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不死の姉とネクロマンサー  作者: キリタニ
第五章 プロイセンの夢
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86 大撤退

 


「受けてくれたらいいな」


 またもや議論にふける商人たちを見て、俺は呟いた。

 相互援助会のほうはもう話は通ったみたいだし、隊商(キャラバン)にとっても、これは打開策になるはず。

 しかし姉さんはその熱論の様子を眺めて、静かに首を振った、横に。


「まだ、足りないかもしれないわ」

「え?」

「あと一つ、ピースが必要だわ」







 リースが提供した契約書のお蔭で、商人たちの議論が西への撤退に収束している。

 ほとんどの人が乗る気だ、何しろフォルミドの偉い人二人の保証がついてるから。

 勿論撤退にもリスクがある、そして自由都市に辿り着けたとしても、対プロイセン連盟軍への支援は大きな出費になるだろう。

 だが、死ぬよりはマシである。


「ふむ、ではそろそろ結論を出そうではないか」


 商人側のリーダー格、ラシードさんが髭を捻りながら、ここにいる皆を見渡す。

 ラシードさんも撤退に賛成している、これでようやく決を採れると思った矢先に――


「待て、そもそもこんな寄せ集めじゃ、軍隊から逃げ切れるのか」


 商人の中から反論が上がった。


「それは……」


 それは、きっと誰もが密かに思っていたことだ。

 こっちは民間人で、あっちは兵隊。

 人数から言えば、プロイセン軍のほうが多いかもしれないが、「兵は拙速を尊ぶ」という言葉を体現しているプロイセン軍から、数千人の民間人が果たして逃げ切れるのだろうか?


「西へ行ったら、国境までは一本道だ、追いつかれたら逃げ場がないぞ」


 ブライデン町はプロイセンだけじゃなく、ルイボンドから見ても最西の町。

 しかしそんなブライデン町でも、国境までは五日も掛かる。それはなぜだろうか。

 理由は簡単だ、国境からここまでは一本道の山道。

 山道故に時間が掛かる上に、町を作り上げるほどの立地がないから。


 元々フォルミド王国とプロイセンは地形的に隔絶されていた。

 フォルミドから東に行くと、スロウリ峡谷、自由都市群、そしてプロイセン邦境に入っても、クロモリ山脈を抜けてようやくブライデン町に辿り着ける。

 直線距離こそ近いけど、大軍が通るには不向きだ。

 最も、そのお蔭で自由都市が独立を保っていられるから、彼らにとっては悪いことばかりではない。

 そして大軍には不向きとしても、商人にとってはこんな道でも大きく南回りのルートより利益が出てるから重宝している。


 もし、山道を渡る途中でプロイセン軍に追いつかれたら、大きな犠牲は避けられない。

 それは誰にも分かり切ったことだ。

 だからこそリースの、対プロイセン連盟軍の提案に二の足を踏んでしまう。


 これが姉さんが言った、足りなかった後一つのピースか。

 そして、その欠けたピースを埋めるのは、


「私たち、《フィレンツィア》が、プロイセン軍を足止めします」










 夜通しで数時間も渡っての議論の末、商人たちはついにリースの契約書にサインした。

 懸念はまだまだあるけれど、決断した以上、あとはやるだけ。

 何か重荷を下ろしてすっきりした表情をしている彼らを見て、ずっと横で見守っていた俺と姉さんもようやくホッとした。



 勿論、商人たちがサインしたとしても、契約書の内容は探索者と隊商(キャラバン)の契約破棄、それと探索者と対プロイセン連盟の再契約だから、あとは探索者たちの了承も必要だが、そっちはすんなりと通った。

 朝早く召集に応じて来てくれた各パーティリーダーは、二つ返事で乗ってきた。

 商人側と違って、彼らは物資と経済的な援助をするわけじゃなく、ただ雇い主と向かい先が変わっただけだからか。


 そして翌日、西への大撤退が始まった。


 隊商(キャラバン)が先導して、《ブライデン人相互援助会》が率いるブライデン人が続いて、その後はルイボンド人。隊商(キャラバン)に所属していた者と、元々ブライデン町にいたのを合わせて二百強の探索者たちは所々に配置されて、合わせて数千人の大行列であった。


