85 打開策
「よし、それじゃ方針決まったし、さっそく何か良い案ないか考えよう」
俺はパンっと両手を叩いて、再び腰を下ろした。
「さて、では方針が決まったけど、さっき姉さんも言った通り、俺たちでは一万の大軍には太刀打ちできない」
「じゃ、じゃどうするの? あ、パウロさんにお願いして、探索者さんの皆が協力してくれたら!」
「それは恐らく無理でしょう。パウロさんはあくまで隊商の指揮者だから、探索者たちのリーダーではないのよ」
指揮者は隊商に関する事務では探索者たちを指揮する権限を持っているが、逆に言えば隊商と関係のない範囲では探索者を動かすことはできない。
たとえパウロさんがこの町を守れって言っても、それに従う人はほとんどいないだろう。
「やはり、全員で撤退するしかないな、しかし」
「そうね、撤退しても軍隊に追いつかれるわ、そもそも邦境を越えられないもの」
こんな状況だ、邦境を封鎖するのは当たり前だ。
その時、ルナが言った。
「ダーントさんにお願いするのは?ブライデン人を撤退させようって言ったもん」
「それがいいかもしれないな」
「でもフィー君、この町の人たちはブライデン人だけじゃないのよ?」
「そういえばそうだった。しかしそれでもいけるかもしれないぞ」
プロイセン全体から見れば一パーセント未満のブライデン人は、このブライデン町の半数を占めている。逆に言うと、半分くらいがブライデン人じゃないということだ。
《ブライデン人相互援助会》はあくまでブライデン人のための組織であるから、ルイボンド人の救助を頼むのはお門違いだ。
でもダーントさんだって困っているはずだ。
一刻も早くブライデン人を撤退させたいけど、大勢の民間人が移動するにはいろいろが必要だ。
そこでこちらから何か協力できたら、交換条件として他の住民たちの移動にも協力してくれるかもしれない。
俺は自分の考えを皆に伝わった。
しかしアイナさんは眉を顰めて首を振った。
「確かに協力してくれるかもしれませんが、こちらから何か交換条件にできるものがありますか?」
「それは……」
「隊商の商人たちと交渉するはどうですか? 彼らなら財力がありますし、探索者が力を合わせれば、道中の護衛にもなります」
アイナさんが提案した。
しかし今度は姉さんが首を振った。
「それでは、何を持って商人たちを納得させるのが問題になるわ。彼らもまた、ルイボンド人を助ける理由がないもの」
「そうだな、なんとか商人を説得して、交換条件を相互援助会に提出……あーだめだ、混乱してきた」
髪をわさわさ掻き上げる俺を見て、姉さんは微笑んで俺の頭を胸に抱え込んだ。
「少し整理しよう。相互援助会はブライデン人を助けたい、そしてプロイセン邦外で難民を受け入れることができる。隊商の商人達は自分を助けたい、そして財力と武力を持っている。こんな感じかな?」
「そうだな、まだ足りないか……」
まるでパズルだ。
隊商の商人たちが一つのピース、相互援助会はもう一つ。
でも、まだ足りない。
商人たちが納得できる条件を出せる、且つブライデン町の人々を助ける理由がある、そんなピースがどこに落ちていないかな。
俺がそんな都合のいいことを考える時、姉さんが口を開いた。
「ねえ、ソラリスさんに相談したら?」
「リースに?」
「ええ、彼女のほうが、私たちよりこの邦の事情をよく理解していると思うし、何か考え付くかもしれないわ」
「そうだな、ルナ、お願いしていいか?」
「はい!」
ルナはさっそく通信でリースと連絡を取る。
一度の通信で伝えられる言葉が少ないから、こちらの状況を伝えるため、ルナは百回使えるはずの魔道具遣いの鳥を丸々一つ使い切って、ようやくリースとの会話を終えたようだ。
通信を終えて、振り返ったルナの顔は喜びに満ちていた。
「お姉ちゃんがね、方法があるって!」
翌日の深夜、隊商の商人たちとパウロさんが雁首を揃えて議論している最中に、俺と姉さんがその場に乗り込んだ。
