜の下、土砂を巻き起こし、一陣の突風。

 野分のように草原を吹き分けるのは、黒白双色の巨獣。

 獅子の前足とヤギの後足で地を蹴り、無人の荒野を駆け巡るビャクヤ。


 俺たちを乗せて、ビャクヤは全速で街道を走る。

 四人乗りでも力強く走り続けるビャクヤはアンデッドである故、疲れを知らない。もう半日以上も走ってるのに未だトップスピードだ。

 その目的は、プロイセン軍の偵察。


「……」


 長い碧色の髪を風になびいて、無言で目を閉じてるアイナさんは、疾走してるビャクヤから落ちないように俺の腕を握っている。

 今、彼女の意識は遠く離れてる偵察用のゴーレムの所にある。


 俺の生者探索ディテクトリーヴィングは戦闘もしくは奇襲への対策としては優秀だが、範囲が五百メートルだけだから戦略的な広範囲偵察には向いてない。

 軍用の偵察ゴーレム《複眼》なら、活動範囲が半径一キロ以上、しかも《不可視》と《隠密》の強化(エンチャント)も掛かってから、各国で採用されている。

 しかし《複眼》は視覚情報を総べて使用者にフィードバックするから、一人当たりせいぜい三体同時運用が限界。

 そして勿論、実際見ているのが人間である以上、夜では役立たない。


 だがアイナさんが作った偵察用ゴーレム、《天眼(スゴーンド)》は軍用物を遥かに上回り、極めて高い性能を誇っている。

 《天眼(スゴーンド)》の中の疑似人格は長い間を掛けて成長を果たし、視覚情報をある程度に選別してから使用者にフィードバックすることができるようになった。

 脳への負担がごっそり減ったため、一度に五十体もの《天眼(スゴーンド)》を飛ばせることができる。

 加えて、エルフは月と星の光さえあれば、昼と同じように見通せるくらい夜目が利く。

 夜での偵察はアイナさんの右に出る者はいないと言える。


「捕捉しました、プロイセン軍の偵察隊は三つ、分隊規模の二つと小隊規模の一つ、全部騎兵です、方角をマップに書きますね」

「もうここまで来ていたのか……危なかったな」


 ビャクヤの全速で半日、つまり早ければ二日内にプロイセン軍はブライデン町につく。

 大撤退はかなりギリギリだったな。


「よし、減速だビャクヤ。ルナもお願い」

「うん。流れを汲み取る者の名の元に命じる、光よ曲がれ、我の道を作り給え、不可視の球体インビジビリティ・スフィア


 いくらこっちの偵察能力が優れても、相手を捕捉できたということは、こっちも見つかる可能性があるということだ。

 不可視の球体インビジビリティ・スフィアとは、中にいるものを外から見えないようにする球体を作り出す、幻術系の中級魔術である。

 球体の中であまり速度が出ると魔術自体が吹っ飛ぶから、半分の速度に落とした。


「それにしても、アイナさんっていろいろなゴーレム作ったね」

「ええ、時間だけが多かったですから」


 少し、自嘲するように笑ったアイナさん。


「あ、その……」

「気にしないでください、長らく何のためにゴーレムを作ってきたの分からなかったですから、ようやく人の役に立ちまして、私も、この子達もきっと嬉しいのですよ」


 偵察隊を尾行し続けているの以外、アイナさんは《天眼(スゴーンド)》を呼び戻せて、胡蝶の形をしているゴーレムを白い指で優しく摘まんで、便利袋(ハンディパック)に入れた。


「それに、フィレンさんと出会ったのもゴーレムを作ったお蔭ですから、ふふふ」


 アイナさんは微笑んで俺の腕を握ってる手のひらに少し力を入れて、身体を寄せて来た。

 ありえないことだけど、なんだか少し体温が伝わってきたような気がする。


「アイナさん?」


 姉さんがため息を吐いた。

 アイナさんとくっついた俺に怒るではなく、気分が高揚すると周りが気にならなくなるアイナさんに呆れてるような感じ。

 アイナさんも姉さんに言われて、いつの間に俺とべったりになっているのに気づいたようで、慌てて手を離した。


「ご、ごめんなさい、つい……きゃっ」


 勢いよく身を引いたため、あやうくビャクヤから落ちたアイナさんを掴む。


「す、すみません」

「いやいいよ、それよりそろそろ分担を決めましょう」

「ええ、もう一度確認しましょう、作戦の第一段階の目標は――」


 今回、アイナさんの作戦はプロイセン軍の偵察隊を同時に殲滅することだ。


 軍を足止めにするには、たしかに狭い山道を罠とバリケートで封鎖するのも有効だが、突破されたら終わりだし、何より守軍の生存率が絶望的だ。大軍に飲まれたら、姉さんはともかく、アイナさんとルナじゃ脱出できない。