 隊商(キャラバン)の人たちはいつでも町を離れる用意をしていたから、出発まではそう掛からなかった。

 《ブライデン人相互援助会》も、どうやら前からブライデン人を撤退させる用意と呼びかけをしていて、何よりブライデン人はプロイセンを離れることに特に抵抗を覚えていないから、素直についてくれた。


 そしてルイボンド人だが、町を出て、国を離れる事に相当躊躇うだろうと予想したが、そうでもなかった。

 恐らく、守軍の脱走が主な原因なのだろう。


 あの襲撃の夜から、毎日数名の脱走兵が出ている。

 ブライデン町の守備隊である彼らは、あの襲撃についても、こっちに向かってくる五千の大軍についても何も知らなかった、知らされいなかった。

 それはつまり、彼らもこの町と同じように切り捨てられたということだ。脱走するのも無理はない。


 そしてそんな彼らを見て、まだこの町に留まろうと、邦は俺たちを見捨てるわけがないだろうと、そう主張できるほど、この町の人たちは愚かではなかった。

 勿論、そんな人もいなくはないが、さすがに一々説得するのは骨が折れるし、そこまで面倒は見切れない。

 助かりたい人だけ助かるし、助ける。


 少し問題になったのは、ローザだ。


 プロイセン軍が既に一つの町を踏み潰し、こっちに向かっているのを知った時、彼女は大いに動揺した。

 何かの間違いがあると、首都セルリンに行って皇帝に直訴するとすら言い出して、俺たちが必死に止めた。

 ようやく直訴を諦めたローザだけど、邦を離れるのにやはり抵抗があったようだ。

 特にプロイセン軍の動きが怪しくなった今、どうしても姉であるコーデリア大尉が心配らしい。

 しかし戒厳令が敷かれて現況では、他の町が簡単に彼女を受け入れるとは思えない。

 結局、ローザを説得できたのは、姉さんのお蔭だ。


「ねえ、ローザちゃん、チェルニー家の信条は滅私奉公っていうのでしょう?」

「はい、その通りです」


 誇らしげに胸を張るローザに、姉さんは優しく言葉を継いだ。


「なら、ローザちゃんのお姉さんが軍人だから、お邦が大事な時に、一番優先しなければいけないことはなあに?」

「それは勿論、国です」

「じゃ、軍人のお姉さんが後顧の憂いのないように、民間人でチェルニー家であるローザちゃんがしなければいけないことは?」

「それは……姉上に心配をかけさせないことです」

「うん、だから何かの間違いがあったとしても、ここはお姉さんが解決してくれると信じましょう、チェルニー家は皇帝の剣で、皇帝に一番近い人でしょう?」

「ええ……」

「何も邦を出たら帰れなくなることはないわ、お姉さんが事を解決してくれたら、また戻ればいいの。だから皆と一緒に行って、お願い?」

「……はい、レンツィアさんの言う通りです。皆さん、わがまま言って申し訳ありませんでした」


 深々と頭を下げてくれたローザを止めて、姉さんはローザの肩を抱えて頭を撫でた。

 ローザ自身が気付いてないかもしれないが、さっきからずっと体が震えていた。


「ううん、お姉さんが心配だもの、仕方ないわ」

「ありがとう……ございます」

「じゃ早く荷物をまとめてね、昼の内に出発するから」

「はい!」






 こうして、月が出てる頃に、ブライデン町は静寂に包まれてる。

 大撤退の集団は一人残らず西門から出て、国境へ続く山道に入った。

 そして、山道の入り口には、俺たちだけとなった。


「さて、予定通りにいくか」

「フィレンさん、本当にプロイセン軍を、一万人を止めることができるの?」


 ルナが少し不安げに俺を見上げる。

 その髪を撫でて、あえて自信たっぷりに言った。


「ああ、大丈夫さ、アイナさんの作戦が成功すれば、十分にあり得ることだ」

「そうなの……」