ラッケン子爵――リースの家紋入りの契約書を手にして。
「これは、ラッケン子爵からの要請?」
「対プロイセン連盟軍……だと?」
商人達が驚きの声を上げながら目を丸くして羊皮紙を見つめる。
対プロイセン連盟軍の隊商への要請は、物資及び経済的支援、そして隊商に所属する探索者との契約破棄。
その代わりに、プロイセン邦の西から出国し、自由都市群への撤退を認める、自由都市での受け入れ先とフォルミドへ戻る手段も用意する。
探索者たちへの要請は、隊商との契約破棄。
その代わりに、隊商及びブライデン町の人々を南の国境までの護衛依頼、自由都市での受け入れ先も用意する。
要は逃げ道はこっちが用意するから金と物資を置いてプロイセンから逃げろ、とのことだ。
ブライデン町はルイボンド最西の町、ここから西へ行くと五日から七日で国境につく、国境を越えたら自由都市群、そしてスロウリ峡谷を跨いで、フォルミドになる。
そしてスロウリ峡谷がダンジョン化したため、プロイセン国境軍も今までと比べ大分手薄になっている。プロイセンを出るには、このルートがもっとも現実味を帯びている方法だと言える。
この撤退を成功させるためには、隊商と《ブライデン人相互援助会》の協力は必要だ。
だから《相互援助会》の方にも似たような契約書を送った。
内容はブライデン人の撤退への護衛は連盟軍(が雇った探索者)が受け持つ、その代わりに撤退行動をブライデン町の人々の移動と合わせること、そして護衛の探索者の報酬の一部を出してくれっと。
この二つの契約書に書かれている署名は、「フォルミド王国ラカーン州州長代理、ソラリス・ラッケン子爵」ともう一つ、「軍機閣大臣近衛中将ヴァレリア・リーリエ侯爵」の連名である。
なお、現場での連絡役は《フィレンツィア》とする、との旨も記されている。
「これは……本物なのか」
「リーリエ閣下だと……!?」
「ラッケン卿だけじゃなく、なぜリーリエ閣下までも我々の事情を!?」
商人たちは穴でも開くかのように契約書を凝視している。
リースの話によると、ヴァレリア・リーリエ侯爵とは軍機閣――フォルミドの軍事、国政上の最高機関――に所属する一人、元ミーロ教会の聖騎士団長、とにかく偉い人であり、今回のプロイセン征討の責任者でもある。
それだけじゃなく、常日頃からリースのことを目にかけて、ラッケン家のお家騒動の時、そしてリースが各州のチェンジェリングを炙り出した時も力になってくれたお方。
そんな雲の上の人が隊商に要請を出したのはなぜだろう?
それは、今現在、フォルミド王国とルイボンド邦連の一部がプロイセンに対抗すべく、盟約を結んでいるからだ。
対プロイセン連盟と呼ばれているこの軍事同盟のメンバーは、勿論フォルミドと親フォルミド派の邦である。
彼らはプロイセンの拡張に恐れを抱き、介入の機会を虎視眈々と狙っている。
そこで、ブライデン町の人々だ。
そこにいる民間人は暴政に強いられて、虐殺の危機に晒されている。
彼らを助けるため、連盟軍は一刻も早くプロイセンの軍隊を無力化させなければならない。
そして現地の商人達から援助を受け、ついでにプロイセンの各軍事拠点を制圧するのもやむを得ないである。
これがリースが書いたシナリオだ。
これによって、対プロイセン連盟は武力介入の口実と現地での物資援助を得ることが可能になった。
俺たちと相談した後、リースはすぐさまリーリエ閣下の了承を得て、使い魔で契約書を送ってくれた。
これらを僅か一昼夜で成し遂げた、恐るべしリースの手際の良さもそうだが、王国の上層部がそう簡単に乗ってくれたのも吃驚するもの、だが。
この話を聞いた時、姉さんとアイナさんが妙に納得してる様子だった。
「恐らくだけど、フォルミドは元々こういう事態に備えているわ。内乱を起こすための間者もそれなりに潜んでいるはずよ」
姉さんの言葉にアイナさんも頷いた。
「ええ、そうですね。けど、それがどういうわけか不発、もしくはプロイセンに事前に潰されたから、すんなりとこっちの計画に切り替わった、ということでしょうね」