 たとえブライデン町の人たちを助けたとしても、全員が生き残らねば意味がない。だから山道に籠るのはダメだ。

 そこで、アイナさんがもう一つの案を出してくれた。

 戦争を経験して、(ネクロマンサー)の力を熟知した彼女だからこそ考えついた作戦だ


 この作戦の第一歩は、敵にこちらの戦力を勘違いさせること。

 具体的には、同時に、情報伝達もできないうちに一瞬で全ての偵察隊を全滅させること。


 俺ははじめその作戦に眉を顰めたが、よく考えたら足止めをしても結果的に大勢な敵を殺すことになるし、何より今のプロイセン軍はすでに一つの町を潰した、国境兵と同じような状態である可能性も高い。

 彼らを止めるには、生半可なやり方では無理だ。ローザが言った皇帝に直訴では、何もかもが遅すぎる。


「目標は――偵察隊の全滅だよな?」

「ええ、そうです。では分隊の方はフィレンさんとルナちゃんが一つ、もう一つは私が、レンツィアさんは小隊の方で大丈夫ですか?」

「大丈夫よ」

「では散開します、スーちゃんはルナちゃんについてあげて」

『分かりました……』


 姉さんとアイナさんがビャクヤから飛び降ろして、各自の目標へと走り出す。が、

 あ。

 誰とは伏せておくが、やっぱりこけた。

 きっと次の作戦を考えながら走ってるからだろう。


「さて、こっちも行こうか」

「うん!」

『頑張ります……』


 さらに速度を落として、俺たちは気付かれないように大きく遠回りにして、目標である分隊の斜め後ろからゆっくりと接近した。


「フィレンさん、見つかった」

「うん、こっちも探知できた」


 俺とルナは小さく声を交わした。

 月の光も微弱な夜だから、俺はまだ目視できないが、生者探索ディテクトリーヴィングとヴァンパイアの優れた視覚は十人程度の兵隊と馬を捕捉した。


 案の定、あっちは休憩しているようだ。設営地には小さいな焚き火があり、二人の兵士が夜番をしている。

 一般的に、地上では夜での行動を避けるのがセオリーだ。

 人と違ってモンスターは夜目が効くタイプが多いし、そういうタイプに限って隠密能力に長けているからだ。

 偵察隊も夜間行動は滅多にしない、そもそもロクに見えないし、意味がない。

 夜の野外はもともと、人間の領域じゃない。


 逆に、ほとんどアンデッドは夜だと強くなる。

 ヴァンパイアなど日光を浴びるだけで死ぬなのに、夜では無限に近い回復能力を持っているのがいい例だ。

 だからここからは、俺たちのホームゲームだ。


 ビャクヤを闇夜のマントに入らせ、俺とルナは草原に身を隠して少しずつ設営地に近づく。

 不可視の球体インビジビリティ・スフィアの他に、沈黙(サイレンス)不可知(ノンディテクション)死の化粧(ヴェール)も掛かってる俺たちは、一切気付かれずにテントの横まで来た。


 目視範囲に入った途端、俺は二人の兵士の身体に紫の光を確認した。

 どういうわけか知らないが、この人たちも国境兵の同類だろう。

 あの夜の激戦を思い出し、俺はナタボウを強く握る。


 その時、ルナの指が震えているのを気付いた。

 俺はその指を握って、小さく告げた。


「ルナ、キツいなら俺がやるから、下がっていいよ」


 しかしルナは金髪を振って、力強く俺の手を握り返した。


「ううん、あたしが守るって言ったもん、ちゃんとやらなきゃ」


 暗闇の中でも分かるくらい、碧色の瞳には輝きが宿っている。

 俺はルナに頷き、遣いの鳥(ミッシングバード)で姉さんとアイナさんに連絡した。


『こっちは準備できた』

『こっちもオーケー』

『準備できました、いつでも』


 どうやら二人とも悟られずに接近出来たようだ。

 姉さんはあの身体能力だから心配していないが、正直アイナさんのほうが少し心配だった。

 リッチの身体能力と、隠密能力の高い精霊の外套(エルフェンローブ)のお蔭かもしれない、と思うのは失礼か。


『いくぞ!』


 沈黙(サイレンス)を解除して、俺とルナは偵察隊の偵察隊へと襲い掛かる。


 音もなく一人の首を刎ねて、ビャクヤを呼び出しもう一人を仕留めた。

 テントの中の兵士が異変に気づいた時、ルナの魔術はもう完成した。


「汝、為すすべもなく黒い沼の使者の生贄と成れ、黒い触手(ブラック・テンタクル)!」


 黒い触手の群れが地中から現れ、兵士たちを拘束した。

 だが彼らは強引に何本ものの触手を千切って、武器を手に取った。

 やはり国境兵と同じ、訳の分からない怪力を持っているのか。

 だが、ルナが作ってくれた隙は無駄じゃなかった。


『GURUUUUUUUUU!!!』


 獅子の首が出した恐怖(フィアー)の効果を持つ叫喚に、兵士達は一瞬身が固まった。

 やはり効果が薄かったが、続いてトカゲの首から噴出した黒い霧が容赦なく彼らを飲み込んで、一瞬のうちにその身体を老朽させ、生命力を奪い取った。

 抵抗力を失った彼らの中に、ボンバーチルドレンを放り込む!