「心配するな、なにがあっても、ルナのことは俺が守るよ」

「う、うん」

「まあ、皆が折角作ってくれたバリケードが無駄になるけどね」


 俺は山道の入り口に聳え立つ何枚もある壁と数えきれないトラップを眺めた。

 巨木と岩で作られたバリケードを土魔術と《硬化》の《エンチャント》でさらに強固になった。

 そして道が埋まるほどの殺傷性トラップの数々。

 これら全部、俺たちが後備えを務むと志願した後、探索者たちが協力して作ってくれたものだ。



 ブライデン町の地形は籠城に向いてない。

 山道からプロイセンに入る途端、その開けた土地の先を制しているブライデン町だからこそ、長らくフォルミドとの貿易の利を享受してきた。

 だがそれはつまり、ブライデン町の三つの面がプロイセンに晒されているということだ。

 いくら城壁があっても、少人数で三つの方向をカバーするのは無理だ。


 だから俺たちはブライデン町ではなく、山道の入り口を選んで、ここでプロイセンを足止めすると、皆に告げた。

 町から西へ向かうと、地形が漏斗のように段々細くなって、最終的に五メートルか十メートルくらいになる。

 それくらいあれば荷馬車が並べるし、商人たちには十分なんだけど、前述のように大軍が通るには向いてない。

 そして今まで、姉さんとアイナさん、あと俺も――大体ビャクヤのお蔭で――驚異的な戦闘力を示していたから、もしかして俺たちなら本当にプロイセン軍を止められるのでは?と隊商(キャラバン)の人たちにそう思わせることができた。


 何しろ、足止めと言っても、何日も保つ必要がない。

 大撤退の集団が国境につくまで精々五日から七日、つまり、ここで二日、いや一日半でもプロイセン軍を食い止めれば、撤退の成功率が一気に上がる。


 だが、殿に危険が付き物。

 たとえ足止めできても、後備えが生き残れる可能性は極めて低い。

 実際パウロさんを含め、探索者たちが俺たちを見る目には憐み一色だ。何か残す言葉ないか、報酬は親族の誰かに届けるかって聞いてきた者もいた。

 そして出発する前に、


「貴方たちのことを、この隊商(キャラバン)の皆が決して忘れません」

「ご武運を、戦と勇気を司るタイラノースの加護があらんことを」

「美人に囲まれて散るのも男の本懐か、色男め」


 と、みんなが好き放題言いやがって。

 隊商(キャラバン)の人たちにとって、俺たちがここで死ぬことは既に決定事項なのかもしれない。

 中には俺たちは自分だけ逃げるつもりだと言う人もいるが、ノアさんに一喝されて黙ってしまった。

 まあ、逃げるつもりだったらこんなこと言い出さずにさっさと逃げればいいし、守軍と一部の探索者のように。


 ちなみにノアさんは俺たちと一緒に残ると言い出したが、丁重に断った。

 パウロさんと《ノアズアーク》の人たちも混ざって、先頭部隊にも信頼できる探索者が必要だと、ようやくノアさんを説得した。


 ノアさんの申し出を断ったのは、何も俺たちだけでプロイセン軍を食い止める自信があったのではない。

 ノアさんが居たら、俺たちが全力を出せないからだ。


「よし、俺達も行くか」


 大撤退の集団が視界から完全に消えてなくなったのを確認して、俺たちはビャクヤに乗って出発した。逆の方向へ。

 沢山のバリケードとトラップを背にして、俺たちは山道を離れて、街道に沿って北東に向かう。

 せっかくバリケートを作ってくれた探索者たちに悪いけど、俺たちは最初から、ここでプロイセン軍を止めるつもりはなかった。


色んな勢力に振り回されながらも、ちゃんとフィレン達ができることがあります。

本気出してるフィレン達はすごいです(確信

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