「同じシナリオで、ただ役者を変えただけ。便利に使われたね私たち」
「それにしても、まさか貴族とも繋がりがあるなんて、フィレンさんは顔が広いのですね」
「いや、これはどちらかというと……いいのか?」
ルナが頷いたのを見て、俺はルナとリースの関係を説明した。
「なるほど、妹のためなんですね、ソラリスさんも――」
「アイナさん」
アイナさんが何かを言いかけた時、姉さんに止められた。
二人は視線を交わし、やがてアイナさんは何か得心したように頷いた。
スーチン、ルナは二人のやり取りがよくわからず、首を傾げた。
あとで姉さんが教えてくれたけど、どうやらこれはリースにとってもある種の「賭け」らしい。
「恐らく、アイナさんはソラリスさんが賭けに出たということに気づいたのでしょう」
「賭け、というと?」
「契約書に記されたのはソラリスさんの家紋、リーリエ閣下は了承しただけ。それはつもり、プロイセン征討ではリーリエ閣下が全権を握ってるけど、難民救助のほうはソラリスさんの責任ということを意味するものよ」
「でも、リースは別に軍人ではないよな?」
「そう。リーリエ閣下にとって、難民救助が成功するかどうかは別にどうでもいいの。プロイセンの民間人が助けを求めているという事実があれば十分。極端な話、敵国の民間人の生き死になんてどうでもいい、いいえ寧ろ死んだ方が非難の材料になるでしょうね。だから軍属ではないソラリスさんに任せたのかもしれないわ。でもソラリスさんにとって、成功したら勿論ポイント稼ぎにはなるけど、失敗したら失点にもなるわ」
「だから賭けというわけか。軍属でもないリースがそんなことするのはやっぱり」
「うん、ルナのためでしょうね。勿論、私たちを信じてってのもあると思う」
「だからルナには言わなかったのか?」
「もし私がソラリスさんだったら、ルナには知られたくないと思うからよ」
まあ、余計なストレスを与えるかもしれないしな。
しかし、
「姉さん、もし似たような状況になったら、俺は知りたいぞ」
「ふふふ、そうね、フィー君も男だものね」
「男というより、俺は姉さんの弟だから、何事も一緒に背負って欲しい、俺もそうするから」
「ありがとうね、フィー君」
「あと、この件が終わったらルナにも教えてあげよう」
「それを重荷と感じるかもしれないわよ?」
「それでもだ。姉が弟妹のためにやることだ、それをちゃんと受け入れるのも弟妹の責任だろう。大丈夫さ、ルナはもうちゃんと一人の大人なんだ」
「ふふ、そうね」
と、色々紆余曲折を経て、今ようやくこの契約書が隊商の商人たちのテーブルに乗った。
リースが身を張って作ってくれた、ブライデン町の人々を助ける最後のピースだ。
町の人を助けたいって言ったのは自分なのに、最後は人頼みなんて情けない、と言えばそれまでだが、今回プロイセンに入ってから、俺たちはいろいろの勢力に振り回されてきた。
国や邦、隊商と軍、どれも一介の探索者が立ち向かう相手としては大きすぎる、結局俺たちができることといえば限界がある。
しかしそれでも、通したい意地がある。
「受けてくれたらいいな」
またもや議論にふける商人たちを見て、俺は呟いた。
相互援助会のほうはもう話は通ったみたいだし、隊商にとっても、これは打開策になるはず。
しかし姉さんはその熱論の様子を眺めて、静かに首を振った、横に。
「まだ、足りないかもしれないわ」
「え?」
「あと一つ、ピースが必要だわ」
リースの親心ではなく姉心の成せ業ですね。
気付いてる方も居るかもしれませんが、本作には色んな姉が居ます。
フィレンの姉は一人だけですが、世の中には星の数だけの姉がいます(ぇ
それぞれ違う姉を表現出来たらいいなと思っています。
それと、設定を変えたからアカウントなくても感想書ける様になったはずです!
気になる所も悪いところも、印象に残るところも、是非とも感想を教えてください!