「ふぅ、これでクリアか、ん?」

『……フィレンさん、まだ一人がっ』


 「死の匂い」で気付いたか、スーチンは爆発から生き残った偵察兵を発見した。

 よく見たら大怪我しているが、まだ生きている。しかも、身体に紫の光がない。


「ちっ!」


 迷う時間がない。他の死体がもう咲き始めた。

 俺は素早くそいつを気絶させ、死の化粧(ヴェール)を掛けた。


 そして、アンデッドが死体を通じてぞろぞろとこの世に這い寄った。

 だが死の化粧(ヴェール)を掛けられた俺たちに、アンデッドは興味を持たない様子で、ただ彷徨っている。

 やはり予測通り、智慧無きアンデッドは攻撃されない限りに、「仲間」を襲うことはないようだ。

 俺は生き残った偵察兵を肩に担いでその場を離れた。


 ちょうどその時、


『無事終りました』

『終わったよーフィー君大丈夫?』


 アイナさんと姉さんも無事、偵察隊を殲滅したようだ。


『こっちも終わったが、少し問題があった。合流したら話そう』

『わかったわ』

『ええ』


 合流した後、俺はまず偵察隊の兵士が国境兵と同じで、怪力と紫の光があって、アンデッドも呼び出したのを話した。


「ええ、こっちも同じです」

「私のところもそんな感じ、怪力かどうかは分からないけどね」


 その前に殲滅したからな、姉さんなら。

 それにしても、一瞬で一個小隊、つまり30から50人くらいを斃したのはさすがというべきか……。


 それはさておき、問題はこいつだ。


「こいつは偵察兵だけど紫の光が出ていないし、簡単に気絶しちゃったから他の奴等とどうも違ったようだな、あくまで推測だけど」

「そうね……起こして訊問でもする?」

「訊問って……」


 今更な話だが、その物騒な響きに眉を顰める。

 どうも抵抗ができない人を甚振るのは好きじゃない。


「あの、魅了(チャーム)を使えばなんとかなるかもしれないの」

「よし、じゃ頼むよルナ」

「はい」


 魅了(チャーム)とは、対象に親友と思われる精神系魔術だ。

 あくまで親友になっただけで、支配(ドミネート)のようになんでも言うこと聞いてくれるわけじゃないが、その分継続時間が長くて応用が利く。

 そしてルナの魅了(チャーム)で偵察兵から聞きだせた情報は、色んな意味で俺たちを嫌な気分にさせた。


 兵士の話によると、どうやらプロイセン軍の大半は《黒雲膏》という胡散臭いクスリを飲んで、人を殺せば殺すほど強くなる力を手に入れたようだ。


「《黒雲膏》ね……どこからそんなものが」

「もしかして、メデューサさん?」

「あーありえるな」


 メデューサさんが隊商(キャラバン)から消えて、そして大金を持って俺たちの前に現れたタイミングを考えれば、可能性は高い。

 もし一万のプロイセン軍が全部あの国境兵達のようになったらと思うと……。


「大丈夫ですよ、私たちのすることは変わりません」


 アイナさんは俺の考え事を見抜いたように言った。


「ああ、そうだな。とりあえず、こいつの処置がな」

制約の誓い(ギアス)を掛けて、私達のことを誰にも漏らさないようにするのはどう?」

「あと軍に戻るのも禁じたほうが良いと思います」

「そうだな、ルナ、やれるか?」

「分かったの」


 俺たちは生き残った偵察兵をブライデン町の近くに放り出した。後はどこへなりともいけばいい。


 とりあえずこれで第一段階はクリアした。

 全員騎兵の偵察隊が、それも同時に、連絡する余裕もなく全滅されたという事実は大きい。


 数が少ないと同時に殲滅なんてできない、数が多くても腕が並だと遠くから探知される。

 こっちには凄腕な探索者が大勢いると、向こうはそう思ってくれるはず。

 であれば、プロイセン軍の次の行動は自ずと見えてくる。


「では、第二段階へと進みましょう」


 俺たちを見渡し、アイナさんは次なる作戦を述べた。

 それは、俺の想像の斜め上を行っているような、大胆且つおぞましい作戦だ。


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